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51 アバドン

「くそっ、やっぱりこっちかよ!」


 急速に濃さを増していく領域の妖気に、上井が悲鳴にも似た愚痴をこぼす。



「それだけ御神苗さんに捉えどころがないということだと思いますが――。ただ、領域内のことを全て把握しているわけではないのは救いですかね」


 領域の主に反撃の態勢が整ったことは、今更確認する必要は無い。


 隠すつもりのない殺気と、さきのバティン以上の力を持った存在が近くにいるのが肌で感じられるほどなのだ。

 そして、それと同質の魔力を纏ったもの――恐らく、悪魔の眷属が彼らに迫っていることも間違いない。



 ただ、安倍の言ったように、領域の主である割には、自身の領域内で起きたことを認識できていないのは間違いない。

 できていれば、彼らより先にユノに対処するべきだと分かるはずなのだ。



 どうしてこうなっているのかは不明だが、それを考えている余裕は無い。


 領域の主にとっては判断ミスだとしても、彼らにとっても間違いなく不運なのだから。



「ど、どど、どうしましょう!?」


「どうもこうも、逃げるしかないでしょう!」


「ああっ!? 来た道が消えています!」


 慌てるだけの竜胆に、多少は経験を積んでいる巴がすぐさま結論を出して伝える。


 しかし、そんな彼女を嘲笑うように、往路となった通路が消失していた。



「落ち着いて! こうなったら、御神苗さんたちと合流するしかないでしょう!」


「俺たちが血路を開く! 遅れずについてこい!」


 これ以上ここに留まることが危険だと判断した安倍が、先頭に立って駆けだす。

 それに上井と砂井、そして女子高生組の三人が続いて、ユノたちとの合流を目指した。



 そこに、「判断ミス」といえる要素は無い。


 ただ、彼らの元に向かっていた領域の主(アバドン)の眷属は、バティンのように逆立ちしても勝てない相手ではない。

 彼らには荷が重い相手ではあるが、ユノたちが戻ってくるまで粘ることはできただろう。

 何より、領域の主が状況を認識できておらず、それでいて人間を舐めているところがあるため、攻撃よりも情報収集の意識が強いことも、時間稼ぎを可能とする要素となっただろう。



