03 ウェイストランド
思い立ったが吉日というか、湯の川では大体毎日が吉日である。
それ自体はとてもよいことだと思う。
しかし、私は「待て」ができない竜たちに攫われて、あっという間に空の上である。
計画――というか、教育の重要性を思い知らされる。
さて、当初は「誰が私を背に乗せるか」で喧嘩していた彼らも、『そうやって潰し合いをするのは九頭竜の思惑どおりだろうね』との朔の指摘で沈静化した。
協議の末、現在は一時間ごとに乗り換えが発生している。
もちろん、自力で飛ぶのは禁止されている。
面倒くさい……。
ひとまず、湯の川から北西へ飛ぶ。
いくら古竜の体力でも、ウェイストランドは遠い。
なので、途中で休憩がてらにアズマ公爵領に寄って、復興具合の視察をしようということになったのだ。
もちろん、思いつきである。
さておき、首都の復興具合はまずまずというか、思っていたほどでは……という感じ。
領民の生活水準や新領主の支持率などは回復傾向にある。
一方で、先代が遺した致命的な悪印象と物理的な負の遺産に合わせて、キュラス神聖国との戦争が原因で、物資や人材の流入が滞っているのが原因らしい。
それらを担っていたのが敵国だったのだから、当然といえば当然なのだろう。
領内での生産力が一気に回復するわけでもないだろうしね。
そこで彼らが執った政策が「聖樹教の布教」である。
随分と話が飛躍したな。
というか、信教の自由があるのは良いことだけれど、私にはそういうのはないの?
……とにかく、悪名高き先代を駆逐したのも、言いがかりをつけて進軍してきたキュラス神聖国を追い払ったのも世界樹の女神の思し召しであるとして、その祝福を受けている神聖アズマ公爵領は安全なのだとアピールしていたのだ。
そんなところに、古竜の群れを率いてノコノコ立ち寄った私。
沸き立つオリアーナと狂信者たち。
こういうの、新年のヤマトでもあったなあ……。
あそこも「神聖ヤマト」に改号していたし、こういうのも収斂進化というのだろうか。
それで、猛る民衆を鎮めるためにライブをしていたら、チェストの方からやってきた流浪人のクライ――クラウザーさん(仮名)が、「チェストが大変だから、チェストでもライブをしてほしい」懇願してきた。
まあ、「来てくれないと、ヤマトと戦争が起こるでござる!」というのを「懇願」というのかは分からないけれど。
それで嫌々向かってみると、お殿様が出陣――準備ではなく、出産準備をしていた。
なお、お殿様はふくよかな男性で、お相手の方も立派な男性。
何をかは分からないけれど、身籠ったらしい。
「おお、貴女が女神様か! 聞きしに勝る美しさ――いえ、それよりも、殿が、お世継ぎが欲しいと励んでおりましたら、奇跡をなし遂げられまして――そこまではよかったのですが、どうやって産めばいいのかと困り果てておったのです。無論、入れた穴から――」
『ストップ! 皆まで話さなくていい』
久し振りに感じたよ。
すごいね、ファンタジー。
それか、愛の力か。
もっとも、最近「愛」がバグってきているみたいだから、何が愛かはもう分からないけれど。
結局、朔がお殿様を女性に造り変えることで問題を解決した。
ちなみに、朔が提唱する「TS三原則(美男美女化・心はそのまま・解除方法も用意しておく)」によって、お殿様は美しいお姫様になっていた。
なんだか世界樹よりもヤバいものを見た気がするので、有耶無耶にするためにも頑張って歌って踊った。
人々の狂気に染まっていく目が怖かったです。
さて、あまり休憩にならなかった休憩を終えて、更に西北西へ。
キュラス神聖国を横断して、ローゼンベルグ跡地を通過。
ゴブリンの大魔王の支配地――騒動の元凶となった古代遺跡を破壊してから、更に西へ。
その間に、雑談ついでに、残りの古竜についての解説があった。
これから向かうウェイストランドにいるという緑竜は、竜巻や台風のような風害の化身である。
当代緑竜の名は【カトリーナ】。
歴代緑竜でも屈指の力を持ち、ウェイストランド東海岸に縄張りがあるらしい。
さらに、キューちゃんの話にはなかったけれど、「無色」といわれる古竜も存在している可能性が高いとのこと。
その「無色」とは人工知能とのことだそうだ。
ただし、出現記録も無いらしく、詳細は古竜たちにもよく分からないらしい。
それがなぜウェイストランドにいると予想されているかというと、ほかにいないから――との消去法だ。
もっとも、主神たちに訊いてみたところ、「なんか、ノリで……。その、すまない」とのことなので、適当な予想や評価になっても無理もない。
まあ、人工知能の反乱なんて創作ではよく聞く話ではあるし、警鐘を鳴らす意味で入れただけなのかもしれない。
などと思っていたら、現代でいうところのボストンの辺りで、飛行ドローンから攻撃を受けた。
もちろん、小・中型の飛行ドローンに搭載できる程度の兵器でやられるほど、古竜はやわではない。
ただ、面倒を嫌って――猛る古竜たちの手綱を取るのが面倒だったので地上に降りると、今度は二足歩行型戦闘用ロボットや自走式セントリーガン等のお出迎えを受けた。
何が詳細不明だよ。
しっかりいるじゃないか。
「あれが無色じゃと? 莫迦を言うな。あんな物、ただのゴーレムみたいな物じゃろう」
「数が多くて、あれが末端にすぎないとしても、災害というほどではありません」
む、そう言われてみると、確かにそうかも?
