15 竜が如く
金竜は遥か上空から湯の川を観察していて、時折「莫迦な……!」とか、「これは許されんだろう……!」などと呟いている。
さすがに「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」などというつもりはないけれど、どこで誰が見聞きしているか分からないので、迂闊な言動は避けた方がいいと思う。
特に私の場合は名場面集とか作られるくらいに監視されていて、しかもその視聴に年齢制限などが一切ないので、本当に言動には気をつけなければいけない。
とにかく、金竜の湯の川に対する評価がネガティブであることは間違いなく、「俺がガツンと言ってやらねば!」などと言っていることからも攻撃の意思も確認できる。
話が早くて助かる。
よっしゃー、やったるぞー。
「ユノよ、いきなり攻撃するのはいかんぞ。しっかりと『負けたこと』を理解させんと意味が無いからな。特にユノの場合は記憶を吹っ飛ばすとか書き換えることもあるから注意が必要だ」
む、キューちゃんにまで心を読まれた。
どれだけ言動に気をつけていても、こんなこともあるから油断できないのだ。
「まず、我がユノの素晴らしさを話して奴を本気にさせよう。平時のユノでは、どれだけ強がったとしても可愛いだけだし、バケツを被っていると見縊られてしまう。だからといって初っ端から領域を出して威嚇すると、心が弱い者は壊れてしまうからな!」
随分な言われようだけれど、私が侮られるのはそう擬態しているところが大きい。
その方がメリットが大きいからね。
もちろん、その気になれば領域無しでも強者の雰囲気とか出せるはず。
というか、身体の動かし方とか間合いの取り方を見ていれば分かるでしょう?
そういうのを見抜いてこその強者ではないだろうか?
「ふむ、また余計なことを考え始めておるな? 話が長すぎたか?」
「……! そんなことないよ? もう行っていい?」
余計なことではないと思うよ?
何を考えていたかは話しかけられた瞬間に忘れたけれど。
さておき、キューちゃんを抱えたままでは瞬間移動ができないため、一度領域に取り込んでから湯の川の遥か上空にいる金竜の前に出現する。
「よく見れば神や悪魔までいるではないか! どうなっているのだここはっ!? これは迂闊に――」
しかし、彼は地上を観ることに夢中になっていて、私たちに気づかずに独り言をこぼしている。
三本も首があるのに、みんな同じ所を見ていているのは無駄なように思えるのだけれど……。
まあ、いい。
彼が呆けている間にキューちゃんも胸元にセット完了。
「ふはは! 油断しすぎではないか、金よ!」
「「「っ!?」」」
突然のキューちゃんの呼びかけにビクッとする金竜。
キューちゃんめ、人には不意打ちは駄目だと言っておきながら――いや、彼も竜なのだし、いちいちまともに取り合ってはいけないのだろう。
それよりも、だ。
「こんにちは。キューちゃんも挨拶はしよう?」
「うむ、そうだな! こんにちは!」
素直で元気が良いのは大変よろしい。
「きっ、貴様は九頭竜か! やはりここにいたのか!」
「なんだその姿は!? 何を企んでいる!?」
「その方が『女神ユノ』か! けしからんっ!」
三つの首で一度に大音量で話されると鬱陶しい。
私や聖徳太子くらいの認識能力がなければ聞き分けられないよ?
というか、挨拶も返してくれないし、何だか分からないけれどディスられただけだし、聞き分けなくてもよかったかも。
「我がどこに行こうが我の勝手だろう! だが、『企み』などと勘繰られるのは心外だな! ふむ、強いて言うなら、破壊によらずに創られる世界を見てみたいと思ったからだが! 破壊神は卒業したのだ!」
む、キューちゃんにでかい釘を刺された気がする。
「戯言を! 貴様のセガ――いや、性がそうそうに変わるものか!」
「名を消したからといって過去が浄化されると思うなよ!」
「なんだその露出の多さは!? 全くもってけしからん!」
この竜もくせが強いなあ……。
というか、ひとり――いや、ひと頭に完全にロックオンされている。
最終的には私に集中してもらわないと困るのだけれど、特に理由も無く絡まれるのは怖い。
私が何をしたというのだ……。
「確かにそうかもしれん。今も貴様に対する怒りで身が引き裂かれそうだ。だが、今の我には破壊衝動に身を委ねるより、ユノにバブみを感じてオギャることの方が重要なのだ! 邪魔せんでもらおう!」
キューちゃんがギュッと抱きついてくる。
可愛い。
けれど、変な言葉は覚えないでね?
「貴様あ! 九頭竜を誑かすとは何事だあ!?」
「言葉の意味はよく分からんが、素直に羨ましい!」
「これがNTRか!? 俺の炎が嫉妬に染まる……!」
うわっ、全部にロックオンされた。
というか、かなり錯乱していない?
