45 呼吸不要論実践編
探索開始から30分。
【餓鬼】とかいう、ゴブリンの色違いみたいな魔物に何度か襲撃されつつも、私が手を出すまでもなく撃退されていた。
私からアドバイスを貰いたい綾小路さんや一条さんが、張り切って退治してくれていたのだ。
綾小路さんは、よく分からない文字だか図形だかが描かれた「呪符」を使って、様々な現象を起こす魔術師タイプ。
「どうでしたか?」
などと訊かれても、発生しているのが現象な時点で「どうもこうもないです」というほかない。
その規模についても、発生時間などを考慮すると、やはり「どうもこうも」である。
正直なところ、現状は拳銃でも使った方がマシ――いや、将来性に期待――しかし、アサルトライフルの方が――それでも、携帯性という面では――?
もちろん、そんなことを素直に口にすると角が立つので、「まだ判断できる段階ではありません」とお茶を濁してしまった。
内藤さんは、清水さんと同じで、魔力で身体能力を強化する異能力を使うらしい。
もちろん、どれくらい強化されているのかとか、清水さんとの差がどれくらいあるのかは分からない。
こちらは、身体能力強化系の人に多い、「身体の使い方が雑」という欠点がとても自己主張していたので、軽く指摘しておいた。
しかし、彼女は彼女なりに体術に自信があったらしく、ものすごくしょんぼりさせてしまった。
友達に対する配慮に欠けていただろうか?
いや、でも、共感性優先の中身のない相槌とか賞賛で、本当の友達になれるのだろうか?
友達を作るって難しいね。
そして、一条さんは、「式神」とかいう、異世界での召喚魔法のような術を使う魔術師だ。
現在召喚できるのは、オオカミとトラとタカとゴリラだとか。
動物園かな?
実際に見せてもらったのはオオカミだけだったけれど、普通のオオカミではなく、マジカルオオカミとでもいうような存在で、何だか分からないけれど目が光っている。
真由が見れば、「ゲーミングオオカミ」とか言いそう。
理由はよく分からないけれど、光っていると「ゲーミング」らしい。
「どうですか!?」
と訊かれても、式神は可愛い。
能力的には、本体の方が疎かになっているのでバランスが悪い。
これも正直に言うと角が立ちそうなので、「もう少しバリエーションがあるといいですね」とお茶を濁している。
もちろん、バリエーションとは「人間も使えるように」という意味だ。
さておき、探索自体はとても順調といってもいいと思う。
とにかく、朔の認識範囲が外と変わらず半径300メートルあるのが大きい。
領域として、朔を押さえつけることができない強度というか、階梯が低いのだろう。
そのせいか、もっと自由なはずの領域が、ただの迷路でしかないという状況である。
そんな状況で、囚われていた公安のエージェントさんを回収しながら、領域の主を目指して進む。
その主はまだ補足できていないそうだけれど、とにかく歩いて探索範囲を広げるしかない。
なお、救出した人たちは、後方で安倍さんたちに保護されつつ、情報があれば提供してもらっている。
今のところ特に役に立つ情報は無いけれど、私たちの素性をいちいち説明しなくていいのは助かる。
そうして進んでいると大広間に出た。
むしろ、学校などにある体育館と称した方が近いだろうか、板張りで天井も高い部屋だ。
そこに、4メートル級の巨人が2体。
なぜか、それそれの頭部がウマとウシである。
そして、その手には「鋼材かな?」と思うくらいに大きな金属製の棍棒が握られている。
先に進むにはここを突破するしかないのだけれど、戦わずして――というのは、負傷者もいる現状では難しいか。
通路には入ってこられないサイズなので、負傷者を残していくのも手ではあるけれど、後で回収しにくる手間などを考えると、どちらにしても斃してしまった方が楽だろう。
ちなみに、ウシの方は似たようなものを異世界で見たことがある。
ミノタウロスとかいう魔物で、魔界では食肉として大人気だった。
それを発見した時の、悪魔族の喜びようときたら……。
