20 一件落着?
ライブはいつものように大盛況。
というか、オージーの人々が「これで大災害から解放される」という安堵感とか開放感から、羽目を外してしまったことは理解できる。
しかし、狂信者がいっぱい生まれたことは理解したくない。
何がいけなかったのだろう?
古竜たちをライブの演出に使ったことだろうか?
それとも、世界樹の苗を与えたことか?
しかし、前者は朔のアイデアで、後者はいつものことである。
つまり、何も問題は無い。
それよりも、今必要なのは原因究明ではなく、事実をしっかり受け止めてどう対処するかである。
そして、それについてはアイリスがいるので問題無い。
「今回の事件はとても痛ましいものでした。ですが、古竜たちの介入がなく、禁忌に触れるもののどれかが暴走していた場合、もっと大きな被害に――初動を誤れば滅亡していた可能性もあったのです。とはいえ、この事件で大事な方を亡くされた方も多くいるでしょうし、こんな理屈だけでは納得できないでしょう」
アイリスの演説に、大勢の人が耳を傾けている。
「ですが、本来の彼女は『与える者』なのです。さきのライブでもそれは実感できたと思いますし、私の額の眼も彼女に頂いた物なのです。この眼のおかげで、私はいつも彼女を近くに感じることができてとても幸せです。つまり、ここに残った皆さんは、本来であれば奪われるだけだった未来を、彼女の恩情によって与えられたといえるのです!」
「そ、そうだったのか! 女神様、ありがとうございます! 聖樹教、万歳!」
「なるほど、うちのブラック企業が潰れたのも、パワハラ上司がくたばったのも女神様の思し召し!」
「そうだ、これからは女神様に祈りを捧げながらスローライフを送ろう!」
「歌って踊ってムラムラを育てて……素敵やん! 未来だけじゃなく遣り甲斐まで与えてくれるなんて、なんて素敵な女神様なんだ!」
なかなか無茶な論理展開をしているけれど、アイリスの《巫女》スキルにライブ直後の余韻が合わさって、集団催眠というか洗脳というか、とてもヤバい光景が広がっている気がする。
反応が100%ポジティブというのはさすがに不健全――いや、今は情緒不安定になっているだけで、極端に振れているだけだと思おう。
それはそうと、一部の人の未来にとても不安を覚える。
ムラムラって食べられるのかな……?
麦とか育てた方がいいのでは?
それも一時的な気の迷いならいいのだけれど、そうでなかった場合は死活問題になるかもしれない。
とりあえず、世界樹の苗を少しだけ実用的にしておいた方がいいかもしれない。
アイリスにこれだけの演説をさせておいて、「滅亡しました」では後味が悪いしね。
◇◇◇
その後、やっぱり不安になってきたので、湯の川から見習期間を終了している巫女を何人か連れていって、オージーでの聖樹教の教導を任せることにした。
今の彼らに世界樹だけ与えて放置するのは不安だし、私やアイリスが残り続けるわけにもいかない。
あまり布教活動などはしたくなかったのだけれど、私の意図するところではない解釈を広められても困る。
というか、既に私の意図していない状況ではあるのだけれど、これ以上悪化することがないよう手を打つのが次善なのだ。
巫女たちには悪いけれど、クリスに頼んで行き来できるポータルでも作ってもらえば、負担も少しは減るだろう。
完成するまでの間は不自由をかけるけれど、どうにか頑張ってもらおう。
そうと決まれば、早速シャロンを通じて巫女たちにその件での募集をかける。
すると思った以上に反響があって、選抜が行われることになった。
てっきり、みんな湯の川から離れるのを嫌がるかと思っていたのだけれど、新天地での活動にやる気満々である。
逆に不安になってきた。
それでも、選抜を勝ち抜いた巫女たちが、目をキラキラさせて「頑張ってきます!」などと言っているのを見るともう止められない。
まあ、なるようにしかならないのだろうし、割り切ることも必要なのだろう。
◇◇◇
この件はこれで終わりだと油断していたら、この対応を知った各所からポータル設置や巫女の派遣等の要望があがってきた。
まずはロメリア王国王家。
