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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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01 駅前の戦い

 某県某市。

 都会というには経済規模が小さく、人口も少ない。

 だからといって、住人にとっては「田舎」とは認められない、そんな地方都市。


 当該都市における主要移動手段は自動車で、それが無ければ電車やバスなどの便数少なめな公共交通機関、若しくは自転車等での人力移動になる。

 一時期、ヘリコプターで通学する令嬢の噂が発生したりもしたが、当該都市に存在する名門校のことを題材に面白おかしく大喜利していたのが、なぜか事実のように広まった都市伝説であるとされている。



 さて、当該都市最大の駅周辺は、多くの都市がそうであるように、地域最大の繁華街でもある。

 当然、地域の少年少女が待ち合わせの場所として指定するのも珍しいことではない。


◇◇◇


 午前八時。

 今日の買い物イベントが楽しみすぎて昨夜はろくに眠れず、約束の時間まで待ちきれなかった伊藤が待ち合わせ場所に到着。


 約束の時間は午前10時なので、二時間ほど早い。

 というか、早すぎる。

 異性に免疫がなく、母親以外とのお出かけが初めてのことだとしても異常である。


 当然、彼は自身が一番乗りだ――と思っていたが、先客がいた。



 この買い物イベントと、その先の旅行の発起人、稲葉である。


 楽しみすぎて眠れなかったという点では彼も伊藤と同じだである。

 しかし、彼は伊藤のようにフライングする者が出ると予想して、発起人としてそんな人たちが困らないようにと早めに来ていたのだ。

 当然、ユノが早く来た場合の役得なども期待していたが、それがなくてもそうしていただろう。



「おはよう、伊藤君。いや、マジで早いね」


「お、おはよう、稲葉君」


 稲葉は、悪戯を見咎められた子供のようにオロオロする伊藤を見て、「早く来ていてよかった」と思う。

 伊藤もこんな調子で二時間も待つのはつらいだろうし、下手をすれば挙動不審すぎて職務質問を受けるとか、最悪は補導か保護されていたかもしれない。

 旅行直前に、そんなことで雰囲気を悪くすることは絶対に避けなければいけない。



「そういえばさ、この前AWOで――」


 そして、稲葉は伊藤が恐縮してしまわないように、共通の話題を振る。


 彼は絵に描いたような好青年だった。




 それからしばらくして現れたのが、姫路だった。


 彼女も昨夜は楽しみすぎて眠れず、しかしこちらは「ユノを一分一秒でも独占したい」と下心全開で来ていた。

 そのため、先に来ていたふたりを見て若干落胆したものの、独占できずとも楽しみは残っている――むしろ、楽しみしかないと切り替える。

 なにしろ、私服姿のユノを一番に見るチャンスである。

 そして、自身の私服との感想を言い合ってキャッキャウフフ――写真もいっぱい撮らなければならない。



 さらに、そのすぐ後に姫路と仲の良い女子ふたりが到着して、ユノ以外の買い物イベントの参加者が揃った。


 翌日からの旅行はもう少しメンバーが増えるが、買い物イベントに都合が合ったのはこれだけだ。




 そんな彼らを外部から見た際、特に目を惹くのは稲葉と姫路だ。


 両者ともに芸能人顔負けの容姿である。

 そんなふたりに遠巻きから、又は堂々と熱い視線を送っている者も多い。



 ふたりだけならお似合いのカップルに見えたかもしれない。


 しかし、どう見てもモブの少年と、平均以上ではあるが極上レベルの少女の引き立て役になってしまっているふたりの少女と同じグループである。

 それがなぜか、一時間以上もずっとそこにいる。


 当然、彼らが待ち合わせ時間の二時間も前から来ているとは誰も思わない。

 それを、何らかのトラブルが発生したのだと思い込んだ者たちが、チャンスとみて動いた。




 最初に狙われたのは、集団から浮き気味だった伊藤だった。

