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幕間 替え玉

 魔界での作戦が一段落して、アルフォンスが人間界に戻る前日のこと。


 彼の下に突発性のイベントが発生していた。



 魔界を救った英雄を快く送り出すための送別会――ではない。


 それは、湯の川への移住権を持たない者たちの、彼の口利きを期待しての接待(さくりゃく)である。

 酒の席で言質を取ろうと画策しているのだ。



 それを抜きにしても、彼にとっては、ゴブリン料理を振舞われたところで嬉しくない――どころか迷惑でしかない。

 昆虫食も、若い頃は虚勢だとか、マウントを取るために口にしたこともあったが、今は絶対拒否の構えである。

 理由は当然、「ユノに逃げられるから」だ。




 では、アルフォンスに発生していたイベントが何だったかというと、「ユノを高校編入試験に合格させる」というミッションだった。

 

「……俺に一体どうしろと?」


 それを確認した彼の第一声がこれである。


 なお、彼だけでなく、アイリスやトシヤにも同ミッションが発生していたが、皆同じ感想だった。


 ユノ本人が受験するのは、最初から考慮されていない。


 召喚前の男性だった頃から、様々なものを魅了して回って騒動の原因になっていたというのに、女神となってパワーアップした彼女を何の対策も無しに野に放つわけにはいかないのだ。


 現在、魅力を低減する魔法などの開発が急ピッチで行われているが、成果が上がっているとはいい難い状況である。



 第三者がユノに化けて受験する、いわゆる「替え玉受験」も、舞台となる私立名城信賀大学付属高等学校は、その閉鎖的な環境からか、特殊な事情のある生徒が通っていたり、教職員の中にその関係者が潜りこんでいたりもする。


 それが、団藤のような「親類に問題がある程度の一般人」であればさほど問題は無いが、綾小路のような魔術師の家系となると少し問題が出てくる。

 魔術師であれば攻撃的な魔力に対する抵抗力は高いはずで、何度も繰り返せばそれだけ耐性がつく。


 もっとも、異世界の魔法と現代日本の魔術とを比較すると、前者の方が数段高い階梯にあるため、無理を通すことも不可能ではない。

 ただ、ユノのやらかし頻度を考えると余計なリスクを負うのは得策ではなく、さらに、全てにおいて後者が劣っているわけでもない。


 システムのサポートがなく、魔素の恩恵を受けにくい後者において、代替手段が豊富にある威力や発動速度より、必要なときに確実に発動させる信頼性が優先される傾向にある。

 同時に、現代兵器と絡めた戦略なども、前者より優れているといっていいだろう。


 したがって、特に非殺傷手段で対抗する場合、システムに定義された「ファンブル」というリスクを抱える前者は、思わぬところで足元を掬われる可能性がある。



 当然、熟練者になれば、それも考慮の上で行動するものだが、つい油断していたとか、そんな余裕が無い場合もある。



 それよりも、ここで問題なのは、現在のシステムの仕様上、魔王や竜といった強者を地球へ送ることはできないことだ。

 アルフォンスたちが選ばれたのはそういった理由で、レオンが除外されたのは腐っても「魔王」だからである。



 そうして、ミッションの性質を考えると、アルフォンス一択である。


 アイリスならサポート要員をつければ万事上手くやるだろうが、彼女の《巫女》スキルが耐性の無い人たちにどう作用するか、《不器用》スキルがどう影響するかが未知数すぎる。


