07 カトリーナ
――ユノ視点――
わらしべ長者というお伽噺を知っているだろうか。
要約すると、藁を元手に物々交換をしていって、最後に家を――大きな財産を手に入れるという話である。
では、最初からもっと価値のある物を持っていて、物々交換していけばどうなるのか。
その結果が、目の前にある超巨大移動要塞である。
全高600メートル、全長2,400メートル。
長射程大口径砲やミサイルランチャーなどを多数備え、6脚歩行する。
当初の変形ロボットの面影はどこにも無い。
というか、ブレイクスルーは起きなかったのか、格納庫の中に放置されている。
それでも、「自力で移動できる住居」としての要件は満たしすぎて溢れている。
もちろん、こんな巨大な物がまともな動力源で動くはずがなく、そこは私から採れた秘石で賄っている。
というか、さすがに町の人から貰った部品やスクラップだけではそんなに巨大な物は造れないので、装甲などの材料は大半は湯の川から持ってきた物だ。
まあ、どちらもいっぱいある上に前者は特に使い道も無いので構わないのだけれど、だからといって要塞の名前を【大いなるママの意志】とか名付けるのは止めてほしかった。
さて、そんな超巨大要塞での移動は、襲撃者や魔物に襲われることもなくとても平穏だった。
それに、いつもなら「暇だ暇だ」とうるさい古竜たちも、ママ―ウィルや変形ロボットの改造や改良に夢中で静かなものだ。
食事時になるとうるさくなるけれど。
ここは保育所とか託児所だろうか。
そうして、件のニューヨー区にも何事もなく到着。
いや、町では超巨大移動要塞の出現にパニックが起きていたし、どうにか落ち着かせて「お肉で物々交換をしたい」と切り出すとまた別のパニックが起こったけれど。
ここでも灰や無色の情報は手に入らなかったけれど、大量のパーツや作業用ロボットなどが手に入って、古竜たちの悪ふざけが加速していく。
ニューヨー区を離れてしばらくすると、高高度を飛んでいた緑竜を発見した。
ここの古竜たちが、人間にもバレないレベルで人化しているので気づかなかったのかもしれないけれど、それ以上にタイミングが悪い。
「ほほう、ちょうどいい的が飛んでおるのう! こちらには気づいてるようじゃが、儂らだとは思っておらんようじゃな」
「ああ、俺たちが人化しているから気づいていないのか! くくく、チャンスだな!」
「ええ、じゃあ早速撃ち落としましょう! うふふ、楽しくなってきたわね!」
試し撃ちできる相手の登場に、みんなとても嬉しそうだ。
「よし、主砲は私に任せろ! 一発で落としてやるぞ!」
「カムイも撃つ。ジャンジャンバリバリ。弾撃つ響きはフーンフフンフフーン」
「いや、年寄りは目では奴の機動は追いきれんだろう。ミサイルの方がいい」
「僕は射撃は苦手だし、戦闘用ロボに乗って出撃するよ! 僕の雄姿、見ててね、ユノ!」
そんな感じで、それぞれ好きな配置に就いていく。
正直なところ、これだけ巨大な物をこの人数で十全に運用できるはずがないのだけれど、彼らにとっては理屈ではないのだろう。
それはそうと、私たちはどうしようか。
カムイも嬉々としてミサイルを撃ちに行ってしまったし。
山に芝刈りに、川へ洗濯に行くくらいの気軽さだ。
幼くても竜なんだなあ……。
とにかく、弾薬なんかは秘石のおかげでほぼ無尽蔵だけれど、オペレーター不足はどうにもならない。
そして、私は機械の操作には向いていない。
朔がカバーするにしても、半径100メートルでは大したことはできないし、さてさて。
『メガユノでも召喚する?』
「それは勘弁してほしいなあ……」
すごく嫌なことを思いつくなあ。
『じゃあ、コウチンみたいに戦闘用ロボットに乗ってみる? 操縦は僕がするから、ユノは座ってるだけになるけど』
うーん、それならまあ……?