 ゲーム内では対人スキルも豊富で割と積極的な彼だが、現実世界で陽キャの群れに交じれる対人スキルは持っていなかった。


 彼にアタックを仕掛けたのは、ふたり組の中年女性。


「ちょっといいかしら? 貴方、悩みとかない? あるでしょ?」


「実はね、そういうちょっとしたことはどうでもよくなっちゃうセミナーがあるの。よかったら参加してみない?」


 かなり失礼な切り出しではあったが、そんなことはどうでもよくなる強敵だった。



「え、あの、いえ」


 コミュ障というほどではないが、押しの強い相手も苦手な伊藤は上手く返せない。



「あの、僕たちこれから――」

「ねえ、キミ、芸能界とか興味ない? あ、私、こういう者だけど――」


 当然、気配り上手な稲葉がそれに気づかないはずがない。

 彼はすぐに伊藤に助け舟を出そうとしたが、彼を狙っていたスカウトの奇襲を受けた。



 真偽のほどは不明だが、「芸能界」というワードに敏感に反応する姫路と女子たち。


 世界の違いを感じて更に分断される伊藤。

 自力で解決しようにも、ログアウトボタンが見当たらない不具合が発生していた。



「え、いや、僕はそういうのは――」

「そっちの貴女も可愛いわね。モデルとか興味ない? 貴女なら――」


 稲葉はすぐに断ろうとしたものの、スカウトはそれを遮るように姫路にも声をかけていた。

 こちらもなかなかの強敵である――が、それ以上の強敵が姫路たちに迫っていた。



「ねーねー君たち、何やってんの?」


「暇なら俺らと遊びに行かね?」


「ってゆーか、暇じゃなくても遊びに行こ? 俺ら社会人だから驕っちゃうよ!」


 チャラい感じの青年たちが、姫路たちとスカウトの間に割り込んで一気呵成にナンパを始めた。



「い、いえ、私たち、人を待ってますので……」


 コミュ力も高く、物怖じもしない性格の姫路でも、知性を放棄して筋力と本能に全振りしているような男性が3人もいると、さすがに緊張してしまう。

 それだけなら稲葉がフォローするところだが、彼がそうするためには間に立ち塞がっているスカウトをどうにかしなければならない上に、伊藤も放置できない。



「貴方は神を信じますか? 信じますよね? ではすぐに入信しましょう!」


「じゃ、ちょっと涼しいところに移動しましょうか。ちょうどこの近くに私たちの集会所があるんですよ! これはもう運命ですね! さあ、さあ!」


「キミならすぐにでもトップに立てるわ! ね、一緒に頂点を目指しましょう! うちはクリーンな事務所だから、変なことはしないから安心して!」


「そんなこと言って、一時間も待ってるよね? そんな奴放っておいて、俺たちと遊ぼうよ!」


「俺ら車もあるし、ボーナス出たばっかだから金もあるよ!」


「体力にも自身あっから、そんな顔が良いだけのモヤシ君よりよっぽど頼れるよ!」


 そうして手をこまねいている間に三者の分断は大きくなっていき、事態がどんどん悪化していく。


 いずれもその道のプロ、あるいは熟練者である。

 その幾多の経験を積んで養われた勘が、「こいつなら押し切れる」「この子なら天下を取れる」「We're hot(俺たちは格好いい)!」と獲物に狙いをつけたのだ。

 元々の成功率がさほど高いものではないので逃げることは難しくないが、少年少女の事情と複合的に迫られている状況が追い打ちをかける。


 その結果、伊藤に至っては拉致される寸前である。




 9時50分。


 そんな騒ぎが起きている場所に、「大統領でも乗っているのかな?」と思うようなストレッチ・リムジンが到着した。



 あまりに唐突な展開に、それまで必死に獲物を口説いていた者たちの口が一瞬止まる。

 そして、運転席から降りてきたのは、絵に描いたような容姿端麗の男性。

 まだ気温が上がりきる前とはいえ充分な炎天下の中、映画やドラマでしか見ないようなタキシードを涼しげに着こなしているイケメンは、それこそ物語の中にしか登場しない存在である。

 そんな突然の非日常の出現に、そこにいた者たちの思考も止まる。


 さらに、そんな運転手が開けた後部ドアから降りてきたのは、夏の日差しを受けてキラキラと輝く銀の髪をなびかせる、白いワンピースを纏い、それに負けない白い肌の少女だった。

