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幕間 堕天使の大魔王

――第三者視点――

 今より一万年ほど前、のちに「先史文明大戦」とよばれる世界規模の大戦が起きた。


 表向きには、「主神をはじめとした神族と、その力を簒奪さんだつしようと企んだ人族との戦いである」として後世に伝わっている。



 しかし、この大戦の当事者間では認識が全く違う。


 まず、「主神」とは、偶然にも種子の力を得た人間ヤガミと彼が選んだ協力者たちのことである。

 彼らは、滅びゆく故郷の人々を救おうとこの異世界を創造し、故郷の世界の人々をそこに呼び込んだ。

 その過程で間違いは多々あったし、いまだ完璧には程遠いが、ただ滅びを待つよりはマシだと努力していた。



 一方の、主神たちの主観で「救済した人たち」には、「救われた」という意識はあまりなかった。

 従前の世界ほどではないが生きていくには過酷な世界で、環境が大きく異なっているために常識や定石が通用しない。

 将来的にはプラスになるとしても、今現在がマイナスであれば不満も出る。


 主神たちも、そんな不満を改善するために、様々な分野の技術者や研究者を呼び込んだ。

 そうすることで文明を発展させて生活を安定させれば、もっと多くの人を救えると信じて。

 もっとも、安定させすぎて再び人間同士で争うようにならないようにという配慮の上でだが。



 しかし、その中に種子デュナミスの研究者が混じっていたことで、事態が大きく動き出すことになった。



 彼らは、この世界に彼らを召喚した力が種子のものであるとすぐに気づいた。

 同時に、この世界で「神」とよばれている存在が、種子の力を使える人間であることも。


 善意で人間を救う神がいないことは、以前の世界でよく理解させられている。

 そして、この世界が、バランスは非常に悪いものの、人間を救うための、人間にとって都合の良い世界である――そういう意図で作られていることも分かる。

 ただし、その「バランスが非常に悪い」というのが問題で、この「神」を自称する者が非常に無能であることが窺える。 


 ――こんな無能に任せておけない。

 ――自分たちの方がもっと有効に種子を扱える。

 ――自分たちが「神」に成り代わって種子を管理すべきだ。


 そんな想いから、彼らは種子の簒奪を決意したのだ。



 一方の主神たちからしてみれば、いきなり武力蜂起を企てているような相手に種子を奪われるわけにはいかない。

 そういった傲慢ごうまんさが、彼らの故郷を滅亡に追い込んだのだと憤るところもあった。


 ゆえに、彼らの準備が整う前に先制攻撃を行った。

 この時、どちらかが歩み寄る姿勢を見せていれば「共存」や「協力」といった道もあったかもしれないが、この時点でその可能性は無くなった。




 この大戦は、最終的に主神たちの切り札の投入によって神族側の勝利に終わったが、それに酔いしれている暇は無い。

 残された、あるいは明らかになった課題が多すぎたのだ。


 特に、九頭竜の運用を一歩間違えていれば世界を壊していた可能性もあった。


 ほかにも、現代でいうところの敵味方識別装置(I F F)に該当するものを偽装されて、対神兵器が神族からの直接的な攻撃を受けつけなくなった問題もある。

 当時は現場判断での「堕天」という手段で攻撃可能にはなったものの、圧倒的な物量で押し潰すのが当時の戦術だったところに多少が堕天したところで効果的だったとはいい難い。