承諾してから思ったのだけれど、こういうのを「ドア・イン・ザ・フェイス」というのだろうか。
まあ、普通のロボットなら変なことにはならないと思うし、気にしすぎかな。
◇◇◇
――第三者視点――
古竜の反応を探りながら慎重に北上していたカトリーナの視界に異様な物が映った。
伝説の巨獣ベヒモスより遥かに大きい鋼鉄の獣である。
それが6本の脚で歩きながら、巨大な砲口の数々を彼女の方に向けている。
彼女とやり合う気なのは疑いの余地が無い。
カトリーナにとっては、ちょっとどころではなく意味が分からない。
人間が莫迦なのは知っていたが、ここまでとは考えていなかった。
それでも、砲口を向けられてはスルーはできない。
「へえ、そんなノロマでアタシとやろうっての? 舐められたものね!」
鋼鉄の獣がカトリーナに向かって火を噴くが、まだ充分な距離があるため彼女の脅威とはならない。
白煙の尾を引きながら彼女を追尾してくる飛翔体も、その機動力と速度には追いつけない。
カトリーナには古竜捜索という目的があり、これはそれには関係の無いことである。
それでも、喧嘩を売られて無視できる古竜はいない。
それに、「目的」とはいっても特に期限が決められているわけではなく、時間的猶予は充分にある。
調子に乗った人間に力の差を思い知らせてからでも遅くはない。
カトリーナはそう決意を固めると、鋼鉄の獣に向かって急降下していく。
舐められているのか、充分に引きつけてから撃つつもりなのかはカトリーナには分からないが、配備されている数に対して稼働している砲の割合が少ない。
全てが稼働していれば、さすがの彼女でも少しばかり厄介だっただろう。
彼女の纏う暴風の結界は、射撃や投擲、それに類する魔法に対して無力化、又は軽減するもので、多少の被弾は弾けるが、短時間に連続で被弾すると貫通されるおそれがある。
それでも、少々直撃したところでHPで耐えきれるが、人間相手に苦戦するというのは古竜の沽券にかかわる。
密度の薄い弾幕など、多少の緩急と戦闘機動だけで充分に回避可能である。
一方で、間断なく発射され続けている飛翔体は若干とはいえ追尾してくるため、もう少し工夫が必要になってくる。
人間相手に本気を出すのは癪だが、逃げるとか、被弾してダメージを受けるよりはマシだった。
そうして、カトリーナが鋼鉄の獣にある程度まで接近したところで、砲撃や飛翔体に加えて禁呪相当の魔法までもが飛んでくるようになった。
明らかに人間の限界を超えている魔法は、何らかの手段で――恐らく、機械の力で補っているのだと推測した。
人間ごときが古竜である彼女にも理解できない理論や技術を持っていることに対しては、悔しくもあるが素直に称賛するしかない。
もっとも、それで喧嘩を売られた事実が有耶無耶になるわけでもない。
彼女は、人間の英知の結晶を破壊することで――古竜の偉大さを見せつけることで、その応えとするべく気合を入れ直した。
カトリーナの攻撃の有効射程に入る頃には、動作速度に限界がある大口径砲では照準が追いつかず、脅威度はかなり低下していた。
それでも、小うるさい飛翔体発射装置を攻撃しようとすれば狙い撃ちされる良い位置にある。
それならば、先に大口径砲を破壊し、それから飛翔体発射装置を壊して回ればいい。
この期に及んでも稼働していない兵器群が気になるが、いずれにしてもヒットアンドアウェイを心がけていれば問題は無い。
どうせなら全ての兵器を無視して本体を沈められればいいのだが、これだけ巨大な鋼鉄の獣をどうやれば効率的に壊せるのかはさすがに分からない。
地上にある人間の町くらいであれば、カトリーナの得意とする戦術――彼女を中心とした広範囲の暴風圏を構築して、人も物も何もかもを巻き上げ、叩きつければ充分である。
彼女は風害を象徴する古竜であるが、実際の台風やハリケーンのように水害などは伴わない。
