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53 いと

「ようこそ、安倍隊長。それと、そちらは一条と綾小路のお嬢さん方かな。大したもてなしはできませんが、ゆっくりしていくといい」


 安倍たちの祈りもむなしく、ユノとは合流できないまま最深部に到着してしまった。



「……いや、邪魔するつもりはなかったんだけどね」


 安倍たちにしてみれば、最深部を目前に引き返そうとしていたところを、背後から押し寄せてきた眷属によって、無理やり押し込まれた形である。


 思うところはあっても、目の前にいる変わり果てた呂布が纏っている魔力は、明確にバティンを上回るもので、下手な対応はできない。

 護らなければならない対象もいるため、彼らだけで戦うなど論外である。



「……随分と変わっちまったな、呂布。何があったってんだよ? みんなお前のことが大好きだったってのに……」


「そうだぞ。俺たち、友達だったろ。不満があるなら相談してくれればよかったのに……」


 そうした安倍の意を酌んだか、上井と砂井も会話での時間稼ぎを図る。


 女子高生三人は、呂布の次元が違うレベルの悍ましい魔力と、人間と悪魔と昆虫が混じったあまりに醜悪な姿には恐怖しかなく、気配を消して空気になろうとしていた。



「まあ、不満はありましたが、貴方たちに相談したところでどうしようもないですよ。人間はなぜ争うのか、世界はなぜこうも不平等なのか――そんなことを考えたことはありませんか?」


「……それを、少しでも良いものにしようっていうのが私たちの仕事でしょう」


 安倍も、まさか悪魔に憑かれた呂布が、小学生の考えるようなことを口にするとは思っていなかったため意表を突かれたが、どうにか無難な答えを返す。



「そのとおりです! ですが、それでは現状維持――いえ、破滅を遅らせるのが精一杯で、貴方たちが救われることがない!」


 呂布は何かに酔っていた。

 それが何であれ、酔っ払いに他者の言葉は届かない。

 迷惑な話である。



「ですが、私はここに全てを解決できる――人類を救済できるだけの力を得た!」


 呂布の独演は更にヒートアップする。

 安倍たちは、この流れはまずいと感じながらも、彼を刺激せずに引き延ばしを図れる言葉が思い浮かばず焦るばかりだった。




 幸いなことに、呂布の独演は止む気配が無く、安倍たちが何かをするまでもなく時間は稼げていたが、その内容に安心できる点は一切ない。



 彼の話を要約すると、人類全てが彼の眷属になってしまえば、争いも不平等も無くなるというもの。

 ダラダラと余計なことも喋っているが、ある種の人類の根絶宣言である。


 そして、よほど不満を溜めていたことだけは伝わってくるが、肝心の「人類救済プラン」の内容は独善的すぎて何も伝わってこない。


 ただ、完遂できるかは不明だが、世界を混乱させられるだけの能力があるのが厄介だった。



 したがって、安倍たちの立場では、呂布を外に出すわけにはいかない。


 それだけで、今ある平穏が壊されてしまうのだ。

 呂布の言い分では「仮初」のものであっても、異能力や魔術に縁のない人たちにとっては本物なのだ。


 否応なしでの遭遇で、なぜ呂布がここに留まっているのかも不明だが、好都合といえなくもない。

 彼らの身の安全と引き換えにではあるが。



 また、呂布の考えが明らかになったことで、彼らは手札を一枚失ってしまった。


 御神苗――特に、ユノの名を使った脅迫が仕掛けられない。



 この場での最善は、ユノに呂布を斃してもらうこと――それが可能なのかは彼らには判断できないが、現状でその可能性があるのは彼女だけだ。

 彼女の兄や、背後にあるはずの組織が異変に気づいて介入してくる可能性もあるが、なぜか彼女以上に頼れる気がしない。


 どちらにしても、呂布が御神苗を脅威と感じて逃げられることは防がなくてはならない。



「まあ、お前が不満を溜めてたのも分かるよ。俺も、この仕事に疑問を感じたのは一度や二度じゃないし」


 そういった意識を共有していたのか、呂布の話が途切れたところに砂井が差しこむ。


 安倍ではなく彼なのは、この場での重要度――戦闘に発展した場合に、安倍や上井ほど善戦できないと理解して、最悪の場合は捨て石になるつもりなのだ。



「でもなあ、こういった裏の世界を知らずに平和に生きてる人もいるんだ。いや、そういう人たちの方が多いんだ。そういった人たちのために俺たちが手を汚す、犠牲になるって覚悟して、この世界に入ったんじゃないか」


「だからこそだ! 私は平和を壊すんじゃない、新たに創るんです! そうして世界は真の平和を得るのですよ!」


 しかし、ヒートアップしている呂布には、そんな正論は届かない。

 砂井も、「まあ、そうだろうな」と考えて、もう少し踏み込んで話す決意を固める。



「だけどさ、みんなお前の眷属にしちゃうんだっけ? それってどうなの? お前が好きだったアニメとか、バーチャルアイドル? とか、もう観られなくなるんじゃねーの? それって、お前が犠牲になるってことなんじゃねえの?」


