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55 呂布とアバドンとユノと朔

 紆余曲折の末、領域最深部に到達したユノは軽く絶望していた。


 アバドンと融合して、更にパイパーの毒によって原形を失くしていた呂布の姿が、とにかく気持ち悪かったのだ。



 そんな不定形生物から出た糸に、あられもない姿で囚われている安倍や竜胆たち。


 その姿が先日購入した同人誌の内容と重なって、呂布の評価が一段階上の変態へと引き下げられる。

 悪魔に侵食されて、精神状態が乱れている可能性を考慮しても、かの聖地にあった情熱などを感じないため、どうしても辛口の評価になってしまう。



「来たか、我が花嫁よ! 今宵、私と貴女が出逢ったのは運命! 新たな世界のアダムとイブとして、これからふたりで新世界を築きましょう!」


 さらに、言葉と思考までもが気持ち悪いとなると、早くもいろいろと諦めたくなっていた。



「……お断りします」


 それでも、自身の影の中に潜んでいる使い魔たちが暴発しそうな雰囲気を察して、不定形生物の求愛を拒絶する。



「……これは、運命に定められ、祝福された決定事項。貴女がどう思おうが、関係無い……!」


 強気の姿勢を崩さない呂布だが、ユノの目には、呂布とアバドンの魂や精神がダメージを受けている様子がはっきり映っていた。



「……嫁入り前の娘や、妻子のある大の大人までも、あられもない格好に縛り上げて喜んでいる方はちょっと……。性格と趣味と種族の不一致です。ごめんなさい、無理です」


 ユノとしては、会話をするのも嫌だった。


 しかし、頼みの綱の朔はいまだに思索中で、安倍たちは猿轡さるぐつわを噛まされたような状態で、喋ることはできそうにない。

 そして、後からついてきた伊達たちも、呂布の異様な姿と妖気で言葉を失っていたため、自身でどうにかするしかなかった。


 むしろ、使い魔たちを解き放って無茶苦茶にしてしまおうかとも思ったていが、クラスメイトを3人も失うと、この先の友達作りが更に困難なものになると自重した。



 結局、どうにかしてクラスメイトは助け出さなければならない。

 しかし、アバドンによって強化された呂布の糸は、パイパーの毒を受けた影響で溶けてぬめっていたり、腐って悪臭を放っていたりするので、これまた手出しをしにくい。



 ユノは覚悟を決めた。


 これはもう領域を展開するしかない。

 バレなければ大丈夫。


 むしろ、問題は、糸には干渉せずに救助できるかどうかである。



「ふふふ、気の強い女性も嫌いではありませんが、彼女たちを見捨てる気ですか? クラスメイトなのでしょう?」


「ん~~~っ!」


 呂布は、ユノを挑発するように、竜胆を締め上げた。

 猿轡(さるぐつわ)を噛まされた竜胆の口から、くぐもった悲鳴が洩れる。


 なお、呂布が彼女を標的にしたことに深い意味は無い。

 あえていうなら、彼女の肉付きが一番よかったことと、そういう星の下に生まれていたからだろうか。



「ボ、ボス、アポートで助けられないの? 助けられるんだよね?」


「……貴女のボスはあっちなのだけれど、糸で絡め捕られているから無理です」


 伊達が、ここまでユノと同行していて当然の疑問をぶつけたが、返ってきたのは芳しくない答えだった。



「さすがに妖糸で拘束されているとか、魔術的な防御をされていると不可能なんですね……」


「いえ、単純に気持ち悪いからです」


 それを聞いて、確認のために繰り返した観の言葉を、ユノは正直に否定した。