「そういえば、赤はこっちに住んでいたこともあったのだったかしら?」
「ん? ああ、緑がどんな女なのか興味があってな、しばらく捜していただけだ。金が邪魔しにきたんで引き揚げたがな」
「くくく、尻尾を巻いて逃げ出したということか。つまり、銀を選んだのは消去法だったのか?」
「莫迦を言うな。あれはただの気の迷い――俺の中では黒歴史だ」
「ん? 呼んだか? それはそうとして、盟友よ。無色や金が相手では、我が能力が役に立た――ゴホン、ちょっとばかり相性があれでな。そこで、余にでも使える兵器か神器を貰えんだろうか?」
「むむ! 僕のユノから何か貰おうなんて厚かましいんじゃないか!? いや、黒みたいなゴミにも優しいユノには僕をあげる!」
うわあ、面倒くさいことになってきたぞ。
何となくそうかなとは思っていたけれど、やはり間違いない。
古竜は群れないのではない。
群れさせてはいけないのだ。
『パイパーの要請については善処する。ただ、形になるまでに時間がかかると思うから、それまでは自分の役目に徹してて』
「待つのじゃ! 黒ばかり贔屓するのはおかしいじゃろう!? そもそも、こやつにできて、儂らにできんことなどないじゃろうに!」
『別に贔屓してるつもりはないけど、虫除けには彼以上の適任はいないと思うよ。むしろ、「虫だけ」を駆除できるなら、君たちを頼るんだけどね』
むしろ、虫だけ!
どこかで使わせてもらおう。
おっと、それよりも、この状況を終わらせなければ。
「アーサー、この辺りの地理とか、知っているなら情報を教えてくれる?」
こんなロボットの残骸しかない荒野に留まっていても何も起きないと思うし、灰を探すなら人がいる所を目指さないとね。
「俺がこの辺りで活動していたのは千年以上前のことですので、現在どうなっているのかは不明ですが――」
さて、アーサーの供述によると、まず、緑竜が縄張りとしているのは、ウェイストランド東海岸線のどこか。
範囲が広すぎて特に参考にはならないけれど、一定距離内を飛行すればお互いを感知するだろうとのこと。
まあ、緑竜の捜索が目的ではないので、注意喚起くらいのつもりで聞いておく。
ちなみに、主神たちによると、このウェイストランドは先史文明大戦時の激戦区のひとつで、アザゼルさんのような組織や人、そして施設がたくさんあった場所だったそうだ。
彼らとの違いは、対神兵器の配備が間に合わなかったこと。
そして、神族に対するせめてもの抵抗として、核の雨を降らせたこと。
それ、灰の仕業ではないの?
ブーメラン刺さっていない?
とにかく、核とはいえただの爆弾では神族側に大した被害はでなかったけれど、数だけは多かったそれを全て無力化できたわけでもない。
その結果、ウェイストランドとよばれる、放射能と瘴気に汚染された土地が出来上がりましたとさ。
その放射能等も長い年月の中で薄れているけれど、その影響で変質した動植物は特殊な進化を遂げている。
まず、人間については、先史文明大戦の生き残りが地道に復興に取り組んだことで、その生存圏は東側大陸と大差ないくらいに発展している。
もっとも、それをなし遂げられた理由が、大戦時の大破壊で強大な魔物や竜なども駆逐されたことで、資源の確保が容易になったことだというのだから皮肉である。
そうして彼らは、確保した資源と、先史文明の遺産だとか影響も受けて、独特な文化を形成しているらしい。
さきのドローンのような、機械化文明とでもいうのがそれだ。
もちろん、生き残ったのは人間だけではない。
特に、地球では「核戦争が起きても生き残る」といわれていた、口に出すことも憚られるGが、なぜか大型犬サイズに巨大化して放射線を吐く魔物になっているとか怖すぎる。
もう一度核とか落としたい気分。
違う「G」が発生するだろうか。
まあ、放射線を吐いても、飛べない古竜だと思えばそこまでの被害は出ないか?
そんなことより、それが現地の人の貴重なたんぱく源になっているとか、もっとヤバい。
現地での食料や現地人は絶対に喰わないようにしよう。
とにかく、どうやらとても面倒な所に来てしまったらしい。
「ところで将軍、我々がまた助けを求めている。もし先史文明の遺跡が残ってたら壊してきてほしいんだけど」
ついでとばかりに、主神に仕事を頼まれてしまった。
……面倒な所に来てしまった。




