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39 美しすぎるテロリスト

――第三者視点――

 現場に到着した山本たちは、すぐに容疑者を発見することができた。


 むしろ、その異質な存在感は、探すまでもなく彼らの視線や意識を釘付けにして離さない。


 遠目からでも分かる、一分の乱れも無い立ち姿は絵画を見ているような異質さで、そこに生物特有の気配を感じられない。

 それでも、そこが世界の中心かと錯覚しそうになる存在感があり、その支配者であるかのような少女の現実離れした美しさに心を奪われ、目を離すことができない。



 山本たちも、任務の性質上、超常現象に遭遇したことは一度や二度ではない。

 しかし、これはその中でも一番の――桁違いのものだ。



 山本にはひと目で分かった。

 そこには、荒唐無稽(こうとうむけい)に思えた数々の噂も、全て可能なのだと納得させるだけの説得力があった。

 上層部が「手出厳禁」と判断したのも当然である。



 もっとも、それは山本の抱えている責任などの重圧と、存在しているだけで無自覚に周囲の正気を削るユノの合わせ技で少々誇張されたものだったが、国家安寧を担う身としては、今こそ滅私奉公の時である。



 山本は、心の中で妻や子供たちに感謝と別れを告げると、覚悟を決めて歩き出す。


 無論、最初から敵対するつもりはないのだが、相手の経歴を考えると何事もなく終わるイメージが全く湧かない。

 険しい顔になってしまうのも致し方のないことである。




 そんな山本に待ったをかけたのが、秘密組織の中にあって、更に秘密部隊のリーダーである【安倍政明】だ。



 彼らは、強大な能力を持つ敵性魔術師などに対抗するために育成され、改造された強化人間である。


 当然違法ではあるが、さすがに人をさらってきて無理矢理ということではなく、特殊な教育課程を終えた者の中からの志願制だ。


 それでも、公になれば国家を揺るがすものだが、綺麗事だけでは何も守れないのが現実なのだ。




 彼らにどのような改造が施されたかは、各々の素質によって異なる。


 例えば、安倍に制止された【伊達真紀】は、元より身体強化系の異能力の持ち主である。

 その上で、【人狼】という、優れた身体能力と回復力を持つ()の因子を移植したり、骨や筋肉、心臓などを人工物に置換した強化人間である。

 前者の倫理的問題はいうまでもなく、後者も改造手術の中では比較的に技法が確立されたものではあるが、拒絶反応などのリスクをゼロにすることはできず、また、脳のリミッターを外す際に、人格に影響が出ることもある。


 伊達の場合は、若干情緒が不安定になっているが、強化度合いを考えると、手術としては大成功の範疇はんちゅうである。



 彼らは、そんな者たちを集められて作られた部隊のひとつで、事態が最悪に至る前に出動して、秘密裏に問題を処理するのが任務だった。



 今回も、最悪の状況に至る前には、最善にはならずとも次善にはなるように活動する手筈になっていた。



 ただ、マーダーKの参戦で状況が変わった。


 彼らだけで――むしろ、日本だけで対応できる相手ではない。

 多くのものを犠牲にすればあるいは可能かもしれないが、それはただ敗北する以上に最悪の展開である。


 もう友好国の同様の組織に救援を求めるしかない案件で、最悪のケースを想定すると、その組織もこれを拒否することはないだろう。


 マーダーKの人格や能力を考えると、「飼う」という選択肢は危険すぎ、対抗するにも単独勢力ではリスクが高すぎる――というのが多くの組織の判断で、ある意味では「闇」と同じ扱いだ。