 むしろ、堕天したことにより主神たちの管理下から外れ、回収できないとか命令等が行えなくなったことの方が問題だった。



 とはいえ、自主的に堕天できたのは知性と忠誠心が高かった証でもある。

 先史文明大戦終結後は、従前と同じく人に見られぬように姿を隠していることからも、それらはいまだ健在であることが窺える。


 そうして、ヤガミたちは「即座に問題となるようなことではない」と判断して、優先順位が高い作業に集中した。


◇◇◇


 地球でいうところのギリシャ南部。


 北東にキュラス神聖国、南東には西方諸国、南は地中海に該当する内海を挟んで暗黒大陸がある。

 少し前までは、北西に大魔王エスリン、西にアザゼルの支配領域もあったが、現在は空白地帯となっている。


 そんな場所に、先史文明大戦で生き残った堕天使たちの子孫が暮らす集落があった。




 大戦直後の堕天使たちは、堕天した影響で「異分子」とみなされ、天界には戻れなかった。

 また、自力では堕天を元に戻す方法も分からないため、途方に暮れるしかなかった。


 それでも、多少なりとも世界平和に貢献できたのであれば後悔は無い。

 主神からの対応、又は新たな指示があるまで待つだけだ。




 そうして、人間に過剰な干渉をしないように僻地に引き籠って一万年近くが過ぎた。


 当然、何代も代替わりしていて当時を知る者はもういない。

 今では立派な野生の堕天使である。


 それでも、主神への忠誠や世界平和を願う心までが消えたわけではない。

 一向に届かない主神の指示や堕天解除措置も、「堕天使として自由に世界を守護しゅごれ」ということだとポジティブシンキング。

 世界が愛しすぎて魔王化する者まで現れるくらいに健康的に病んでいた。



 そんな彼らの許にも届いた、世界樹の女神復活の噂。

 主神や天界の各支部との連絡手段が無いため詳細な情報までは得られていないが、それでも彼ら独自の情報網もある。



 そのひとつが、堕天使の大魔王アルマロスである。


 世界を愛しすぎて魔王化した彼は、その事実に強い誇りを持っていた。

 彼が魔王として願うのは世界平和。

 そのためなら命も捧げられる。

 当然、そんなものを捧げたところで世界平和はやってこないことは分かっているが、それでも捧げる。

 ほかの魔王たちとはひと味もふた味も違うヤバい奴である。


 彼が魔王の集会に参加しているのも世界平和のための情報収集で、ほかの魔王たちと馴れ合うつもりは全く無い。


 ただし、アナスタシア、バッカス、クライヴの3柱が堕天した神族だということは知らない程度の情報収集能力である。

 もっとも、後者二名は筋トレや武術に傾倒しすぎて「魔王」という称号を得るまでになった、ある意味では同類といえる者たちである。

 情報源にして得られるのは「美しい筋肉育成メソッド」や「戦闘技術」のみなので、見抜いたところでさほどの意義はない。


 とにかく、彼はただ世界平和のために魔王の集会に潜入していて、その動向を探っていたのだ。

 実際に世界平和に貢献できていたのかどうかはさておき、余計な干渉をしなかったことは賞賛されてもいい。




 そんなアルマロスだが、世界樹の女神の噂を聞いて「ピーン」ときた。


 先日(※堕天使的時間感覚)の魔王の集会で会った、バケツを被っていた女性がそうなのだと。



 彼女をひと目見た時から、普通の堕天使とは何かが違うことには気づいていた。


 今になって思い返してみると、バケツを被っていても隠し切れない気品とか風格を纏っていたように思う。

 むしろ、バケツも超高級品で趣があったような気がしてきた。



 そして、その女神様の翼の色は、アルマロスたちと同じ黒。

 魔王の集会に参加していたのも、彼と同じく魔王の動向を探るため。


 もうシンパシーしか感じない。

 魔王とは馴れ合うつもりはないが、同志であれば話は別だ。



 ついでに、集会を早退した理由は忘れたどころかそんな事実はなかったことになっているが、風の噂で聞いた「アナスタシアら三莫迦にお灸を据えた」ことには感激した。

 魔王ごときが(堕)天使より強いなど許されないのだ。

 それを理解させてくれた彼女は間違いなく女神である。

 これはもう仕えるしかない。



 しかし、一刻も早く挨拶に行きたいところだが、どこに行けば会えるのかが分からない。


「……とりあえず、今日も神に祈るか」


 結局のところ、彼らにできるのはそれだけだ。

 一万年もの間、特に何も起きなかったとしても。




「アルマロスよ。我ら堕天使一族の運命、お前に託す。必ずや、世界樹の女神様に我らのことをお伝えするのだ。いつでも貴女様のお力になります、と」


 そんなアルマロスも、集落では期待の星である。



 ただでさえ出生率が低く、代を重ねるごとに能力も失われていく中、先祖返りとでもいうべき突出した力をもって生まれたアルマロスは特別な存在だった。

 当然、堕天使たちは「そこには何らかの意味がある」と思い込み、集落全体で大事に育て、魔王化も何かの思し召しと好意的に解釈した。



 そうしてアルマロスは、能力的には文句のつけようがなく、人格的には平和を愛しすぎて魔王化するくらいに善良ポンコツで、堕天使というより()天使といったほうが相応しいまでに成長した。

 集落には、「彼の活躍が認められて天界に帰れる日も近い」と期待している者も多い。



「分かっているとも、長よ。それよりもだ、祈りの最中に『女神様に拝謁する際には手土産を用意すべし』との託宣があったのだが、何を用意するべきだろう? 無論、世界平和が一番だと思うが、魔王どもの首でもいいのだろうか? だが、最近はアザゼルやエスリンの噂も聞かない。……む? もうひとり誰かいたような……? とにかく、どうすればいいのか知恵を貸してくれないか?」


「さすがアルマロスよ。手土産など、我らには思いつきもしなかった! しかし、そうだな……。魔王の首を用意するのが確実だろうが、大きな争いになって、天界や人の子らに迷惑をかけるわけにもいかんからのう」


 なお、アルマロスが受けたという託宣は気のせいで、主神及び天界は一切関与していない。


 それでも、「手土産を用意する」という発想は天使にはないもので、そんな細やかな気配りができる彼の株は青天井。

 なんだか分からない安心感が集落全体に伝播する。



「世界平和以外で私たちの大事なものといえば、やっぱりアルマロスちゃんかしら。つまり、立派になった貴方が、女神様に忠誠を誓うことこそが最大の贈り物ではないかしら?」


「おばば、いい歳した大人に『ちゃん』付けは止めてくれ。だが、言っていることには一理ある。つまり、『今よりももっと男と天使を磨いて、女神様のお役に立てるよう備えよ』ということだったのだな! 承知した! では、早速滝に打たれてくるぞ!」


「「「頑張ってー!」」」


 集落の()天使たちの声援を背に、アルマロスは走り出す。


 そんな彼が運命の出会いを果たすのはもう少し先のことである。

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