42 メスガキ無双
「申し訳ありません、うちの家人がこのようなまねを――」
「申し訳ございません」
「もしかすると、ここにはいませんが、私の家でも――」
後方で伊達の遠吠えが響く中、三人の少女は勇気を出して目的を果たしていた。
「それくらい構いませんよ。そんなに大したものも映っていないでしょうし」
彼女たちの覚悟に対して、ユノの反応はあっさりしたもの。
そもそも、彼女にとって、監視や撮影をされているのはいつものことである。
それどころか、異世界ではそれを編集した物が販売されているのだ。
「ですが、身内の恥を曝すようで情けないですが、盗撮ですよ? 犯罪ですよ?」
「そんな大袈裟な。罪に問われるとしても、精々、都の迷惑防止条例違反ですよ(※令和5年7月13日より性的姿態撮影処罰法が施行されていて、違反すると3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金が科されます)。むしろ、私の方が銃刀法違反や暴行罪に問われてしまいます」
ユノの解釈では、そこに映っているであろうものは、別の意味で問題になるものだ。
しかし、皇や悪魔たちの工作で隠滅できると考えれば、特に慌てる必要も無いことである。
竜胆たちも、そういった隠蔽工作があることについては、彼女たちの家でもしばしば行われているため理解している。
だからこそ、ユノの余裕が「余計なことをしたら、お前の家消すよ」と言っているようにも聞こえてしまう。
無論、そんなつもりではないと分かってはいるが、「可能」か「不可能」かでいえば、「余裕」と返ってきてもおかしくないくらいに戦力差があるのだ。
「大したものじゃないなんて、そんなことありませんわ。能力はいうまでもありませんし、霊獣も規格外ですから、参考にしたいと思う人はいっぱいいるでしょうし、大金を出しても欲しがると思いますわ」
竜胆にとっては、ユノが「とても強い」ということくらいしか分からない。
これまでは恐怖ばかりが先行していたが、実際に戦っているユノを見ると、確かに怖いが、その中にも分かりやすい美しさとよく分からない感動があった。
その強さや美しさの秘密が金で買えるなら、いくら出しても惜しくない。
もっとも、彼女自身はお小遣い制なので、そんな大金は持ちあわせていないが。
「そうですね。自分は術関係はからきしですけど、特殊部隊の人を体術だけで圧倒したのは感動しました。以前から思ってましたが、御神苗さんの身体のキレ、すごいですよね。こう、スーって動いて、ピタっと止まって、ドーンって」
魔術が不得手で、それを補うべく身体能力や体術を磨いてきた怜奈は、どうしてもそれを基にした視点になってしまう。
ただ、魔術と同様に口を動かすのも不得意で、表現力に難があった。
それでも、そこに込められた熱量とジェスチャーで、彼女がどれほど感動を受けたのかが理解できる。
「私は魔術にも体術にも自信がありましたが、御神苗さんの戦いを見た後では子供のお遊戯レベルで恥ずかしくなりましたね。どんな訓練を積めばそんな高みに登れるのかにとても興味があります」
巴は、同年代では優秀だと思い上がっていたところもあったが、さきのユノの立ち回りを見てもそう思い続けられるほど高慢ではなかった。
それでも、ユノがいた環境に身を置ければ――と考えてしまう程度に未練はあった。
「高み、というほどのものでもないですよ。むしろ、基本を疎かにしている人が多いだけで、そっちの方が驚きです」
ユノの正直な感想としては後者になる。
地球では、魔術や異能力で可能とできることの規模が、異世界に比べて小さいことは紛れもない事実である。
ユノが知らないだけで、一部理論では異世界より進んでいたりもするが、それらはユノにとってさして重要なものではない。
認識が不十分という点では、どちらも大差がないものだからだ。
