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13 老人と風呂

 神聖ヤマト禁足地「竜の墓場」。


 竜神が封印されていたはずの地に、ひとりの男の姿があった。



 男の名は【サン】。


 単独で禁足地に来られることからも明らかなように、彼は人間ではない。


 もっとも、当該地は既に浄化されていてさしたる危険はなかったが、それは結果論である。

 危険な地域だと知りつつ、それでも単独で行動できる力があるからこその。



 その金髪碧眼の美丈夫は、古竜の一角、金竜が人化した姿である。

 むしろ、人間好きを拗らせている彼はほぼ常時人化しているため、彼にとってはこれが普段の姿だというべきか。




 サンがこの地に来ているのには、いくつか理由がある。



 彼が竜神の気配を感じたのは一年以上前のこと。

 もっとも、ごく短い時間で気配が消えたために、勘違い、若しくは封印の調査か修繕を行ったことによる一時的なものだと判断した。

 後者の場合でサンに声がかからなかったことは理解できないが、どちらにしても、その時は彼が動くまでもないこととして終わった。



 しかし、最近になって、緑竜カトリーナから「ウェイストランドで複数の古竜を見た」と聞いて、そのことを思い出した。



 古竜は誇り高い生物であり、群れることなどあり得ない。


 しかし、そうせざるを得ない理由があったとするとどうだろう。


 例えば、「竜神が復活して縄張りを追われた」というのはその気配を感じないので除外して、「一時的に封印が解けた竜神が何かをしたせいで」というのは充分に考えられる。


 もしそうなら、封印の状態を確認して、場合によっては何らかの対策をしておく必要がある。




「何も無い……な」


 サンは、本当に何も無い――竜の墓場ですらなくなっている禁足地で独りごちる。



 竜神が復活していなかったのはいいことだ。

 ただ、封印の状態がどうこう以前に、竜神が存在していない理由が分からない。


 場所を間違えている――などという初歩的なミスではない。

 人間が大好きなサンにとって、人間に壊滅的な被害を与える竜神は最大限に警戒するものだ。

 目が届く場所で監視していたいという考えもあったが、彼自身の竜気が竜神を刺激しては本末転倒だと、ギリギリその動向が感じられる地に居を構えていたのだ。

 もっとも、そちらに集中しすぎていたせいでカトリーナの見たという複数の古竜の気配は見逃したが、優先順位を考えると致し方ないことである。



 さておき、この状況は当該地域や近隣の神族が何らかの干渉をした結果と考えるのが妥当だが、大掛かりな作戦であればサンにも声がかかるのが道理である。


 だとすると、突発的な何かが発生した――とするのも道理に合わない。


 既に封印が解けていて、竜神が移動していたとしても痕跡は残る。

 封印が解けた直後の、弱体化しているであろう竜神を斃したのだとしても、やはり戦闘の痕跡があってしかるべきだ。



「……」


 しばらくその場で考え込んでいたサンだったが、答えが出ることはない。


 この地を管理する神から事情を聞ければいいのだが、彼らの正確な居場所は知らないし、出てくる気配も無い。


 サンが竜型になって暴れたりすればさすがに出てくるだろうが、人間の平穏な暮らしを脅かすのは本意ではない。

 太陽神殿をヤマトからは目視できない東の洋上に残して単身で上陸しているのも、そういった理由からだ。



 それに、この地に来る前にふらりと立ち寄った首都ヤマトは、人々が活気に満ち溢れていて、それなのに瘴気どころか魔力の澱みも無い素晴らしい町だった。

 彼の支配している太陽神殿やその周辺でも、ここまでの健全さはない。

 むしろ、病的なまでの健全さは、何かに憑かれているようですらあった。



 何にしても、サンには健全に暮らしている人々の妨げになるようなことをするつもりはない。

 だからといって、行方不明の竜神を放置するわけにもいかないが。



「とりあえず、もう少しいろいろと回ってみるか。何か見つかるかもしれんしな!」


 そうして、サンは西へと向かった。



 西へと向かったことに大きな意味は無い。

 あえていうなら、竜神が北へと向かったとすると、秩序を司る神ディアナや魔神アナスタシアが黙っていない。

 さすがに見落とすとか、見逃すようなこともないだろう。


 また、東と南側は大海原で、痕跡を探しにくい上に一部は往路として通過している。

 それに、多少暴れられたところで人的被害が少なく済むため、優先順位として低い。


 つまり、消去法に近い形である。


◇◇◇


 そうして辿り着いたのはチェストといわれる町だった。


 住人の大半が武人気質で、何かあれば即・斬。

 サンも何度か斬りかかられた。

