10 古竜の習性 1
エシュロンが無色かどうかは分からないけれど、私の許を離れる気はないというか、いつの間にかママ―ウィルと合体できるようになっていたので追い出せなくなった。
まあ、ママ―ウィルも巨大化しすぎて制御不能一歩手前だったので、そこを補ってくれるのは有り難い。
……いや、どうかな?
何にしても、さすがにこんな大きな物を不法投棄するわけにはいかないし、役には立たなくても古竜たちの努力の結晶なのだと思うと粗末にはできないし、まあいいか。
さて、地下施設に置き去りにしていたエシュロンの竜型パーツを回収してから、肉との別れを惜しむ町民たちに別れを告げて、今度は南東へ針路を取る。
カトリーナがどうしても自慢のシマを見せたいという誘いに、ほかの古竜たちが乗ったのだ。
湯の川――自分たちの縄張りの方が良い所だとマウントを取りたいのだろう。
私としては普通に観光目的でいいと思うのだけれど、彼らの勝ち負けに拘るスタイルが習性であるなら仕方がないのかもしれない。
しかし、切磋琢磨といえば聞こえはいいけれど、変なところで結託したりもするからなあ……。
それでも、本気で喧嘩をして大災害が起きないだけマシだと思っておこう。
そうして、エシュロンも加わって切磋琢磨というか「我も我も」と無秩序に手や口を出した結果、ママ―ウィル改は超音速で空を飛ぶようになっていた。
本来であれば衝撃波などで大変なことになると思うのだけれど、私の秘石を動力源に、カトリーナの施した風の超広域結界によってママ―ウィル自体は平穏そのもの。
何なら、デッキに出て日向ぼっこやBBQができるくらい。
ただし、結界の外側はかなりの地獄。
暴風で巻き上げられた海水が、熱されたり冷まされたりで竜巻状の雲が形成されている。
そして、海水と一緒に巻き上げられた土砂や魚などの物体がその中を飛び回っている。
端的にいうと、巨大なミキサーだろうか。
そこになぜかカトリーナのシマに居着いていた紫竜が迎撃に出てきたけれど、なすすべなく撥ねられて、全身を強く打って重体になった。
本来なら、カトリーナと紫竜の間にそこまでの能力差はない。
ただし、秘石の力を使っているカトリーナと、自前の魔力だけの紫竜では出力も持続力も違う。
さらに、ほかの古竜たちも便乗して、特に理由も無く彼を攻撃した。
実質1対8に秘石のオプション付きである。
みんな人型だったし、本気で殺そうとしていたわけではないと思うけれど、そのせいで古竜の気配が感じられずに油断していたのかもしれない。
というか、最近の彼らは、お空の散歩時以外は大体人型である。
その方が食事やお酒が美味しく感じられて、量もいっぱい摂れて幸せになるからだそうだ。
むしろ、散歩も人型で私を抱いていきたいらしい。
もう、矜持どころか野生の欠片も無い。
さておき、カトリーナのシマは、自慢げに言うだけあってなかなか景観のいい所だった。
ただ、綺麗ではあるのだけれど、どこを見渡しても大体海と空なので、たまの観光ならともかく、住むとなると寂しい気がする。
カンナのいた島と同じく、植物はさておき動物が少ないのも減点ポイントか。
そして、魔素的にはよく分からない。
これもカンナのいた島と同じくらい?