湯の川では、リディアやキリクといった、ユノの弟子――若しくは実験体とでもいうべき者たちが、彼女との訓練を経て認識を改め、新たな階梯へと至っている。
また、シャロンたち巫女や、古竜にエスリンといった、彼女との接触を経て魔改造されている者たちも、その多くが古い認識を破壊されて覚醒に至っている。
そして、それらのデータが朔によってまとめられ、ある程度理論的に階梯を上げるための方法が確立されつつあった。
そして、そこで重要な要素となるのが「認識」である。
「その、『基本ができていない』というのは、私たちも含まれているのでしょうか」
ユノの言葉に反応したのは、嫌がる伊達を拘束しつつ、少し離れた位置で彼女たちの話を聞いていた安倍だった。
安倍も、負けた事実に言い訳をするつもりはない。
しかし、「基本すらできていない」と扱き下ろされることは不本意だった。
確かに、強化手術で得た力は後付けのものだが、それを使いこなせるよう、血の滲むような努力を行ってきた。
それは安倍以外の仲間たちも同じで、そんな彼らの努力を莫迦にするような物言いは、いかに完敗したばかりの相手でも許容できなかったのだ。
『ええ、もちろん。失礼ですが、論外レベルです』
当然、朔はそんな感情は考慮しない。
「あ、いえ、莫迦にしているとかそういうことではなく、認識がおかしいというか、未熟というか。努力されているのは認めていますよ」
ユノとしては、安倍の気概とでもいうようなものは非常に好みで、また、彼らが努力しているであろうことも認めている。
それゆえに、彼女からしても、「莫迦にされている」と受け止められるのは不本意だった。
そうして、朔の発言のフォローと同時にそれを正そうとしてみたものの、どうにも上から目線の挑発のようになってしまった。
「ええと、そもそも、魔力とは何なのか。術とか異能力は何なのかというところから――」
(ストップ!)
ゆえに、更にフォローしなければと、焦って余計なことまで話そうとして、朔に止められた。
現状の彼らが、段階も踏まずにその階梯を上げようとすれば、同時に大きな歪みをも生じさせる。
それは決して良いことばかりではなく、それに相応しい因果が巡ってくる。
ユノ自身が常々言っていることだ。
ユノで遊ぶ気満々の朔でも――だからこそ、こういった凡ミスは許容できない。
「……それが何だというのです? 魔力はこの世ならざる、言葉どおりの魔の力。術はそれを使って発動する奇跡のようなもの――違うのですか?」
『完全に間違いとは言いませんが、理解が浅いですね。詳細までは教えられませんが』
「……」
安倍も、詳細まで教えてもらえるとは考えていなかったが、「浅い」とまで言われるとも思っていなかった。
確かに、実力差はかなりのものだったが、「そこまで言われるようなものか?」という思いが消えない。
『別に、もったいぶっているとか意地悪ではなく、今の段階で知っても、貴方方のためにならないからですよ』
そこに、朔が更に油を注ぐ。
朔としては善意からの忠告のつもりだったが、それまでの流れと、お澄まししているユノの姿と合わせて、聞いている方には煽られているようにしか思えない。
安倍たちからしてみれば、むしろ、「ざぁこ♡ざぁこ♡よわよわ~♡」と罵ってくれた方がマシだった。
無関心はつらい。
一方で、竜胆たちはユノに対する好感度を上げていた。
基本すらできていないというのは耳が痛いが、実際にそのとおりだと思えるくらいに未熟、若しくは発展途上だったことが幸いした。
また、協力者であるはずの外部の組織に対するリスペクトに欠けていた公安に対する煽りもそれに貢献していた。
「分かります。火の怖さを知らない子供に火を扱わせるようなものですよね」
「体術でもそうですね。土台ができていないのに無理をすると怪我をします」
「私も、要領が悪いせいか、ずっと基本ばかりやらされていますわ。私には才能が無いのでしょうか……」
ここぞとばかりに煽る巴と、マジレスする怜奈。そして、自虐モードに入った竜胆。
