幕間 ハッピーホリデーズ ReRe
クリスマスの話の続きです。
クリスマスを目一杯使って書きました。
クリスマスって何だっけ……?
「来たか……」
恐れていたことが現実になってしまった。
私の目の前には、赤い衣装と立派な髭が印象的な老人――恐らく、サンタクロースだ。
存在しているのは知っていたし、ここに来る理由も理解している。
今年一年、サンタクロースに祝福される対象で、コレット以上に頑張った良い子がいただろうか?
……いや、リリーとか、レオンくんとか湯の川の子たち、人外も含めるなら雪風にシュトルツもだし、いっぱいいたわ。
というか、私の周りには良い子しかいない。
それはともかく、コレットを評価してくれたのは嬉しいけれど、ここに来てもらっては困る。
何としても帰ってもらわねば。
サンタクロースは、高高度で待っていた私の前で停車すると、ソリから下りて恭しく頭を下げた。
私のことを知っているのか、それともただ礼儀正しいだけか。
まあ、元ネタの聖ニコラウスは聖者だか聖人といわれる人らしいので、後者だと思う。
「貴女のことは知っている。お目にかかれて光栄だ。世界樹の女神、ユノ様。見てのとおり、12月の数日間しか働かぬやくざ者ゆえ、挨拶が遅れたこと、無作法があれば容赦していただきたい」
前者で、しかも嫌な知られ方をしていた……。
しかし、母さんの仕事が順調だという証明でもあるし、仕方がないのか?
というか、最後のは何だ?
自虐風ネタ?
……分からないから触れないでおこう。
「私も貴方のことは知っているよ。子供に――いや、世界に夢と幸福を与える素敵な存在だね。だからこそ、ここから先には行かせられない。コレットへの祝福なら私が代わりにしておくから、ほかの子の所に行ってあげて」
まあ、知っているのは地球のサンタクロースだけれど。
見た感じ、そんなに変わらないだろう――いや、実在――8頭立てのトナカイが牽くソリに乗って空を飛んでいるのはファンタジー世界ならではかもしれない。
「貴女にそのように思っていただけるのは光栄の極み。だが、いかに貴女の命令でも、これは我が使命であり存在理由。それだけは聞けませぬ」
「その貴方の存在理由――尊厳が破壊されるおそれがあるから言っているのだけれど……」
今の私は、アルを侵食したおかげで、彼の狂気の一端は理解している。
言葉にするのは難しいし、すると品性を疑われそうなのでできないけれど。
何にしても、人間の欲望で彼を穢すわけにはいかない。
「良い子にプレゼントを運べないなど、儂らサンタクロースにとってはそれこそ名折れというもの。それだけで尊厳など地に落ちましょう」
「……意地悪で言っているわけじゃなくてね? 言葉で説明するのは憚られるのだけれど、この先は貴方にとって鬼門――というか、貴方の門が危ないの。分かって?」
これが私にできる精一杯の表現なの。
これ以上は母さんの仕事にも影響が出るかもだし、妹たちに白い目で見られかねないの。
お願い、分かって?
「儂らの――サンタ一門の大事ということですか……。余計に原因を確かめねばならなくなりましたな」
逆効果!
朔はこういったイレギュラーには弱いので役に立たないし、万策尽きた。
『……』
ほらね!
「では押し通らせていただきます。貴女に勝てるとは思っておりませんが、大義のため、子供たちのため、爪痕のひとつでも残してみせましょう!」
なんだか覚悟を決めているし!
もちろん、殺すわけにはいかない――というか、戦いたくもない。
サンタクロースと戦ってぶちのめしたなんて人に知られれば、どんな誹りを受けるか分からない。
理由を説明できないから、言い訳もできないしなあ……。
しかし、彼の意志を無視することもできない。
「主の慈悲の心も解さぬ分際で『大義』などと、どの口で抜かすか」
「しょせんプレゼントしか運べぬ半端者よ。我ら魂の運び手とは格が違う」
また面倒なのが出てきたよ。
最近私の指示がなくても出てくるのだけれど、どういうつもりなのだろう。
自主性かと思って見逃していたけれど、一度きちんと話しておくべきか?