「ふはは! 寝言とNTRは寝てから言え――はさておき、精神破壊も心地よいものだな! これは新たな境地! やはりユノはすごいな! 見たか、これが我の女神の力だ!」
言葉のチョイスとか、素直に褒めにくいところはあるけれど、新たな境地を開拓したのは褒めてもいいのか……?
よく分からないけれど、撫でておくか。
それはそうと、私の強さアピールはその路線でいくの?
あまり効果的なようには思えないのだけれど。
「くっ! 九頭竜め、まさか精神攻撃まで身につけていたとは!」
「これも世界樹の影響か!? そうして世界樹を独占して、守護者を気取るつもりなのか!」
「ああーっ!? なでなでいいなあ! ただただ羨ましい! 妬ましい!」
……この世界の人は、三人集まればひとりは変な人が交じるような気がする。
この金竜はそれをひとりで体現しているのだろうか。
だとすると難儀な生物だなあ……。
「ふはは! 我が世界樹を独占しているだと? 莫迦も休み休み言え! 世界樹は誰にも独占できん! ついでに、守護者も必要無い! ユノは誰よりも美しくて強くて可愛いからな!」
おっ、ここでそういう振りになるのか。
もっとも、キューちゃんが言っても「可愛い」とか「微笑ましい」といった感想しか湧いてこず、効果的とはいい難い。
金竜の様子にも変わったところはないし。
それでも、これがキューちゃんから託されたバトンであるなら、そして妹たちの居場所を守るためにも、その期待に応えてみせよう。
「あの世界樹に何を感じているのかは分からないけれど、ここは人の持つ可能性を育む地で、あれはただのシンボルみたいな物ですよ。悪用しようとするのも、それを阻もうとするのも自由だけれど、最低限それに相応しい可能性は示してもらわないとね」
とはいえ、突然攻撃するわけにもいかないので、そういう状況に持っていくために口を動かす。
ちなみに、全くの嘘ではないけれど、そこまで深く考えていない――つまり、雰囲気で話しているだけなので、次に同じ機会があれば違うことを話しているかもしれない。
朔に任せたいところだけれど、どちらにしても適当なので、それならせめて私自身の言葉で語るべきだろう。
「人の持つ可能性の素晴らしさという点では同意だが、これは明らかにやりすぎだろう!」
「草花とて水をやりすぎれば枯れてしまう! 人も同じぞ!」
「こんなにけしからん身体つきでは性に目覚めるだけではないか!」
これまた個性的な竜だなあ。
まともな成分が三分の二、イカれているのが三分の一。それが同時にくる。
確かに、キューちゃんの言ったとおり、口喧嘩なら三倍くらい強いかもしれない。
これは分体で対処するしか――いや、まともに相手をしない方がいいのか?
うん。キューちゃんがまねをすると困るので、まともに相手にしない方針でいくか。
「この町を見れば分かるように、人の可能性も捨てたものではないですよ。それに、貴方も竜なのだし、確かめたいことや主張したいことがあるならその身をもって確かめればいいのでは?」
少し話が飛躍した気もするけれど、勢いで誤魔化そう。
私の背後に、幾輪もの領域の花を展開する。
今回は、時期的には少し早いけれど彼岸花にした。
以前にも出したかもしれないけれど、領域の色味も調整できるようになったので、今回はきちんと赤い。
これで「触手」などといわれることはないと思う。
それに、彼岸花の根には毒があって、昔の農家の人が害獣対策として畦などに植えたと聞いたこともある。
つまり、害獣から湯の川を守るにはもってこいのものである。
「これは世界樹の花か!?」
「花びら大回転してる!」
「曼珠沙華エッチすぎる!」
えっ、「世界樹の花」はさておき、回転はしていないし、曼珠沙華――彼岸花の別名もエッチではないと思うのだけれど……?
というか、曼殊沙華って日本語をよく知っていたな。
竜の生態とか感性はよく分からないし、気にしても仕方がないか。
「ふはは! やはりユノには花がよく似合う! 花で殴りつける感性はよく分からんが、ちょっとエッチな気がするのは我も同感だ!」
む、キューちゃんまで。
しかし、改めて言われてみると、花を武器のように使うのはわけが分からないな。
今更だけれど。
とはいえ、今更棒や剣に変えるのもどうかと思うし、花の方が可愛いので、何も問題は無い。
それに、花が咲いた後には何かが実るかもしれないしね。
まあ、彼岸花は徒花だけれど。
「殺しはしないから、安心して貴方の可能性を見せて」
殺しはしないけれど、せっかくなので可能性は試させてもらおう。
3倍とはいわないけれど、ちょっとは根性見せてくれると嬉しいな。




