16 ライジングサン
――第三者視点――
自身を「太陽」だと称して自惚れていたサンは、そこで初めて「世界」の美しさを知った。
それが人間にとっては毒になる――と、人間を心配する気持ちも嘘ではない。
しかし、それ以上にそこでの暮らしを許されていることに対する嫉妬の方が強かったかもしれない。
人間は堕落し増長する生物である。
だからこそ、自分たちのような天敵が存在するのだ。
つまり、ここに必要なのは人間ではなく自分なのだ――と。
そうして世界樹の圧倒的な存在感に動揺し、世界のあるべき姿を思い描いていたところに、その創造主が現れたのだ。
サンは、未来視と過去視の竜眼を持っていて、それらを通じて現在を観ることにより、様々な問いに対する回答を一瞬で出せるユニークスキル《回答者》がある。
エクストラではなくユニーク止まりなのは、《回答者》で出てくる解が決して最適解ではない――「誤答でも回答のうち」とされるからだ。
そんな《回答者》が出した解は、「好き」の一語である。
何かが間違っている気もするが、その気持ち自体は限りなく正解に近い気もする。
何しろ、サンの目の前には、竜が――生物が好む要素を全て凝縮したような存在がいるのだ。
キューちゃんに唆されてうっかり素顔を曝したユノが主原因とはいえ、未来・過去視のような高次の情報が見ることができる眼を持つ彼には効果覿面だった。
当然のようにユノにひと目惚れしたサンが、アーサーのように完全に屈しなかったのは、彼の心が強かったからにほかならない。
あるいは、ユノの塩対応や、彼女が胸に抱いていたキューちゃんの存在が彼を正気の淵に止まらせたのかもしれないが、それでできたことといえば子供のような反発だけだった。
サンの冷静な部分が「この状況はまずい」と警鐘を鳴らすも、それ以上にユノに興味を失われることが怖いため、とにかく思いつくままに口を動かした。
舞い上がっていたため、口にした内容はよく覚えていない。
不適切な表現も多々あったはずだが、彼女が気分を害した様子はない。
それどころか、そんな彼をも真摯に受け止め、可能性を信じているようなことを言う。
その直後にユノが展開した彼岸花型の領域を見て我に返るも、時既に遅し。
人より多くのものが見えるサンだからこそ、試すまでもなく分かってしまう。
彼の浄も不浄も焼き尽くす炎も、引力や斥力を操る能力も、爪も牙も、能力の何もかもが通用しないことが。
それは正しく天上の花というに相応しいもので、そこに至らぬ翼しか持たない彼には欠片ほどの可能性もないのだ。
一方のユノは、いつものように花弁を操ってサンを侵食しようとしたが、彼岸花の形状と色でそうするとかえって生々しい触手に見えることに気づいた。
そこで、慌てて花弁を回転させて彼に突撃させる方法に切り替える。
期せずして言葉どおりの「花びら大回転」が実現した形になったが、それにコメントをする余裕のある者はいない。
朔が加えた更なるアドリブのせいで、それどころではなくなったのだ。
彼岸花型領域の花弁の先端から、高密度のエネルギー弾が間断なく発射され始めた。
エネルギー弾の弾速はそう速いものではなく、追尾能力は弾体ごとに差があるものの総じて弱い。
しかし、彼岸花型領域は複数で、移動と回転をしながら発射され続けているため、密度が高く規則性も無い。
突如として始まった3D弾幕シューティングゲーム。
朔の恩情か、エネルギー弾は破壊も可能な設定になっている。
ただし、破壊にはサンの能力を持ってしても相当な労力を要する上に、大元の彼岸花型領域は破壊不可能なので、実質的に「勝利条件」が設定されていない。
サンもこのような状況は初めてだが、《回答者》の能力もあって、ゲームの意図はおおむね理解できた。
未来視と過去視、そして《回答者》をフル活用してユノの許へ辿り着け――そう都合の良い解釈をしたものの、ユノと朔にそんな意図は全く無い。
その誤解は致命的で、更に彼女の胸に抱かれた九頭竜に嘲笑われたと勘違いしたことも加わり、完全に彼の心に火が付いた。
恋とは、障害が多い方が燃えるのだ。
弾幕系シューティングゲームのように、エネルギー弾の1発に当たったからといって即ゲームオーバーになることはない。
普通にダメージを受けて、HPが減少するだけだ。
