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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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04 父兄

――ユノ視点――

 神社に到着するとすぐに、「お姉ちゃんは邪魔だから先に帰ってて」「問題を起こさないように大人しくしておいてくださいね」と、妹たちに追い返された。

 ここまでの道のりは一体……?


 もっとも、私が近くいると魔法が上手く効かないこともあるので、必要な措置ではあるのだけれど、もう少し言い方を工夫してもらいたいところ。

 それだけ何でも言い合える関係ともいえるので、それもいいのかもしれないけれど。




 さておき、ひとりで旅館に帰ってきたものの、特にすることがない。


 空き時間は、洗脳効果の確認や経過観察などで一時間ほどだろうか。

 レティシアには「大人しくしていろ」と釘を刺されているけれど、「問題を起こさないように」という条件が付いている。

 つまり、問題を起こさなければ何をしてもいいということである。



 なので、少し気になっていたバーラウンジに行ってみることにする。

 お酒を注文しなければ問題無いよね?




「こんばんは。未成年でも大丈夫ですか?」


「――もちろんですよ、お嬢さん。お酒は出せませんが、雰囲気を楽しんでいってください」


 マスターかただのバーテンダーさんかは分からないけれど、言質は取れた。

 責任者がそう言うなら、年齢的な制限は無い、あるいは彼に責任があると思っていいだろう。


 ただ、何に動揺したのか、それまで振っていたシェイカーを落として素振りをしているようでは技術を盗むのは無理か――いや、ギャグとしてとか、足でトラップして復帰させればそれっぽく見えるか?

 まあ、誰にでも失敗はあるし、たまたま間が悪かっただけかもしれないので見なかったことにしようか。




 その後はバーテンダーさんの精神も持ち直して、お酒にまつわる蘊蓄うんちくなどを披露してくれつつ、見た目にも楽しめるノンアルコールカクテルを提供してくれた。


 なかなか楽しいパフォーマンスだけれど、技術はともかく、レシピやカクテルの名前が覚えられそうにない。


 適当に美味しい物を創るだけなら簡単なのだけれど、エピソードと絡めたりするのはちょっと無理かも。

 そういうことも含めてプロということか。


 そして、彼がプロである以上、私以外のお客さんの相手もしなければいけない。

 まあ、唯一の未成年ということもあってか、気にかけてくれているようなのは有り難いけれど。




 しばらくそんな感じでお行儀よく楽しんでいると、ほかのお客さんの相手を終えたバーテンダーさんが私の前に戻ってきた。


「あちらのお客様からです」


 そうして、私の前に指輪が入った小箱と、最近よく目にする書類――婚姻届を差し出してきた。



 意味が分からず、バーテンダーさんの指差す方向を見てみると、“ナイスミドル”を絵に描いたようなおじさんがにこやかに手を振っていた。


 ……ここは結婚相談所か人身売買も兼ねているのだろうか?


 やはり意味が分からず、バーテンダーさんに視線を戻す。



「申し訳ありません。あの方、このホテルのオーナーさんなんですが、ちょっと悪戯好きで――いや、こんなキツイのは私も初めてですけど――」

「失礼な、私の気持ちは本物だよ。彼女になら私の人生――そして全財産を捧げても構わないよ!」


 ええ……、なんだかおかしなことになってきたぞ?

 というか、旅館のオーナーって、もしかして?



「というのは一旦置いておいて、御神苗ユノさんだね? 隣、いいだろうか?」


「はい、どうぞ」


 やはり、稲葉くんのお父さんか。

 顔立ちもよく似ているし。


 性格の方は……なかなか個性的なお父さんである。


 これが彼の悩みの種か?

 性格の不一致?

 いや、さすがにそこまで悩むものでもないと思うけれど。



「まずは、いつも息子がお世話になっていることに感謝を。君と出会ってからの息子は毎日が楽しそうでね。母を早くに亡くして、私は仕事ばかりで何もしてやれなかった駄目な父親で、あの子には我慢ばかりさせていたんだが……」


「いえ、こちらこそいろいろと良くしてもらっていますので、助かっています」


 なんだか身の上話か家庭の事情話が始まりそうな感じだったので、社交辞令で話題を逸らす。



「そう言ってくれると息子も喜ぶだろう。できれば、今後とも仲良くしてあげてほしい。もちろん、深い仲になって、娘になってくれてもいいんだよ?」


 変な方向に逸れた!

 というか、ついさっきお断りしたばかりなので、少し答えに困る。



「それとも、私と結婚してお母さんになってくれてもいいんだよ?」


 もっと答えに困ることに!?



「オーナー、攻めすぎです」


「そうかい? 魅力的な女性は口説かないと失礼じゃないか」


「……息子さんと同い年でしょ? いえ、愛に歳の差は関係無いですし、そうなるのも分かるくらいに美人ですけど、今のご時世、相手が嫌がったら何でもハラスメントですよ。気をつけてくださいね」


「そうだな、息苦しい時代になったものだ……。仕方がない、娘で我慢しておくか」


 なにこれ?