「「「ん゛~~~っ!」」」


 更にそれを聞いて、拘束されていた者たちが一斉に抗議の声を上げた。



「でも、大丈夫。みんな助けるから」


 そう言ってユノが取り出したのは、特徴的な形状をした無反動砲。

 それを片手に一門ずつ。


 彼女の手持ちの兵器の中で、アバドンの領域内――閉鎖空間でも使用可能な最大威力の物である。


 片手で扱えるようなサイズではないことは一目瞭然だったが、問題はそこではなかった。



「「「ん゛ん゛ん゛ーーー!」」」


 それを見た安倍たちの抗議の呻きが一層大きくなる。



「ま、待て、花嫁よ! それはマジでヤバい!」


 呂布も焦る。


 それが何かを知らない女子高生三人も、彼らの様子に釣られて焦る。



 ユノが手にしていたのは、通称【デイビー・クロケット】という、歩兵部隊での運用を想定された戦術核兵器だった。


 実戦で使用された記録は無いが、この閉鎖空間で使用すればどれだけの被害が出るかは想像する必要すら無い。



 しかし、ユノは、彼らの心配を――むしろ、彼らそのものを吹き飛ばしてしまいそうなそれを、躊躇ちゅうちょなく発射した。



 ユノにとって必要なのは、彼らの目を焼く閃光と、糸を焼き切るだけの爆炎。


 本来であれば、全て木端微塵にするだけの威力がある爆発である。

 何らかの手段でそれには耐えたとしても、即死できるレベルの放射線が浴びせられる。


 彼女にしてみれば、初めて撃つ物なので、不足がないよう威力の高い物を選んだだけのこと。

 彼女以外には正気の沙汰には思えないだけで。



 理論上、ユノの領域下において、「糸が焼き切れたと同時に、拘束されていた者たちを無事に回収する」ことは不可能ではない。

 ただ、そういった細かい条件を達成するために重要な役割を果たしていた朔が不在なので、運任せなところがあるだけで。



 ユノにとって、救助対象者が爆発や放射線の影響を受けないようにするだけであれば難しいことではない。

 しかし、糸の侵食を受けている部分は、糸そのものを認識しないようにしているため対象外となる。


 そのため、彼らは爆発や放射能からは保護されているが、糸やその侵食による影響はその限りではないという不安定な状態にある。

 アバドンの能力を考慮すると、爆発の弾みで細切れにされてもおかしくなく、爆発の威力からすると、彼らが糸と一緒に焼き切れてもおかしくない。


 彼女は、その糸についての一切を、勘で行おうとしていた。




『ただい……あああ!? ちょっと目を離しただけでこれとか、一体何がどうなってるの!?』


 そんなところに、朔の意識が戻る。

 そして、挨拶や会話もそこそこに、不都合のある点を手際よく修正していく。



「朔! おかえり! ありがとう、助かるよ!」


 呂布や彼の糸にモザイクが掛かったことで――それ以上に朔がいるという安心感で、怖いものが無くなったユノは大喜びである。

 もしあのまま戻ってこなくても、最悪は「大体のことは3秒以内ならセーフ」ルールが適用されていただろうが、そういったことはないに越したことはない。



「それで、何か収穫はあった?」


 そして、朔が戻ってきた以上、ユノにとって、問題は無くなったも同然である。



『うーん、まあ、理解できないことはいっぱいあるし、理解できたからって役に立たないこともあるってことくらいかな。結局、ユノが言ってたとおりだと思うよ。「何ができるかじゃなくて、何がやりたいか」、もっというなら、「何になりたいか」かな』


