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幕間 愛が生まれた日

――アイリス視点――

 私は今、とても幸せです。


 私には「理解のある彼」はいませんが、理解はなくても、包容力がありすぎて理解を超えてくる彼女がいますので。




 雷霆の一撃のテロの後、以前に私が展開した領域がルイスさんの股間に宿っていて、それがユノの許に届いたと伝えられました。


 私の意識がない間にそんなことになっていたとは……。


 というか、ルイスさんの股間と同化するとかどういうことですか?

 我が領域ながらドン引きです。



 それに、当時続いていた疲労感や倦怠けんたい感はそれのせいだったのでしょうか?

 それが無くなった直後はとてもすっきりした気分で、なぜかいろいろとあった煩悩も消えて、残ったのはユノへの愛情だけ――あれが噂に聞く「賢者モード」だったのでしょうか?



 そんなことより、ユノを傷付けるための領域がルイスさんを傷付け、更にユノを傷付けようとしたなんて、幻滅されても――最悪、振られても仕方がないことだと思うのですが、まさかのお咎め無しでした。


 それどころか、「あんなに長い期間領域を持続できていたのは、それだけ強い意志が込められたってことだよね。まあ、その形はどうかと思うけれど、気持ちは嬉しいよ」と、受け止めた上で喜んでくれたのです。


 そんな彼女が愛しくて、いつもの私なら勢いで押し倒していたところですが、賢者モードが祟ったのか、甘い雰囲気を楽しんだだけで終わってしまいました。


 賢者モード――「賢者は苦痛なきを求め、快楽を求めず」とでもいうのでしょうか、実に厄介です。

 快楽を求めずして何の人生か。

 常に更なる快楽を求め続け、それでも快楽に溺れてしまわない強さが私の求めるもの。

 ユノと出会ったことで決まった私のあり方です。



 ですので、私が戦わなければならないのは「弱い自分自身」です。

 特に、ユノを愛することは、他人と競うことではない――と理解していても、納得はできないのが乙女心でしょうか。



 ユノを人間でいさせようとして、神としての彼女に立ち向かったアルフォンスに、不本意ながら感心と嫉妬をしてしまいました。


 あの男のことですから、それがどういうことか分かっていたはずですが、それでよくそんな無理ができたものです。


 イメージ的には、人の身のまま神の力を受け止めることで、「神の出る幕ではない」と、ひいては彼女に「神になる必要は無い」と示したかったのでしょう。

 完璧な形ではなかったようですが、それでも見事だと思います。



 人の身のまま神の力を使おうとしている私とはアプローチの方法は違いますが、求めるところは同じです。


 客観的に見て、先に領域展開に至ったのは私ですが、より高い階梯に至ったのは彼なのでしょう。


 決して私のユノへの想いが負けたわけではありませんが、後れを取っていることは素直に悔しいです。



 ただ、一気に階梯を上げすぎたようで、期待していた人間的イチャラブの段階を通り越してしまったのは皮肉としかいえません。

 いえ、素直に「ざまあ」と言っておきましょうか。


 もちろん、物理的にできなくはないでしょうが、「今更やっても……」となるのは明白ですし、理想の高いあの男がそれを受け入れられるとは思えません。


 つまり、今は一歩先を行かれてしまいましたが、私は私のペースで頑張ればいいのです。




 とはいえ、ユノと一緒に学校に通ってみたかったとか、何をとは言いませんが、卒業してみたかったという想いは消えません。

 むしろ、日に日に強くなっていきます。



 ユノがそれを察した――わけではないと思いますが、私の誕生日に旅行に誘われました。

 もちろん、二つ返事で了承しました。


◇◇◇


 そうして連れてこられたのは、異世界――日本の温泉旅館でした。


「ここ、ゴールデンウィークにアルと一緒に来てすごくよかったの。アイリスとも一緒に来たいなと思って」


 ぐぬぬ……!

 おのれ、アルフォンス……!


 ユノも女心が分かっていません! ――と言いたいところですが、それは今更ですし、改善も期待できないので我慢するしかありません。

 せっかくですので、前半は聞かなかったことにして楽しみましょう。




 さて、その温泉旅館はというと、ユノがはしゃぐ気持ちもよく分かる、温泉もサービスも食事も素晴らしい旅館でした。

 それに、ユノが手作りしたというバースデイケーキもとても可愛らしくて美味しかったです。


 しかし、この短期間で普通に料理も作れるようになっているとは、恐るべき女子力です。



「ありがとうございます。こんなに素敵な誕生日プレゼントが貰えるとは、私は幸せ者です」


『どういたしまして。喜んでもらえたなら提案した甲斐があったよ』


 あれ?