彼のHP量とダメージ量で単純計算すれば、数十発は耐えられる。
ただ、被弾を無視して突っ込めば簡単に限界を超えてしまうし、そうでなくても小さな破綻は破滅に向けて着実に積み重なっていく。
また、《回答者》の性能がどれほど高かったとしても、「回答を出すのに要する時間」と「行動に移す時間」をゼロにはできない。
未来視を併用してその差を埋めることも不可能ではないが、ただでさえ悪い燃費が更に悪化する。
何より、エネルギー弾が普通ではないことが状況を悪化させる。
正直なところ、サンの巨体は弾幕シューティングには不向きである。
だからといって人化すると、弾幕を打ち消すための攻撃力が不足し、機動力と耐久力も大幅に減少する。
苦肉の策として、身体の末端を犠牲にすることでダメージコントロールをしようとするも、どこに当たってもダメージは同じ。
この世界には固定ダメージ系スキルも存在しているが、どれだけ盛っても上限は3桁程度。
66,666の固定ダメージを垂れ流す破壊不能な砲台など、悪夢でしかない。
客観視すれば、「撤退」あるいは「逃走」が最適解なのだが、「ひと目惚れした相手に可能性を示す」という前提条件が付されているサンにはそれらは選べない。
さらに、「殺しはしない」発言とか、実際に稼働していない彼岸花型領域がある――明らかに手加減されている事実が、彼の負けん気を刺激し、判断能力を子供レベルに落とす。
しかし、どれだけ未来を観て最適解を選んだとしても、破滅までの時間稼ぎにしかならない。
一発、二発と、被弾数が少ないうちはまだ我慢できた。
それが、十発、ニ十発と嵩んでくると、仕事をしてくれない苦痛耐性に不満が湧き、思考にも靄がかかり出す。
さらに、三十を越えたあたりから集中力の低下により連続被弾も増えてきて、五十を越えたあたりで完全に死に体になってしまった。
まだHPは残っているが、ここからは逃走はおろかろくに抵抗もできず、ただ削りきられるのを待つだけ。
朔なりに「ユノの間合い操作」を再現した形ともいえるが、ユノ的には物量で押し潰しただけ――それも間合い操作のひとつではあるが、「無駄が多すぎる」と評するところである。
サンが、この時点の未来を開始前に観ることができていれば結果は変わっていたかもしれない。
しかし、《未来視》で見える未来は数秒が精々。
むしろ、ここでは《回答者》がありもしない幸せな未来を思い描いて足を引っ張っているため、その精度を下げている。
サンの意識は、既に死線の先に向けられていた。
こんなにも一方的に負けるのは初めてのことで、悔しさも当然あるが、それ以上に感動の方が大きい。
この結果は、ひと目惚れした感覚が間違いではなかったという証明でもあるのだ。
当然、戦闘能力の高さと恋愛感情には直接的な作用は無い。
あるいは「吊り橋理論」のようなものも作用しているのかもしれないが、それよりは「恋は盲目」といった方が近いかもしれない。
ユノはサンを殺さないと言ったが、HPがゼロになった時、今までの彼は死んで、新たな彼が生まれる予感がある。
それがただの思い込みか、高次の情報を見た結果なのかは本人にも分からない。
そして、ついにはサンのHPがゼロになった。
ユノの宣言どおり、彼は死んでいない。
しかし、それでもまだ撃ち込まれ続けるエネルギー弾。
死んでいなければ何をしても許されるというわけではないし、彼女もそれは理解している。
ただ、彼岸花型領域を操っているのはユノだが、エネルギー弾を出しているのは朔で、「死ぬ前に手を止めよう」「結果として死ななければいい」という両者の認識の齟齬によるものである。
サンのHPがゼロになる直前に彼岸花型領域は停止したが、既に発射されているエネルギー弾は消えずに彼に向かっていく。
それは、死んではいないが行動不能な彼に次々と命中して、HPをマイナスにしていくと同時にノックバックさせていく。
明らかにオーバーキルだが、HPを確認する術を持たないユノたちには「死んでいない」という結果だけが全てである。
エネルギー弾に押されてどんどん上昇していくサンの身体とHP負債。
そうして彼は星になった。
「……奴の望みどおり、天に昇って太陽になったのだ。奴も本望だろう」
「そうなの……? まあ、いいか」
湯の川は今日も平和だった。




