18 バグ
『「……」』
予期せぬ事態に、ユノと朔が困惑していた。
「何やらよう分からんが、最近お主の名を唱えながら悶えておる者が増えてきて怖いんじゃが?」
「唱えているのではなく、歌っている――つもりなのではないか? 身体的ダメージや恐怖で震えているだけで」
「どちらにしても、貴女の名を出されると攻撃するわけにもいかないから引き返しているのだけれど……」
オージー西海岸から広まった「世界樹の女神を賛美する歌と踊り」は、その効果が実証されると、瞬く間にオージー全土に広まっていた。
「この地の人間どもがなぜユノの名を知っているのか……。よもや、内通者でもおるのではないか?」
「おーう。おー、ユノ、あいらびゅー。愛してるーんごっ」
『「……」』
こんなことになっている経緯は彼女たちには分らない。
しかし、その歌と踊りは歌詞の酷さも相まって、ユノたちにダメージを与えるに充分なものだった。
カムイが可愛らしく歌っても、ヤク〇トで口を塞ごうとするくらいには。
「恐らく、組織の仕業だろう。奴らのことだ、この機会をずっと窺っていたに違いない……! くっ、してやられた!」
「僕の幼馴染なんだし、ユノの名前くらい全世界が知ってても不思議はないでしょ。魔界だって――魔界? うっ、頭が……!」
「黒の言ってる『組織』って何のこと? ハニーのファンクラブとか? それならちょー入りたいんだけど!」
「ワタシの計算では、妄想である確率99.8%。しかし、ファンクラブが存在する確率は666%。ダーリンの影響力を考慮すると“本家”“元祖”“真祖”等、複数存在していると思われます。よって、新規――神姫ファンクラブを設立を推奨。発足人であるワタシが全権力を握るダーリン管理クラブ――」
「で、そろそろ終わりにしていいの? おいらもう飽きてきたんだけど? ってかさ、人間のよりユノのライブとやらを見たいんだけど」
「待って、こんな状況で私に歌いに出ていけと?」
古竜たちにとって、ユノを讃えて歌い踊っている者たちを攻撃することはできない。
そのクオリティがどれだけ低かったとしても、そこにある真剣さは本物だと竜眼で分かってしまうからだ。
それで余計に人間たちの歌や踊りの酷さが加速する、ある種のスパイラルが完成していた。
正か負かは分からないが。
ユノにしても、人間たちが必死になっていることは分かる。
それが分かったところでどうすればいいのかは分からないし、火に油を注ぐことを恐れて動けないが。
「じゃが、どうする? わけが分からんのはいつものことじゃが、もう収拾がつかんぞ?」
「だが、これは湯の川でもよく見る光景ではないか? クオリティは比較にならんが」
「湯の川のはこんな切羽詰まった感じではないと思うけれど……」
「ユノの魔素でキマっているかどうかの差だろう? 気にするだけ無駄だからさっさと歌え」
「待て、組織に操られている可能性もあるのではないか? だとすると、呪縛から解いてやるためにも盟友が歌うしかないな」
「っていうかさ、本物を知らなきゃこんなものなんじゃない? やっぱ、ユノが歌うしかないね」
「人間はどうでもいいんだけど、ハニーが歌ってくれるならあたし何でも手伝うよ?」
「ワタシの計算では、皆ダーリンの歌が聴きたいだけの確率100%。ワタシも聴きたいので200……300……更に上昇中」
「おいらにゃよく分かんねーんだけど、待ってて状況が良くなんの? 歌って解決すんなら歌えばいいじゃん」
古竜たちの意識は既にユノのライブにしか向いていない。
「ここでユノ様に朗報です。先日、システムがアップデートされまして、神託機能の一部が強化されております」
「音声や思念だけではなく、映像でも下せるようになりましたので、オージー全土、全人間にユノ様のライブを届けることが可能です!」
「さすがに魔力の消費も相当なものになりますが、ユノ様のライブの礎となれるなら、我々はここで果てても本望です!」
そこに神々も追い打ちをかける。
喝采を送る古竜たち。
困り果てるユノ。
「私は現段階でユノを出すのは反対です。現状では『悔い改めた』というより、ただの命乞いに見えますし。それよりも、最初にユノの名を唱えたのはどなたなのでしょう? 全体を見るとわけが分かりませんが、スタート地点には原因となるものがあるはずです。まあ、それが分かったからといって現状が打破できるとは限りませんが……」
タイミングを見計らうように、アイリスが救いの手を差し伸べる。
ライブに目がくらんでいた者たちには面白くない展開だが、ユノの嬉しそうな反応を見ると無理は通せない。
「それでしたら、我ら神族の総力を挙げてその者を捜しましょう」
「では早速非常招集をかけてきます!」
「ついでに、新たな神託でも下しますか?」
「あ、それでしたら、ここと、ここと、ここの軍事施設――いえ、研究施設でしょうか? 戦略的にはこんな所に基地を造る意味がありませんし、研究施設にしても不便すぎます。もしかしたら、何か後ろ暗いものがあるのかもしれません」
『なるほどね。言われてみれば、こんな所に施設を造るのは不自然だ。ボクたちや古竜なら大した大した距離でもないけど、人間だと車があっても相当な距離だ。そんな物が、各国に少なくともひとつ以上ある。これはまあ、何かしら出てくるだろうね。それで、民衆にそれを暴かせて、主導者に罪を償わせることで幕引きを図ろうってことかな』