 漫才でも見せられているの?



「少し話を戻すとね、少し前から息子との関係が拗れていたんだ。それが、今回の旅行の件で、息子から歩み寄ってきてくれて――ということで、君には本当に感謝しているんだ」


 そうやっていい感じで話を結んでも、途中が――出会い頭から事故っていたので、あまり心に響かない……。

 でも、面倒な話も終わったのでひと安心だ。



「でね、拗れていた理由なんだけど、聞きたい?」


 終わっていなかった!



「いえ」

「実はね、進路のことでね」


 聞いていない!?



「私としてはね、私や家のことは気にせず、好きな道に進んでくれればいいと思っていたんだ」


 しかし、それが稲葉くんの悩みの原因なら、聞いておいた方がいいのか?

 いや、私が干渉することではないのだけれど、少年から大人に変わる節目の選択だとすれば、人生の先輩としてアドバイスとか背中を押してあげるくらいは?

 というか、私の方が年下なのか?

 でも、社会――というか、異世界に出て、神話を乗っ取るくらいに出世もしているし……?



「だけどね、息子の将来の夢が、『冒険家』だったんだ……」


 おおっと、私の人生経験では対応できない展開になってきたぞ……?

 というか、失礼かもしれないけれど、この親にして――と納得してしまいそう。



「さすがにそれを聞いた時は言葉を失ってしまってね。ちょうど今の君みたいに。だが、息子はそれを『反対』と受け取ってしまったみたいでね……。いや、今でもどう答えていいのか分からないが……。『冒険』とひと口にいっても、何をするのかとか、危険はないのだろうかとかね。特に後者はね、親ひとり子ひとりの家庭だからね、どうしても心配で……」


「話し合ってみるしかないのでは?」


 ナイスアドバイス――というほどでもないけれど、ナイスだよ、バーテンダーさん!

 私も同意を示すために何度も頷いておく。



「私もね、昔は――今も叶わない夢を持っているから、息子の気持ちは分かっているつもりなんだ。自分の想いに蓋をして生きていくのはつらいものだ。だから、私にできることなら、可能な限り支援してやりたいと思っている。若い時でなければ叶わないこともあると知っているからね」


 おい、話聞けよ!


 しかし、抱えている想いは本物っぽいので、そういうのが重要だと思っている私としてはフォローしておくべきか。



「夢を叶えるのに早いも遅いもないと思いますよ。もちろん、早い段階で行動した方が叶えられることも多いでしょう。それでも、遅くてもできることはあるはずですし、結局、その人にとっては行動に移したタイミングが最速かと」


「そうか……そうだね……。それでは、私の夢も聞いてくれるかい?」


 効いた?


 けれど、話は終わらない。

 正直なところ聞きたくないけれど、流れ的に致し方ないか?



「……私はね、女の子になりたいんだ」


 聞くんじゃなかった!



「できれば、君のように可愛い女の子――女子高生にね!」


「素敵な夢ですね」


 バーテンダーさんの共感性が暴走した!?



「ほう、分かってくれるのかい? この歳からできること――女子高生はさすがに無理だから、ママになるくらいか?」


「いえ、諦めるのは早いかと。最近では、“バ美肉”とか“ファ美肉”というものが流行っているそうですよ」


「ほう、そういうのもあるのかね」


 バーテンダーさんの会話を拾う能力高すぎない?


 そうか、きっと十人十色なお客さんに合わせるために、いろいろと勉強しているのだろう。

 チャラい職業とか思っていてすみませんでした。

 これは私には無理かもしれない。



 それはそうと、“バビ”とか“ファビ”って何だ?

 違法性とか、稲葉くんに迷惑が掛かるようなものでなければいいのだけれど……。


 最終的には自己責任とはいえ、焚きつけたような形になってしまったので、少し気になってしまう。



 それにしても、「冒険家」かあ……。

 エベレストに登るとか、ジャングルを探検とか、そういうことだろうか?

 人は見かけによらないというか、稲葉くんがそんなにユニークな人だとは思いもしなかった。



 こういう立場でなければ応援してあげたいところだけれど、せめて、何らかの形で報われることを祈っておこう。


◇◇◇


――第三者視点――

 旅行参加者が目一杯楽しんでいた頃、都合が合わずに参加できなかった者たちもまたそれぞれの時間を過ごしていた。



 団藤(あとむ)もそのひとり。


 はっきりいって反社会的勢力の家庭に生まれた彼は、そういった家にありがちな強い家族の絆(※強制)に辟易していた。


 正真正銘の犯罪者である父や兄に束縛される家庭は、ファッションチンピラでしかない彼には重荷でしかない。

 とはいえ、怖くてそんな素振りは見せられない。




 この日も、半年ぶりに東南アジアから戻ってきた兄を出迎えるため、親族総出で集まっていた。

 お盆の時期と重なっているため、「それがなければ旅行に参加できていた」とはならないが、憎々しく思えても無理はない。

 当然、怖いので表には出さないようにしていたが。



 親族は兄の帰郷を喜んでいるが、兄が海外に行っていたのはろくな理由ではないだろう。

 昨今では、詐欺グループが海外に拠点を置いているとはよく聞く話である。

 詐欺ではなくても、国内でも窃盗や暴行などの事件を何度も起こしているのは間違いなく、父に至っては殺人に関与している可能性すらあり、ほかの親族にもその協力者がいるようだ。