 朔、ですか?



「ええと、私のはまだこれから。けれど、喜んでもらえるか――というか、受け取ってもらえるかも分からないのだけれど」


 ピーンときました!


 それは、もしかしてあれでしょうか? 「私の愛を受け取って!」とか、「私を食べて!」的な! キャーーーー!



「どんとこ――いえ、ユノから頂けるものであれば、何でも嬉しいですよ?」


「そう。じゃあ――」

「!?」


 ユノはそう言うと、自身の眼窩がんかに指を突っ込んで、眼球を抉りだしました。


 そして、本来ならグロテスクに見えてもおかしくないはずの、キラキラと光る宝石のようなそれを私に向けて差出してきました。


 まさか、「私のeye(アイ)を受け取って」とか、「I(アイ)を食べて」だったとは……。


 私も贈り物には愛や体液を混入する方ですが、さすがにパーツをそのままお出しする発想はありませんでした。

 やりますね、ユノ!



「あ、ありがとうございます」


 ですが、その覚悟、受け取らないわけにはいきません。

 既に先ほどまでの甘い考えはどこかに行ってしまいましたが、これはある種の血の契り。



 でしたら、私も――今こそ指輪ならぬ、眼球の交換! 輪より、球の方が次元が高いのは道理! と、眼球を抉りだす覚悟を決めた直後、額に違和感が。


 まさかと思って鏡を見ると、額に第三の目が!


 見える景色は変わっていないので、今のところ飾り以上の意味は無さそうですが、私の額にあってもユノの目は可愛いですね!



『似合ってるよ。ああ、魔力で活性化するタイプにしてるから、オンオフや強弱はつけられると思う』


「思っていた以上にすんなり受け入れられたけれど、頭痛とか、違和感があったりしない?」


「ええ――」


 似合っていると言ってくれるのは嬉しいですが、違和感は――違和感しかありません。



「それより、目は治さないんですか?」


 それ以上に、そっちが気になります。

 ユノならすぐにでも修復――いえ、復元? 再構築? できると思うのですが、血こそ流していないものの目を瞑ったままです。

 痛そうです。

 再生魔法を掛けてあげたいところですが、今の私ではユノを再生することはできません。



「せっかくだから、記念にこの痛みも堪能しておこうかと」


「……そうですか」


 どういうことでしょう?

 一応、大事にされていると考えていいのでしょうか?

 高度すぎて理解が及びませんが……。



 とにかく、そっちは気にしないことにして、魔力で制御すればいいんでしょうか?



 ……くっ。 

 とんでもなく魔力を吸われる――《蘇生》魔法の連発以上にきついです……!


 ……そうか、魔力だけでは駄目なんですね。


 やはり、愛。

 愛は世界を救う! 人と人を繋ぐ! 神様だって殺す!


 はーーーーーーっ! 届け、この想いっ!




 私を魔力で――ユノへの愛しさで満たしていると、だんだんといつもと違った世界が見えるように、それとピントが合ってきて――ユノが、いつもより輝いて――可愛すぎます!


 これが、ユノが見ている景色なのでしょうか?

 確かに、机や畳にも何かが宿っているような気がします。


 そして、何よりユノの存在感が段違いです。

 これが種子――いえ、開花した世界樹なのでしょうか。

 か、か、可愛い! ああああ、何だかもうすっごく可愛いんですけどー!


 息が――というか、息の根が止まりそうなくらいの感動とは裏腹に、あまりの情報量の多さに、私の脳と魂が悲鳴を上げて、さきの領域展開の時のような、少しまずい感じがががが……!



『ええっ、素質はあると思ってたけど、いきなりそこまで同調できるの!?』


「ストップ、ストップ! いきなり全開は危ないよ!」


 身体が弾け飛びそうなくらいに熱くなったところで、ユノに止められてしまいました。

 危なかったのは間違いないのでしょうが、なんだか妙な期待感もあったので少し残念です。


◇◇◇


 それからしばらく、ユノの手取り足取りの指導で目の制御の仕方を学んで、随分と違和感も薄れてきました。


 ひとまず、オンオフの感覚は掴めましたが、強弱についてはまだまだ要練習です。

 とはいえ、これは領域構築の良い訓練にもなるように思いますし、とても素晴らしいものを頂いてしまいました。



「ありがとうございます。失礼ですが、こんなに素敵なものを頂けるとは考えていませんでした」


「どういたしまして。けれど、アイリスが望むなら、もうひとつあるのだけれど」


 はっ!?