というか、自主性を発揮するのは不適切な存在だよね?
きちんと空気を読んで控えめにしているマリアベルを見習ってほしいところだ。
サンタクロースが運んでいるのはプレゼントという物体だけではなく、「幸せ」だということも分かっていないし、教育しておくべきか。
「ほっほっほっ。これはまた大仕事になりそうですな。では――聖闘士聖者、いざ推して参る!」
「……貴方たちは戻りなさい」
ああ、会話での時間稼ぎもできなくなってしまった。
アドンとサムソンのせい――というつもりはないけれど、出てこないでいてくれた方がよかったのは確かだ。
とにかく、サンタクロースを殺すつもりはないので、使い魔たちに出てきてもらっては困る。
とりあえず、一時的に行動不能にして、遠い所に捨ててくるか?
作戦名は「サンタクロースイズ仮眠トゥタウン」といったところか。
……微妙だな。
キレが悪いし、捨てるのも外聞が悪い。
とにかく、キレやすい老人の相手をしようか。
「小宇宙で心を満タンに! 法王流星拳!」
さて、サンタさんがトナカイを嗾けてくるようなら旦那さんを召喚するつもりだったけれど、パンチの連発で弾幕を張るような感じで突っ込んできた。
これは初めて見るパターンだ。
パンチ一発につき数発の拳型のエフェクトが飛んでいる上に、ハンドスピードもそこそこあるので結構派手。
避けようのない面の攻撃とでもいいたいのか、気持ちは分からなくはないけれど、無駄が多すぎる。
エフェクトが過多でよく分からないけれど、見たままの感じだと点の攻撃の連続でしかないので、突いてきた右拳を掴んで止めて、前蹴りを入れる。
こんなことをしなくても、領域を展開して動きを止めればいいのだけれど、アルをあんな目に遭わせた後なので、ちょっと加減に不安がある。
基本的に、「できる」と思っていることは大体できるものだけれど、こういった不安は「大体」から外れる原因になる。
特に、今の私はアルやアイリスの成長を見て、期待度が上がっている状態だしね。
「くはっ!? こうも簡単に見切られるとは……! さすが『世界樹の女神』というだけありますな!」
前蹴りと世界樹に何の関係があるのか分からないけれど、大してダメージがないのは分かる。
手を抜きすぎただろうか。
「ですが、聖闘士には同じ技は二度と通じませんぞ! そして、この距離なら!」
それで図に乗せてしまったのかは分からないけれど、空いていた左手でも同じ攻撃を出そうとしてきた。
私にはそういった魔法やスキルが通じにくいと聞いていないのだろうか。
「ぐ、おお……!? ごっ!」
私も空いていた手でサンタさんの左手を掴むと、今度は金的に蹴りを打ち込み、それで前傾したところに膝を叩き込む。
今度はそこそこのダメージだったようで、彼の身体から力が抜けた。
自分には「同じ技は通じない」と言っておきながら私には同じ技を仕掛けてくるのは何の冗談か、それともボケ始めているのか。
それに、中段前蹴りと金的はほぼ同じ軌道だったと思うのだけれど、別の技扱いなのか。
世の中には不思議がいっぱいだ。
さておき、長引かせてサンタクロースに暴行を加えている光景を見られるのはまずい。
いや、サンタクロース以外でもまずいけれど。
とにかく手早く済ませようと、さっと腕を入れ替え絡めて首極め腕卍に移行する。
普通に絞めると絵面が酷いかと思って凝ってみたのだけれど、これはこれで酷い気がする。
何にしても、呼吸や心拍動を卒業していない人には絞め技は効果抜群だ。
サンタさんもすぐにオチたので、前言のとおりに彼の袋の中を漁ってコレットの分を抜き取る。
……これも傍目にはすごい光景なんだろうなあ。
それでも、どれもホーリーナイトにサンタクロースがゴブリンに襲われて、ホーリーシットしている光景ほどではないはずだ。
とにかく、コレットの枕元にプレゼントを置いた時点でミッションコンプリート。
ちなみに、プレゼントは冬用のコートだった。
チョイスは悪くないと思うし、魔界では超高級品だけれど、コレットは恐らく湯の川行きの切符を掴むからなあ……。
まあ、湯の川にも冬の領域はあるし、完全には無駄にならないけれど。
『……サンタクロースの介抱もしてあげようよ』
……それもそうか。
まさか、朔に人道的なことを説かれるとは。
ふと思ったのだけれど、良い子にご褒美をあげることが存在意義だというサンタクロースに、ご褒美をあげる人は存在するのだろうか?