 したがって、今回のようなケースでの協力要請は「困った時はお互い様」のような精神で受理されることが普通である。


 それでも、騒動終息後の両者間の関係が大きく変わることは避けられないし、最悪は戦力が低下した友好国共々、第三国からの干渉を受けるおそれもある。



 それらを勘案すると、(いち)秘密組織や管轄省庁だけで判断できることではない。

 とはいえ、何も知らない総理大臣や官僚などに相談するわけにも、判断させるわけにもいかない事案である。

 飽くまで秘密裏に、最悪でも隠蔽可能な範囲で収めなくてはいけなかった。




 そんなところに乱入してきた御神苗は、彼女が言うことが本当であれば、山本たちにとっては願ってもない展開になる。

 御神苗に大きな借りを作ることになるが、他国の野心的な組織にそうするよりはマシで、それらへの牽制にもなる。



 しかし、それを鵜呑みするわけにはいかない。

 せめて、事前に話を通してもらえていれば――とも考えたが、やはり彼らだけで判断できる案件ではない。

 そういう意味では、有無を言わせず首を突っ込んできた御神苗の判断が正解である。


 ただ、彼らがここで公安も諸共に叩いてマウントを取ってしまおうと考えているのも明らかである。


 御神苗ユノの雑な煽りに、それががはっきりと表れていた。



 当然、相手が何であろうと面白いことではない。


 しかし、隙だらけで、好き放題に振舞うユノを見て、山本たちはチャンスかもしれないと感じた。



 相手はひとり。


 しかも、能力特化型の異能力者(※推定)で、かなりの火力があるとは聞いているが、この至近距離では自爆のおそれがある。

 そうすると、NHDを殲滅したような大規模な破壊活動は行えないだろう。


 そして、近接戦闘に強い安倍や伊達が間合いにいて、ほかの隊員たちの配置も完了している。


 つい先ほどの報告で、生物までアポート可能と判明していたが、最初から近接戦闘を行うつもりであればさほど影響は無いはずだ。


 これは、御神苗ユノを屈服させるチャンスである。

 むしろ、是が非でも理解させたい。

 今すぐにでも理解させたい。




『せっかくですので、先手はお譲りしますよ。もちろん、殺す気で――」


 ユノが話し終わる前に伊達が動いた。


 手に持ったショートバレル・ショットガンを彼女に向けて、躊躇ちゅうちょなく引鉄を引いた。



 魔術師や異能力者でも、突然の銃撃に対応できる者はそう多くない。

 銃口の向きと筋肉の動きを見て回避したり、障壁の展開が間に合えば凌げるが、伊達のような強化人間を相手に近距離で先手を取られると、そのまま押し切られるのが大半だろう。


