58 爆発
ユノがアバドンの領域に突入していた頃、アルフォンスは残っているターゲットや戦闘員が自発的に投降してくることを期待して待機していた。
しかし、投降してきたのは想定の半数以下。
経過時間も考慮すると、この突発性の作戦は失敗したと判断するべきだった。
思いついた時は、良いアイデアだと思っていた。
散り散りに逃げ回る、若しくは隠れるターゲットをひとりずつ捕まえるには、どれだけの時間と労力がかかるか分からない。
それでも、アルフォンスひとりの作戦であれば構わなかった。
しかし、残してきたユノが何をしでかすかを考えると、長時間目を離すのは得策とはいえない。
そんな要素は無いはずだが、彼女がかかわると何が起きても不思議ではないのだ。
そうした背景と、久々の無双で気分が良くなっていたことが影響したか、それとも、異常に慣れすぎて感覚が麻痺していたか。
人間をヒトデに変えるような邪神と付き合っていた結果、少々のことでは動じなくなっていたアルフォンスにとっては、肉塊に成り果てつつも面影を残しているマーダーKは、さほど問題になるものではなかった。
そもそも、マーダーKが自身の魔力や能力を高い次元で制御できれば、時間はかかるかもしれないが回復可能なことである。
神の手で「存在」そのものを変質させたものとはわけが違う。
回復魔法がそこまで得意ではない彼に回復させることはできないが、最悪はエリクサーRでも治ることを考えれば、やはり大したことではない。
しかし、客観的に見れば、人間の尊厳をこうまで破壊しておいて、暇そうにスマホを弄っているアルフォンスは、人間として大切な何かが欠落しているとしか思えない。
それも、「世界最強」の肩書を持つ傭兵を相手に完勝して喜ぶでもない。
やっている最中は、一方的で、とても楽しそうだったのに。
この落差は一体何なのか。
もう全てが常軌を逸している――というより、悪魔の所業だった。
その場に居合わせている傭兵たちが何を思ったかは想像に難くない。
アルフォンスは、そんな彼らに、現場にないターゲットや兵士たちに投降を呼びかける手伝いをさせていた。
彼らの協力によって、御神苗アルトひとりにマーダーKが倒されたことが、震える声、震える手、そして震える肉塊とともに動画で拡散される。
当然、それを受け取った者たちは、「何だか分からないが、ヤバいことが起きている」ことを理解する。
いくらマーダーKが嫌われているといっても、こんなタイミングでフェイク動画を公開するはずがないのだ。
したがって、マーダーKがこんな状態にされて敗北したのは事実で、本部は実質的に陥落している。
その上、NHDを単身で壊滅させた妹の方に言及がない。
彼らの投降を呼びかけが、「逃げろ」と聞こえたとしても無理はない。
異世界ボケしていたアルフォンスも、投降してくる者たちの絶望に満ちた表情や、いつまで経っても投降してこないターゲットがいることに、自身の認識がずれていたことに気がついた。
一応、反省はするものの、現代日本での活動は期間限定なので、「まあ、いいか」と軽く流す。
むしろ、「もう取り返しがつかないし、もうちょっとやらかしてみようかな」と、駄目な方に前向きになった。
アルフォンスは、ひとまず状況を確認するために、《飛行》魔法を発動して上空に上がる。
彼は、昨年末にユノの侵食を受けた際に、彼女自身のことや領域の扱い方も何となく学んでいたが、それで自分のものにできたわけではないし、階梯が上がったわけでもない。
飽くまで、実践することで階梯が上昇するのだ。
それでも、「認識が変わる」というのは、そのための大きな一歩である。
以前から、複数の魔法を同時に展開・制御する訓練をしていたアルフォンスにとって、呼吸を卒業する――それらを統合して「ひとつの魔法」とすることは、さほど難しいことではなかった。