 深紅に輝く瞳も合わせて、日本人――人間離れした美しさは「夏の妖精」「地上に出現した太陽」かと錯覚するほどで、真夏の昼の現実が物語から神話に昇格していた。

 その結果、感動で涙する者や、思考どころか呼吸まで止まる者もいた。



 そんな時間が止まったかのような静寂の中、その少女が口を開く。


「おはようございます。すみません、お待たせしてしまいましたか?」


「ええ、私はずっと貴女のような逸材と出会えるのを待っていたの……! 私と一緒に、天下を取りましょう!」


 真っ先に反応したのは、スカウトの男性。

 自然と身体が動いた彼は、主君に剣を捧げる騎士のような姿勢で名刺を差し出していた。



「ええと、どちら様でしょうか? ……いえ、いずれにしても天下には興味はありませんので、ほかを当たってください」


「だったら、俺たちと遊びに行きませんか!」


「車とお金ならあります!」


「体力も――」


 次いで、ナンパ三人衆が詰め寄ってきた。

 しかし、少女が乗ってきた車とそこから窺える資金力は、彼らのものと比較できるようなものではない。

 そして、助手席から降りてきた本職の護衛ボディーガードも、彼らの力では太刀打ちできるようなレベルではない。

 本能全開で生きている者たちだからこそ、本能で分かる。



「申し訳ありません。これから予定がありますので」


 少女は、途中で絶望してしまった者たちにも律義に断りを入れる。



「で、では、貴女は神を信じ――いえ、貴女が神ですか?」


「神よ、迷える子ひつ――哀れなメスブタにお導きを!」


「えっ、いえ、人違いだと思います……」


「失礼、マダム。お嬢様に近づかないでいただきたい」


 女性のひとりが少女に迫ろうとしていたところ、さすがに見逃せなかったのか、護衛の男が割って入ってきた。



「な、何ですか!? 私はただ、神の愛を感じようと!」


「お嬢様は貴女方の神ではありません。お引取りを」


「神の愛は全ての人に等しく与えられるものです! 独占禁止法違反です!」


「違います。むしろ、お嬢様は全ての法に優先します。お引取りを」


「あの、私、こういう者でして、ぜひそちらのお嬢様とお話をさせていただければと……」


「お嬢様は既に我々のアイドルです。お引取りを」


「「「あのっ」」」

「消え失せろ」


 護衛の男は、鋭い眼光と鋼の意志で、全ての悪い虫を追い払っていく。




 そうして、駅前に平和が訪れた――のも束の間のこと。


 善意で少年少女を救おうとしたのか、護衛の男の眼光が鋭すぎて殺人事件に発展するとでも思われたのか、誰かが通報していたらしく大勢の警察官が駅前に集結しつつあった。



「……お嬢様、ここは我々に任せてお行きください。なに、我々の心配は必要ありません」


「……では、任せますね。くれぐれも無茶はしないで」


 稲葉や姫路にも、このやり取りがユノたちのおふざけだとすぐに分かった。

 彼女は意外とこういったおふざけが好きで、それではしゃぐ彼女を見るのは、彼らにとっては心の栄養補給である。


 むしろ、ここは一緒にふざけるチャンスである。

 そう判断した稲葉が、そしてすぐに姫路や伊藤も、護衛の男と一緒に彼女を守る戦列に加わる。



「ふふっ、冗談はこのくらいにして、行きましょう」


 少女も、彼らの奇行を受け狙いと理解したようで、くすりと笑うと走り出した。

 同時に、少年たちの夏も動き始めた。


◇◇◇


 公安系秘密組織に所属している観亜美は、業界を震撼させた事件(6日ぶり3回目)の翌日から、御神苗ユノ嬢の警護――という名の監視を命じられた。

 なお、先方には話が通っていないので、何かあった場合、当局は一切関知してくれない。



 そもそも、御神苗ユノに警護は必要無い。

 当然、当局もそれは理解しての指令である。


 観に任せたのは、能力の高さや対象と顔見知りなどといった要素を総合的に判断してのことだ。

 彼女も、それが分かっているから文句を言えない。




 監視初日。