「む、それは……」


 続く砂井の言葉は、アバドンの侵食によって欲望が肥大化している呂布の心に刺さった。


 世界平和は大事だが、その後のことを考えていなかった。

 しかし、それにもすぐに答えが出た。



「問題無い。私には花嫁がいる。彼女さえいれば、二次元やバーチャルなど不要!」

「ひとりひとりにリスペクトじゃなかったのかよ! あ、やべ」


 そこに、機とみた砂井の言葉が重なるも、選択を誤ったことに気づいて顔色を蒼くする。



「そのネタはもう飽き飽きなんですよ! このコードネームを付けたのはもっと前で、私がパクったわけじゃない!」


「うおおおっ!?」


 定番ネタに激高した呂布が、得意の操糸術で砂井を縛り上げる。



 呂布の操る糸は、安倍の持つ刀と同じく呪具である。


 繊細な魔力操作を要求される非常に扱いの難しい物だが、上手く扱えれば、現在砂井をそうしているように、拘束したり、切断したり、束ねて剣や盾のようにしたりなど、幅広い用途に応用できる。


 ただし、肝心の強度に難があったため、支援目的で用いられることが多かった物だ。

 そして、その支援能力でも、観の観測手としての能力や、砂井の狙撃能力に比べて使い勝手で劣っていたため、彼に回ってくるのは安倍チームの裏方仕事ばかりだった。



 それが今、アバドンの魔力を得た糸は、銃が無ければ大して役に立たない砂井は当然として、上井の呪怨コーティングサイバネティクスアームを易々と切断し、安倍のマジカル&フィジカル電磁抜刀も受け止めた。

 それも、まるで本気を出していない状態で。



「ははは、貴方たちの本気はこの程度ですか!? いや、ただの人間にしてはよくやったと褒めるべきでしょうか!」


 そんな状況に、呂布が有頂天になるのも無理はない。

 吸血鬼化したばかりの人間と同じように、魂と精神のバランスが崩れているせいでもあるが、あまり快く思っていなかった知り合いを前に、優越感も一入ひとしおといった側面も大きい。



「だが、安心してください。貴方たちの魂は無駄にはしません。貴方たちは、人類救済プランのための役に立つのです! なんと光栄なことでしょう!?」


 呂布の有頂天が止まるところを知らない。



 その一方で、彼の糸は女子高生三人にも向けられていた。


「「「きゃあああっ!?」」」


 竜胆と怜奈は大した抵抗もできずに、巴は身を護るために出した式神を細切れにされた上で拘束され、吊り上げられる。



 呂布にとって、拘束はともかく、吊り上げたことには演出以上の意味は無かった。

 ただ、いざやってみると、なぜか嗜虐心が刺激されて、癖になりそうだった。


 意識の端で、眷属がユノと接触したことを認識していたことも影響していたのかもしれない。



 ユノを縛って吊り上げて――そんな妄想に浸っていたのも束の間のこと。


 眷属と共有していた感覚が途切れた。


 まだ領域を通しての感覚は有効なので、ユノが眷属に向かって何かを投げつけたことや、それで眷属が溶けたように消失したのは理解できた。

 しかし、場所の異なる、バティンを捜索させていた眷属までもが、同様の現象で消失している。


 何が起きたのか、アバドンでさえ理解できない。



「ぎゃああああああ!」


 そして、一拍遅れてやってきた、魂を腐らせ、焼かれ、凍らせるかのような、想像を絶する激痛。


 それは、呂布の異形化した肉体にも影響を与える。

 腐れ落ち、燃え上がり、凍りついて、直視し難い醜悪なものへと変えていく。



「「「ぎゃあああっ!?」」」


 その様子を見た女子高生たちの絶叫が、地獄絵図にさらなる彩を加える。




 ユノが撒いた《終焉の黒―令和最強版―》は、感染者の根源を通じて効果が発揮される呪詛成分「祟ったったー」が配合されているため、巣に持ち帰られなくても巣ごと――地域ごとの殲滅が可能となっていた。

 殺虫剤の極致ともいえる物である。



 アバドンに関しては、「蝗害こうがいが神格化されたもの」というのは側面のひとつでしかないため、消滅にまでは至らないが、、該当部分については甚大なダメージを受けている。


 その程度で済んでいるのは、ユノにもパイパーにも明確なイメージがなかったからと、これ以上強力な物にしてしまうと、湯の川にいるアラクネーやフェアリーも滅亡するおそれがあるからだ。

 そもそも、虫の中には「益虫」といわれる有益なものも多いため、全てを根絶してしまうようなことは望んでいない。


 ただ、彼女の嫌悪感に反応した《終焉の黒―令和最強版―》が、仕様どおりにアバドンにまで影響を与えただけで、それも意図してのことではない。

 むしろ、大元にまで影響すると知っていたなら、そこを確認してから使わなければどんな副作用が起きるか分からないと自重するべき物だった。


 ここでは、呂布の手元が狂って、囚われている安倍たちに被害が出なかったのは、ただの幸運である。



 ともあれ、苦痛に絶叫する領域の主と、それに囚われた者たちの恐怖の絶叫が領域内に響き渡り、ユノはそこで初めて状況に気づくことになった。

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