08 自作
――カトリーナ視点――
「ごめんね、悪気は――そんなにはなかったと思うのだけれど、少し訊きたいことがあったから」
有翼人かと思っていたら女神だった私のユノが謝罪してきたけど、そんなのはどうでもいい。
「いいのよ。ハニーと出会えただけで、充分にお釣りが来るわ」
「おい、こやつ、いきなりバグっとるぞ」
「気持ちは分からんではないが、貴様のハニーではない」
「そうよ。人間の兵器ごときに負けた負け犬は引っ込んでなさい」
そう、謝るべきはこいつらよ。
突然襲ってきたのはまあいいとして、アタシとハニーの会話の邪魔をするなんて無粋な奴らね。
「黙ってろよ、カスどもが。ハニーがアタシに訊きたいことがあるつってんだろ」
「何だこの態度の変わりようは? ハニーが引いているぞ? んん?」
「ユノ、緑より青の方がいい」
「黒もいいぞ! 盟友と同じ色だからな!」
「だからユノは黒じゃないって。それより、僕に無断で、僕の幼馴染をハニー扱いするのは止めてもらおうか!」
癪だけど、古竜だからこそ好みも似るってことなのかな。
だけど、アタシにはこいつらにはない強みがある。
「ねえ、ハニー。こんな鉄屑捨てて、アタシのシマに来ない? 魔素が豊富ですっごく良い所だよっ! そこでふたりきりで末永く暮らしましょうっ!」
「ふはは、こやつ、阿呆じゃ! 阿呆がおるぞ!」
「ククク、まさか、ユノ様に向かって『魔素が豊富』とはな!」
「無知って罪よねえ。湯の川より良い所なんてあるはずが無いのに」
本当に無知って罪だな。
アタシのシマがどんなに豊かな所か知りもしないで見栄張りやがって。
そこがどんなに素敵な所か知った時にどんな顔をするのか楽しみ――いや、やっぱりこいつらにはもったいないから、連れてってやらない。
隙をみてみんなぶっ殺そう。
「あの時の貴様らがこんな気持ちだったのだと思うと腹が立つが、これは実に滑稽で、愉快なものだな」
「ぷぷぷ、ブザマ。ユノはまだ本気出してないのに」
「ああ、ヒーローの必殺技は最後の最後だ」
「その時の緑の顔が今から楽しみだよ」
くっそ、揃いも揃ってムカつく面しやがって……!
っていうか、この生意気なガキは何なの?
いや、古竜が雁首揃えて何しにきやがったの?
「ハニー、アタシに訊きたいことって何? それが終わったら、こんな奴らほっといて、アタシとデートしようよ!」
「ええと、私の用事というより、みんなが『無色』と『灰』を探そうって言うからついてきただけなのだけれど、何か知らない?」
くっ、アタシといるのにほかの古竜の話をするなんて……!
だけど、ハニーは声も素敵だね!
「せっかく頼ってもらったけど、その二色のことは知らないわ」
「役に立たん奴じゃのう」
「緑なんてこんなもんだろ」
「レオンがいかに優秀だったかがよく分かるわ」
くっそうぜえ……。
「ごめんね、みんな口は悪いけれど、悪気は――悪気……?」
ああ、ハニーが謝ることじゃないのに!
「ユノ、こんな奴に頭を下げる必要は無いぞ!」
「負け犬は負け犬らしくしとくべき」
「ククク、こいつごときが組織の情報を入手するなど不可能だったのだろう」
「ユノ、こいつにはもう用は無いし、さっさと次に行こう?」
くっそ! 今この場でぶっ殺す!
「はいはい、喧嘩しない。これ以上喧嘩するなら、今日はお酒出さないよ?」
「「「あっはい」」」
「えっ!?」
ハニーのひと声で莫迦どもが大人しくなった。
えっ、もしかして、ハニーって可愛いだけじゃないの?
「お酒ってどういうこと? ハニーが注いでくれるの? よいしょーするの?」
「よいしょー? が何かは分からないけれど、迷惑料とお礼にあげるから、家に帰ってから飲んでね」
そう言ったハニーの前に積み上がる酒樽タワー。
香りだけで分かる、素敵なやつ!
こんなにいっぱい、《固有空間》にも入りきらないっ!
だったらもう、酔いしょーするしかないじゃない!
