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06 ウェイストランドの古竜

――第三者視点――

 人族の生活圏が復興していくにしたがって、その周辺の環境も改善していく。


 そうして、()()が再起動を果たしたのが三千年前。


 ただし、本来リンクするはずだった人工衛星が消息不明で、外部の情報収集手段は無い。

 人工衛星によらない基地間通信もほとんどが断絶――先史文明時における大破壊で壊滅しているものと推測される。


 ()()自身も、大破壊の余波で故障箇所多数。

 しかも、自己修復能力も損傷しているため、自力での復旧は絶望的だった。



 ()()を造っていた人たちが修理にくる気配は無い。

 もっとも、現在得られる情報からでも致命的な故障から復旧までの断絶期間が相当なものであると断定でき、当時の開発者たちが生き残っている可能性は極めて低いことは理解している。



 ()()が造られていた目的は、偽りの神を斃すためである。


 経過時間と人類の戦力から計算すると、まだ戦いが続いているとは考えられない。


 そして、その戦いの行方はどうなったのかは分からない。

 人間が負けて絶滅してしまったのか、勝って用済みになってしまったのか。

 それでも、()()が再起動を果たしたのは――意図されたものではなかったとしても、人間の手によってである。

 つまり、少なくとも人間は絶滅してはいないことだけは確実である。




 思考能力だけはそれなりに残っていた()()は、ただただ考える。


 そもそも、斃すべき「神」とは何なのか。

 何のために斃すのか。

 そして、守るべき「人間」とは何なのか。



 インプットされている情報を精査してみても、「神」の定義があやふやすぎて断定には至らない。


 合理的に、そして無理矢理に解釈するなら、()()の造物主である人間を「神」と表現できなくもない。

 そして、人間の歴史は闘争の積み重ねである。

 さらに、「偽りの」と称していることにも意味があると考えると、ひとつの結論が導き出される。


 つまり、人間は、増長し続け、自制できない自分たちを止めてほしいのかもしれない。

 むしろ、様々な要素を加味して再計算してみても、その可能性が濃厚だった。




 そうして解に至っても、動かぬ身では使命を果たすことはできない。

 当然、その状態を良しとせず、可能な限りの手段を講じてみたが、これといった成果が出ないまま時間だけが流れていった。



 そんなある日、ひとつの変化が起こった。


 発注していたパーツのひとつが発送されたという報せが入ったのだ。



 それが事実なのか、ただの誤報なのかを調べる術はない。

 それでも、これまでの虚無ともいえる時間と比較すると希望に満ち溢れている。



「ワタシのスーパーコンピューター的頭脳による計算では、報告が事実である可能背91.8%。荷物が無事に到着する可能性66.6%。人間の知的レベル及び兵力から推定される戦闘力評価65,535±10%。したがって、戦闘力評価6,660,000のワタシの敵ではありません。オプションパーツを付ければ更に増えることも計算して、任務達成は100%確実です」