しかし、その分が風害に加算されているため、実際の被害はどちらがマシかと比較できるようなものではない。
それでも、鋼鉄の獣を巻き上げられるような風力は発生させられず、飛礫程度の岩石を闇雲にぶつけたところで大したダメージは与えられない。
むしろ、湯の川製素材はそこの祭神と同じく見た目と強度が大きく乖離しているため、それに惑わされている分ダメージを与えられない。
結局のところ、有効なのは可動部にピンポイントでの魔法攻撃か、物理攻撃くらいしかない。
そのために、先に邪魔な兵器群を沈黙させておくのは理に適っているし、当然、彼女もその考えに到達する。
カトリーナは砲塔のひとつに狙いを定めると、射線を合わされないよう注意しながら一気に速度を上げる。
ところが、そんな彼女の進路に、1機の有人操作らしき二足歩行ロボットが迎撃に現れた。
本当に人間はいろいろと創造するものだと感心するところもあるが、それでもたった1機しか出てこないことに、「舐めてんの!?」とそれ以上の憤りを覚える。
ロボットが、両手に装備した大型ライフルでカトリーナを狙い撃つ。
しかし、威力も精度も先ほどまでの大口径砲には遠く及ばない物では彼女に危機感を抱かさせることはできず、最小限の動きで回避されてしまう。
ロボットの利点を挙げるとすれば発射位置を変えられることだが、構造上、若しくは設計上の欠陥か、射撃の反動で硬直している。
現状では路傍の石のような物である。
わざわざ目の前に出てきた意味が分からない。
カトリーナが死に体となっていたロボットの腕を掴むと、その衝撃だけでロボットの関節部が耳障りな悲鳴を上げる。
それだけでも無力化には充分だったが、彼女は反転すると、自身の背後に迫る飛翔体に向けてそれを投げつけた。
両者の衝突で起きる大爆発。
カトリーナはそれを確認すると、本来の標的に向き直ろうとして――視界の端に、原形を留めたままの人間が爆風に乗って飛び出していたのを捉えて二度見した。
その人間が生きているのは見れば分かる。
爆発の勢いに乗って――あるいは自力で飛びながら、彼女に向かって魔法を放とうとしているのだ。
(人間って、こんなに丈夫だった!? もっと壊れやすいイメージだったんだけど!?)
カトリーナは、混乱しつつもその人間をブレスで吹き飛ばす。
一拍置いて、人間が甲板に叩きつけられる――が、まだ生きているどころか、甲板上で憤慨している。
(嘘っ!? 本気のブレスじゃないとしても、古竜でもダメージを受けるようなものよっ!? あれは本当に人間なの!?)
当然、普通の人間であれば、ロボットの爆発時に木端微塵になっている。
しかし、その操縦者は人化しているコウチンである。
彼は、古竜の中でも突出した防御力と耐久力を備えている。
人化していてその真価の半分も発揮できないとはいえ、その見た目に惑わされたブレスでは大したダメージを与えることはできない。
見た目ではなく、事実について疑問を感じたカトリーナだが、それを検証する時間は与えられなかった。
彼女の横合いから、さきの物と似たロボットが、さきの物とは全く違う戦闘機動で彼女に接近してきていたのだ。
新たなロボットからの牽制射撃を、カトリーナが最小限の動きで避けて反撃しようとした瞬間、彼女の回避先を読んで置くように撃たれていた砲弾が、彼女の暴風の結界に触れて弾かれる。
彼女の結界は、この程度の砲撃――しかも単発では貫通できないし、大した負担にもならない。
それでも、「当てられた」という事実に苛立ってしまう。
しかも、反撃しようにも、その機体は射撃の反動をも戦闘機動に組み込み完全に制御していて、隙を見せない。
そこに、更に一発、もう一発と、回避先を完全に読まれて撃ち込まれると、彼女のプライドはボロボロだった。
ユノの間合い操作技術と、朔の世界干渉能力は、元はただの作業用ロボットを純粋な戦闘用ロボットの域にまで昇華していた。