 そして、ユノは魔術による障壁も展開していないし、魔力による肉体の強化も行っていない。

 普通に考えれば、どんな対応も間に合わない必殺の間合いである。



 それでも、伊達はこの銃撃が防がれるだろうと思っていた。

 異能力者が何の用意もなく、この距離で強化人間である彼らに先手を譲ることなどあり得ないからである。


 彼女たちが強化人間であることを知らない――というのは考えにくいし、そうだとしても、この業界では言い訳にはならない。



 ゆえに、ユノがこの銃撃で死ぬとは考えない。

 死んでしまっても、それはそれで伊達が気にする必要が無いことだ。


 多少なりとも足止めできれば充分で、警戒すべきは弾丸の反射だけ。

 それも、反射された段階で威力は相当に減じられているはずで、眼球や口内などに当たらなければ、強化された肉体と再生能力で耐えられる。

 後は、組み伏せて力尽くで理解させてやればいい――と、彼女は頭部をガードしながら距離を詰める。



 しかし、そもそもの銃撃が不発というのは想定外だった。


 伊達が感じた違和感から察するに、銃に装填してあった弾薬が抜き取らたのだろう。

 彼女はすぐにそれがアポートの仕業であることに思い至った。


 まさか、所持している銃から弾丸だけを抜かれるなど想像もしていなかったが、彼女の立ち位置などは特に変わっていない。

 これをむしろチャンスだと捉えた伊達は、躊躇(ちゅうちょ)せずに大きく踏み込む。



 感じたのは、ガツンという衝撃。

 揺れる景色。


 掌打で顎を打ち抜かれたのだと気づいたのは、何度も訓練で体験していたからだ。

 誰に――というのは考えるまでもない。


 肉弾戦に強そうには見えなかったが、攻撃を受けた事実は認めざるを得ない。



 それよりも、脳を激しく揺さぶられたようで肉体が動かせない。

 崩れ落ちる自身を眺めることしかできない――と、そこで違和感に気づく。



 意識は明確で、自身の肉体を客観視できる状況にあって、動くことはできない。


「もしかして、あたし――幽体離脱してる!?」


 伊達の叫びは声になることはなく、肉体はユノの足元に力なく崩れ落ちる。



 いつもの伊達なら、多少脳を揺らされたくらいであればすぐに回復する。

 しかし、意識が飛び出しているせいか、目覚める様子はない。


 若い女性――というより、戦闘員としてのプライドが高かった彼女にとって、白目を剥いて、だらしない格好で倒れている自身の姿は耐え難い屈辱である。

 だからといってどうすることもできず、彼女はそこで残った仲間の戦いを見守ることしかできない。




 崩れ落ちたまま動かなくなった伊達の様子を見た公安のメンバーに、動揺や緊張が走る。


 それも一瞬のこと。

 伊達を救出すべく、それぞれが動き始めた。



 まず動きを見せたのは、ユノに最も近い位置にいた安倍と、最も離れていたマークスマンの青年【砂井】。



 安倍が居合の姿勢をとり、砂井がその隙を埋めるように発砲――は、こちらも弾薬を抜かれて不発。

 緊急出動で、狙撃に適した地点に陣取ることもできず、マークスマンとしての能力を充分に生かせる状況ではなかったが、それでも外しようのない距離だった。


 思いもよらない方法で回避されてしまったが、まだ終わったわけではない。

 伊達を救出するため、安倍の援護をするため、再度銃撃しなければと予備のマガジンに手を伸ばす――が、無い。

 側にいるスポッターの少女【(かん)】に、予備の弾薬を貰おうと声をかけようとしたが、彼女の姿も消えている。


 パニックに陥りかけた砂井の視界に、ユノと安倍の間に、恐らくアポートされたであろう彼女の姿が映る。



 砂井以上に混乱している観と安倍。



 観は、つい先ほどまでは、戦場を俯瞰(ふかん)で見ながら各隊員に指示を出していたはずが、気がつけば最前線にいる。

 そして、見えているのは彼女に斬りかかろうとしている安倍の姿。

 むしろ、絶望しか見えず、出るのは指示ではなく悲鳴だけ。



 斬りかかろうとした瞬間に観が割りこんできた安倍も、踏み止まるので精一杯だった。


 しかし、踏み止まってから、状況の深刻さに気づく。


 ここでユノが攻撃を仕掛けてくれば、観諸共にやられてしまう。

 これが実戦なら、彼は観ごとユノを斬らなければならなかった場面である。



 安倍は、斬るべきか斬らざるべきかを迷いながら、再び居合の構えをとる。



 そこに、【上井うえい】を筆頭とした強化忍者三人衆が、残像が見えるほどの超高速機動で攻撃を仕掛ける。

 もっとも、上井以外のふたりの目的は伊達と観の救助で、高速で複雑な機動は、ユノを撹乱かくらんすることだけが目的である。



 しかし、当のユノは彼らに一切の注意を払っていない。

 忍者衆の動きが捉えきれていないのか、それとも安倍に意識を集中しているのかは分からない。


