47 手も足も
悪魔を型に嵌めるために、餓鬼はある程度みんなに任せて前進を始める。
数も力のうちとはいえ、連携も何も無く、ただ突っ込んでくるだけの非力な魔物など、私にしてみればあってないようなものだ。
一部には投石してくるのもいて鬱陶しい――投石という行為ではなく、なんとなくドヤ顔に見えるのがだけれど、それは砂井さんたち遠距離攻撃での支援組が優先的に片付けてくれている。
観さんが全体の目になって指示を出しているのだろう。
だったら、「認識が大事」だと理解していてもいいはずなのだけれど……。
まあ、いい。
さて、安倍さんや上井さんたち近接組は、単体や少数なら問題は無さそうだけれど、一旦崩されるとリカバリーは難しいだろうか。
もちろん、そうならないように立ち回れば済むことなのだけれど、呼吸を卒業していない彼らはどこかで限界がくる。
後でこれも教訓になるだろうか。
まあ、そうなる前に悪魔を追い詰めてしまおうか。
全てを無視して悪魔だけを狙うこともできるけれど、みんなに負担を押し付けすぎるのもどうかと思うので、ある程度は駆除も行いつつ前進する。
もちろん、悪魔の魔法を最優先で妨害して、次いで投石してくる餓鬼は銃撃で駆除する。
それだけでみんなのリスクは下がっていると思う。
それと並行しつつ、接近してくるのを手足を使った打撃でぶっ飛ばす。
昔、映画で見た「ガン=カタ」とでもいうのだろうか、そんな感じ。
それとは違うのは、銃が無くても困らないとか、むしろ、パンチやキックの方が威力が高いことだろうか。
そもそも、間合いにさえ気をつけていれば、攻撃力は最低でも構わない。
突進してきた餓鬼を転ばせて、後続に対する障害物にするだけでも何体かは戦闘不能になるし、そうやってマージンを稼いだところに、複数を巻き込むような強打を叩き込むのもいい。
さて、餓鬼は障害にならないとはいえ、肝心の悪魔には、拳銃での銃撃や、餓鬼を使っての質量攻撃は通じない。
どうしても障壁で防がれてしまう――もっとも、自身の魔法も通さないのか、攻撃時には一部解除しなければならないようで、維持させているだけでも牽制にはなるのだけれど。
……待てよ?
障壁で防御しているということは、当たればダメージを受けるということなのだろうか?
まあ、特に興味は無いので、悪魔の両腕をもぎ取ってお取り寄せする。
「はあああ――あああっ!?」
懲りずに魔法――魔術? まあ、どちらでもいいけれどを飛ばそうとして、腕が飛んでいって焦る悪魔。
どうでもいいけれど、血が青い。
ユーリ繫がりで言っておこうか?
「血は青かった。見回してみても神はいない」
後者は別人の言葉だったか?
まあ、いい。
どうせ誰も聞いていないし、面白くもないし、フラグになっても困るし。
さて、両腕を失くしたからか、それとも痛みで集中できないからか、悪魔を守っていた障壁が消えた。
もちろん、銃撃も普通に中る。
ただ、大したダメージは与えられていないようで、効果的とはいえない。
「お、俺の腕が!? どうなってるんだ――ま、待て! 人質がどうなってもいいのか!? ちっ、やめろっ! くそっ、こいつ、話が通じない! 最近の人間はどうなってんだ!?」
それでも、嫌がらせ程度にはなっているようなので、撃ち続けながら距離を詰めていく。
「くそっ、行け! 轢き殺せ! うおおっ!?」
悪魔は、彼が乗っていたウマのお尻を尻尾で叩いて突撃命令を出したけれど、その標的――私と目が合ったウマが、命令拒否した。
ウマは、悪魔を振り落とすと、「自分は関係無い」とでもいうかのように、餓鬼を弾き飛ばしながら部屋の隅へと退避していった。
動物は本能的に何かを感じるそうなので、そういうことかもしれない?
「ぐ……! ちいっ、人間風情が舐めるなよ! ノコノコ近づいてきたのが運の尽き――ぎゃわーーーー!」
舐めるなも何も、抵抗らしい抵抗を受けていないのだけれど?
というか、舐められているのは貴方のウマにでは?