軍事施設など、破壊して使用不可能にしてしまえば終わりだと考えていた古竜たちにとって、アイリスの指摘は正に目から鱗が落ちるものだった。
「ふむ。じゃったら、儂らで先に下見してきた方がいいじゃろうか?」
「それがいいだろう。危険があった場合、今の人間どもでは対処できんだろうしな」
「禁忌的に触れるものがあったらまずいし、先に利用不可能にしておくべきでしょうね」
「禁忌ではなくても、倫理的にまずいものであれば体制派がそれを隠そうとするだろうしな。人間同士の争いになっても困る」
「なるほどな。アイリスはここが組織のアジトだと気づいたわけか。さすがだな」
「それじゃあ、僕はこっちに。ユノ、見ててね。君のために禁忌を暴いてくる。でも、瘴気兵器ならトランザムしてね」
「どんなに科学が発展しても人間は愚かなままなのね。禁忌はハニーの専売特許なのに……! 許せないわ!」
「禁忌が無くてもでっちあげてしまえばいい。私のスーパーコンピューターがそう言っています」
「やっぱ人間は駄目だな。ここで根絶しちまった方が世界のためなんじゃねえの? ま、ユノが望むなら生かしといてやるけどさ」
そして、禁忌が存在するという体で話が進んでいく。
◇◇◇
「愚かな人間どもめ……。よもや、人間を――魂を動力にした飛行船を開発しようとしていたとは……!」
「間違いなく禁忌だった。もちろん、跡形もなく燃やし尽くしてやりましたよ」
「莫迦ね。人間たちに対処させる計画だったのに、何をやっているのかしら? その点、私たちは抜かりないけれど」
「うむ。こちらでは、人間を魔物化する――それに襲われた者も魔物化するという呪いが研究されていた」
「毒や疫病ならともかく、呪いは専門外なんだが、証拠とするのに充分な数のサンプルだけを残して、ほかは処分してきたぞ」
「僕らの方では瘴気兵器が開発されてたよ。残念だけど、最初に施設を破壊した時に贄にされてた人間たちが死んでて、もう手遅れだったよ」
「瘴気はあたしの風でも浄化できないからね。残念だけど埋め直してきた。褒めて、ハニー!」
「こちらでは、人体改造――強制進化計画が進んでいました。ケモ耳や尻尾、翼などの追加、巨・複乳化にフタナリ化、メガネ化など、禁忌とまではいえなくても、生命倫理的にアウトの確率95%。残り5%はダーリンの成功例による期待の表れです」
「なんかよく分かんなかったけど、出来が悪すぎてムカついたから、布教用のユノの人形置いてきたぜ。これで人間どもも『真の神の偉大さ』ってやつを思い知るだろうぜ」
「私どもの方では、ユノ様の情報の発信源を突き止めました。特別なところは何も無い女でしたが、背後に金竜の存在を確認しました。奴の思惑までは分かりませんでしたが、既にユノ様を崇める一大勢力が誕生しております」
一部では本当に禁忌に触れていた。
さらに、一部では火に油を注ぎ、注がれてもしていた。
「しかし、やはり信仰を失った人間は道を誤ってしまうのだな……。それでも、ここにユノ様が現われたのは天の導きというほかない」
「うむ。では早速神託を下そうか。『[速報]罪と向き合うキャンペーン開催中[救済]。自らの手で罪を清算し、楽園行きのチケットを手に入れよう! 詳細と日時・場所は“ココ”をクリック。続きを読む……』」
「これでいいのか……? 新たな神託は、何というか随分とハイカラだな。とにかく、起動――っと」
そして、アップデートによりバグっていた神託システムが発動される。
バグとは、顕在化して初めて分かるものである。
それ以前に分かっていれば修正されるのだから当然である。
今回の場合、神託システムの改修・改善作業担当ノクティスが、ほかにも多くの業務を担当していて管理しきれなかったところに原因があった。
一応は彼のミスではあるが、その労働環境を知っていれば彼を責めるのは酷だと考える者が大半だろう。
それに、一部を除いて実害が出なかったこともあって、処分等は無し、修正作業を急ぐだけに留まった。
そうして、オージー各地の空に投影される、屈託なく微笑む女神の姿。
ノクティスがつらい作業の心の支えにと、いつでも見られるようにと端末に保存していた愛娘の写真――その中でもとびっきりのものが流出した。
飢えや恐怖で絶望していたオージーの民衆は、それを見た瞬間に不安を忘れて、促されるまま虚空をクリックしまくる。
詐欺には気をつけなければいけないことは分かっていたが、最早「かの女神になら騙されても構わない」者ばかりである。
一方で、禁忌を推進、若しくは黙認していた自覚のある者たちには不安しかない。
その不安も、「各地でクーデターが発生している」との報を受けて、すぐに絶望に変わる。
ついでに、巫女以外にも視聴可能な神託に、サンとその影響を強く受けていた母娘も大興奮。
自分たちの行いは間違っていなかったのだと自信を深める結果となる。
そうして、彼らが感化した少なくない一般人や兵士を連れて各施設を訪問して、禁忌に触れた報いを知ったり、竜型になったサンと一緒にバイオハザードを鎮圧したり、ユノの神像を発見して大喜びすることになる。