 朔にとっても、ユノのサポートをするのはいつものことなので、この状況でも焦ったりはしない。



「そういうふうに言うってことは、『何になりたいか』が決まったってこと?」


『まあ、大体はね。今はそのための要素の吟味や再構築をしてるところ。さすがにユノみたいに勢いだけで開花するほど向う見ずにはなれないからね』


「ふうん。だったら、朔の開化に期待しておくね」


 ふたりがそんな会話をしている間にも、熱や放射線といった爆発の余波は除去され、人が生存できる環境を取り戻していく。

 それらは全て朔が行ったことである。

 それだけでなく、爆発から伊達たちを守ったのも、竜胆たちを回収したのも、全てが彼が行っていた。


 糸を焼き切って、その瞬間に彼女たちを回収したとして、その後の環境では人間は生きられない。

 世界を捻じ曲げてそれを解決したとして、どう言い訳するつもりだったのか、朔からしてみれば、「考えが甘い」といわざるを得ない。


 しかし、朔にしてみれば、その緩さもユノの可愛いところでもある。




「や、やってくれたな、花嫁よ! だが、私はこの程度では斃せないぞ!」


 小型とはいえ核爆発の直撃でも生き残っていた呂布が、そんなふたりの再会(※数十分)に水を差す。


 なお、「この程度」と言いつつ、身体の一部が吹き飛び、炭化し、派手に被曝していて、かなりのダメージを受けている。

 当然、魔界にある本体にまではダメージを受けていないが、何百回と繰り返せば撃退できるかもしれない。



「はっ!? ――わたくし、生きてますの……?」


「御神苗さん、信じてましたよお!」


「も、もう、あんなの向けるなんて酷いじゃないですか!」


 半ば意識を失っていた女子高生たちが、それに反応して意識を取り戻す。

 それからすぐに、彼女たちがユノの後方へ移動させられている――救助されていることを理解すると、それまでの緊張から解放された反動か、状況を忘れて騒ぎ始めた。



『ひとりならともかく、皆さん揃って捕まっている状況は少々厄介でしたので、悪魔の目を欺くために派手な物を使ってみました』


 それに、朔が便乗して、上手く体裁を整える。


 朔も、ユノとは少し違う意味で、学生生活を楽しんでいた。

 クラスメイトとの旅行にも期待している。

 それを、正体バレも許されないイベントで台無しにする気はない。



「そ、そういうことだったんですね! 一瞬、私たちごと消すつもりなのかと本気で思ってしまいましたよ!」


「ああ、すごい演技力だった! 今思い返しても、あの目は本気だったとしか思えないからなあ!」


「で、でも、発射した弾頭はどこへ? なんか、爆発を見たような記憶が……」


『乙女の秘密です』


「私を無視するなあ! 秘密も何も、しっかり爆発してただろう! もっとも、私はあの程度ではくたばらないがね!」


 同様に、緊縛と緊張感から解放された安倍たちが騒ぎ始め、無視された呂布がキレた。

 そして、その声に乗せられた激しい怒りの感情が、彼らの口を閉じさせる。



『……余裕が無い方ですねえ。そんなだから悪魔なんかに身体を乗っ取られるのですよ?』


 呂布の怒りの矛先が、特に女子高生三人に向けられては敵わないと、朔が方向転換を行う。

 その切っ掛けを作ったのも朔だが、全面的に呂布に罪を被せる形である。



「乗っ取られたわけではない! 利用しているだけだ! この力があれば、私の理想が――真に平和な世界が築けるのだ! 花嫁も異能を持つなら理解できるだろう!? 能力者が、非能力者の犠牲になっている現状がいかにいびつか! 無論、私も能力者と非能力者の間で差別や争いが起きることは望んでいない。だが、世界中の皆が能力者となれば――私と花嫁を頂点とした、正しい世界が構築できるのだ!」


『何ですか、その思春期未満の子供が考えそうな話は』


「ふっ、分かっているさ。世界中の誰もが能力者になれるわけではない。多くの犠牲も出るだろう。だが、守られていることにすら気づかず、文句を言うことしかできない愚民など不要! それを解消するためにも、まずは力を得る必要があるのです!」


『いえ、そういうことではなくて。まあ、一方的な関係性が不健全だというのは分かりますが、つまるところ、「闇落ち」でしょう』


「これだから、能力に責任を付随させるのは良くないと言っているのです。もっとも、貴方の場合は、悪魔の侵食を受けて精神的に不安定になっているので、それだけではないようですけれど。まあ、望まぬことをやらされているとか、自身の望みを履き違えている結果が、こうした捻じれとなって返ってきているのでしょうね」


