02 行ってみたいと思いませんか?
なかなかつらい時間だった。
古竜が徒党を組んで――いや、隙があれば我も我もと口を挟んでくるし、逃げ道を塞ぎにくるし。
もちろん、逃げようと思えば逃げられるけれど、後でもっと面倒なことになるのは分かりきっているので、ここで済ませてしまった方が幾分マシだった。
頼みの綱のカムイも途中で眠ってしまうし、本当にもう、古竜と付き合うのは大変である。
さて、彼らの言っていたことを朔に要約してもらうと、古竜の中で「灰」と呼ばれている存在についての話だったようだ。
その灰が象徴する災害は「人災」である。
つまり、灰とは実際には竜ではなく、人なのだそうだ。
……頓智か何かだろうか?
さて、灰が実際にどういう災害を引き起こすかは、その状況によるところが大きい。
灰の厄介なところは、実際に災害を起こすまでは「人」なのだ。
そして、精霊や神に近い古竜や竜神とは違い、その性質が極めて薄いため、その瞬間まで彼らにも知覚できない。
場合によっては、知らないうちに発生して、知らないうちに死んでいることもあるのだとか。
そんなケースからも分かるように、灰の齎す災害は、自身を巻き込む破滅型であることが多い。
規模はまちまちだけれど、大きなものでは大陸規模とか、狭い範囲であっても何十年も後を引く災害が起きたりするのだとか。
もちろん、そういった「やらかす人」というのはそれなりにいるものだけれど、その全てが「灰」になるわけではない。
主に能力や社会的評価の高い人、まれに語り継がれるくらいの底抜けのお莫迦さんが「灰」になるのだ。
なるほど、アルが疑われるのも無理はないな。
とまあ、基本的に後手に回ることの多い灰による災害だけれど、この世界の長い歴史の中で、起きそうな場所や予兆というのもなんとなく分かってきている。
急速に発展している地域や、長く続いた国家などが崩壊寸前の時など、急激な変化や長年蓄積された歪みがある所に発生しやすいらしい。
やっぱりアルなのでは? とは思ったものの、そうであれば、2回もあった西方諸国連合との戦争で何かが起きていたはずだ。
……いや、でも、西方諸国連合視点だと、さきの戦争はアルが運んできた災害といってもいいのでは?
疑惑は更に深まった。
また、灰になる人の多くに共通する特徴として、その直前、若しくは過去に強い憎悪とか怨恨とかの負の感情を抱いていて、それが引き鉄になることが多いらしい。
それゆえに、私と出会っているアルにそのおそれはない――と判断されたようだけれど、ミーティアたちが知らないだけで、彼は前世に大きな傷を負っていて、それを今も引き摺っている。
疑惑が更に深まった。
しかし、例外的に、底抜けのお莫迦さんがうっかりで、特に何の前触れもなくやらかすこともあるらしい。
そういったケースは特に厄介で、そのお莫迦さんとか特定個人ではなく、その影響下にある全てがいろいろな意味で灰になる。
そこでなぜ私を見る?
疑惑がなぜかこっちを向いた。
私が何をしたというのか……。
さておき、長い歴史の中で、予兆の発見方法と同時に、対処方法も確立されている。
まず、灰になりそうな人を見つけたら、とりあえず殺す。
……傲慢すぎる対処だな。
というか、客観的にはただの無差別殺人では?
次に、灰が出現する余地をなくすため、周辺で破壊活動を行う。
既に災害が発生している地域では灰は出現しないから?
……本末転倒では?
いや、古竜たちの価値観に基づく対処法に期待した私が莫迦だったのだろう。
さておき、どちらにしても災害が起きるのに、殊更灰を危険視しているのは灰が人間だからこそだという。
もっと簡潔にいうなら、ほかの古竜の起こす災害に比べて、瘴気の発生度合いが格段に酷くなるからだそうだ。
古竜が起こした災害なら天災と同じように諦めもつくけれど、人間が起こしたものは、共感性やら何やらが相まって、それはもう大変になるらしい。
地球でいうところのアフリカ大陸、ここ異世界では「暗黒大陸」といわれている場所で人族がほぼ滅んでいて、今もって人が住める環境ではなくなっていることが、灰災害でも最大のものだとか。
人間の愚かしさはヤバいね。
それはそうと、暗黒大陸はさきの灰の出現する状況の傾向から早速外れているのだけれど、瘴気憎しで目が曇っているのではないだろうか?