もっとも、それもユノの認識に助けられたところが大きく、「魔法の本質」にはまだまだ至らないが、ただの「魔法の合成」に終わらないのも事実である。
ただし、魔力消費が激しすぎて、常用は不可能。
全開にするのはエリクサーRなどでのブーストがあること前提で、それでも十秒ももてばいい方だった。
しかし、何でも器用にこなす彼は、効率や範囲などを段階的に抑えることで、ある程度長時間の稼働を可能としていた。
言葉にすると単純で、誰でも思いつきそうなアイデアではあるが、魔法やスキルの統合すらできない者ばかりの現状が、その難度を証明している。
あっという間に上空一千メートルに到達したアルフォンスは、呼吸を卒業――超強化状態の第一段階を発動する。
深夜という時間帯もあって、地上からでは彼の姿は確認できないが、付近にいた全ての魔術師と異能力者が異質な魔力の出現に戦慄した。
彼がマーダーKを弄ぶ様子を見ていた傭兵たちは、「まだ上があるのかよ」と、思わず乾いた笑いがこみあげてくるくらいに恐怖していた。
魔力が増大しただけであればまだ理解できたのだろうが、明らかに異質なものに変わるなど、本気で「悪魔が正体を現した」と思ってしまっても無理はない。
そうして、地上では「これからは謙虚に生きますんで、地獄落ちだけは勘弁してください」などという祈りが捧げられていたが、当然届いていない。
一方、「上からなら何か見つかるだろう」と深く考えずに飛び出したアルフォンスは、島から高速で遠ざかっていく怪しい船団を発見していた。
漁船というには小綺麗で、全ての船が照明もつけずに、何より防音の結界を張ってというのが、超強化状態の彼には目立ちすぎた。
アルフォンスは、視線が通れば――認識下にあれば領域に捉えることが可能だと強く意識して、強化段階を引き上げる。
地上で空を見上げていた者たちは、「スーパー〇イヤ人かな? 地球を壊さないでくださいお願いします」などと祈っていたが、やはり届いていない。
他者を糧としか見ていなかったマーダーKも、自身が糧にすらなれないことを理解した。
そして、「もうイキりませんから元に戻してください」と祈るも、流れ星やアルフォンスにそれを叶える力は無い。
アルフォンスが発動したのは、禁呪の《流星》だ。
システムのサポートがほぼ無いこちらの世界での魔法の構築は、魔法のことをよく知っているとか、不足している要素を魔力で補うしかない。
両方を持っている彼だからこそ禁呪を発動できたが、かろうじて一発だけ。
それでも、船を沈めるには充分――というより、普通に地球にまで大ダメージを与えるものである。
手軽さでいえば、《転移》などで直接乗り込んで制圧する方がよほど楽である。
しかし、今のアルフォンスは爆発したい気分だった。
芸術でも爆発するのだ。
魔術――魔法ならもっと爆発するはずだと。
なお、そういう意味では、発動地点や爆発規模を指定できる《核撃》でもよかったはずだが、日本という国の事情を考えると、拒絶反応を示す人も少なくないだろうと配慮されていた。
もっとも、夜空を煌々と照らす巨大な火球の出現は、“配慮”がどうというレベルの話ではない。
こちらの世界の常識では、個人で行使できる規模の術ではない。
展開されているはずの魔法陣については「目立つのはまずい」と隠蔽しているものの、そのせいで一瞬で発動したように見えたため、奇跡か悪夢にしか思えない。
そして、術者本人が召喚した隕石の上に乗って高笑いしている――のはさすがに見られていないが、陽気な隕石が迫ってくる船上の者たちからすると、恐怖の大王が遅れてやってきたレベルである。
アルフォンスが燃え盛る隕石の上に乗っているのは、「魔法の本質」に近づくための工夫のひとつである。
さすがに、「自身が隕石になる」ようなわけの分からないことはできないが、接触することで制御可能な範囲を拡大することはできる。
当然、燃え盛る隕石の上では彼もダメージを受けるが、呼吸を卒業している身であれば、呼吸気管や循環器などが損傷しても、後で修復できる程度であれば問題無い。