「……あれは馬頭鬼と牛頭鬼」
「強敵ですね……」
「正念場ですね……」
違ったらしい。
知ったかぶりしなくてよかった。
「分断するのは当然として、受け持ちはどう分けましょうか?」
「ええと、荷が重いなら私ひとりでやりますよ」
式神をフルに出して覚悟を決めている一条さんには悪いけれど、動物たちが酷い目に遭うのは見たくない。
マジカルゴリラが思った以上に大きかったけれど、ゴリラは平和主義だと聞いたことがあるし、そういうのを戦わせたくない。
「ええ!? ですが……」
「……大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ。あれだけ鼻息が荒いなら、五分もあれば片が付くでしょうか。せっかくですので、呼吸を卒業することの重要性でもお見せしましょうか」
正確には、鼻息ではなく「ヒヒーン」とか「ブモー」といった嘶きだけれど、呼吸を卒業していないのは見れば分かる。
ある意味では人間より魔力に親和性があるはずなのに、なぜ呼吸なんてしているのだろう。
「では、我々は戦闘態勢をとりつつ、万一の場合は突入するということで」
「ボス、あたしは手伝うよ!」
「貴女のボスはそっちです。……彼女のことも含めて、よろしくお願いします」
「え、ええ」
公安の人たちの方もまとまったし、それでは行きますか。
◇◇◇
体育館の半ば辺りまで進むと、ウシの方が間合いの遥か外から棍棒を振り回しながら突進してきた。
俗にいう「駄々っ子パンチ」の亜種だろうか。
そして、それに巻き込まれないようにか、ウマの方も一拍遅れてから前進を始める。
さて、特に必要は無いけれど、アサルトライフルを取り出して、ウマへの牽制に弾をばら撒く。
1マガジンを撃ちきる前にウシの間合いに入ってしまったので、力任せに叩きつけられる棍棒をひょいと避けつつ、ショットガンに持ち替えて、散弾をウシの腕に叩き込む。
もちろん、避ける方向はウマの死角になる位置だ。
至近距離でのショットガンでの銃撃も、ウシの皮膚を浅く抉る程度のもの。
しかも、驚きの――というほどではないけれど、そこそこの回復力で、すぐに塞がってしまう。
それでも、撃たれた痛みや衝撃までは打ち消せないようで、微妙に体勢を崩しながらもそれを無視して攻撃しようとして、更に大振りになる。
それをまたひょいと避けて、バーンと撃って、また無理して振り回してきたのを避けて、バーンと撃つ。
もちろん、ウマの死角に陣取るように立ち回るけれど、時々、死角から出てウマもバーンと撃つ。
そうすることで、ウマも私を無視できなくなる。
だからといって下手に手を出そうとすると、同士討ちになる――と、そんな状況に持っていく。
ただし、当面の狙いは飽くまでウシの方だ。
雄叫びを上げながら棍棒を振り回しているけれど、いつまでそれが続けられるだろうか。
段々と息が上がってきて、勢いも落ちてきている。
それを嫌って離脱しようとすると、追いかけてバーンバーンと撃ちまくる。
ルナさんやリディアたちとの訓練でも散々やったこと。
絶対に休ませてあげない。
さて、この戦い方で、綾小路さんたちの参考になっているだろうかと、彼女たちの会話に耳を傾けてみる。
「単発なら避けるのはそう難しくないですが、特に能力も使わず、2体を同時に、破綻し続けることなくというのは神技ですね」
「ボスの一歩目の動きがすごい。全然起こりが無いから、化け物が反応できてない。反応できた時には、更に先に進んでる」
「そうやって積み重ねたマージンを使って攻撃して、リスクを全く負っていない。これは参考になる――が、実践できるようになるだろうか……」
安倍さん、伊達さん、上井さんの三人は、主に立ち回りに注目している。
確かに、間合い操作は戦術の要だけれど、ここでは呼吸に注目してもらいたかったところ。
「リロードしなくていい銃っていいなあ……」
砂井さんはかなりズレていた。
確かにちょっとしたインチキはしているけれど、間合いは近間をキープしているし、銃でなくても成立する戦い方をしているよ?