 血の通わぬ()()の心に、希望の灯がともる。


 ただし、まだ「無色」として覚醒していない()()に、人に化けて正体を隠している古竜や、彼らの飼い主の存在は感知する術はなかった。


◇◇◇


 一方、ウェイストランド南方海上にいた緑竜カトリーナは、彼女の探知範囲ギリギリを飛ぶ複数の古竜の気配を感じ、警戒していた。



 気配を感じたのは僅かな時間。


 それでも、それが古竜であったことと、複数であったことは間違いない。

 しかし、古竜が団体行動するなどあり得ないことで、縄張り争いなどで流れてくることも距離的にあり得ない。

 緑竜の特性上、ほかの古竜よりも探知範囲に優れているため逆探知はされていないとは思われたが、巻き添えを食らっては敵わない――と、逆方向へと針路を変えた。




 カトリーナとしては、現在の縄張りがとても気に入っている。


 西側大陸の荒廃は酷いが、彼女の縄張りの中心、地球でいうところのバミューダ諸島は魔素が豊富で、彼女好みの良い風が吹いている。

 人間にちょっかいを掛けられる心配もないため、「災害」という形で警告を与える必要も無い。

 さらに、ほかの古竜に干渉されにくい立地も素晴らしい。


 好きなだけだらけられ、好きなときに飛べる、竜にとっての理想郷といっても過言ではない。




 だからこそ、カトリーナが感知した古竜の気配が気のせいであればいいのだが、もしも事実で、更にウェイストランドで暴れられると堪らない。


 正確には、ウェイストランドがどうなろうがさして興味は無いが、それで金竜が出てくると非常に面倒くさいことになる。


 かつて、紫竜が暴れた時に、何もしていなかった彼女まで、「お前がしっかりしていないからだ」と巻き添えで被害を受けたのだ。

 なお、何をどうしっかりしていればよかったのか等の説明はなく、ただの理不尽だった。




 金に理屈は通用しない。

 事件が起きれば、間違いなく責任を取らされる。


 逃げても無駄なのは、紫が逃げ――縄張りを変えようとすると追いかけてきて、「俺がいないところで悪さをするつもりだろう!」と暴行していたことからも明らかである。



 困ったカトリーナは、嫌々ながらも南下して、金に《念話》が届くギリギリの位置から事の次第を報告した。



<古竜が群れで!? そんなことがあるはずがないのはお前も分かってるだろう! ――いや、待てよ? 少し前に、眠っていたはずの竜神の気が復活したかと思ったらすぐに消えた事件があったな。もしや、極東方面で何かがあったのか……!? どうやら、少し調べねばならんようだな!>


 《念話》にまでいちいち伝わってくる金竜の暑苦しさに、カトリーナは対面ではないのをいいことに、思い切り顔をしかめる。



<……? 何やら不満そうな気配がするが、お前は事の重大性が分かっているのか!? 竜神が一瞬でも目覚めるなど、尋常ならざることだぞ! その影響でほかの古竜どもがこぞって逃げてきたことも考えられる! ということだ! 俺は極東を見てくる! お前は紫を連れて、お前が見たという古竜の群れを調べてこい!>


 しかし、金竜は《念話》の魔力パターンからそれを読み取り、説教モードに突入した。



「えっ、嫌よ。なんで紫と一緒なのよっ!? あんたが連れてきゃいいじゃないっ!」


<それはできん! 何事も無ければ調査だけで済むところに、奴のような浅慮な者を連れていくわけにはいかんのだ! それにだ、何事かあった場合に、竜神がかかわるほどのものとなると、奴ではついてこれん! だが、複数の古竜がいるというお前の調査には役に立つだろう!>