 呂布の意識を惹きつけようとした朔の努力を、ユノが常人には理解し難い理屈を並べて台無しにする。



『何にしても、力を得たと勘違いして舞い上がって、特に考えてもいなかった理想をこじつけて、現在進行形で捻じれていますよね。後になって、「こんなはずじゃなかった」となる典型的なパターンです。いかにも小物がやりそうなこと――いえ、悪魔の知性がその程度なのでしょうか』


 朔はその流れを強引に引き戻すように、わざと挑発的な言い方をする。



「……我が花嫁だからとて、あまり図に乗るようであれば、躾が必要か。私の前で物怖じしないしないところは素敵なのだが……」


『……物怖じする必要がありませんし』


 ユノとしては呂布の容姿に物怖じしていたが、素直にそれを言葉にする前に、朔に釘を刺されて大人しくしていた。



「……無能な人間どもに力を与えて、真に平等な世界を作ろうとしていることの、何が不満なのだ?」


「その『無能な人間』というのは、魔術や異能力の使えない人のことでしょうか?」


 それでも、呂布の言葉に引っ掛かりを覚えたユノは、朔の制止を振り切って口を出す。



「それ以外にあるまい。知性を持たぬ獣や虫に力を与えたところで意味が無いしな」


「分かっていない。本当に、何も、分かっていない」


 ようやく花嫁が話を聞く気になったのかと、若干嬉しそうに、かなり得意気に話した呂布に、ユノは誰の目から見ても明らかな落胆を示す。



「人間視点なのか、悪魔の視点で話しているのかは分かりませんが、どちらにしても勘違いも甚だしい。まず、魔力というのは、魂と性質がよく似ています。そして、魂は何にでも宿ります。同様に、魔力も何にでも宿るんです。綾小路さんの使う呪符なんかが良い例でしょうか」


 いきなり語り始めたユノだが、魔術師や異能力者にとっては興味を惹かれる内容で、呂布ですらも言葉を挟まず耳を傾ける。

 朔も、こういうときのユノは格好いいので好きにさせることにした。



「そういった性質を考えると、『魔力が無い人』というのは基本的に存在しません。そう見えたとしても、本人や貴方たちには認識できないだけ、若しくは魔力に代わる何かを有しているんですよ。つまり、貴方たちの持っている能力とは、既知の能力で、充分な認識の上に確立しているというだけのもので、貴方の言う『無能な人間』というのは、貴方には認識できない、未知の可能性を宿しているんですよ」


『そんなことも分からず「力を与える」だなんて、「傲慢」を通り越して「滑稽」ですね』


 ただし、チャンスとみたので、すかさず煽りにいった。



『君たちには私の魔力が見えないことがその証明です。それと、私たちも似たようなことは考えていたので、十数年前からネコハを使って工作をしていたのですが、思ったような結果にはならなかったので、まあ、時期尚早だったということで引き揚げることにしたんですがね』


 さらに、止めを刺しにいくついでに、ネコハコーポレーション周りのことも解決しようと画策した。



『ということですので、君の案は今更なのと、大事なことが見えていないので却下です。悪魔の方も、今すぐその人を解放して帰るなら見逃してあげましょう』


「……何を言うかと思えば、そうやってもっともらしいことを言って、私から力を奪おうというのですね! いくら我が花嫁でも、そんなことは許しません!」


 しかし、力に魅入られている呂布は、アバドンの誘導もあってそれを受け入れられない。

 むしろ、今以上の力を欲して、更なるアバドンの侵食を許す結果となる。



「いいだろう、見せてやろう。我が真の力を! 領域展開! 《奈落》!」


 そうしてより強く顕在化したアバドンが、呂布の望みどおりに圧倒的な力を解放した。

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