「牛頭鬼、馬頭鬼共に、目に見えて動きが悪くなっているのに対して、御神苗さんは全く陰りが見えませんね」
観さんはいいところを見ている。
「これが呼吸を卒業しているということなのかしら? 確かにすごいとは思いますが、それと術との関係は何なのかしら?」
「私はやはり戦闘技術の方に目がいってしまいますが、スタミナが切れない、息も上がらないとなると、戦術が大幅に変わってきますね」
「恐らく、酸素の代わりに魔力を使っていると――それができるようになって初めて分かる境地があるのではないかしら?」
おお、一条さんはいいねえ。
酸素をエネルギーに、電気信号で身体を動かすのではなく、自身の可能性と意志で動かすのだそうだ。
アルの解釈ではそういうことらしい。
「例えるなら、親ネコが子ネコに狩りの仕方を教えているようなものなのでしょうね」
「問題は、トラが――もっととんでもない魔獣が子ネコに教えているようなものでしょうか」
「ええ。きっと、言葉でいうほど簡単じゃないことなんでしょう。一応、空気を作る魔術もありますから、呼吸の代わりを魔術で、延いては魔力でというのは分かりますけど……。イメージが全く湧きません」
なぜだ。
それともあれか?
ルナさんたちのように、ギリギリで仕込まないといけないのか?
何にしても、デモンストレーションの時間もそろそろ終わる。
ただでさえ単調なウシの攻撃は、どれだけ振り回されても当たらないし、スタミナを消耗させるだけ。
反撃を食らって、痛みもそうなのだと思うけれど、回復に費やす魔力のせいか、更に呼吸が乱れていく。
特殊な呼吸法や瞑想で魔力を回復させる術があるからか、それで魔力が回復すると思っている人もいるようだけれど、本質は少し――結構違う。
この世界にも魔素はあるけれど、世界と魔素の関係が異世界とは違うため、同じ感覚では恩恵を得ることはできない。
そのための呼吸法であり、瞑想だったりするのだと思うけれど、要は認識の問題なので、それらでなくても全然構わない。
むしろ、その価値観に囚われているせいで新たな可能性に気づけないのかもしれない。
実際には、根源と世界の関係に対する認識の差とでもいうのだろうか、そこを埋めてやればいいだけだ。
とにかく、ゼイゼイと喘ぎながらも休ませてもらえないウシは、休むために私の動きを止めなければいけない。
逃げようとしても逃げられないし、動きを止めると止めを刺されるのは分かっているのだろう。
ウシも必死だ。
もう死にたくない一心でどうにか攻撃を続けているけれど、疲労と酸欠で精彩を欠いているものが当たるはずがない。
ウマの方も、オロオロしているだけで呼吸が乱れている。
ウシとポジションを交代するという発想も無いのだろう。
しょせんはケモノか。
もっとも、交代できるような立ち回りはしてあげないけれど。
ウシが片付けばすぐに終わるだろう。
力なく振り下ろされたウシの棍棒が、避けるまでもなく見当はずれな場所を叩く。
ウシにはもう棍棒を持ち上げるどころか、身体を支えることすらできないようで、そのまま前のめりに倒れそうなところを、隙だらけの脳天に一発ぶち込む。
それに反応したか、破れかぶれで角でのかち上げを放ってくるけれど、間合いの外にいる私には当たらない。
そして、そこまでだった。
動きたくても、動かなければならなくても、呼吸をしなくてはもう動けない。
ウシにはもう何もできないので、無造作に間合いを詰めつつ、ショットガンを大型のコンバットナイフに持ち替えて、その喉を突く。
ところで、気管を切断されても呼吸はできるのだろうか?
どう、苦しい? ――と訊いてみたところで答えは帰ってこないだろうし……。だろウシ!
……とりあえず、もう回復する様子も無いので、ウマの方の相手をしようか。
といっても、ウシと同じことを繰り返すつもりはない。
死角から出てきた私を見て興奮しているウマの心臓を、朔の力を借りて抜き取って、地面に捨てる。
「「「!?」」」
綾小路さんたちの顔がすごいことになっていた。
まあ、私にはモザイクが掛かって見えているけれど、彼女たちには生のそれが見えているはずなので、グロ耐性がないときついよね。
分かる。
当のウマの方は状況が理解できていないようだけれど、心臓を失った影響はすぐに表れて、ドサリと音を立てて床に頽れた。
ウシの方も、心拍が止まりそうなくらいに弱々しくなっていて、このまま放置しておけば息の根も止まりそうな感じ。
魔物なのに、生物的な制限に引っ張られすぎである。
呼吸を卒業していれば、どちらももう少しマシだったろうに。
とにかく、これでミッションコンプリートだ。
終わったよと示すために、振り返ってピースサインを送ってみたのだけれど、みんなの顔がとても青くなっていた。
酸欠でも起こしたのだろうか?