 強化手術が高いレベルで成功している上に、異能力まで持っている安倍を警戒するのは理解できなくもないが、どちらにしても、忍者衆にとっては無視されるのは面白くない。

 とはいえ、ノーマークの上井が決めてしまっても問題は無い。



 忍者衆は、超高速機動からタイミングを合わせてユノに迫る。



 ユノを攻撃すると見せかけてからのフェイントで、サイバーくのいちふたりが伊達と観の救出に成功すると、上井は後顧の憂いがなくなったとしてリミッターを解除する。


 直後、上井の分身が出現した。

 彼の得意技のひとつ、サイバー影分身である。


 分身の解像度はオリジナルには遠く及ばないが、高速機動の中でそれを見破るのは至難の業だ。

 また、ごく短時間しか持続できないとはいえ、その短時間を凌ぎきれるような存在はごく僅かである。


 それが破られたのは、彼らのリーダーである安倍にのみ。


 そして、この布陣は、マーダーK対策として考えていたものだ。

 早々に伊達や砂井が抜けてしまったので完璧とはいえないが、それでも必殺のコンビネーション――のはずだった。




 ユノに襲いかかろうとしていた上井の分身の前に、伊達と観を救出して、離脱しようとしていたくのいちたちがアポートされてくる。


 それで動揺するのは、本体の上井のみ。

 その本体の前に、どこかから黒ネコが現れて、彼をネコパンチで叩き落とすと、その衝撃で影分身が消失する。



 そのあまりの衝撃に気を失いかけた上井だが、どうにか身代わりの術を発動して、デコイを残して間合いを取る。


 しかし、その先に待ち受けていたのは、さきに彼を叩き落とした黒ネコによく似た白ネコだった。


 嫌な予感がした上井は、躊躇ちゅうちょせずに煙幕を発生させて、間合いを取ろうとする――が、その予感のとおりに2匹のネコが追いつかれ、弄ばれ始める。



 その頃、伊達と観を救出していたくのいちたちは、夜の闇を切り裂くように襲ってきたフクロウに捕獲されて、遥か上空に連れ去られていた。

 下手に抵抗して振り落とされると、彼らだけではなく、彼らが抱きかかえている伊達と観まで墜落してしまう。



「くっ、卑怯な!」


 居合の構えのまま、仲間を人質に取られたことを非難する安倍。

 仲間のおかげでユノとの間の視界は開かれたが、展望は閉ざされていた。



「……」


 困惑するユノ。


 先陣を切った少女と、狙撃手の銃撃を無力化、何となく観測手の少女を手元に引き寄せた以外は、彼女の意図したところではない。

 眷属たちが勝手にやったことである。


 しかし、ネコ型眷属たちに玩具にされている、及び上空でキャッチボールされている忍者たちの扱いは、それで許される範囲を超えている。

 安倍からすれば、「逆らったら彼らを殺す」と脅迫されていると勘違いしても仕方のないことだ。



「……ステイ」


 それでも、ユノがひと声かけると、眷属たちは玩具を無事に解放して、彼女の下に集まってくる。


 そして、ユノの両脇に白と黒のネコが、頭と両肩にフクロウが、それぞれ牙を剥いて、翼を大きく広げて伊達を威嚇する。



「……卑怯な!」


 御神苗がヤバい霊獣を飼っているという情報は彼らも知っていた。

 しかし、それがこんなにいっぱいいるなど――報告自体はあったが、その全てが魔王級だとは想定していなかった。


 多少なりとも異能力を使う安倍には、その霊獣がどれほど危険な存在なのかが魂で感じられた。

 そして、そんなヤバさを微塵も出していないユノに「騙された」と感じ、そんな不満が言葉になって口から洩れたのだ。



「……ほら、仕事に戻りなさい」


「「ニャー」」

「「「ホー」」」


 ユノが優しく促すと、安倍には魔王にも思えた霊獣たちが素直に従う。




「……ええと、まだやります?」


 何ともいえない雰囲気の中、ユノが安倍に問いかける。


 客観的に、安倍は無事だが、チームとしては完敗である。

 この期に及んで続行する意味は無いのだが、隙だらけで全く強そうに見えないユノは、霊獣がいなければ、人質がいなければ勝てそうな気がしてならない。



「……チームとしては完敗です。なるほど、噂に違わぬ力をお持ちのようです」


 安倍も、そこは認めざるを得ない。

 これだけの霊獣をけしかければ、マーダーKとてただでは済まない。

 そして、この情報が拡散されれば、多くの組織が震え上がるだろう。



「ですが、私だけ何もしていないというのは部下に示しがつきませんし、よろしければ、いち武人としてお手合わせいただけますか?」


 安倍も、「何もしていない」のではなく、「何もさせてもらえなかった」ことは理解している。

 それでも、一対一なら勝てるのでは――と、何の根拠も無い自信に従って、勝負を申出た。


 先ほどまでの挑発的な態度から一転して、本当に気の毒そうに接してくるユノの態度に堪えきれなかったところもあるが。

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