 核には、彼らがなぜ逮捕されないのか不思議で仕方がない。

 そして、もしも自身がその立場になったら――いつ逮捕されるか分からない状況だと考えると、不安で堪らなくなる。

 想像しただけで体調が悪くなり、彼はそれを理由に自室に戻っていた。




「はあ……」


 馴染めない場から逃れた核は、ベッドに倒れ込んで大きな溜息を吐いた。

 こんな家は早く出ていきたい――と何度も考えたが、逃げたとしても連れ戻され、酷い目に遭わされるのが落ちだろう。


 団藤家は家族である以前に犯罪組織なのだ。

 裏切り者は決して許されない。



 核は、そんな家に生まれた不運を呪いながら、携帯電話に手を伸ばす。


「はあ、可愛い……」


 手慣れた操作でクラスの連絡用のメッセンジャーアプリを立ち上げると、そこに新たに投稿されていた写真を見てささくれた心を癒していく。


 むしろ、水着姿のユノと、「こいつ、分かってるな……」と賞賛せざるを得ないアングルに、癒されすぎてムラムラしてくる。



「おう、核! 調子はどうだ――ってか、シコってんのか!?」


 核がズボンに手をかけたところに、良い感じに酔っ払った彼の兄がノックも無しに飛び込んできて、変に焦る彼を見て揶揄からかう。



「ち、違う! き、着替えてちょっと寝ようと思っただけだよ!」


「何焦ってんだよ。え、図星かよ? ははは、邪魔して悪かったな!」


 変に言い訳せずに流していればよかったのかもしれないが、核の反応は酔っ払いを喜ばせるだけだった。

 そして、調子に乗った酔っ払いは更に悪乗りする。



「で、オカズは何だ? ……っ!」

「待って!」


 核の制止を振り切り、酔っ払いが彼の携帯電話を奪い取ると、そこに表示されていたものを目にして息を呑む。



「……こいつ、お前の女か?」


「……違うよ。返して」


 核は、兄の雰囲気が陽気な酔っ払いから犯罪者に変わったことを察して警戒するが、流れは止められない。



「……へえ、クラスメイトなのか」


 核は携帯電話を取り戻そうと兄に迫るが、苦手意識で引けた腰では敵わない。



「待って! 彼女には手を出さないで! ――返せよ!」


 それでも、不適切な人物に不適切な情報を渡してしまった――その先に待っている最悪を考えると居ても立っても居られず、核は恐怖を乗り越えて悪党に立ち向かう。



「あぐっ!? かはっ……!」


「……ああん? お前の女じゃねえんだろ? まあ、お前の女でも関係ねえけど」


 しかし、それが兄のかんに障った。



 ファッションチンピラである核には、戦闘――というか、喧嘩の経験すらほとんどない。

 身体能力こそそれなりだが、それも「時間」というアドバンテージの分だけ上位互換である兄には及ばず、暴力の使い方でも劣る彼に勝ち目は無かった。




「はっ、俺に歯向かおうなんざ百年早いって―の。しばらく反省しとけ。その間に全部済むし、後でお前にもいいもん見せてやるからよ。……余計なことしたらぶっ殺すからな」


 勝負というほど競ったものでもなく、ほぼ一方的に暴行を受けて倒れた団藤の頭を踏みつけながら兄が語る。



 核の勇気だけでは兄を止められなかった。

 力のない正義がいかに無力で惨めかを嫌になるほど思い知らされた――あるいは、兄や父の振る舞いはそれを知っているからこそのものなのかもしれない。


 結局のところ、それを止めるには相応の力が必要になる。

 そして、その力は一朝一夕で得られるものではない。

 誰かの力を借りるにも、家庭内での立場は兄の方が上――というより、比較できる状況にない。

 それこそ、ほかの親族まで敵に回して、口封じされる可能性もゼロではない。



 とはいえ、核は諦めたわけではない。

 自身の迂闊うかつな行動のせいでユノが汚されるなど、死んでも認められない。

 あるいは、本当に自身が死んで事件にでもなれば兄も動けなくなる可能性もあるが、あの兄がそう簡単に諦めるとも思えない。



 頼れるものが何も無い中で、核は必死に考えた。


 携帯電話は奪われたままで、しばらくは外出もさせてもらえないだろう。

 ただ、その「しばらく」を乗り切れれば、兄はまた海外へ行かなければならない――束の間だとしても猶予ができる。


 どうにかしてそのための「何か」を見つけて実行しなければ、取り返しのつかないことになる。

 最悪は家に火をつけることも念頭に、彼は生まれて初めて自身の意志で逆境に立ち向かう。

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