「向き不向きはあっても、才能――可能性という意味では、皆さんそんなに差はないと思いますよ。例えば、綾小路さんの個性とお家の方針が合っていないから発現しにくいとか、そういうこともあるかもしれません」
日本での生活で、可能な限り友人を作りたいと思っているユノにとって、特に竜胆の自虐は放置できない。
それで慰めのような言葉をかけてみたが、それが「未熟者」や「出来損ない」と叱責されることが多かった彼女の心にクリティカルヒットした。
「それでは、私も御神苗さんに教われば、御神苗さんのようになれたりするのでしょうか!?」
竜胆も、ユノの言葉がただの慰めであると、頭のどこかでは理解している。
それでも、彼女の想像も及ばない高みにいるユノの言葉であることが、「もしかしたら」という期待を抱かせてしまう。
「ええっ? そう言われましても、私は綾小路さんのことをよく知りませんし、『私のように』というのも、ここで見せた程度というのでしたら、誰にでも可能かと思いますが……」
ユノが欲しいのは、友人であって弟子ではない。
弟子から友人にクラスチェンジさせる方法を知らない彼女にとって、それは「嫌われるかもしれない」というリスクをとっても認めるわけにはいかない。
友人とは「仲直り」もできるが、弟子に対しては「破門」か「免許皆伝」くらいしか思いつかなかったのだ。
弟子に対して「仲良くしよう」と言うのは、上司の言う「無礼講」に近いと感じたのかもしれない。
ユノの持って回った言い方に、竜胆の表情が曇る。
それを見たユノの心も曇る。
『……申し訳ありません。私の一存で詳細を明かすことはできません。ですが、友人としてアドバイスはできるかもしれませんので――もっとも、綾小路さんのお家の詳細や秘密を聞くことになるかもしれませんので、お家の方の承諾を頂いてからご相談いただければ――』
それを見かねた朔がフォローを入れる。
いつもは悪巧みをしている彼も、ユノを困らせたいわけではない。
むしろ、ユノが好きだから悪戯をするのであり、魔法少女なら何でもいいというわけでもない。
ユノも、朔がフォローしてくれたこと自体は嬉しかった。
しかし、アドバイスと言われても、何を言えばいいのか分からないし、朔もそこまでフォローしてくれる気配が無いので困ってしまう。
さらに、朔の言葉に目を輝かせている竜胆たちが、彼女の退路を断っていた。
「御神苗さんのアドバイスが貰えるのでしたら、家の者が異論を唱えることなどありませんわ!」
「私も、できれば体術などの手解きをしていただければと……!」
「あ、あの、一条家も問題ありません! もっと強くなりたいんです! そのためなら何だってします!」
「あっ、ズルい! あたしも! 何なら転籍したっていい!」
朔の安易なフォローに、クラスメイト達だけでなく、伊達まで乗ってきた。
そんな彼女を、安倍や上井たちが押さえつける。
山本にはこの事態にどう対処すればいいのか判断できない。
部下が、組織が強くなるのは有り難いが、部下を奪われるのは困る。
それ以前に、そんな許可を出せる権限が無い。
中間管理職の悲哀がそこにあった。
というか、御神苗の牽制に来たはずが、なぜ部下が引き抜かれ――転職しようとしているのか。
何もかもが分からない。
そうして、現場には先ほどまでとは違う混乱が起きていた。
「ええと、個別には無理ですので、共通していることをひとつだけ。とりあえず、戦闘中くらいは呼吸を卒業しましょうか」
下手に期待値を上げても、後の対応が面倒になるだけだと判断したユノは、ひとまず、彼女の想像する「基本」を挙げてみた。
しかし、それはこの世界では「基本」に含まれていないどころか、想像されたことすらもほとんどない、下手をすれば死の宣告にも聞こえるものだ。
当然、それを聞かされた者たちの頭の中は疑問符で埋め尽くされ、奇妙な沈黙に支配された。




