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49 開花予想

「うわあ……。酷い芋洗い状態ですね」


 僅かに開けた扉の隙間から中を覗いた観が、大部屋の中にぎっしりと詰められた敵の数にドン引きした様子で呟いた。



「ボス、ここを突破するの?」


 伊達が一旦扉を閉めながら、今後の方針を確認する。



「……ボスではないけれど、そうです」


 ユノは、伊達の「ボス」呼びに頭を痛めながらもそれを肯定する。



「しかし、この数は……。しかも、牛頭鬼ごずき馬頭鬼めずきクラスもゴロゴロいますし、迂回した方がいいのでは?」


「迂回路はありませんし、あまり時間をかけるつもりもありませんので、突破します」


 観が怯えていることからも分かるように、その大部屋にはさきの戦闘時以上の魔物がひしめきあっていて、中にはユノが完封した悪魔と似た存在も確認されていた。


 少し冷静に考えれば、そこが魔物の詰所であったとしても、ぎゅうぎゅう詰めというのは異常であるとか、凶悪な容姿の魔物が動いていない――作り物であることにも気づいただろう。



 しかし、彼女たちの魔力感知精度では、これだけ犇めきあっている中では、どの個体がどれだけの魔力を持っているかまでは分からない。

 さらに、目に見えない形で潜伏しているユノの使い魔たちが放つ魔力の波動で感覚が麻痺している。


 まともな判断ができなくなっていても無理はない。



「……死ぬ気で頑張るよ、ボス!」


「だから、ボスじゃないです。それと、大声を出さないで」


 こんな状況でも戦意を失っていない伊達は、ユノにとっても、観にとっても想定外だった。



「すみません、直接の戦闘ではお役に立てません……」


「いえ、突入はひとりで行いますから、お気になさらずに」


 真紀に巻き込まれては困ると判断した観と、ついてこられては困るユノが慌ててフォローする。



「え、あたしも頑張るよ? ボスひとりで行かせたりしない!」


 しかし、ふたりの想いは伊達には届かない。



「だから、静かに。というか、おふたりがいると本気を出せませんので、ここで待っていてくれた方が有り難いのですけれど」


『そもそも、私の指示を聞くという約束だったはずです。君たちに死なれたり怪我されたりすると、余計な手間になりますから――そうですね。後でそちらの上司と状況が許せば、能力の使い方のレクチャーをしてあげます』


 一刻も早く、確実に単独行動をしたい朔は、更なる手札を切った。



「えっ」


「分かったよ、ボス!」


「あ、あのっ! それ、私もいいんですか? さっきの御神苗さんの『魔力の流れを読む』っていうのに興味があって……。そ、その、私の能力って『観る』ことに特化していて、そういうのが見えれば、もっと役に立てるかなと思いまして――」

『では、四、五分ほど大人しくしていてくださいね』


 丸投げされたユノの困惑にも構わず、朔は話を進める。



「そんな短時間でこの数を……?」


「ボスなら大丈夫!」


『少し本気を出すので大丈夫です。むしろ、皆さんを巻き込まないように加減しなくていいので楽でいいです、では、行ってきますので、念のために背後には気をつけて』


「……」


 朔は、伊達と観に駄目押しの警告をすると、ユノを急かして大部屋に侵入させた。


◇◇◇


「それで、何か参考になるものでもあった?」


 ユノが、伊達たちに対する牽制のつもりでわざと大きな音を立てて立ち回りながら、悪魔の領域の解析に勤しんでいる朔に尋ねた。



 ユノとしても、何かにつけて世話になっている朔の能力が上がるのは大歓迎である。

 当然、悪戯もエスカレートすることも予想されるが、それよりも、彼女が苦手としているものへの対処はそれに勝る。

 朔の領域が強化されればされた分だけ、彼女の暮らしは快適になるのだ。



 ユノから見れば、朔の領域は充分に及第点のものである。

 範囲は狭いものの持続性は高く、領域内でのむらもほとんどない。

 特に、後者は非常に重要なことである。


 それでも、彼女の領域と比較すると、何かが弱い、若しくは足りていない。

 それが何かは彼女にも分からない。

 あえて挙げるとすれば、「種子」として開花しているかどうかになるのだろうが、どうすれば開花するのかは分からない。



『うん、面白い素材ではあるけど、すぐに成果は出ないかな』


 朔にしてみれば、ユノが協力の姿勢を見せてくれているだけでも充分である。

 むしろ、下手に言語化されると混乱するだけなので、実例としてそこに存在するだけでも充分だった。


 それに、「解析」は朔の得意とするところであり、そこで一から十までユノの世話になっては立つ瀬がない。




 システム的な領域は、非常に分かりやすい。

 つまるところ、システムで定義した効果を付与した結界である。


 リリーの《殺生石》のように、術者の意志で効果が変わるものもあるが、その揺らぎこそがシステムの領域構築能力が不完全である証明で、リリーの領域構築が部分的にそれを上回っていることの証明だ。



