02 裸の戦い
――ユノ視点――
昨日のクラスメイトとのお出かけは、お盆の真っ最中ということもあってかすごい人出だった。
というか、お巡りさんが交通整理に出動するくらい。
もっとも、不審物が見つかったとかで騒ぎになっていたし、そちらの関係かもしれない。
いずれにしてもご苦労様です。
なお、不審物の正体は賽銭箱だったそうで、人体に害がある物ではなかったとのこと。
ショッピングセンターに賽銭箱を設置する意味が分からないけれど、もしかすると、最近流行りの「迷惑系配信者」というものかもしれない。
怖いね。
巻き込まれないように注意しないと。
さて、肝心のお買い物は、誰も逸れたり絡まれたりすることなく無事に終了した。
といっても、買ったのは水着とBBQ用の食材だけ。
ちなみに、伊藤くんと稲葉くんがついてきた理由が「後者の荷物持ち」だったのだけれど、結構な量になってしまったので、お世話になる旅館の方へ輸送するよう手配した。
せっかくの善意をふいにしてしまうのは心苦しかったけれど、稲葉くんはともかく、伊藤くんは体力的にきつそうだったし、やむを得ない決断だった。
また、水着の方は、シンプルな黒いビキニ――姫路さんの一押しの物を買った。
素材の良さを活かすためにあえて布面積を少なくするのだとかどうとかで、どうやらとても良い素材を使っているらしい。
お値段もほかの物と比べて高かったし、そういう観点というか、価値観もあるのだろう。
なお、家に帰ってアルにお披露目してみたところ、「青少年には目の毒だから、ちゃんとラッシュガードとか着とけよ」と言われた。
もちろん、アルに言われるまでもなく――朔に言われて買っているけれど、『普段隠されているとか秘密にされていることが明らかになる瞬間に得られる愉悦っていいと思うんだ』と、たかが水着で大袈裟な理由だった。
ラッシュガードの下が裸ならまだしも――って、それだと変態か。
見られても恥ずかしくない身体をしていると思うし、どちらかというと裸族なのは事実だけれど、露出したいわけではない。
少なくとも、クラスメイトとの旅行でやると迷惑でしかない。
そんなこんなで、旅行の準備は万全。
もしも忘れ物や不足があっても、お金が――悪魔たちが用意してくれた限度額の無い魔法のカードがあれば大体解決する。
買えないのは人の心くらい。
もっとも、私には「料理」という武器があるので、そこはある程度補えると思う。
◇◇◇
さて、当日の待ち合わせは昨日と同じく駅前である。
ただ、この日はうちが用意したバスを使っての移動となるため、待ち合わせ中に変な人に絡まれたりすることもない。
綾小路さんたちのような、うちの背後組織とかそんなことを考えすぎている一部の人は緊張気味だったけれど、私が公共交通機関を使うのは止められているし、一般の車を使うのも非推奨なので、これが最善なのだ。
参加者は、昨日のメンバーから男子3名と女子5名が増えて、合計14名。
女子の方は、綾小路さんたちと真由とレティシア――と、扱いは難しいけれど顔見知りばかり。
男子の方は、みんな稲葉くんと一緒にいることが多いことくらいしか知らない。
というか、彼らとのコミュニケーションはなぜか大体が稲葉くんや姫路さんを介してになるので、直接話したことはほとんどない。
みんな顔に似合わずシャイなのかもしれない。
そんなメンバーでの最初の目的地は、今日明日と泊まる旅館に近いアスレチックパーク。
「男子はみんな運動部だし、ユノさんにいいところを見せようって魂胆が見え見えですよねー」
姫路さんがそう解説してくれたけれど、この中で一番運動神経が良いのは私である。
もちろん、朔に『やりすぎはドン引きされるよ』とアドバイスも貰っているし、「能ある鷹は爪を隠す」ともいうので、みんなの応援をメインにしたけれど。
そもそも、異世界で地下迷宮やら大空洞やらを探索した私にとって、安全に配慮されたアスレチックなど乙女チックよりも容易いものだ。
たとえふりであっても、キャーキャー騒ぐことなどできない。
というか、一般的な感覚では綾小路さんたちも運動神経は良いし、本格的に魔力操作や魔法のトレーニングを始めた真由やレティシアも本気を出せばかなりのものだ。
そんな彼女たちの前で下手な演技でもしようものなら、最悪は正気を疑われることだろう。
お昼は、私が作ってきたお弁当を食べた。
もちろん大好評で――むしろ、大好評すぎて食べすぎた人が続出して、午後からのアスレチックは不可能になった。
私が創った料理ならこうはならないのだけれど、作った物は普通にそうなるし、太る原因にもなるので注意してほしいところ。