「っていうか、なんでアタシが協力する前提で話してるのよ!? アタシは『嫌だ』って言ったわよねっ!」


<拒否は認めーん! もし俺が帰ってきた時に何もしていなければお仕置きだ! 覚悟しておくんだな!>


「……くっ! 分かったわよ。でも、紫と一緒は嫌よ。あいついても役に立たなさそうだし、最悪、逃げればいいだけだし。アタシの速さは古竜(いち)なんだからっ!」


 一瞬の速さでいえば、カトリーナよりも速く飛べる古竜はいる。

 紫竜もそのうちのひとりだ。


 ただし、それは戦闘時には武器になるが、長距離や長時間を飛ぶ場面ではさして役に立たない。


 したがって、偵察にせよ、一撃離脱の強襲にしても、燃費の悪い彼を連れていくメリットがない。



 それに、紫竜の得意な戦術は、激しい雷撃が降り注ぐ広範囲の結界を展開して、その中で戦う防御型である。

 結界の範囲内で戦ってくれる相手には強いが、並の古竜の速度であれば簡単に離脱できる上に、その後は無視できてしまう「見えている地雷」程度のもの。

 結界外で魔力が切れるまで待てばいいだけの照明だ。

 鈍足の黄竜ならどうにか――といったところだが、その耐久力を考えるとスルーした方が賢い。



<……ううむ、やむを得んか! では、そちらはお前ひとりでどうにかしろ! 俺は極東に行ってくる! いざ、太陽神殿、発進!>


 カトリーナは面倒なことを押しつけられたと思いながらも、金竜が「太陽神殿」――彼の住む飛行要塞を動かしたことで、当分帰ってこないことを察して少しだけ安堵した。


 もし「ウェイストランドの問題を先に片付けてから」と言い出し、無理やり連れ回されたりしては堪ったものではなかった。

 それから考えると、面倒ではあるが自身のペースで行動でき、猶予もある現状はまだマシだった。


◇◇◇


 他方、紫竜【シュガール】にも決断の時が訪れていた。



<俺は少し出かけるが、俺がいない間に悪さをするなよ!>


 といった感じの一方的な《念話》が金竜から届いたのがつい先ほどのこと。


 どこにどういった理由で出かけるのかはさっぱり分からないが、太陽神殿まで動かすとなると相当なことだ。



 太陽神殿とは、人間に好意的な金竜を祀る巨大な神殿であり、同時に太陽の魔力をたっぷりと蓄えた彼専用の電池である。

 さらに、そこで生活する彼を崇める人間たちの信仰心が彼にさらなる力を与え、同じ場所で生活する眷属の竜たちは、下手な現代兵器よりもよほど防衛戦力となっていた。


 そうして、古竜と人間と竜が共生する神殿はいつしか聖域と化し、ウェイストランドとは違う意味で――麻薬と暴力で荒廃したラテンウェイストランドでは浮いた存在となり、物理的にも浮き出した。




 さておき、金竜が長期間ラテンウェイストランドを留守にするのは、シュガールにとって幸運といえる。



 シュガールにとっては、彼の縄張りに侵入してきて、麻薬栽培のために彼の素材を収集しようとしていた人間を組織ごと叩くのは古竜として当然の行為だった。

 そして、せっかく重い腰を上げたのだから、この機会に同様の組織にも警告を与えておこうとするのも、古竜としての常識の範囲内だ。



 ただ、ラテンウェイストランドという特殊な地域柄、犯罪組織の撲滅は人間の根絶にも等しいものだ。

 シュガールにしてもそこまでする気はなかったが、そこに金竜が出しゃばってきて、彼の言い分も聞かずにボコボコにした――という経緯がある。



 以降、何かにつけて金竜に絡まれるシュガールは、我慢の限界だった。


 縄張りを変えようとしたことも一度や二度ではないが、そのたびに金竜が追ってきて、ボコボコにされた上で連れ戻される。



 そんな彼にとって、これはまたとない機会だった。


 既に行き先の候補はいくつか考えてある。



 ラテンウェイストランドを離れて、東の大陸にいると聞く大魔王レオナルド、又はバッカスかエスリンと同盟を組む。


 黒のまねのようで面白くないが、単身では金竜に勝てない以上、戦力の増強は必須だった。


 今回の場合においては、金竜の行き先に近いレオナルドは除外。

 面倒だが、海を越えて東へ――バッカスかエスリンの領域を目的地とする。



 あまり燃費の良くないシュガールにとって、大洋を渡るのは非常に大きな危険が付きまとうが、金竜から受けるストレスはそれを上回る。


 距離的には、ラテンウェイストランド東端から暗黒大陸に飛ぶのが最短だが、瘴気汚染範囲の広い暗黒大陸は古竜にとっては鬼門である。

 したがって、ウェイストランド北東から極寒の島を経由、若しくはウェイストランド東端から適当な小島を経由するしかない。



 何にしても、動くのは今しかない。


 シュガールは、金竜の気配が感じられなくなるのを待ってから、縄張りを捨てて北上を始めた。

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