アルの出向以降、王位を息子に譲って「湯の川との調整役」という名の名誉職に就いていた前国王と王妃が、どこで聞きつけたのか「王国にもポータルを! 決して悪用しませんから!」と懇願してきた。
アイリスと頻繁に会いたいのかもしれないけれど、それにしてもちょっと必死すぎて引いた。
さらに、「父上ばかりずるい! 私たちにも使用権を!」と現国王が言い出し、それが「王の特権にしてしまうと、確実にお家騒動の火種になります! 王位継承権がある者まで拡大させなければ!」と拗れてきて、面倒になったのでシャロンたちに任せて逃げた。
それから、アズマ公爵家が少し遅れて。
こちらは王家の動きから察したのだと思うけれど、この件がこれ以上王国内に広がる前に、「他言無用」「利用者の制限」などの条件をつけた上で許可するはめになった。
人を神のように崇めておきながら脅迫めいたことをしてくるとはどういうことか。
また、ヤマトとチェストからも、現地を管轄する神族経由で同様の要望があった。
これについては完全に神族の暴走である。
ただ、既に神託を使って人間を煽っているとか、善意か悪意かなど論じても意味が無い状態になっているので選択肢が無い。
さらに、ウェイストランドやラテンウェイストランドの神々からも、「ほかの地域ばかりずるい!」と不満の声が上がっている。
その辺りでは、少なくとも私は目立つ活動をしていないのに……。
しかし、その不満の声を拾ったのが湯の川在住の神族で、それが巫女たちに伝わって、当然のようにやる気になっている。
「ユノ様のご威光を世界に遍く広めることは我が使命! そして喜び!」
「これでまたひとつ世界がユノ様で満たされる! そのお手伝いができるなど、なんという幸運か!」
「ユノ様を称える者には幸福を! 認めぬ者には裁きを!」
巫女の中には思想がヤバい感じの人もいるのだけれど、選考基準はどうなっているのだろうか。
「主義や思想が違っても、住み分けるとかすればいいだけだから」
とりあえず、過激派集団にならないように釘を刺しておく。
「はいっ! ユノ様を信じる者は極楽へ、信じぬ者は地獄行き! 分かっていますとも!」
とてもいい返事だけれど、何も分かっていない……。
これが巫女たちに向き合ってこなかったツケだというのか……。
とはいえ、向き合ったら向き合ったで違う問題が出てくるのも想像に難くない。
ある意味、半分以上人間を止めてしまったシャロンたちがそうなのだから。
これでよかったのかどうかは分からないけれど、本人たちが幸せそうなのがせめてもの救いか。
◇◇◇
とにかく、人選が終わって、準備ができた巫女たちを早速現地へ送る。
ポータルの完成を待っている間にどうなるか分からないからね。
それはそうと、現地の人たちとの顔合わせの前に、ひとまず巫女たちを連れて現状視察を行う。
といっても、瞬間移動で数箇所回っただけだけれど。
オージーでは、生き残った人たちの大半は、中央――聖地というかライブ会場に集結している、若しくはそこに向けて移動中で、かつての都市部はほぼ壊滅状態。
ここからの自力での復興は極めて難しいと思われる。
だからこそみんな聖地に集まっているのだろう。
とまあ、現状を把握できていないと後の話なんてできないけれど、時間をかけて視察できる状況でもない。
巫女たちにはそんな感じのことを理解してくれればと思う。
「これがオージーですか……。ユノ様にお聞きしていた以上に荒れた地ですね」
「ですが、この地をユノ様の恵みと信仰で満たせるかと思うとワクワクが止まりませんね!」
「では、早速神殿の創建にかかりましょうか!」
オージーの現状視察を終えた巫女たちのやる気が更に増していた。
それはいいのだけれど、神殿は必要?
住居とか食料関連施設の復旧が先では?
いや、世界樹とそれを扱える巫女がいれば、自動販売機の扱いと同じ感じで食料はどうにかできると思うけれど……。
結局のところ、自動販売機にできて世界樹にできないことはないはずである。
そして、シャロンたちは世界樹と対話ができているらしい。
脳内麻薬の出しすぎで頭があれになっているのだろうか?