 まさか、今度こそ――いえ、ユノのことですから、きっと何かオチがあるはず。



「何でしょうか? もちろん、ユノから頂けるものは何でも受け入れたいと思っていますが」


「ええと、あまり行儀の良いことじゃないから、みんなには内緒にしておいてほしいのだけれど――」

「分かりました!」


 ユノと一緒に悪いことをする。


 そんな魅惑的な提案を断ることなんてできません!



「……それじゃあ」


 ユノは、期待感でどうにかなってしまいそうな私の前にバケツをひとつ置いて、そこに水を張り始めました。


 ……これは一体どんなプレイなのでしょう?



「別にバケツでなくてもよかったのだけれど、ほかに手頃なのがなかったから」


 一応、補足説明はしてくれましたが、何の補足なのかは分かりません。



 なんて考えていると、バケツに張られた水面に、どこかの風景が映し出されました。


 ……あれ?

 これは、私の――。



「前にさ、アイリスが前世に心残りがあるって言っていたから」


 ああ、それは妹さんたちの心情を揺さぶるために盛ったもので――いえ、確かに心残りではあったのですが……。



「あまり褒められた行為ではないし、それに、解決するかはアイリス次第だし」


 水面に映っているのは、前世の私の家、学校、習い事の教室など、縁の深かった所ばかり。

 そして、私が見ることができなかった、私のお葬式の様子も。


 前世のことは割り切ったつもりでしたが、私の死で悲しんでいる家族や友人を見ると、当時の記憶や想いとともに涙が溢れてきました。



『その目は、世界を繋ぐための触媒だったんだ。ボクたちが君のいた世界を認識するためのね。同時に、世界を変える力もある』


「世界を変える力はみんな持っているよ?」


『……ユノが言ってるのは、ここでは少し意味合いというか階梯が違うから気にしないで。とにかく、その目を上手く使えば、水面の向こうの世界にも干渉できるよ。親しかった人たちにメッセージを送るとか、もしかすると、前世の君を生き返らせることだって可能かもしれない』


 ……!


 そんなこと、考えもしていませんでしたが――いえ、やはり止めておきましょう。


 前世の私がこんなことになって、悲しませている人には申し訳なく思いますが、それはきっと誰の救済にもなりません。

 突然のことで考えがまとまらず、上手くいえませんが、そんな気がします。



 ――私は死んでしまいましたが、みんなに愛されていました。

 みんなの悲しみ具合が、どれだけ愛されていたかの証明なのでしょう。


 ここで前世の私が生き返れば、驚きながらもきっとそれ以上に喜んでくれるでしょうし、もっと愛を育むこともできるのでしょう。



 それでも、心の中がグチャグチャな状態で上手く言葉にできませんが、何か大事なものを見落としている――いえ、踏みにじってしまいそうな気がして、怖くなってきました。


 そんな私を、ユノが優しく抱きしめてくれます。



「ええと、私には人の心は分からない――理解できるよう頑張っているつもりだけれど――それはともかく、私としては、大事な人がくれたものなら、どんなものでも大切にしたいと思っているの。それが喜びでも、悲しみでも、痛みでもね」


 そして、言葉を選びながら話し始めました。



「例えば、こうやってアイリスと一緒に過ごせる幸せな時間は言うまでもなく大事な宝物だし、いつかアイリスに置いていかれる時に感じるものも同じくらい大事。どちらもアイリスがくれたものだから、特に後者は、それまで積み重ねてきたものが大きいほどつらくて悲しいと思うし、もしかしたら泣いちゃうかもしれないけれど、私にとってアイリスがそれだけ大事な存在だったって証明でもあるから、しっかりと受け止めないといけないと思っているの。蘇生が好きじゃないっていうのも、大事な人が死んでいるのを認めない――大事な人の否定をしたくないというか、あり方を歪めたくないというか、上手く言えないけれど、大事だからこそ刻んでおきたい? 刻まれたい? …………?」


 ユノが言っているのは、私が感じている正体不明の感情についてでしょうか?