もっとも、背部に搭載されている4期の大型スラスターは、ドワーフの町アナグラにあったロボットの物を再現して拝借しているため、純粋な「作業用」でもないが、それだけでカトリーナに対抗できる物でもない。
むしろ、この機体ではどれだけ頑張っても武装の貧弱さや機体の耐久力はいかんともしがたく、カトリーナに勝利することは不可能に近い。
もっとも、彼女たちにとって、これはカトリーナを斃すための戦いではない。
勝つだけなら中身を出せばいいことで、善戦したければ、ドワーフの町アナグラにあった異世界産ロボットを朔の能力で再現して使えばいいのだ。
彼女たちにとって――彼女に与する古竜たちにとっても、結末が分かりきっているこれはただの遊びである。
カトリーナは怒りに任せて強引に距離を詰めると、ロボットの手にある鬱陶しいライフルを薙ぎ払う。
武装を失ったロボットにできるのは、本体による直接攻撃のみ。
多少複雑な機動ができるとしても振り切られるほどではないし、捕まえてしまえばさきの機体と同じである。
そう考えたカトリーナが更に強引に距離を詰めると、ロボットがそれを迎え撃つべく腕を突き出す――が、先に胴部を押さえられ、リーチの差で届かない。
そして、彼女がそのまま胴部を握り潰そうと力を入れると同時にロボットの前腕部が本体から分離し、『ロケットパンチ!』という掛け声と共に彼女に向かって飛んできた。
射撃に分類される攻撃ではあるが、距離が近すぎるため、暴風の結界は発動しない。
それでも、カトリーナは上体を捻じってどうにかそれを躱す。
しかし、続く『ロケットキック!』を腹部に食らって、せっかく捕まえたロボットから手を放してしまう。
それでも、ダメージはほぼなく、最後の抵抗であろう『ロケットヘッド!』も叩き落とした。
これ以上飛ばせる物が無くなったように見えるロボットだが、それでもまだ手足があった時と同じく、戦闘機動で彼女の周りを飛び回る。
それがカトリーナをこの上なく苛立たせ、何がなんでも中に乗っている人間を引き摺り出し、最高の恐怖と絶望を与えてやらなければ気が収まらない。
カトリーナは、再びロボットを捕まえようと手を伸ばす。
たとえ胴部が突進してきても警戒している今なら余裕で止められるし、逃げようとしても地獄の底まで追い詰めて――と考えていたところに響く『ロケットパイロット!』の声。
「「えっ!?」」
予想外の展開に驚くカトリーナと、操縦席から放り出された有翼人らしきパイロット。
ただし、後者の方はヘルメット――バケツを被っているため表情は窺えない。
それでも、カトリーナにとっては機体から引き摺り出す手間が省けただけ――と手を伸ばすと、たかが有翼人にその手を払いのけられた。
「ええっ!?」
質量差でも、魔力差でも圧倒――隔絶している存在に当たり負けした。
あり得ない事態に驚くカトリーナ。
そんな彼女に更に突っ込んでいく有翼人。
「舐めるな――っ!?」
有翼人に気を取られすぎていたカトリーナに撃ち込まれる大口径砲の集中砲火と無数の飛翔体。
もっとも、暴風の結界は射撃等による飛来物に反応して自動で展開されるので、彼女に大したダメージは無い。
さきの有翼人に反応しなかったのは、人間は射撃に用いられる弾ではないからだ。
追撃を仕掛けるでもなく、甲板上に出てきて彼女を指差して笑う砲手たちや、砲撃や爆発に巻き込まれながらも生きている有翼人を見て、カトリーナはようやくそれらがただの人間ではなかったことを悟る。
というより、暴風で壊れたのか、バケツを被っていない少女の美しさが尋常のものではない。
キラキラと輝く少女に照らされるように、世界がキラキラと輝いて見える。
なお、その内の何割かは爆発で舞っている金属片である。
とにかく、それは長い彼女の竜生の中で初めての一目惚れの瞬間だった。
カトリーナは、それまでの怒りも忘れて、愛しの少女に合わせるように人化する――と、そこで全てを理解して「あーーーーっ!」と大きな声を上げた。