恐らく、彼らの創造主たる主神たちはそんなことまで考えていない。
『確かに、要修正リストには入ってないし、存在に対する言及すら無いね』
やっぱりね。
「彼らも悪い人たちではないのだけれど、無自覚なところが多いからなあ」
『ユノがそれを言うかな。でも、サンタクロースを労ってあげようなんて、君らしいね。直前にボコってたことに何も感じてないところも含めてね』
「殴り合って生き残っていれば友達になれるものでは?」
『殴り合いって、大体君が一方的に殴ってるだけだけど』
……言われてみればそうかも?
いや、攻撃の機会は与えているし、中てられないのは実力の問題だよね。
それよりも、あまり長い時間サンタさんを拘束すると、彼の後の予定に響いてしまう。
彼を待っている子供たちのためにも、手早く蘇生して、労ってあげて、送り出さねば。
◇◇◇
「儂の小宇宙など、大いなる世界樹の前ではゴミカスも同然だったか……。いや、そのような偉大なお方の言葉を信じなかったことの方が問題か!」
蘇生は簡単だったけれど、起きたなり空気が重い。
素直になってくれたのは有り難いのだけれど、度を過ぎるのも困るの。
「強さと説得力にはあまり関連性はないからね? それよりも、貴方にもハッピー――いや、メリークリスマス」
とにかく、あまり思い詰められると困るので、即席で編んだマフラーをプレゼントしてあげた。
白いお鬚に付いた血の跡を隠すにも持ってこいだ。
「おお……っ! おおお……っ! このような素晴らしい物を儂に……!?」
えっ? 泣くほどの物?
「偉大なだけでなく、儂らのような小物にまで惜しみない愛を注いでいただけるとは……! 噂に違わぬ――いや、噂以上の女神様であられた!」
「……そんな大層な者ではないから。それよりも、残りの子供たちの所に――」
「この愛に報いるために儂らにできるのは、忠誠を捧げることのみ!」
えっ。
「良い子にプレゼントを配るとともに、ユノ様の素晴らしさを広めてまいります! しからばごめん! はいやー!」
ちょ、待――行っちゃった……。
『あはは、さすがだねえ』
「……何が『さすが』なのかは分からないけれど、最低限はクリアしているから。それより、朔は欲しい物ないの?」
『え、ボクにもくれるの?』
「良い子かどうかは判断が難しいけれど、一番世話になっているからね」
『じゃあ、ユノが魔法少女になって戦うに相応しい敵』
即答か。
というか、敵が欲しいってどういうこと?
血に飢えているの?
「……それは難しいなあ。というか、そういうのは止めてほしいなあ。でもまあ、サンタクロースにお願いでもしておいたら?」
さすがにサンタクロースに叶えられるとは思わないけれど。
とはいえ、それではさすがに不義理な気もするので、少しだけ付き合ってあげようか。
分体を使ってごっご遊びのようなことでもすれば満足するだろう。
多分。
とにかく、朔にもハッピーホリデーズだ。
余談だけれど、この日以降、湯の川にサンタクロースが住み着くようになった。
しかも、彼らは精霊性の存在らしく、勝手に増えていく。
……毎日がハッピーになるならいいか?
お読みいただきありがとうございます。
次話以降の投稿予定、進捗状況については活動報告をご確認いただければと思います。