 一方で、彼らの状況を監視をしていた朔が、情報の整理するために、それまで担当していた諸々のことをユノに委ねた。

 彼女はそれを安請け合いしたが、一切合財が分かっているわけではない。


 後で思い出した時には彼らを見失っていて焦ることになるのだが、この時は何も考えていない。




 ユノたちの進んでいった通路に駆け込んだ安倍たちは、すぐに分岐点に差しかかり、困惑していた。


「どっちだ!? どっちだと思う!?」


「……サイバー忍者でも分からん! こんな時に観がいれば……!」


「っていうか、その観が癖で足跡そくせき消してんだろ。そんなら、俺らには分からねえよ!」


 迫りくる強大な闇の気配に、安倍たちにも余裕は無くなっていた。



「お嬢様! お嬢様は二択とか三択問題が得意だって言ってましたよね!? どっちですか!?」


「ええっ、それはこういうことではないのだけれど……」


「貴女、ここまで全然役に立ってないのだから、ちょっとくらい役に立ちなさいよ!」


 女子高生組では、竜胆が理不尽な言いがかりをつけられていた。



「で、では、こっちかしら……?」


 しかし、皆の圧力に負けて、竜胆が一方を指差す。



「よし、行くぞ!」


 間髪入れずに、安倍が走りだし、残りの者たちも後に続く。



 なお、竜胆は二分の一の確率を外していた。


◇◇◇


 これより遡ること一時間ほど。


 内通者の手引きで公安の拠点内部にまで浸透した教団の特攻部隊は、作戦の中核を担う男による悪魔召喚儀式のサポートを始めた。


 公安も、非常事態で混乱していたとはいえ、直近でそんな儀式が行われていてはさすがに気づく。

 すぐに反撃を始めて、儀式の完了前には鎮圧できる――と思われた。



 しかし、作戦の失敗を悟った何人かの狂信者が自棄やけを起こし、自らの心臓を抉りだして、悪魔への贄とした。


 そうして、当初召喚しようとしていたアバドンとは別の悪魔(バティン)が召喚されると、戦況は一変した。



 召喚術師の術式に相乗りした、奇跡にも近い偶然の産物だが、アバドンに頼らずとも作戦の達成が可能――それ以上の戦果も得られる――と、狂信者たちは勢いづく。



 一方で、術式に隙があったせいとはいえ、相乗りを許してしまった術者の男は、その反動で廃人と化していた。


 ――術は既に発動しているため、召喚自体は問題無い。

 ――顕現に時間がかかっているのは、それだけ力が大きい存在だからだ。


 召喚術が専門ではない者たちの、悪魔召喚の認識はこの程度のものである。


 ただ、術者がこの(ざま)では、召喚された悪魔が暴走することもなんとなく分かる。

 それはそれで、テロとしては大成功になるだろう。


 魔術や異能力が明るみに出た世界で、彼らの教団がその頂点に立つ――その礎になれるのは、なんと幸せなことか。



 そんなことを考えていた狂信者たちの中で、ひとり違うことを考えた者がいた。


 内通者こと、【呂布】である。


 名前からして裏切る予感しかないが、公安の活動の都合上、当然のように全員が偽名であり、過去に繋がる痕跡は全て消されている。

 また、彼は特に武勇に優れているわけではなく裏方であり、さらに、モットーが「戦うより称え合おう」だったこともあって、ギャグか何か(ラッパー)だと思われていた。



 そんな彼だが、野心が無かったわけではない。


 ムードメーカー的なポジションに甘んじていたが、本当はその名に相応しい武勇でバリバリ活躍して、世界平和に貢献しつつチヤホヤされたかった。


 しかし、彼には前線でバリバリ戦うだけの力は得られなかった。


 さらに、安倍という逸材が、先輩である彼を差し置いて一番隊の隊長に抜擢された。


 彼には、戦うことも、称えることもできなかった。



 そんな彼のところに、教団の関係者が接触してきたのが一年ほど前のこと。


 無論、そんなものにホイホイと騙される呂布ではなかったが、話を聞いているうちに「公安の監視対象ともなっている教団の内情を知ることができれば」と思うようになり、次第に感化されていった。


 教団エリートの、「騙されやすそうな人」を見る目は確かだったというべきか。


 公安の裏の業務――特に、危険人物の暗殺などの仕事が、彼の正義とは相容れなかったところも大きいが、それでも、組織を裏切る決断までさせたのは、やはり教団の手練手管てれんてくだが優れていたからだろう。



 ただ、呂布の根底にあったのは、やはり「正義」である。



 突発的な想定外の事態に、ひとまず求められるままに協力していたものの、すぐにそれが「追い詰められた挙句の自爆テロ」だと知った。

 それは彼の考える正義とは相容れない。


 しかし、どうにか止めなければと考える呂布を置いて事態は進行していき、あれよあれよという間に、暴走寸前の力の塊が目の前にある。



 呂布は考えた。


 この力を我がものとできれば、世界を救うヒーローになれるのではないかと。


 どのみち、この場を凌いだとしてもすぐに裏切りはバレるだろうし、捕まった後にどうなるかは考えたくもない。


 もしかしなくても焦っていた彼は、何者にもなれないまま死ぬよりは、ダークヒーローになってやろうと決意して、それに手を伸ばした。


◇◇◇


 アバドンとは、ヘブライ語で「奈落の底」を意味し、「悪魔の王」とも「堕天使」ともいわれる存在である。


 また、伝承によってはルシファーやサタンとも同一視される強大な存在で、それゆえに現実世界に召喚するには膨大なコストが必要になる。

 それは決して個人の魔力で賄えるものではない。



 それを可能としたのが、人によっては神薬ともなり得るネコハコーポレーションの健康飲料である。


 それがただの健康飲料としてまかり通っているのは、ひとえにこの世界の人間に、魔素や魔力に対する認識や受容体が不足しているからだ。

 それでも、それらが全く無い人にも体力回復や傷病の快復、異能力者や魔術師にとっては劇的な魔力の回復効果がある。


 そして、魔力に対して親和性が高い悪魔になると、数百数千の生贄に匹敵する触媒になる。



 それだけの魔力があれば、アバドンのような大悪魔でも現実世界に実体化することも可能になる。

 さすがに「完全体」でとまではいかないが、その後に現実世界で人々の魂を集めていけば、それも不可能ではない。


 何しろ、世界には八十億以上の人間がいるのだ。

 奈落の王ともいわれる彼でも、そう簡単には食い尽くせない。



 しかし、彼が現実世界に実体化するのに手間取っている間に、邪教徒の暴走で召喚術が乱され、なぜかバティンが先に召喚されて実体化した。

 それも、アバドンが実体化するための魔力を奪う形で。



 これにアバドンは怒り狂った。


 バティンを逃がさないよう、不完全ながらも領域を展開して彼を閉じ込め、残り僅かとなった魔力で、どうにか現実世界へ進出する方法を探った。



 召喚主は既に廃人となっていて、これ以上の魔力を吸い上げることはできそうにない。


 どうにかして現実世界へ出ることができれば、バティンに奪われた魔力も取り戻して現実世界を我が物とできるのだが、そのための魔力、若しくは憑代よりしろが足りない。



 そこに現れたひとりの男。


 魔力の保有量は、人間にしてはなかなかのもの。


 ただし、性格的、若しくは精神的に難があるのか、上手く扱えていない様子である。


 憑代にするには最適ともいえる人間だった。



 アバドンは、彼の身体を奪おうと、彼に気づかれないよう魅了の魔法を掛けて誘導を始めた。

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