 そして、トシヤは能力以前に事案発生である。

 ついうっかりで全裸になっているような男を、日本でなくても送り込むわけにはいかない。

 《偽装》とか《認識阻害》を掛ければいいという問題ではないのだ。



 ただ、アルフォンスも、ユノとの対話以降、恐ろしくレベルとそれ以外の何かが上昇していて、いつものように卒なく動けるかというと微妙なところ。

 むしろ、彼個人としては、この機会にルナたちが受けたという最適化訓練に挑戦してみようかと考えていたところだ。


 今までは、痛みを伴うようなプレイは好きではなかったので避けていたが、あれを経験した後なら大抵のことは大丈夫。

 というよりも、再びあれに挑戦するつもりなら、呼吸の卒業は必須である。


 それでも、ミッションに協力することも必要で――と、いろいろと解決策を考えていたところ、それが目に入った。




 ユノが存在に干渉したことで、魔王でも、英霊でもなく、ただの悪魔族となったノクティス――改め、カルナだ。


 現在の彼女は、ライナーの夢を叶えるために、アイドルと農業の猛特訓中だ。

 何かが間違っているような気もするが、それはアルフォンスにとってはどうでもいいことだ。



 能力が非常に高く、微妙にユノとの類似点もあり、人格的には問題無し。そして、言い包められそうな存在。

 これ以上ないくらいに条件が揃っている。


 能力については文句なし。

 類似点はさほど重要ではないが、《偽装》の精度や《洗脳》時の負担軽減にも影響するので、あるに越したことはない。


 そして、重要なのが残りのふたつである。


 いくら能力が高くても、現代日本で問題を起こすような人格・性格では論外だ。

 その点、カルナは人族の王侯貴族と比べても思慮深く品行方正といえる。

 ただ、少し――かなり尊大なところがあるが、無駄に明るい性格でギリギリセーフとなるかもしれない。


 そしてもうひとつ、向上心の高さがポイントとなる。

 本場のアイドルや農業の研修の機会があるとうそぶけば、間違いなく釣れる。

 そして、それをふいにするような問題行動は起こさないだろう。


 ついでに、お目付け役に真面目なのをつけておけば完璧だろう。


◇◇◇


「ふはははは! やはり魔界の空気は不味いな! 帰ってきたという実感が嫌でも湧いてくるわ!」


 現代日本、そして湯の川での研修を終えて魔界に戻ってきたカルナが、あまりの環境の悪さに豪快に笑う。


 日本や湯の川の環境を体験した上でこう振舞えるのは、彼女の精神力の強さと、魔界も努力次第でそうできるのだと吹き込まれ、信じたからだ。



「おう、おかえり! で、どうだったよ? それと、当然土産はあるんだろ?」

「おかえりなさい、姫様! こちらは特に変わりなく――いえ、少しゴブリンのことが分かったような気がします!」

「ユノ様の名代という大義を果たされたこと、姫様の臣下として誇らしく思います! 無論、姫様が失敗することなどないのは信じておりましたし、私くらいになると、そのお顔を見るだけで――」

「ふはは! そう一度に話すな! 何を言っているのかさっぱり分からん!」


 久々にカルナと再会した英霊たちのテンションは非常に高かった。

 ナベリウスに至っては、それまでの寂しさの反動か、口が止まらなくなっていた。



「そうだな、まずは土産か」


 カルナはそう言うと、《固有空間》から大きな肉の塊を取り出す。


 見れば分かる、美味い――ヤバいやつである。



「これは湯の川で獲れた肉でな。なんと、あの国ではゴブリンを使わずともこれほど立派な肉が生るのだ! 信じられんかもしれんが、ゴブリン式魔法の行き着く先がこれなのだろうな! ふはは、やる気が湧いてきたであろう!」


「いや、(よだれ)しか湧いてこねえが、とにかくさっさと焼こうぜ!」


「待て、アモン! 僕たちだけで……ライナーも……いや、でも……!」


「ふはは、心配するな! 肉はまだたんまりある! ライナーも呼んでやれ!」


「さすが姫様です! 私は信じていました! では、ライナーを呼んできます――先に食べないでくださいね!」


 なお、《転移》まで使ってライナーを呼びに行ったナベリウスだが、戻ってきた時にはBBQは始まっていて、ちょっとした喧嘩になった。

 英霊といわれる存在になっても、悪魔族は我慢ができない種族だった。




 それから、農場で働いている子供たちも交え、多少殺気立った、悪魔族的には和気藹々(わきあいあい)なBBQの傍ら、皆がカルナの土産話に耳を傾ける。


 彼女が語るのは、ユノの故郷がいかに多様性に富んでいるか、湯の川がいかに素晴らしい所かである。



「とはいえ、余には詳しいことはよく分からん。小難しい理屈は、天才コレットの担当だったからな。すぐに成果がどうこうはならんだろうが、今後に期待というやつだ。だが、余でも分かったことがある。全ての道は、湯の川に繋がっておる。ゴブリン式魔法も、アイドルも、世界樹も、全てが繋がっておった!」


