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52 呂布様、拷問の時間です

 呂布に憑依したアバドンだが、想像以上に彼の抵抗が激しかったため、その精神を支配するまでには至らなかった。

 とはいえ、それは「現状では」というだけで、徐々にではあっても彼我の階梯差で勝手に侵食は進むし、省エネにもなる。


 その間に、魔界にある本体との間に魔力経路を、最終的には現実世界と魔界を繋ぐ通路を形成すればいい。

 どちらも簡単なことではないが、第一で最大の関門である現実世界への進出は果たしている。

 そして、本来であればその際の障害、若しくは制限となっていたはずの「召喚主との契約」が存在しない。

 アバドンにとっては非常に都合が良い状況である。


 今は呂布の肉体に依存しているところが大きいが、バティンを捕まえて魔力を回収できれば、すぐにでも完全体になれる。

 彼を支配できなかったといっても、バティンを捕まえて殺すことができる程度の魔力は温存してのことなのだ。



『我が力を受け入れたニンゲン――「呂布」といったか』


 不自由ながらも現実世界に進出できたアバドンは、その宿主となった呂布に語りかける。


 対する呂布は、大悪魔の力を受け入れた反動で、肉体や魂や精神に深刻なダメージを受けていて、返事どころではなかった。



『現世に出たとはいえ、我が力は不完全。一刻も早く完全体になるためには力を蓄えなければならん。ゆえに、我がものとなるはずだった力を奪ったバティンから力を取り戻さねばならん。分かるな?』


 アバドンとしては一刻も早く力を取り戻したいところだが、呂布の苦痛が収まる気配が無い。



『人間とは脆弱なものだな……。痛みに耐えられぬなら、もう少し我に身を委ねよ。さすれば、その程度の苦痛など取るに足らんものになる」


 言葉どおりの悪魔の誘惑に、耐え難い苦痛に苛まれていた呂布はあっさりと屈した。



 そうして呂布の異形化が進む。

 辛うじて人型を保っているのは、呂布の自我がそれだけ強かったのか、アバドンが力を温存しているせいか。



 どちらにしても、呂布はかなり異形化したものの、その意識は強く残していた。



『では、さきに言ったとおりだ。まずは力を取り戻さなければ話にならん。……まずは、眷属を放ち、バティンを見つける。途中で贄になりそうなニンゲンがいれば、それも食らう。いいか?』


「……ああ」


 呂布は、苦痛から解放され、その上で身体や心を乗っ取られなかったことから、アバドンに対する警戒が多少薄れていた。


 そうして、アバドンにそそのかされた彼は、その言葉のとおりに行動を始めた。


 もっとも、既にこの時点でバティンは撃退されて――魔界にある本体にまで甚大なダメージを受けて死にかけているのだが、自らの領域内の状況を把握できる状況ではなかったアバドンはそれに気づいていない。