つまり、エリクサーRを所持している彼にとっては、再生魔法すら効かない髪が燃えても問題無い。
そうして、アルフォンスを乗せた火球は、船の直上約50メートルで大爆発した。
ただし、爆発させっぱなしだと地球規模の影響が出るおそれがあるため、魔法が効果を及ぼす範囲を限定するために、ある種の領域を形成する。
ユノの――アイリスにすら及ばない階梯の、ある意味では身の丈に合った領域は、あるいは「魔法」と大差ないともいえる。
それでも、それに対する認識が違うだけでも効果は変わる。
そうして、限定された範囲に圧縮される、本来であれば拡散されたはずのエネルギー。
それは、衝突や爆発のものだけでなく、本来であれば起きていたであろう津波等のエネルギーも含まれる。
範囲内に存在した人や物は、あっという間に粉砕され、同時に焼き尽くされる。
アルフォンスにとって、彼らは必ずしも殺さなければいけない存在ではなかったし、漏洩するとまずい情報を持ち出していたわけでもない。
ただ、相手の生死に執着する理由が弱く、両者の選択が悪かっただけである。
必要以上に恐怖や痛みを感じなかったことがせめてもの救いだろう。
そうして、彼らの命を浪費してアルフォンスが得たものは、ひとまずの成功と多くの課題だった。
今回は「領域」といえるほど明確なものではなかったとはいえ、使用の反動や後遺症がほぼ無いのは上出来といっていい。
繰り返し練習すれば、できることも増えるだろうし、効率も良くなる予感がある。
一方で、最大の課題はやはり魔力消費の大きさだ。
人類ではトップクラスの魔力を持つアルフォンスでも、自力で発動できるのはごく僅かな時間だけ。
実戦での運用にはエリクサーRなどの魔力回復・増幅手段が必要で、結局のところは「身の丈に合っていない力」である。
ほかにも課題はいくつもあるが、まずはそこからだ。
「まだまだ修行が必要だなあ」
船団を消滅させ、施設前に《転移》で戻ってきたアルフォンスが漏らす。
それは、課題の大きさに思わず漏れたもので、特定の、若しくは不特定の誰かに向けたものではなかった。
しかし、聞こえてしまった者たちにスルーできる内容ではない。
もっとも、怖くて口には出せないが、「それ以上強くなって何と戦うつもりだよ」「あの爆発、何か不具合あったの!?」「もう心を入れ替えますから、人体実験は止めてくださいお願いします」などと、心中は荒れに荒れていた。
そんなタイミングで、爆発を見たユノからアルフォンスに電話がかかってくる。
最早、呼び出し音にすらビビる彼らだったが、通話内容はそれ以上に不穏なものだった。
「え、そっち終わった? ――え、悪魔が出た? まさか、本気出した? あ、そうなの? それならまあ大丈夫か。……あー、こっちはちょっと手間取っててさ、ちょこっと脅してみたところ。一応、後三十分ほど粘って引き揚げるよ。――うん、悪いけど、もうちょっと待ってて」
魔術師や異能力者で、「アバドン」の名を知らない者はいない。
そのアバドンが出て「大丈夫」とはどういうことなのか、自分たちやいまだに逃げ続けている者は大丈夫なのか、そもそも「大丈夫」ってどういう意味だったか――そんな感じで、いろいろと分からなくなっていた。
「てことだから、投降してこない人に伝えてくれるかな? 三十分後に俺は引き揚げるけど、入れ替わりでうちの後始末部隊が出てくると思う。多分、みんな行方不明になると思うが、後のことは知らん」
そのまま現実逃避できていれば幸せだったのだろうが、話の流れが変わったことはすぐに分かった。
むしろ、そのまま分からない、若しくは聞いていない振りをしようかと考えるくらいに正気に戻ったが、それゆえに、「はい、喜んで!」と屈服するほかない。
そんな彼らの必死な呼びかけが通じたのか、この後滅茶苦茶投降した。




