44 悪魔の領域
――ユノ視点――
状況と作戦内容の説明をするということで、公安の人たちの車に乗って、現場まで十分少々。
車が必要な距離だったのか、「拠点が教団の異能力者に襲撃されて異界化した。外部に目立った被害はまだないけれど、そこに何人ものエージェントが囚われている」という状況説明に、私だけを呼んだ意味はあるのかなど、思うところは多い。
一応、異界についての意見を求められたけれど、彼らの言う「異界」がどんなものかも分からないし、「見てみないと分かりません」としか答えようがない。
これなら、綾小路さんたちと同じ車でよかったのではないだろうか。
さておき、現場に到着すると、そこにいたエージェントさんからもう少し詳しい話が聞けた。
といっても、中に囚われているエージェントの正確な人数と、異界の中と外は通信できないことなどで、異界そのものについての情報はない。
それと、実際にその「異界」とやらを見てもよく分からない。
旅館――いや、民宿だったかの玄関が、水面に浮かんだ油膜のようなもので塞がれていて、グニャグニャしていて中が見渡せない。
領域というほどでもない、少し強めの結界という感じだろうか。
朔にもよく分からないらしい。
というか、この入り口をくぐるのか?
汚れない?
まあ、私の肌はスベスベだから、油も弾くけれど――と、ひとまず指で突いてみたものの、何の感触もない。
だったらと、異界とやらを壊さないように、慎重に入り口をくぐり抜ける。
中に入って感じたこと。
やっぱり領域かな?
ただ、この雑すぎる領域で何をしたいのかが上手く伝わってこない。
管理――というか、制御しきれていない感じで、とても気持ち悪い。
アイリスとかの領域も雑だけれど、想いはしっかり伝わってくる。
この領域から伝わってくるのは、勘違いして増長しているような感じだけ。
気持ち悪い。
さて、領域の内部構造は、民宿をベースにした迷宮になっているようで、廊下と階段と個室がでたらめに繋がっている感じ。
灯りのついている所は、その光量相応に明るいけれど、そうでない所は真っ暗だ。
私には関係無いけれど。
さておき、入り口付近には、公安のエージェントらしき3人の人がいた。
なぜ公安の人だと分かったか?
彼らがパジャマ姿だとか、Tシャツに短パンとかだから。
寝込みを襲われたのだろう。
少なくとも、パジャマで敵拠点に乗り込む人はいないと思う。
「う、動くな! な、なな何者だ!?」
「手を後ろで組んで跪け! 早く!」
そのうちのふたりが私に銃を突きつけて、残るひとりが私を拘束しようと間合いを探っている。
「待て! この人は味方だ! ……御神苗さんも、安全確認も済んでいないのに突入するのは控えてください」
そこに、後から突入してきた安倍さんが止めに入る。
少し遅れて、公安のエージェントさんたちや、清水さんに綾小路さんたちも突入してきた。
山本さんが入ってこないのは、入り口を確保しておくためだろうか。
まあ、命令系統が分からなくなるだけで、私はそこに組み込まれていないし、いてもいなくても大して変わらないか。
さて、安倍さんのおかげで誤解も解けて、更に追加でいくつかの情報も得られた。
領域の主が「アバドン」とかいう悪魔であるらしいこと。
もっとも、異世界のそれとは別種なため、類推もできない。
もしかすると、「西郷どん」的なものかもしれない。
また、その悪魔を召喚した人以外にも、何人かの敵術師が入り込んでいること。
そして、一度入ったら出られないこと。
「くっ……! アバドンだと!? まさか、教団にそんな大悪魔を召喚できる魔術師がいるとは……!」
安倍さんが大袈裟に驚いていた。
合間合間にこっちをチラチラ見ているのはどういうことだろう?
「そんな大悪魔だと準備不足――なのに、引き返せないとは、嵌められた感じですね」
確か、砂井さんだったか?
なぜこっちを見るの?
私は何もしていないよ?
貴方たちが勝手についてきただけだよ?