少なくとも、湯の川ほどではない。
というか、湯の川にはいろいろな人がいて見ていて飽きないし、私を祀ってさえいなければ最高の場所ではないだろうか。
とまあ、シマについての感想はそんなところ。
そして、「地球でいうところの南アメリカ大陸北部にいる」という話だった紫竜が、なぜカトリーナのシマ――これも地球でいうところのバミューダ諸島にいたのかは、本人に訊かなければ分からない。
「古竜のくせに空き巣とは情けないのう。まあ、堂々と来られても鬱陶しいんじゃがの」
「実力的にはカスとはいえ、問答無用で襲ってくる狂暴性は問題だな」
「目を覚ました時にまた暴れられても面倒だから、縛っておきましょう。ユノ、鎖を出してちょうだい」
「ほう、見事な縛り具合ではないか。せっかくだから吊るしておくか」
「炙る」
「待て、カムイ。それならこの木を使うといい。煙に虫除け効果がある」
「む、ユノの幼馴染として黒に負けるわけにはいかないから、僕はこの遠赤外線がいっぱい出る石を」
「アタシのシマに勝手に入ってくるなんて死刑でもいいくらいなのに、みんな甘いわねえ。でも、そんなハニーも好き!」
「ワタシの分析では、当該竜が紫である可能性36%。悪い虫である可能性が63%。よって、排除することをお勧めします」
その紫竜は、私の鎖で縛られた上で艦砲の先に吊るされ、燻されている。
虐めはよくないと思うのだけれど、「悪い虫を落とす」と言われるとやむを得ないかとも思うし、綺麗になったら慰撫してあげよう。そう、燻されているだけに!
冗談はさておき、紫竜が目を覚ましたのは数時間後――私たちが夕食の準備を始めたところだった。
お酒や料理の香りに釣られたのだろう。
もっとも、目覚めたといっても、私の領域で雁字搦めになっているので、呻き声ひとつ上げることはできないけれど。
「……なんと悲しい目をしておるのじゃ」
「さすがにやりすぎたか……」
「よく考えれば、竜にとってこれほどの拷問はないのよね」
「これが持つ者の驕りか……。慣れとは恐ろしいものだな」
「古竜だからって、世界を舐めすぎ。無様」
「ふっ、カムイも古竜らしくなってきたな。そうだ。いくら古竜といえど、組織の力は軽視できない」
「僕たちが竜型じゃなかったからって、見た目に騙されるなんて莫迦だよね」
「アタシのシマに勝手に居座ってたんだから、これくらい当然よ!」
「ワタシには感情がありませんので、共感は不可能。よって、排除を推奨」
そんな紫竜を肴に、古竜たちのお酒が進んでいく。
言葉だけを聞くと同情しているようにも思えるけれど、実際に「助けよう」とか「解放しよう」という動きはない。
「ほどほどにね。やりすぎて禍根を残すようなのは駄目だよ」
竜の社会というか習性にまで口を出すつもりはないけれど、私も言うべきことは言っておく。
きっと、この紫竜もうちに居着くようになるのだろう。
フレイヤさんあたりに小言を言われるかもしれないけれど、ひとりふたり増えたところで今更である。
それでも、そうなったときの管理責任とかは全部私に来るのだ。
理不尽な気もするけれど、それこそ今更だ。
最悪、お酒を与えておけば大人しくなるので、最低限のルールだけ教えておけばいい。
「お酒の席では本気で喧嘩しちゃ駄目」
「「「はーい」」」
なので、みんなにひと言釘を刺してから、紫竜の方もひとまず口だけを自由にして、話せるようにしてあげる。
「いきなり縛りつけといて何言ってんだこのアマ!? 頭湧いてんのか!? いや、バケツなんか被ってる時点でまともじゃねえけど! っていうか、解けよ! 降ろせよ! なんでお前らだけで酒飲んでんだよ! ふざけんな!」
口だけとはいえ自由になった紫竜が、途端に喚き始める。
どちらかの味方をするつもりはないけれど、もう少し落ち着いてからでないと解放できないかな。
「いきなり襲いかかってきたのは貴様の方じゃろう。おのれの行為を棚に上げて他者を批判するのは感心せんな」