とにかく、何のつもりかは分からないけれど、悪魔が少し遠間から大きく踏み込んできてのミドルキックを打ってきた。
当たれば人間くらいは木端微塵にできるのだろう。
私には当たらないけれどね。
さて、朔からの注文で「殺してはいけない」ことになっているので、どう対応しようか少し悩んだものの、軸足をアポートっぽく見せてもぎとっておくことにした。
下手にカウンターを入れると死んでしまうかもしれないし。
突然軸足を失った悪魔は、バランスを崩しつつも蹴りの勢いは止められず、見当違いの場所を蹴る――というか、身体を泳がせながら転倒した。
すぐに、まだ状況が理解できていない悪魔の尻尾を、ちょっと気持ち悪いけれど我慢して掴む。
そして、ジャイアントスイングっぽく振り回して、周囲の餓鬼を弾き飛ばす。
「ご、が、が、が、がが、ご、ぎ」
悪魔が餓鬼に当たるたびに、悪魔の口から変な声が漏れる。
オルゴールみたい。
ただ、ダメージを受けているからではなく、混乱と、何かを話そうとしているけれど、衝撃で話せない感じだろうか。
などと考えていると、尻尾が千切れて、足が1本だけになった悪魔が飛んでいった。
恐らく、自切だろう。
ビチビチと跳ねるのが気持ち悪いので、すぐに手放してしまったのだけれど、それに群がる餓鬼がGっぽくてやはり気持ち悪かった。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
それよりも、残ったボディが飛んでいったのが、綾小路さんと内藤さんが、餓鬼の群れを相手に奮闘していた場所の近くである。
一応、餓鬼の破片や悪魔の本体が直撃したとかそういうことはなく、直接的な被害は無い。
悲鳴は近くに飛んできたので驚いただけだろう。
というか、当たりそうならアポートぽく見せて回収すればいいだけだしね。
それよりも、瀕死――に見える悪魔を見て、綾小路さんが欲を出したのか、止めを刺そうとしている。
見た目的には瀕死だけれど、ダメージ自体はそんなでもないので、油断していると大火傷するかもしれない。
というか、どう見ても罠である。
とはいえ、下手に止めたりすると、プライドを傷付けるかもしれない。
よく分からないけれど、何かにコンプレックスを感じているようだし。
などと考えていると、綾小路さんが懐から短刀を取り出して、悪魔との距離を猛然と詰めていく。
どうにも目が血走っているというか、状況がよく見えていない様子。
危ないよ?
止めておいた方がいいよ?
内藤さん、止めてあげた方がいいよ?
「きゃっ!?」
綾小路さんが悪魔の胸に短刀を突き立てようとしたところを、悪魔の腕の断面から生えてきた新たな腕に掴まれた。
ほら、いわんことではない。
『いや、言ってないからね』
……そうだったか?
とにかく、綾小路さんは手柄でも挙げたかったのだろう。
さっきから悲鳴しか上げていないけれど。
「ははっ、人間風情がよくもやてくれたな! だけど、あのくらいは悪魔にとっちゃたいしたことじゃないんだよ。残念だったなあ!」
さて、どこからどう突っ込むべきか。
手足が再生したのは、特に封じていたわけでもないので、「そういうこともあるか」と思う程度だ。
というか、そもそも、手足があったところで私にとっては何の障害にもならないので、残念も何も無いのだけれど。
そして、再生した手足で何をしているかといえば、綾小路さんを人質にとっているだけなのだ。
私には人質が意味を持たないことを学習していないのだろうか?
「ご、ごめんなさい。止めを刺せるチャンスかと思って……」
「御神苗さん、お嬢様を見捨てないでください!」
綾小路さん、泣きそうな顔だけれど、命乞いをしないのは立派だよ。
しかし、内藤さんの言いようはちょっとどうなの?
貴女も学習していないの?
「御神苗さん、綾小路さんが下手を打ったことに苛立っているかもしれませんが、ここは慎重に!」
「御神苗さん、私たちの仲間のこともあります。どうか慎重な判断をお願いします」
一条さんや安倍さんも、私のことを何だと思っているのか。
とはいえ、私の出番はここまでなので、ここからは朔にお任せだ。
「よし、お嬢ちゃんが大人しくすると約束するなら、この娘か、そいつらの仲間か、どちらかを解放してあげよう。ああ、悪魔の契約は絶対だから、出し抜けるなんて思わないでくれよ? おっと、言い忘れてたけど、選ばなかった方は生贄にさせてもらう――そうだ、こういうのは『トロッコ問題』っていうんだったか?」
彼らの焦る様子から何かを勘違いしたっぽい悪魔が、途端に饒舌になった。
『……私には人質は無意味だと学習しないんですかね?』
朔は、バトンタッチが汚かったことには不満はあるようだけれど、それもさほど問題ではないらしい。
「おいおい、酷い嬢ちゃんだな。仲間じゃないのか? 人の心とかないのかよ?」
悪魔に「人の心」がどうとか酷い言われようだけれど、言われているのは朔なのでセーフ。
『人の心がどうとか以前に、悪魔とまともに交渉するなんてあり得ませんし』
「おいおい、分かってないなあ。悪魔だからこそ契約には厳格なんじゃないか」
おいおいおいおいと、悪魔じゃなくておサルさんだったのか?