 何か大事なものが欠けているような気もしたが、活気があるのはいいことである。



 それよりも、チェストとヤマトでは随分と文化が異なっているのに、ひとつだけ奇妙なほどに類似している点が気になっていた。



 それは、両者とも「ユノ」という名の女神を崇拝していることだ。


 サンには見たことも聞いたこともない――あるいはありふれた名で、オオクニヌシら古い神々を押し退けてその座にいることや、彼らがそれを座視している理由が分からない。



 分からないながらも、聖地だといわれている温泉に入ってみると、事実太陽神殿に匹敵する――それ以上のレベルの聖地だった。

 温泉の効能のおかげで領主が性転換したという噂も一概には否定できない。


 さらに、特産品だという魔素が豊富に含まれている温泉卵も絶品で、ありったけを買い占めてほかの客の顰蹙ひんしゅくも買った。




 そうしてサンは、「更なる情報収集が必要だな!」とうそぶいて滞在を続け、魔素で活性化した頭脳でひとつの推論に行き着いた。


「もしや、竜神――九頭竜は餌付けされたのか!?」


 チェストに来る前の彼なら「何を莫迦な」と笑い飛ばしただろうが、今の堕落寸前の彼にはよく分かる。

 こんな生活が用意されているなら、飼われても構わない。

 むしろ、飼われたい。


 既に温泉と卵のために、手持ちの金のうちの大部分をなげうっているのだ。

 それ以上のものが用意されているなら、太陽神殿をも売り払うかもしれない。



「――――っ! だが、俺は太陽たる金! 太陽とは希望であらねばならん! 誘惑に屈したりしない!」


 抗いがたい誘惑を振り切り、勢いよくサンが立ち上がる。



「風呂場で騒ぐんじゃなか、こん莫迦者が」


「おっと、すまん。つい興奮してしまった」


 しかし、その場にいた老人に注意されて再び湯に浸かる。



 この老人は、ユノという女神の、ついでに温泉卵以外の特産品の情報などを教えてもらった、サンにとっては貴重な情報提供者である。

 さらに、ホテルが満室で泊まれなかった彼を、自宅に泊めてくれている恩人でもあった。



 老人からすると、初対面で問答無用で斬りかかったことに対する詫びだったが、サンにとっては有り難い申出だった。

 さらに、老人のストイックな生き様が非常に彼の好みだったことも合わせて、晴れてお気に入りとなっていた。


 だからといってどうなるものでもないが、彼に奢られて毎日通うようになった温泉は、質素な暮らしをしていた老人にとっては堕落の入り口だった。


 恩を仇で返す――というほどではない。


 しかし、加齢による節々の痛みが綺麗に消え、霞んでいた視界もクッキリ鮮やかに、連れ合いに先立たれてから錆びついていた伝家の宝刀も輝きを取り戻すような効能は、年寄りには悪魔に魂を売ってでも手に入れたいものである。



「……行っとな?」


 そう問うた老人の声には、隠しようのない「寂しさ」のようなものが滲んでいた。

 それが、久々にできた「友」とよべる存在との別れを予感してか、毎日温泉に入れるだけの財力がないことを嘆いていたのかは分からない。



「うむ。俺はそのために生きているのだからな!」


「静かにせーちゆちょっじゃろうが」


「すまん!」


 再び大きな声を出したサンをたしなめた老人が、やれやれと深い溜息を吐く。



 サンと老人との付き合いが始まってから十日。

 その間、何度も繰り返したやり取りだったが、それももう終わりに近づいていたのだ。



「……そんな顔をするな。なにも今生の別れというわけでもない。生きていればまた会える。――そうだな、餞別にこれをやろう」


「お、おい、こげん大層な物を貰うてよかか? ちゅうか、立場が逆じゃらせんか?」


 サンが何気ない雰囲気で老人に手渡したのは、その雰囲気にはそぐわない、目利きの能力がなくても分かるレベルの財宝だった。


 当然、そんな物を渡された老人は狼狽する。

 その程度で済んでいるのは、その本当の価値を知らないからだ。



 サンも、ほかの古竜と同じく、金銀財宝――キラキラ輝くものに強い執着を持っている。

 だからこそ、キラキラ金色に輝く自身が好きで、彼の自信の源にもなっている。


 それを他者に譲るのは、最大限の親愛の証というほかない。



「フハハ! 細かいことは気にするな! それで毎日風呂に入り、俺との再会まで長生きするのだぞ!」


「……! わい、竜やったんか……! 道理で……!」


 サンは老人に対して更なる親愛を示すため、露天風呂の上空に飛び上がると本来の姿に戻る。



「ハーッハッハッハッ! それでは達者でな!」


 そう言い残して飛び立っていったサンが戻ってくることはなかった。

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