とにかく、予定の時間まで腹ごなしに散策して、それから旅館へと移動した。
旅館に荷物を置いたら、まずは温泉に。
私は汗をかかないけれど、みんな結構汗をかいていたし、当然の流れである。
姫路さんなんかは「待ちきれない」といった感じで、グイグイくる。
というか、脱がそうとしてくる。
真由とレティシアは、、アスレチックの時から綾小路さんたち魔術師三人組と仲良く――かどうかは分からないけれど、ずっと一緒にいて、私から距離をおいている。
まあ、アスレチックの時の私はみんなの応援をしていただけだし、同じ体験をする中で仲良くなる――というのはあるかもしれない。
選択を誤ったか――いや、彼女たちに友達ができることも悪いことではない。
さて、温泉はよくある単純温泉がらも、露天風呂なので解放感があるし、友人(※候補)と一緒に入るのも合わせて特別なものに思えてくる。
もちろん、リリーやアイリスと入る温泉は格別だけれど、湯の川の温泉には神の秘石から溶け出した魔素が含まれているので比べるようなものではない。
それはともかく、女の子同士のボディタッチが多いのはどこの世界でも共通なのか、ここでも姫路さんたちにペタペタと触られまくっている。
それに巻き込まれるのを嫌ってか、妹たちには更に距離をとられている。
ふたりも私の肌や髪を撫でまわすのは好きだったはずなのだけれど、やはり人前では恥ずかしいのだろう。
まあ、まだ先は長い。
いずれはふたりとも接触する機会もあるだろうし、まずは姫路さんたちと仲良くなっておくのもいいだろう。
よし、アイリス直伝の女子的コミュニケーション術を披露する機会がきたようだな。
◇◇◇
――第三者視点――
「御神苗さんのお肌、すごいですわね。スベッスベでツルッツルで……」
「お姉ちゃんなら、脳の皺までツルッツルかも」
「均整がとれすぎているというか、人形でもこうはなりませんよね」
「いつも人形みたいに大人しくしていてくれると可愛いんですけどね」
「ボディスーツの時はただただエロかったけど、全裸だともう芸術ね……」
「『白』には二百色あるそうだけど、ユノさんのお肌の白さは二百一色め――いえ、鎧袖一色! 全ての『白』は道を譲るべきだわ! そんな穢れが全くない白いお肌が日焼けしていなくてよかった――いえ、太陽より眩しいユノさんが日焼けなんてするはずがないものね。でも、できれば日焼け止めの塗り合いっこもしてみたかったけど……。それよりも、紅い瞳も素敵だけど、薄桜色の乳首も素敵すぎて動悸が止まらないの! こんな綺麗なピンクは見たことがないわ! ピンクが何色あるのかは知らないけど、ピンクといえば桜! 桜といえば出会いと別れの季節! つまりこれは、御神苗さんとの出会いを祝した春の侵食! ああっ、視覚で、聴覚で、嗅覚で――全身で御神苗さんを感じられる幸せ! ああああ゛あ゛あ゛っ! 頭がどうにかなっちゃいそう……!」
「あ、あのっ、姫路さん? 洗いっこはいいのだけれど、もうちょっと普通に――あっ」
その頃の男湯では、女湯から聞こえてくるクラスメイトの嬌声と、更にその光景を想像した年頃の男子たちが鼻息を荒くしていた。
「……行くか?」
「……行くってどこにだよ?」
「トイレならひとりで行ってこいよ。俺は諸事情で動けねえ」
「分かってるくせに。覗きだよ。この壁の向こうに裸の御神苗さんがいるんだぜ? 覗かなきゃ男じゃねえだろ」
そして、少しやんちゃな男子高校生の定番ともいえる発想になり、それぞれが更に妄想を膨らませる。
「いや、まあ、そうだけど。御神苗さんなら笑って許してくれそうな気もするしな……」
「俺らみたいなモブのために弁当作ってくれる女神様だからな……」
「つまり、違う意味のオカズにもなってくれるってことでオーケー?」
結果、あっさりと流されて、男湯と女湯を仕切る高い壁に目を向ける。
「そ、そういうのは良くないと思うよ?」
「何良い子ぶってんだ、伊藤。お前だって前屈みじゃねえか」
「ていうか、お前、身体と顔の割に凶悪なの持ってるな……。これから『伊藤様』って呼ぶわ」
「世界ベストエイトは、このスティックで練習した成果ってことか……」
しかし、倫理観からか臆病風に吹かれたからかは分からない伊藤の諫言で彼に注目が集まり、そこにあった別種の高い壁に愕然とされられた。
「あー、夢を壊すようで悪いけど、声は通っても覗けないような造りになってるからな。事件が起きると旅館の責任問題になるし」
「「「ですよねー」」」
そこに、稲葉が「常識」という剣で止めを刺した。
「でも、明日は一日海だろ? 水着姿が見られるだけでも幸せだよな」