あ、あれはアイアイか。
どうでもいいけれど、そのアイアイも、現地では「縁起の悪いもの」とか、「悪魔の遣い」扱いらしい。
なんだ、合っているじゃないか。
『彼女は別にして、公安の人は本当に捕まっているのか、捕まっていたとしても、生きているのかも分かりませんし、そこに交渉の余地はありませんよ』
「可愛い顔して悪魔の扱いに慣れてやがるなあ。だったらいいよ、声だけ聞かせてあげよう。ははっ、その後でも同じことを言えるかな?」
<ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーー>
悪魔はそう言うと、念話だか通信を繋いだのだろう。
余計なことを考えていたせいでスルーしそうになったけれど、大事なところは見落とさないところはさすが私。
さて、聞こえてきたのは、野獣のような雄叫び。それに混じって、乱れた呼吸とくぐもったような悲鳴も聞こえてくる。
私や朔なら魔力の繋がりを辿ってその先のものを認識できるけれど、そうでなければ何が何だか分からないかもしれない。
「といっても、お楽しみの最中みたいだから、まともな会話は期待できないけどね。おい、人質に声を出させろ」
悪魔の言うように、そこでは邪教徒による公安の人に対する凌辱や暴行の真っ最中で、悪魔の指示も届いていない様子である。
人質の扱いではないのでは?
「……夢中で聞こえてないか。でもまあ、生きてるのは分かっただろ? それに死んでないだけマシだろう? だけど、君たちの態度次第で――」
悪魔がまだ何かを言おうとしていたけれど、私の認識下にあるものは私の領域内にあるのと同じこと。
そして、それは私を中心に領域を展開できる朔にとっても同じこと。
そこは隔離された閉じた領域で、この領域とは少し位相が違うために、空間的な探査では発見できないものだった。
単純だけれど、「ある」と知っていなければ見つけられない、いいアイデアだったと思う。
それでも、そこと魔力を繋いでしまえば私たちにも認識できてしまうし、一度でも認識すれば距離や障害物も関係無い。
悪魔の言葉を遮るように、暴行を働いていた邪教徒さんたちの首が床に転がって、すぐに餓鬼の餌になった。
分かりやすく人質を回収しようかとも思ったけれど、ここに出しても邪魔になるし、領域内に退避させておくのも後々の説明が難しい。
それに、被害者さんたちは凌辱の跡が生々しいので、未成年に見せるようなものでもない。
あれは18禁だ。
なので、人質の脅威となっていた邪教徒の皆さんに死んでもらった。
「あ? な、何だこれは?」
状況が理解できていないのだろうか、悪魔が混乱している。
「あわわっ!?」
「ひえっ!?」
「うおっ!?」
綾小路さんたちや安倍さんたちも混乱している。
できれば安倍さんには「こめ!」とか言ってほしかった。
『本当に人質をとっていたんですね。疑ってごめんなさい。ですが、人質の扱いが悪かったので、邪教徒の皆さんには死んでいただきました』
「な、何を莫迦な。だ――いや、まだこっちには――」
何かを言いかけた悪魔の心臓が、私の足元にボトリと落ちる。
さっきのとは違って、空間的には断絶しているけれど、概念的には繋がったままなので、ドクンドクンと元気に脈打っている。
元気が良すぎてモザイクが掛かっていても気持ち悪い。
朔はなぜこんな酷いことをさせるのか。
「あ……?」
悪魔も違和感を覚えたのだろう。
『君の心臓ですよ。一応、まだ概念的に繋がっていますが、「どうやって」かは長くなるので省きます。人質とは違いますが、脅迫するならこれくらいはしませんと。それと、「トロッコ問題」でしたか。そもそもの例えが適切ではないですが、あえて答えるなら、私が選んだ方が助かるだけで、選ばなかった方を殺すのは、私ではなく君ですよ。もっとも、君にはそんな選択を迫る能力は無かったわけですが』
何のことかよく分からないけれど、問題を認識している人がいなくなっても解決するよ?