 湯の川で衝撃を受けすぎたカルナは、少し壊れていた。



「正直なところ、『日本』なる地は、確かに物質的には豊かではあったが、精神的にも豊かだったかはよう分からん。それでも、魔界よりはマシだと思うが、どうにも余裕の無い者も多かったように思う。信じられんかもしれんが、かの国は民が王を選ぶ――いや、民が王で? うむ、力無き王だとか、力を背景にせぬ政治や経済などは余には分からん。コレットが言うには、『問題点が多すぎるが、体制派に力が足りないゆえに無理を通せん』らしい」


「なるほど。やはり暴力は全てを解決するということか」


 根っからの悪魔族であるライナーには民主主義の概念などは理解できず、力が足りない体制派に問題があるとしか考えない。


 一方、カルナには、その原典となる叙事詩に合議制の記述があったり、民主主義を解する素養はあった。

 しかし、結局は「問題は力で解決する」英霊である。

 現代日本の民主制があり方として正しいかは別として、彼女にとってはあまり魅力的な社会には映らなかった。



「だが、湯の川は違った。あれこそ神の国! 全てがありながら、堕落している者がひとりもおらん。あるいは、全てが堕落しているのかもしれんが、あれは良い堕落! 分かるか? 絶望には『終わり』という底があるが、希望には果ては無いのだ! ただでさえ全てが満たされているのに、ユノ様が喜んでくれたり、労ってくれると、更に満たされるのだ!」


 カルナはかなり壊れていた。



「だが、実際に経験してみなければ分からんこともあるだろう。これを見よ。グレイ殿から頂いた特別ボーナスで、ユノ様のライブが視聴できる魔法道具なのだが――」

「何だと!? 兄貴はそんな神器まで所持していたのか!? やはりすごいおとこだな!」

「これは駄目だろ。俺でも分かるわ。デーモンコア以上の争いの火種になるぞ……!」

「そんな物を託される姫様が誇らしくはありますが……。ルイスたちにバレないようにしないといけませんね」

「無限の富を生み出す神器とはまたすさまじい物を……。私たちでなければ使い方を誤って身を滅ぼしていたかもしれません。ささ、姫様、早速使ってみましょう!」


 カルナ以外も大概壊れていた。

 ろくに娯楽も知らない彼らに、ユノのライブは刺激が強すぎたのだ。



「慌てるな。これは、価値はさておき、神器ではないのだ。原理的には、光属性魔法《結像》を使った映像の投影に、生活魔法の《伝言》を使った音声の再生など、簡単な魔法で再現が可能らしい。もっとも、ユノ様の素晴らしさを表現するために極限まで機能を追求するのは当然として、バランス調整などにも配慮しているらしいがな。ふはは、もう待ちきれんという顔をしている者もおることだし、講釈はこれくらいにしておこう。――では、いくぞ!」


「「「うおお!」」」


◇◇◇


「ふはは! 素晴らしいひと時であった! 本物を知る余らからすれば少し物足りんが、いつでもどこでも堪能できる点を考慮すれば、『神宝』といっても差し支えあるまい!」


「くっ、肉の存在も忘れて見入ってしまった……。湯の川からのお土産をこんなに焦がしてしまうなんて、なんという不覚……」


「肉は身体の栄養にしかならねえけど、ユノ様の歌と踊りは心と身体の栄養だからな。どっちを優先するかなんて考えるまでもねえ」


「うん、そんなに落ち込むことじゃない――いや、この肉、こんなに焦げてるのに、香ばしくて美味しいよ!」


「――そういえば、聞いたことがある。ユノ様の祝福は何物にも勝るスパイスとなるという。――いや、ゴブリンが美味くなったのがユノ様のおかげであることは紛れもない事実。それからすると、焦げた肉がうま味を増すくらいは不思議でも何でもない。畢竟ひっきょう、ユノ様は我々にも美味しくなれと期待しておられるのだ! それと、今までは何の役に立つのか今ひとつ分からなかった『信仰心』のパラメータは、きっとそのために必要になるのでしょう!」


 アルフォンスやユノのおかげで、「戦って奪う」以外の生き方を知った彼らだが、意味深なやり取りが好きとか、雰囲気だけで突っ走る性向は変わっていない。


 それは、理論では測れないものと非常に相性が良く、新たな歯車となって回り始める。




 後にライナーが開発する《雷撃ネットワーク》は、この魔法道具に着想を得ていることはいうまでもない。

 そして、それを支えた4人の英雄の協力があったことも。

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