 分かるような、分からないような理屈で、彼女自身にもよく分かっていないようでフリーズしてしまいましたが……。

 とにかく、私を想ってくれていることだけは分かります。



 そうか。


 私では、永遠に近い時間を生きるであろうユノにずっと寄り添うことはできません。


 それは、多少条件が異なりますが、この状況とも共通点があります。


 大事なことは、きっと一緒にいた時間だけではなくて、どれだけ愛して愛されていたかということ。

 むしろ、ただ漫然と時間を重ねて、薄くなってしまうようではもったいないのかもしれません。



 前世の私の生きた時間は短かったですが、みんなの愛に包まれて幸せでした。

 今、それをとても実感しています。

 私も、みんなのことを愛していますので、どうか悲しみを乗り越えて幸せになってください。


 と、それを伝える手段があるだけ、私は幸運なのでしょう。



 ――そういえば、どうやって伝えるのでしょう?

 朔は「目の力」と言っていましたが……。



「ユノ、前世の私の大切な人たちに、きちんとお別れをする機会をくれてありがとうございます。ですが、その、どうやって伝えれば……?」


「……あ、うん。『目は口ほどに物を言う』っていうじゃない? だから、普通に」


 ……普通とは一体?



「領域を――いや、しっかりと目を活性化させて、想いを届けたい相手と、届けたい想いをしっかりとイメージすれば、きっと届くよ」


 理解に苦しんでいた私に、ユノが更に補足してくれましたが、「どう届けるか」が抜けています。


 それでも、あれもこれもと訊く前に、できるところまでやってみましょうか――と、その前に。



「ユノ、申し訳ありませんが、少しの間見ないでいていただけますか?」


「……ええと、なぜ?」


 ユノとしては、きちんとできるか心配なのかもしれませんが、水面に映っている前世の私――しかも、死に顔を見られるのはすごく抵抗があります。



『多分だけど、プライバシーとかデリカシー的なことじゃない?』


 そのとおりです!

 私の彼女には理解はありませんが、変なところに理解があって察しの良い相棒がいます。



「いや、でも――ううん、分かった。頑張る」


「ありがとうございます」


 ユノがそう言って目を瞑ると、水面に映った世界が一瞬乱れました。


 ……なるほど、世界を繋ぐための制御も必要だったんですね。

 無理を言ってしまったようで少し罪悪感がありますが、とにかく、きちんとお別れをしましょう。




 ユノに言われたとおりにかつての私の世界に向き合い、想いを紡ぎます。


 そこから先はどうすればいいのか分からなかったので、ひとまず、いつもユノに愛を囁いているように、「想いよ届け!」と念を込めます。



「……っ!?」


 びっくりしました。

 目から《極光》のようなビームが出ました。


 それが、水面の向こうの世界のみんなに直撃して……。

 お父さんとお母さんはよろめいて、お姉ちゃんの髪が逆立って、友達はへたりこんでしまいましたが、大丈夫なのでしょうか?



『多分、大丈夫。想像よりすごい想い――というか、ビームを出すとかボクも驚いたよ』


「えっ、ビームって何? どういうこと? あっ、接続が切れている!」


『うん。ちょっとアイリスの想いが強すぎて、世界との繋がりまで焼けただけ。多分、そんなに問題無い』


「そうなの? それで、アイリスは想いを伝えられた?」


 何だか大変なことが起きたような気がするのですが……。

 いえ、そういうことにしておきましょう。



「え、ええ。きっと伝えられていると思います」


 あまりの出来事に少し現実逃避してしまいましたが、それだけは確信のようなものがあります。


 もっとも、それがみんなの救いになるのか、呪いになるのかは分かりません。

 ですが、私としては、本当に晴れ晴れとした、生まれ変わったかのような気持ちです。



「改めて、ありがとうございます。そして、ユノ、愛しています。これからもよろしくお願いします」


 生まれ変わった私でも、変わらぬ――いえ、これまで以上の愛を貴女に。



「どういたしまして。私も――あつっ!? 本当にビームが出ているよ!? いや、そんなつもりで目をあげたわけでは――」

『あはは』


 あら、少し想いが漏れてしまったようですね。


 ですが、近いうちに、この想いも貴女に届けてみせます。


 そして、いつか残される貴女が寂しくないように、あるいはずっと――私の生まれ変わりを探したくなるように、精一杯大きな傷を付けてあげますから、覚悟していてくださいね。

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