「は? あ……? まさか、人間どもが言っていたアポート使いか!? いや、これはアポートなのか!?」
悪魔は、混乱しながらも必死に考えて、答えに辿り着いたようだ。
しかし、今は原因を分析している状況ではないと気づかないのは、冷静さを失っているからだろう。
『さて、元凶の所まで案内してもらいましょうか。死にたければ、断るとか抵抗していただいても結構ですが』
そんな悪魔を余所に、朔が要求を突きつける。
この要求からも分かるように、元凶となるアバどんとやらが存在している場所が分からない。
ただ探知範囲外であるならともかく、さきの人質のように、隔離された領域で空間的に断続していると、今の朔では探知できないかもしれない。
それに、あると知っていても、見つけられるかどうかは別問題だし、正解かどうかも分からない。
だったら、知っているであろう悪魔に教えてもらうのが確実か。
さすが朔だね。
『ああ、「本体が別の所にあるから死なない」と思っているのでしたら、大きな間違いだと忠告しておきますね。さきの方々を見れば分かるように、私には、君が本体との魔力を繋げた瞬間に殺すことができます』
さらに、悪魔の考えているであろうことを先読みで潰す。
今の悪魔は分体――私のものとは違う、分身とか分霊とでもいうべきものなのは、見れば分かる。
理屈はよく分からないけれど、本体とは独立しているので、これだけを殺しても本体には大した影響は無いことも分かる。
そして、根源を認識できない朔の能力では、直接本体に干渉できないし、私も人の姿のままだと不可能だ。
それでも、この分身の経験や情報をフィードバックするためには、本体と接続する必要がある。
そうすると、私たちにも本体が認識できるし、一度でも本体を認識してしまえば、朔の能力でも干渉が可能になる。
『では、3秒以内に答えてくださいね』
容赦の無い最後通告。
「――くそっ!」
「うごごご……!」
それに対する悪魔の答えは、綾小路さんに憑依? するというもの。
崩れ落ちる悪魔の肉体に、わけの分からない踊りを始める綾小路さんの肉体。
悪魔は、綾小路さんの肉体を乗っ取ろうと、自身の肉体を捨てて彼女の精神に侵入して、主導権争いを繰り広げていた。
どちらも精神に対する認識が甘いためか、ものすごく低レベルな争いになっているけれど、当事者にとっては必死なのは分かる。
「お嬢様!?」
「綾小路さん!?」
綾小路さんの、女子高生がするようなものではない形相と奇怪な動きに、悲壮な声をあげる内藤さんと一条さん。
これには朔も唖然としている。
この展開は予想外だったのか。
というか、私も予想していなかったよ。
ここまで何も分かっていないことに。
綾小路さんの精神に絡みついていた、悪魔の精神だけを引き剥がして、ほかの人にも分かりやすいように輪郭だけを与えて、首根っこを掴んで持ち上げる。
悪魔にもう少し魂や精神についての認識ができていれば、人の姿のままでは厳しかったかもしれない。
まあ、それはそうなった時に考えればいいこと。
『……私の能力が物質にしか及ばないとでも思いましたか? 非情に残念です』
朔はそう言うと、私の極炎を再現した黒い炎を、悪魔の精神体に纏わせる。
こんなものまで再現するとか、ヤバいね。
もっとも、完全に再現できているわけではないようなので、根源や本体まで燃やせるかは分からない。
それでも、こんな危険なものを使うなんて、悪魔の無駄な抵抗で予定が狂ったことが、よほど頭に来たのだろうか。
精神体の悪魔には、物理的な悲鳴は上げられない。
それでも、それがどれくらいの苦痛なのかは、のたうち回る精神体と、噴出する瘴気未満の思念がそれ以上に雄弁に語ってくれる。
その様子を、綾小路さんや内藤さんに一条さん、それに安倍さんたちもが、他人には見せてはいけないような顔で眺めている。
さっきまで食事と突撃しかしていなかった餓鬼が逃げ出し始め、それに逃げ道を塞がれたウマが大暴れしている。
……さすがに、精神体に極炎をつけるのはやりすぎだったのでは?
『……』
まあ、朔が自分の間違いを認めるとは思っていないけれど。
『…………』
とにかく、この領域の主を見つけるにはもうひと手間必要なようだ。
その前に、人質――要救助者を保護しておくべきかな?