真偽のほどは分からない。
とはいえ、そう「信じる」ことは無駄ではない。
世界樹と心を通わせた巫女たちが、ほかほかのご飯や極上のお肉を創り出す。
もちろん、世界樹の魔素が原料だけれど、彼女たちの想像力や意思があってのことなのも間違いではない。
とにかく、思わぬところで――最悪のタイミングで真偽が判明した。
その奇跡を目の当たりにした現地の人たちが、一瞬で「信仰」という沼の深みに堕ちる。
……アイリスが言うには、ライブの時点で既に堕ちていたそうだけれど、更に深みへ。
そうして、オージー再建が聖地から始まる。
“聖地”とか“奇跡”という単語がなければ「良い話だったね」で終わるのだけれど……。
◇◇◇
「あの時助けていただいた金竜です! ご恩を返すまでは帰りません!」
「あの時助けていただいた人間です! ご恩かこの命をお返しするまでは帰れません!」
「いつもお世話になってます! 死後もお世話になるつもりで来ました!」
あれやこれやと理由をつけてオージーから撤退して、全てを忘れようとしていたところ、金竜と彼のお気に入りの母娘が自力で湯の川にやってきた。
というか、押し売り動物報恩譚が気に入ったのか、母親の方にも感染している。
娘の方はもう手遅れかもしれない。
「やはり来おったか。じゃが、新入りとして先輩たる儂らに敬意を払うなら置いてやらんでもない」
「おう、新入り。ジュース買ってこいや。金は後で払うから立て替えといてくれ」
「あら、湯の川では普通のお金なんてほとんど使えないのに、性悪ねえ」
「それどころか、自動販売機くんから強盗しようとすれば……。ククク、酷いことを考える奴もおるものだ」
「盟友よ、気をつけろ! 奴の名を盟友の故郷の言葉でいうと『サン』! そして、奴の首の数も『さん』! つまり、組織の……どういうことだ?」
「黒は相変わらず莫迦だなあ。もっと考えてから喋りなよ。設定とリンクできてないじゃん」
「そもそも、つまんない駄洒落はハニーみたいに可愛くないと許されないのよ? アンタもジュース買ってきなさいよね」
「ワタシのスーパーコンピューターによると、『お前らがジュースになるんだよ!』との解が出ています」
「よっしゃあ! カラッカラになるまで搾ってやるから覚悟しろよ、おらあ!」
「フハハ! ユノに搾られるなら本望だが! むしろ、ご褒美だろう!」
うわあ、うるさい。
「ユノ様、賑やかになってよかったですね」
「ユノ様、おめでとうございます! 古竜コンプリートまであと一歩です!」
「では、宴会の準備をしなければいけませんね!」
シャロンたちにはこれが慶事に見えているのだろうか。
というか、古竜コンプリートって、灰は人間で、しかも迷惑なだけの人だよ?
予備軍は湯の川にもいっぱいいて、誰が灰になってもおかしくないんだよ?
……まあ、いい。
灰は本人の資質でそうなるのではなく、環境がそうさせるようだし。
だったら、人の運命は「生まれ」で決まるものではないのだと、環境や本人の意志でいくらでも変えられるのだと証明してみせようか。
「じゃあ、宴会終わったらでいいから、町の人たちが気軽にメンタルチェックやケアができるような体制を考えて。他人には言えない悩みを抱えている人や、それで追い詰められている人もいるかもしれないし」
もちろん、人任せだけれど。
私がやると洗脳とかになってしまうおそれがあるしね。
「承知いたしました! ユノ様の治める町で不幸な者などいるはずがありませんが、宴会参加にメンタルチェックを必須とします!」
「むしろ、幸福であることが私たちの義務! つまり、不幸とは不孝と同義!」
「不孝者には幸福の何たるかをしっかりと教え込んでやります! では、行ってまいります!」
え、ちょっと待って……!
なんだか思っていたのと違う展開になったけれど、修正点を言葉にする前に散開されてしまった。
……まあ、なんだかんだといいながらも私の意を酌んでくれる彼女たちのこと、そこだけは裏切らないだろうという信頼感はある。
その代わり、宴会やライブの頻度が高くなる気がするけれど。
『ヤマトやチェスト、ウェイストランドにオージーもって、世界進出も果たしたしね。これからはもっと頑張らないとね』
……そういえばそうだった。
なぜこんなことになってしまったのだろう?
せめて、これ以上増やさないように気をつけるしか――それとも、投影型神託システムを利用させてもらおうか?
やっぱり、私的利用は駄目かな?
それ以前に、父さんの仕事を増やすのはまずいか。
とにかく、これ以上おかしくならないよう、せめて妹たちがこっちに来るまでは大人しくしておこう。
お読みいただきありがとうございます。
本章はここで終わり、幕間を挟んで次章からはまた日本が主な舞台になります。
当初は次章を日本編の終わりまで書くつもりでしたが、長くなりそうなのでキリの良いところで区切って十六章とし、現在と同じペースで更新する予定です。