「なんでもかんでも噛みつくからこうなるのだ。もっと『落ち着き』というものを身につけなければいかんぞ」
「しょせん、電気なんてパッと光ってパッと消えるものなのだから、私たちの酒肴になれただけで充分でしょう」
「うむ。負け犬を肴に飲む酒は格別だ。私の時は3日だったか。こいつは十日くらいはこのままでいいな」
「ヤク〇ト、美味。栄養も豊富。つまり、これで育ったカムイは最強の古竜になってしまう」
「ふむ、奴を囮に組織を誘き出そうというのか? つまり、俺たちは何も知らないふりをして宴会を楽しんでいればいいのだな!」
「黒は莫迦だなあ。ユノのお酒や料理を味わうときは、余計なものを持ち込まないで、なんていうか救われてなきゃ駄目なんだよ」
「ハニーのお酒って、とっても優しい味がするの。これが噂に聞く『おふくろの味』なのかな? ハニーは良妻なだけじゃなくて、賢母――むしろ、酵母でもあるのね!」
「ダーリンのお酒は、ワタシの燃料にも最適です。既に、ワタシの燃料の99.9%はダーリンのお酒に置換されていますので、私はダーリンの物であると断言してもいいはず」
紫竜が喚いても、ほかの古竜たちが気にする様子は無い。
というか、完全にマイペースだったり、それを愉しんでいる感まである。
「こんな物騒なもん現れりゃ誰だって防衛しようとするだろうが、クソ! お前ら全員ぶっ殺す! 古竜を舐めるとどうなるか思い知らせてやるからなっ!」
当然、更にいきり立つ紫竜。
というか、まだ私以外の全員が古竜だと気づいていない。
彼は古竜としてまだ若いそうなので、そういった洞察力や判断力が養われていないだけか――いや、みんなそんな感じだったかもしれない。
……もしかして、竜の姿であるとか、空を飛んでいないと気づかないのだとすると、鈍感すぎるのではないだろうか?
さておき、紫竜がイキっていられたのも十数分程度。
「すみません。もうイキらないので降ろしてもらえないでしょうか? それと、そのお酒を分けていただけませんか? 何でも言うこと聞きます。十日もこのままだと狂ってしまいそうです」
精神を見なくても分かるくらいに本気で泣いていた。
若さのせいか、忍耐力が皆無だったようだ。
あるいは、「竜の涙」は各種素材としてとても貴重らしいので、回収しておこうと樽を置いたのが拷問開始の合図にでも思えたか。
「まったく嘆かわしい……。貴様には古竜としてのプライドは無いのか? その竜眼は飾りか?」
「お前がそれを言うのか? 俺など、ひと目でユノ様の素晴らしさを見抜いたというのに」
「貴方はユノに挑む前に銀に負けただけでしょう。私とレオンは最初から敵対なんてしなかったわよ」
「ユノは私の眼でも見通せないから無理もない話だが、貴様は心では『愛する男がいる』と言いいながら、身体はユノに屈しておるではないか。これを『負け』といわずして何という?」
「紫を擁護するわけではないが、ユノの擬態は神をも欺くからな。組織を相手にするには心強いが、こういう莫迦も後を絶たんのがな……」
「組織どうこうって寝言は置いといて、そういう莫迦からユノを守るために僕がいるんだ。僕の眼が黒いうちは、ユノに危害を加えるものは絶対に許さない!」
「ハニーが素敵なのはアタシだけが知ってればいいの。むしろ、アタシだけのハニーでいてほしかったんだけど、分体まで出せるなんて、ハニーでタワーが作れちゃう!」
「ワタシのスーパーコンピューターによる計算では、およそ百万人にひとりのダーリンがあれば世界平和が実現可能。なお、ワタシのスーパーコンピューター維持には3人のダーリンが必要です」
もっとも、歳をとっていればいいというわけではないようだけれど……。
ミーティアひとりだった頃はいろいろと頼もしかったのだけれど、増えてくるにつれて竜のイメージが崩れていく。
まあ、それもそろそろストップ安だけれど。
むしろ、威厳だなんだでお高くとまっているより親しみやすい方がいいし、いつまでも「愛すべき莫迦」でいてほしいものだ。