 アバドンが眷属を放ったのは、領域内のどこにも見当たらなかったバティン捜索のためである。


 この領域は間に合わせのものだが、バティンの能力では容易に脱出できないものを構築している。

 それでも、簡易領域でしかないこともあって、絶対ではない。


 バティンも名のある悪魔であり、当然のように領域を展開することもできる。

 ユノとの戦闘では、銃撃に見せかけた彼女の侵食で展開させてもらえなかったが、そのからくりにも気づかないレベルでは、展開できたとしても朔を喜ばせただけだろう。



 さておき、領域外にも多くの敵がいることを考えると、膨大な魔力を浪費して強引に突破するとは考えにくい。

 しかし、アバドンの簡易領域内にバティンの領域を創り、そこに隠れるだけならさほどの負担にはならない。


 アバドンは、バティンが見つからない理由をそう判断していた。




 現在、領域内で活動しているのは、バティンがどこからか転送してきたと思われる魔物が少々。

 そして、数人の人間。


 どうやら、彼を召喚した邪教徒は全滅しているようだが、それは彼にとっては些細なこと。



 しかし、バティンや彼の領域の痕跡も見当たらない。

 さすがに強引に突破されたのであればどんな状況でも気づくはずで、隠れているにしても、気配すら感じないというのは彼の権能からは考えられない。


 当然、残っている人間の中に、バティンを撃退できるような強者はいない。

 そのうちの誰かに憑依している様子もなく、アバドンとしてはキツネにつままれたような感覚である。


 そうして、「実は【オセ】のような変化の名手がバティンに化けていて、バティン対策をすり抜けて領域を抜けられてしまったのか?」などと不安になり始めていた。




 魔力泥棒は見つからないが、それ以外の問題は全く無い。


 この時点で、人間に対する警戒心はほぼゼロ――というより、贄としか見ていない。

 そして、その中でも興味を惹かれたのは、安倍と巴――魔力量に優れたふたりだ。


 もうひとり、銀髪の美しすぎる少女にも興味を惹かれたが、こちらは贄としてではなく、花嫁にしようと決意したくらいのことだ。


◇◇◇


 暴行被害を受けた仲間のケアをしていた伊達と観が異変に気づいた。


 領域内の邪悪な魔力が一層濃くなったのだ。

 気づかない方がおかしい。


 ふたりから一拍遅れて、救助されていた隊員たちもそれに気づいて、緊張で身を固くする。



 気づいていないのはユノだけ。

 むしろ、彼女たちの緊張にも気づかず堂々としている姿に、「間違っているのは自分たちの方かも?」と思ってしまいそうになる。


 そして、そのせいで初動が遅れた。




 そんな彼女たちの所へ、アバドンが放った眷属たちが到着する。


「「「ミツケタ」」」

「「「ニエ」」」

「「「ヨメ」」」


 彼女たちを見つけたアバドンの眷属が、人間には非常に聞き取りづらい掠れた声で一斉に鳴き始めた。


 彼女たちには断片的にしか聞き取れなかったこともあり、内容はよく分からないものの、友好的なものでないことだけは確かである。



 戦える状態ではない隊員たちは、絶望から救いあげられたところで再び絶望へと叩き落とされ、もう抗う気力すら無い。



 伊達と観は、この悪魔の眷属には質でも数でも敵わないと理解しながらも、絶望はしていない。


 なぜなら、これ以上のピンチは経験済み――その元凶であるバティンを一方的に屠ったユノという切り札がいるのだから。



 ふたりは、そう考えてユノの方に視線を向けると、彼女は隊員たちと同じ――それ以上のレベルで怯えていた。



「どうしたんですか、ボス!?」


「御神苗さん、何があったんですか!?」


 ユノは、アバドン――蝗害こうがいが神格化された存在に相応しい、バッタのような外観の眷属にビビっていた。



「虫は、駄目」


 油断していたところに、苦手としているものの直撃である。

 多少の理性は残っているので、使い魔を出すような短慮は起こさなかったが、それでも対処に困ってあたふたしていた。



「ええっ!? ボス、虫が苦手なの!? だったら、あたしが――いや、あれは無理だけど、助けて観ちゃん!」


「えええっ!? 私に言われても困るよ!? 戦闘は御神苗さん頼りって言ったじゃない! 助けて、御神苗さん!」


(助けて、朔!)


 伊達は観に、観はユノに助けを求める。



 一方で、ユノが助けを求めた朔は、思索に夢中なのか、これくらいは対処可能と考えているのか、呼びかけには応えてくれない。

 そして、そんな状況でも待ってはくれない眷属バッタに対応しなければならない。



 そんな状況でユノが取り出した物は、黒竜印の殺虫剤だ。

 魔界で使った時は大して効かなかった(※すごく効いた)ので、クレームを入れて殺意マシマシにされた改良版である。


 それを、後先考えずに、ありったけを撒いた。


◇◇◇


 アバドンを宿した呂布は、見つからないバティンは後回しにして、近くにいた安倍たちに照準を定めた。


 むしろ、彼らが進んでいるのは、アバドン呂布がいる最深部へ続く道である。

 少し待っていれば、勝手にやって来てくれるか、眷属たちに捕まるだろう。

 どのみち、彼の領域からは出られない以上、早いか遅いかの違いでしかないが。


 それならば、直接会って、今までの意趣返しをしてから贄にするのも一興である。


 当初は同僚たちを殺したいとまでは考えていなかった呂布だが、アバドンの性質に引き摺られて、思考や嗜好が攻撃的になっていた。


 そうして、安倍たちが彼の下へ到着できるよう、眷属の動きを調整する。


◇◇◇


 先頭を走る安倍も、その先で待ち受けているものがとても危険な存在であることは理解していた。


 しかし、彼らを追跡してくるものと戦ったとしても苦戦は免れないだろうし、戦うにしても、少しでも有利になる場所の方がいい。


 狭い通路や室内で、女子高生3人を護りながら戦うのは現実的ではない。

 彼女たちが戦力となる相手であればまた違うのだろうが、彼らの中で戦力といえるのは、辛うじて安倍と上井、それと本来は守るべき立場である巴だけ。


 戦って血路を開くより、ユノと合流して護ってもらうことに賭けるのは、合理的判断といえる。


 そう信じて走るしかなかった。

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