古竜も大概度し難い。
なお、主神たちにそのあたりの諸々を確認してみたところ、「灰竜」を設定したのはその場のノリだそうだ。
災害といえば、人災もあるよねーという感じで。
それが、「間違え続ける人間の性質」にジャストフィットして、更に明確な実体が存在しない仕様上、管理しきれなくなったのだとか。
本当の灰はここにいた。
さて、本当に困っているのは、古竜たちが「だったら灰探しにでも行くか」とやる気になっていることである。
そして、そこに私も参加する前提で話を進めているのだ。
放っておきたいところだけれど、彼らが問題を起こして帰ってきた場合、私が怒られる可能性もある。
私自身がしでかしたことなら仕方がないけれど、それは理不尽にすぎる。
「よし! 誰が一番に灰を見つけるか、競争じゃな」
「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
「分かっていると思うけれど、適当に近場で暴れて『灰がいた』は通用しないわよ」
「そのための竜眼だからな――」
「ユノ、旅に出るからヤク〇トいっぱいちょうだい」
「そうヤク〇ト――カ、カムイは留守番だぞ!?」
「ふっ、ついに組織と決着をつける時が来たようだな」
「ユノとの婚前旅行かあ。どこがいい? 僕は、ユノと一緒ならどこでもいいんだけど」
「ふむ、では我もここに残って、のんびりと休暇を満喫するとしよう!」
ちょっと待って。
みんなバラバラに行動するつもりなの?
『盛り上がってるところ悪いけど、ボクらはそれぞれについていったりしないから。ほら、ユノもきちんと声に出さないと伝わらないよ?』
「……? あ、声に出すのを忘れていた? まあ、そういうことだから、ついて行くとしても、そんなに分体出したくもないし、誰かひとりかなあ」
その場合、カムイとキューちゃんを選ぼうかな。
「待て、話が違うではないか! そういう流れじゃったろう!?」
そんな流れではなかったと思うけれど……。
「ユノ様にも灰の危険性はご理解できたはず! であれば、一刻も早く狩らなければならないのです!」
さっきまでぐうたらしていたのに、今更危機感を煽られてもねえ……。
「私だってレオンと離れるのは寂しいけれど、貴女とくっつくチャンスでもあるのよ!」
建前くらい用意しよう?
「それにだ、ユノなら灰をこの世界から消すこともできるのではないか? なあに、片っ端から怪しい人間を殺していけば、いつかは当たるさ」
これがキレやすい老人というものか?
というか、老若男女関係無く、ただのヤバい人かな。
「ふっ、今はまだその時ではないということか。よかろう! だが、油断はするなよ! 組織はいつも――」
パイパーはあまり行きたくなかったのかな?
いきなり饒舌になった。
まあ、「古竜最弱」とかいわれていたようだし、ひとりで人間がいっぱいいる大都会に行くのは怖かったのかも。
「そんな!? 僕ひとりじゃハネムーンにはならないじゃないか!」
突っ込まないぞ。
「我としては、灰探しをするのであれば、夢の国ともいわれる【ウェイストランド】がいいと思うぞ。もっとも、暗黒大陸には発生の余地が無く、帝国であればすぐに対処可能という消去法でしかないがな。ただ、困ったことに、ウェイストランドには緑がおるし、南のラテンウェイストランドには紫と金もおる。難しい仕事になるだろうし、行かない方が賢明だろうな」
キューちゃんが絶妙なタイミングでほかの古竜たちを誘導する。
ちなみに、「ウェイストランド」というのは、地球でいうところのアメリカ大陸に該当するらしい。
ほかの古竜を遠い地に追いやって、その間に湯の川を自らの縄張りにしようと企んでいるのだろう。
以前、寝言でそんなことを言っていたので知っている。
もちろん、それはほかの古竜たちも知っているだろう。
しかし、魔王と同じく、煽りに弱い彼らは見事に乗せられた。
そうして、一致団結した古竜たちと私で、夢の国ウェイストランドへ行くことになった。
別大陸のことだし、私を巻き込まないでほしかったのだけれど、彼らの集団行動訓練だと思うと監督は必要だろうし――というか、朔が非常に行きたがっている時点でほかに選択肢が無かった。
まあ、何事もなければ休暇中の海外旅行だ。
そう割り切ろう。