「しかも、拠点の内部から発動とは、内通者がいたとしか考えられんな」
それは私のせいではない。
「内通者がひとりだけとは限らない――山本さんに報せないと! でも、どうやって――」
なぜ私を見ながら言うのかな?
「ボス、どうしましょう!?」
「貴女のボスはあっち」
伊達さんだったか、この人を見ているとエカテリーナを思い出す。
とはいえ、仕方がない。
ひとつひとつ確認していこうと、入ってきた時と同じように入り口に手を突っ込んで、身体も突っ込んで、普通に外に出られた。
いきなり情報が間違っているじゃないか。
「お、御神苗さん!? 中の様子はどうでした? どうにかできそうですか!?」
外で何やら作戦を練っていたらしい山本さんが、私を見つけた途端に詰め寄ってきた。
ひとまず、情報の共有ということで、さきに聞いた話を彼にも伝えてみる。
「なんと、アバドンとは……。ところで、アバドンとはどういった悪魔なのでしょう? 私、あまり悪魔には詳しくないものでして……」
『私にもよく分かりません。ですが、片っ端から片付けていけばいいだけであれば問題はありません』
若しくは全員救助して――ああ、出られないとか言っていたか。
誰も後に続いてこないということは、本当に出られないのか?
この出来損ないの領域を壊してしまうとどうなるか分からないという意味では、朔の言うように、まずは中の敵をすべて排除するのが正解か。
面倒だし、主を斃して終わりにできればいいのだけれど。
「それは心強い。我々に支援できることがあれば――」
『ああ、そういえば――』
山本さんの発言を遮って、彼の手に「内通者がいる」旨のメモを握らせる。
本当にいるかどうかは分からないけれど、いた場合にそれを知らないのはまずいだろう。
「私はもう一度潜ってきますので、そちらも気をつけて」
「あ、ああ。部下たちのこと、よろしくお願いします」
少し顔を赤くしている山本さんに挨拶してから、また入り口をくぐる。
「ああ、御神苗さん! 置いていかれたかと思いましたわよ!?」
「何で御神苗さんだけ出られるんですか!?」
「これも基本ができていないとかいうせいなんですか!?」
再突入した途端、綾小路さんたちにすごい勢いで詰め寄られた。
というか、やはり出られなかったのか。
「多分そうだと思います。とはいえ、この領域もあまり出来の良いものではないので、よく分からないというのが正直なところですね」
「こんなに恐ろしい領域が、『出来が悪い』とは……」
「方向性は悪くはないと思うのですけれど、理解が浅いというか――領域の主に、何を考えているのか訊いてみないと分かりませんね」
領域ごと喰ってしまえば分かるかもしれないけれど、中にいる人たちにどういう影響が出るのかが分からない。
まあ、そんなに切羽詰まった状況でもなさそうなので、領域の主を探して解除させるのが安全だろう。
「山本さんには、中の状況と、内通者の件は伝えておきましたので、とりあえず、進んでみましょうか。ああ、そうだ。綾小路さん、さっきのカメラは使えますか?」
「え、ええ。これくらいなら使えますわ」
「すごいですね。でしたら、撮影しながら進みましょうか。後の報告とか調査の役に立つでしょうし」
「すご……? いえ、よろしいのですか? その、御神苗さんも映ってしまいますけれど?」
「それくらいは構いませんよ」
それで私の負担が減ればいいなというのが本音だけれど。
「で、では、私も携帯で撮影してもいいでしょうか?」
「あっ、私もお願いします! お金を払っても構いません!」
内藤さんと一条さんが、スマートフォンを取り出しながら尋ねてきた。
すごいな、このふたり。
スマートフォンを使いこなしているのか。
というか、最近のスマートフォンは動画も撮れるの?
こんなに小さいのに?
『お金は必要ありませんが、配信したり、売ったり、流出させたりはしないよう、管理は厳重にお願いしますね』
ああ、そういう心配もあったのか。
怖いね、インターネット。
悪魔の領域よりよほど。