 システムは、効果範囲こそ広いものの、その揺らぎや斑が大きい。

 満月や新月時の効果の増減や、龍脈や地脈といった魔素発生の濃淡などなど、複数の種子を組み合わせることでそれを補っているが、領域としての完成度は低い。


 朔としては、そんなものの後塵を拝しているのは面白くないが、複数の種子に対してポテンシャルで負けるのは仕方がないことでもある。


 むしろ、これに関してはユノの方が異常なのだ。



 アイリスの生成した領域については、あそこまではっきり具現化させたのは、朔も驚く――ドン引きするレベルだった。


 しかし、ユノも言ったように不純物が多く、意志――情念が強すぎてバランスも悪かった。

 そういったつもりではなかったとはいえ、万一に備えて侵食耐性のある装飾品を渡していなければ、どうなっていたかも分からない。


 それでも、意志――欲望と魂と器をかなりの精度で合一させた手腕は、朔にとってはかなり参考になるものだった。



 そして、ユノを介してアルフォンスを侵食したことも、良い経験になっている。


 彼が領域を展開していたわけでも、ひとつの世界として完成していたわけでもない。

 それなのに、彼はユノや朔の想像を超えて――不可能を超えて、ユノの許まで辿り着いた。


 その原動力となったのが、彼の大切な人たちとの繋がり――身も蓋もない表現をすれば、根源との繫がりの強さとでもいうものだ。


 正直なところ、ユノや朔とは根源が違うのであまり参考にはならないが、方向性として理解することには意味がある。



 そして、この悪魔の領域については、システムの効果の及んでいない、また別の根源のものとして価値がある。


 まだ根源に干渉する術を持たない朔には全てを解析することはできないが、それでも分かることは多くある。




 この領域は、その主の意志で創造されているものではあるが、かなりの部分を「世界」に依存している。

 その割に、根源との繋がりが弱い。


 例えるなら、アイリスの領域を弱くして、術者に都合の良いシステム的な効果を付加しているようなものである。



『うーん、「悪魔」って存在が、人の認識や信仰とかでブレるのは、可能世界――いや、認識上の世界の住人だからとして、領域は何だろう? 魂とかと同じで、本能的に存在には気づいてるけど、本質は認識していないのかな?』


「人間の認識とか信仰で存在がブレるようなのが神とか悪魔ってギャグだよね。……あれ?」


 ユノにしてみれば、そんなことで変動する「神」や「悪魔」という存在が理解できない。

 彼女の認識では、それは人間やその延長線上にある生物のあり方である。


 とはいえ、それを「神」だというのであれば、彼女は神ではないことになる。

 彼女にとって、それ自体はいいことな気がしたのも束の間のこと、それでは自身は何なのかということになって、彼女の思考はフリーズした。



『そういうのを全く気にしないユノの方が異端なのかもしれないよ? というか、そういうところの差なのかなあ?』


「難しい理屈は私には答えられないけれど、この領域は、主を強化――いや、補完かな? そんな感じの空間ではあるけれど、主そのものではないというか、繋がりが弱いというか、何だろうね、これ」


『確かに、ユノの領域も根源を認識した時点で大きく変わったみたいだけど、やっぱり世界構築能力の差かな?』


「うーん、よく分からない。そもそも、私と朔は似て非なるものだから、この領域という世界も、『私』という世界から見たのと、『朔』という世界から見たのでは捉え方が違うはずだからね」


『ボクとユノが似ているかはさておき、そうだね、ただユノのまねをしても仕方ないんだよねえ』


「朔の領域は、機能的というか、完成度が高くて、すごく朔らしいとは思うのだけれど、どこか朔らしくもないというか、そんな感じ」


『ふむ……』


 ユノの感覚的な表現は、論理的な思考を好む朔には理解し難いものだ。

 それでも、何となく理解できるものでもある。



 ユノがいうように、朔の領域に何らかの要素が欠落しているのは、朔自身も認識していることだ。


 その何かを埋めることができれば、朔の階梯は一段階――あるいはユノのように大きく上昇するだろう。

 


 しかし、その「何か」に唯一といえる正解が無い。


 朔の本質――ユノの言う「朔らしさ」にかすってさえいれば、それで朔の領域が完成――開花してしまう可能性がある。


 ユノのように、彼女の本質に近いところで開花すればいいが、本質を履き違えでもすれば、きっと残念な結果になるだろう。

 そして、彼女を見れば分かるように、一度開花すれば種子に戻ることはできなさそうで、方向性を変えることも難しい。




 朔は種子としての岐路にいた。


 ユノに強制的に発芽状態にされて、半ば彼女の眷属と化したシステムやアルスの迷宮のものとは違って、朔自身の力で辿り着いて。

 それだけに、ここから先の自身のあり方を定めるのに、ユノの力は借りられない。



 領域の性質については、充分とはいえないまでも理解した。

 後は、朔が朔自身を認識することが必要だった。

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