◇◇◇
――ユノ視点――
ウェイストランドではあまりお酒が手に入らないらしく、また質もあまり良くないため、久々の極上のお酒に我を忘れた緑竜カトリーナが、言葉どおりにお酒に溺れた。
私のお酒で悪酔いすることはないはずだけれど、窒息はまた別だったらしい。
そんな彼女を介抱しつつ、当初の目的地である特別区へ向かう。
なお、目を覚ました彼女は、自身の縄張りに私を連れていこうとしてあれこれと誘惑してきたのだけれど、ほかの古竜たちの監督を放棄するわけにもいかない。
それに、分体を出すほどのことでもないので後回しにしている。
それでも彼女は帰る素振りを見せず、「それならちょっとでも早くシマに来れるように協力するねっ!」と、ほかの古竜たちに交じってママーウィルの改造に着手した。
そんな前向きな姿勢は好みだけれど、その方向性はどうなのだろう。
そうして数時間後には、ママ―ウィルがホバーで浮き、ジェットエンジンで推進するようになっていた。
技術の進歩――というか、災害級の禁呪と秘石の組み合わせが酷い。
進路上にいる襲撃者や魔物は逃げる間もなく――目視してからでは逃げ切れない。
灰とか無色とかの潜在的な脅威を発見するために来たはずが、むしろ私たちの方がヤバいことになっている気がする。
もちろん、特別区の人たちもパニックになった。
避難する際に怪我をした人なんかもいたようで申し訳なくも思うけれど、生身で行ったら襲ってきただろうし、結果的には被害を少なくしているのだ。
言っても理解されないと思うので、説得はお肉で行うけれど。
さて、やはりお肉でも別種の混乱が起きたけれど、人間がその手で抱えられるものには限りがあるので、永遠には続かない。
飽きた古竜たちが、自分たちだけで宴会を始めるくらいに時間は取られたけれど、夏と町の扉は無事に開いた。
それまで「ハニーハニー」とまとわりついていたカトリーナもお酒の誘惑には勝てなかったのか、「ハリーハリー!」とばかりに率先して酒盛りに参加していた。
馴染むの早い。
ついでに、地下迷宮の扉まで開いていた。
町の人に訊いたところ、パンクチュアリで頼まれたパーツの納入先がその最奥らしい。
ただし、所々で毒性の高いガスが滞留しているとか、タレット等の防衛設備が生きているそうで、住民でも中に入れない。
つまり、そこまで届けなければならないのだ。
面倒くさいけれど、たとえ相手がロボットでほぼ一方的な押し付けだったとしても、約束は守るべきである。
そう思って覚悟を決めると、できる範囲で有毒ガスやら防衛設備の無力化をお願いされてしまった。
もちろん、聞き入れる義務など無いのだけれど、時折好奇心旺盛な子供が犠牲になると聞いてはそうもいかない。
さて、荷物を配達するだけなら最短ルートを通っていけばいいのだけれど、施設の安全確保が目的となると虱潰しに回らなくてはいけない。
もっとも、朔の探知範囲に収まるように動くだけで有毒ガスも防衛設備も無力化できるので、さほどの手間ではない。
しかも、それらの影響で虫などもいない。
ずっとこうならいいのにと思うくらいに楽勝だ。
ただ、町の人たちが言っていたように、好奇心で潜り込んで命を落とした子供や、それを捜索・救助しに入った大人の遺骨や遺品が散見される。
回収していこうかとも考えたけれど、安全を確保した後に町の人たちにやってもらうべきだと考えてそのままにしておくことにした。
そうして一時間ほど探索していると、最深部らしき場所に到着した。
しかし、そこは広めの倉庫――というか工場のようで、受取人らしき人はおろか、人のいた痕跡すらない。
これは「置き配」しろということなのか。
というか、「ここに届けて」とはお願いされたけれど、「誰に届けろ」とは言われていないし、そうするしかないよね。
などと思って荷物を出すと、突然施設内に灯りがともってびっくりした。
「よく来ました、勇者よ。アナタの到着を心待ちにしていました。さあ、それをここにセットするのです」
突然声が聞こえてきて更にびっくりさせられた。
しかも、私は勇者ではなくただの配達人、若しくは邪神なので、人間違いである。
というか、施設内のどこにも――朔の探知範囲内にも人はいないのに、これは一体どういうことだ?
「ええと、私は荷物を届けに来ただけで、ここの関係者じゃありません」
「何をしているのです? 早く! さあ!」
とにかく、誤解を解いておこうと声を出してみたけれど、相手はお構いなし――どころか急かしてくる始末である。
これはあれか?
監視カメラとかで見ていて、遠隔で指示を出しているとかそういう感じ?
なるほど、普通の人には侵入不可能な場所なので、それが可能な人に運ばせたということか。
理屈としては分かるけれど、頼まれた方は甚だ迷惑である。
私じゃなければ死んでいるし。
「もう、焦らさないで! この瞬間をずっと待ちわびていたのです! その硬くて大きのを早く入れてください!」
何だか分からないけれど必死さは伝わってくるので、できる範囲で協力することにした。
「アナタ、こういうのは初めて? いいのです、このワタシが優しく教えてさしあげます。まず、そのレバーを引き上げて――そう、それです。そうしたら蓋が開いたでしょう? そこにアナタの運んできた物を優しくハメるのです――ああ、もうちょっと下――そうです、そこです! ああっいい感じです! ハマったら、レバーを元に戻して、しっかりとロックします」
声に指示されるとおりに、ひとつひとつ手順をこなしていく。
指示というか表現に含みがあるような気がするけれど、部品が精密機械っぽいので気にする余裕が無い。
「今度はそこに付属のグリスを、薄く斑なく塗って――そう、とても上手です。塗れたら、その上に硬くて立派な物を乗せて……! イエス! ベリークール! 次の部品は、切り欠けの位置を合わせて、慎重かつ大胆に――爪は立てないで――そう、奥までしっかりと!」
そうして、しばらく言われるままに組み立てていたら、竜っぽいロボットが完成していた。