「おう。何か知らんけど、急に学校のプールが改修されることになって、水泳の授業なくなったからな」
「つっても、男女合同で水泳の授業するわけじゃないから、関係無いっていえばそうなんだけど、『もしかしたら』って期待があるだけでも違うからな」
名城では、「老朽化による設備の不具合」という名目で、盗撮事件の調査や再発防止のための工事が行われていた。
当然、実情は生徒には伏せられていて、水泳の授業を楽しみにしていた者たちからは「なぜオフシーズンにしなかった」と非難を受けていた。
「僕は教室移動がないと席隣だし、運動神経良くないし、体育とかない方が嬉しいんだけど」
一方で、伊藤のように、それを気にしない者もいる。
「はー! 伊藤と稲葉君は御神苗さんと席近くていいよなー」
「ていうか、なんで席替えしないんだよ!? 教卓も段々中央からズレて御神苗さんに近づいてるし、藤林先生の陰謀だよな!?」
「でも、今日の旅行来れただけでも俺ら勝ち組だけどな。御神苗さんに応援されたり、手料理食べさせてもらったり、もう思い残すことは……いっぱいあるけど幸せだわ」
「俺は仏教関係無いから来れたけど、一応『お盆』シーズンだからな。来れなかった奴は気の毒だけど、この日程に予定組んでくれた稲葉君には感謝しかないわ」
それでも、「同じクラス」であるというだけで、更には稲葉のように行動力や理解のある親がある者がいただけで恵まれていた。
「そういや、みんな御神苗さんのシスター姿見た? 制服も可愛いけど、あれもめっちゃ似合ってるよな?」
そして、話題はすぐに彼らの興味の中心人物に移る。
「いや、何でも似合うだろ。体操服も、今日のショートパンツなラフな格好も、みんな好き。はあー、結婚したい」
「昨日の白ワンピもすごく似合ってたよ。可愛すぎて警察が出るくらい。たまにパトカーで登校する理由が分かったよ」
「白ワンピとかマジかよ、羨ましい……! 写真とかないの!?」
共通の話題、そして裸の付き合いとなると、それまで特に良かったわけでもない仲も、雰囲気に流されて深まっていく。
隠し切れない股間の存在感もひと役買っているのかもしれない。
「姫路さんが撮ってたと思うけど、僕らは写真に写れるコンディションじゃなかったし……」
「なんで? 前屈み?」
「いや、ギリギリそこまでじゃなかったけど、顔とか引き攣っちゃって……」
「そんなんで明日大丈夫か? っていうか、水着ブーメランとかじゃないよな? お前の伊藤様だとはみ出るぞ?」
「え、うん。普通にトランクスタイプ。サポーターも三重で穿くつもり」
「ええ、三重って、お前の暴れん坊将軍そんなに危険なの?」
「いや、危険なのはユノさんの魅力だよ」
「えっ、なんでお前御神苗さん名前呼びなの? ちょっとデカイからって調子乗ってんの?」
しかし、仲が深まっても許容できない一線がある。
「ええっ、そんなことないよ!? ユノさんが名前で呼んでいいって言ってくれたんだよ!? 多分、僕だけじゃなくてみんなにも言うと思うけど」
「マジか……。風呂あがったらチャレンジしてみるか。っていうか、伊藤って案外手が早いんだな」
「大人しそうな顔して、裏で女食いまくるタイプなのかもな」
「チ〇コがデカイ奴は自信もデカイんかね。俺らフツメンはうかうかしてらんねーな」
「……そうか、伊藤君は勇気を出したから、みんなの一歩先を行ったんだよね。俺も見習わないと――」
「きゃっ!」
そうやって親睦を深めていた彼らだが、女湯から聞こえてきた嬌声でピタリと会話が止まる。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「ええ、御神苗さん――ユノさんのマッサージが気持ちよすぎて、ちょっと腰が砕けただけだから」
「お、御神苗さん、次は私もよろしいでしょうか!?」
「じゃあ、私が御神苗さんを――」
女湯から聞こえてくる声に線神経を集中させ、その光景を妄想する男子たち。
しかし、そんな時間も、後から来た利用者によって壊されてしまう。
「あら、こんな早い時間から若い男の子たちがいるなんて……! うふふ、若い子の艶のあるお肌っていいわねえ……」
「あらあら、あんなに大きくしちゃって……! これは才能ありそうねえ」
入ってきたのは、柔らかい口調とは真逆の、巌のような男たち。
大胸筋をピクピク動かして肉体言語を操る男たちに熱い視線を注がれた彼らは、一気に縮み上がってその場を後にした。
そうして、今まで感じたことのない恐怖でトラウマを負いそうになった彼らだが、数十分後にはユノの浴衣姿で元気いっぱいになっていた。