 監視対象は、有名同人誌即売会で18禁同人誌を買い漁っていた。


 観は、彼女の先日の言動から、「これも能力者発掘の一環なのかもしれない――とすると、接触者の経過観察も必要になる」と考察する。

 そして、すぐにその対象者のリストアップを始める。


 なお、同人誌の内容と能力者発掘の法則性を調査するため、彼女も同じ同人誌を買おうとして何度も年齢確認を受けたが、本件調査とは関係の無いことである。




 翌日は学校の友人とショッピング。


 先日と同様、彼女の周囲には常に人だかりができていて、時折警官に解散させられつつ、先日の事件と比べれば穏やかに進行していく。


 ただし、対象が水着を物色しだすと、課金をしてでもショップに入ろうとする者が続出したため、警官や施設の警備員による厳戒態勢が敷かれた。


 なお、対象が購入したのは黒のビキニだと判明した。

 同性の観でも動悸が止まらなくなるくらいに破壊力抜群だった。

 同時にラッシュガードを購入していなければ事件が発生していたかもしれない。


 なお、そこに警官に扮した不審者が侵入して対象に声をかけようとしていたが、観の手により未然に阻止。

 その後、背後関係を洗うべく本部に移送された。



 それ以降は平和――といっていいのか、観には分からなかった。


 当然だが、対象を監視しているのは観だけではない。

 むしろ、対象は囮で、監視者である観たちが監視されている――誰がどこからどうやってかも分からないが、そう感じてしまう。



 観ることに長けた観だからこそ分かる。


 不審な人物も、魔術等の気配も確認できないが、状況が上手くコントロールされすぎている。

 伊達はともかく、安倍や観までもが雰囲気に呑まれて挑発を真に受けてしまったというのに、一般人がこれほど行儀よく錯乱しているのは異常すぎるのだ。


 例外は、さきに逮捕した警官に扮した変質者のみ。

 なお、本人は「ムラムラしてやった。今は後悔している。できれば(試着室のカーテンを)公開したかった」と供述していて、既に背後関係は無いと判明している。



 とにかく、ユノを監視することにさして意味は無い。

 その状況をコントロールしている者を捜しださなければならないのだ。


 しかし、それが人間とは限らない。

 さきの現場にいた霊獣は圧がすごくて見落としようがないが、それすらも伏線で、気配を感じないような小動物も使役できるとすると、探すだけ無駄である。


「……無理かなー」


 伊達はキョロキョロと周囲を見渡すが、怪しいものは見当たらない。

 むしろ、一度疑いを持ってしまうと、全てが怪しく見えてくる。



「こんにちは、お嬢さん。ちょっといいかな?」


 そんな観に声をかけるふたり組の警察官。

 物陰に隠れ、警戒しながらあたりを窺っていた彼女はとても怪しかった。


 警察官も、それだけなら彼女が事件に巻き込まれていると感じたかもしれないが、側溝の中や自動販売機の隙間まで覗き込んでいるようでは、薬物使用を疑わざるを得ない。


 御神苗に夢中になっていた彼女は、自身が見えていなかった。



「あ、あの、違うんです! 私、特殊な任務中で――」

「特殊って、変なもの扱ってるんじゃないでしょうね?」


「君、歳いくつ? 学校は?」


「私、本当に成人で、ほら、免許証もあります!」


 観の対外的な立場は「公務員」ということにはなっているが、よほど特殊な状況でなければ個人の判断で強権を使うことはできない。

 この状況で彼女が公安だとバレて、さらに、一般の警察官に御神苗をマークしていることがバレるようでは大問題になってしまうのだ。



 そうして、仕事熱心な警察官にロックオンされた観が解放されたのは、夕方近くになってからだった。


 当然、任務は失敗扱いになったが、彼女の推論と諸々の事情を考慮されて、責任については不問とされた。

 むしろ、彼女にとっては、「次は上手くやるように」という激励の方がよほどきついものだった。

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