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37 追い詰められた人々 2

 一方、公安系秘密組織の司令部でも、上を下への大混乱に陥っていた。



 彼らの活動における最大の目的は、「治安維持」である。


 そのために、危険分子である教団をずっとマークしていたし、有事の際に可及的速やかに鎮圧できるよう備えていた。



 しかし、最近になって教団に合流した、マーダーKというゲームチェンジャーの登場で、状況が大きく変わった。



 マーダーK自身は前線に出てきてはいないが、その少し前から教団所属の魔術師や異能力者が仕掛けてくることが増えていた。

 公安も、すぐに何らかの陽動であるとは気づいたが、彼のような大物がかかわっているとまでは考えが至らなかった。

 もっとも、至ったからといって対策できたかは怪しいが。




 その後も、教団の襲撃は続いている。


 さすがに派手なドンパチではなく、魔術や異能力を使った嫌がらせ程度のものが主だったが、それでも被害が出ないわけではないし、対策も必要になる。


 とはいえ、彼らにできるのは合法的な検挙か、非合法的な暗殺くらいである。

 前者は魔術師や異能力者には適用し難く、昨今の高度情報化社会では、あからさまな別件逮捕もできなくなった。

 そして、後者も離島とはいえ人目のある所では難しく、マーダーKの参加で更に難度が跳ね上がった。



 何より、「魔術や異能力の存在を公にしてはならない」という制約が重い。


 そんなものが今更公になろうものなら、世界中が大混乱に陥ることは間違いない。


 最悪は、魔術師や異能力者と、そうでない人との間で分断が、若しくは争いに発展する。

 新たな世界大戦の火種にもなりかねない。


◇◇◇


 教団側も、現状で魔術や異能力の存在が明るみに出る危険性は理解している。


 そうなってしまった場合、その旗手となるのは、マーダーKや御神苗のような圧倒的な力を持つ者である。


 この教団のような新興組織は、金回りこそ良いものの、実力としては下の中か上といったところ。

 言動と容姿的にカリスマとは無縁なマーダーKはともかく、カリスマの塊のような御神苗が公に台頭してくれば、信者の多くがそちらに流れることが予想される。

 その場合、生命線の金回りも悪くなり、現状以下の敗者となるだろう。



 そのような未来を避ける――教団が新世界の盟主となるために、現体制を利用して資金や信者を集め、それを元手にフリーの魔術師や異能力者を集めたり、又は養成したりしていたのだ。

 少なくとも、その準備が整うまでに現体制が崩壊するのは教団にとっても不利益となる。


 したがって、教団側もまた、能力者や魔術師の存在を公にするような運用方法はできない。




 御神苗との衝突も、ネコハコーポレーションを手に入れるためには避けられないと、想定していた事態のひとつである。

 それでも、急激に変化する情勢の中で、マーダーKとの契約が間に合ったのは天運だとしか考えられなかった。


 後は御神苗に勝利して、ネコハコーポレーションを手中に収めれば、それこそ彼らの手で新世界を築くことも不可能ではなくなる。


 いろいろと穴だらけの理論ではあるが、彼らのような中小勢力が頂点に立つためには多少の無理は通さなければならないのだ。




 そして、想定よりはかなり早かったが、実際に御神苗との衝突が起きた。


 先制攻撃を受けたのは手痛いが、この戦いに勝てば、教団の目的はほぼ達成されるため、異能力や魔術を隠匿する必要は無い。

 とはいえ、逃げられたりすると全てが御破算になってしまうので、確実に止めを刺すことが絶対条件だが。



 ただ、御神苗が想定以上に強すぎた。


 大人と子供の差どころではなく、夜空に瞬く星々に手を伸ばすかのように、どんな異能力や魔術も通用しない。

 妹の方に至っては、能力を使用させてすらもらえない。



 幹部を捕らえられ、マーダーKというかなめも失った本部はあっさり陥落。

 取り残された別動隊の一部は、そんなことは知らずに、本部と合流すべく行動を開始したところだ。


 ただし、当初の予定とは違い、異能力や魔術、それどころか通常の兵器の使用も控えなければならなかった。

 目立つようなまねをして、見つかればお仕舞いなのだ。



 帽子を目深に被り、更にマスクをして、乗用車に乗り込む。

 ライダースーツに身を包み、フルフェイスのヘルメットを被り、バイクに乗る。


 それぞれ、不審がられないであろう精一杯の変装をして、アジトを後にする。



 当初の予定にあった、武力の使用など雰囲気すら感じさせない。

 それどころか、教本に載っているような正しい姿勢で、法令や法定速度を遵守して、安全運転に努めていた。


◇◇◇


 公安の指揮所では、突然の御神苗の来訪の報に大いに混乱していた。


 マーダーKの参入で活動が活発になった敵性魔術師や異能力者に対抗するため、皇を通じて協力組織に応援を要請したのは事実である。


 公安に所属する構成員にも、魔術師や異能力者がいないわけではないが、その任務柄、ほとんどが情報収集や攻撃的な能力者である。

 そのため、教団の敵性能力者からの攻撃に対しての防御能力が著しく不足していた。



 それを補うための応援要請で、さらに、マーダーKに対抗できる人材の手配も要請していた。

 それが無茶振りであることは、現場指揮官も上層部も充分理解していたが、国家や国民の安寧を守るためには、無茶でも無理でも通すしかなかった。




 そんなところに現れたのが、御神苗兄妹である。


 協力組織との連絡役の任に就いている、公安所属の隊員からの連絡でその事実を知った指揮官【山本】は、想定もしていない事態に意識が飛びそうになった。



 山本も、御神苗についての報告には目を通していたので、彼らがどういう存在なのかは知っていた。


 もっとも、それは「NHDの本部に正面から乗り込んで壊滅させた」とか、「黄龍会に乗り込んで好き放題に暴れて泣き寝入りさせた」といった現実味の無い情報ばかりである。


 それでも、NHD本部が壊滅したのも、黄龍会の幹部が更迭されたことも事実である。

 その理由が報告にあったとおりなら、それはそれで彼らの正気を疑うものだった。


 したがって、公安では、「御神苗」をカルト教団などより遥かに危険な団体だと看做して、監視と調査を行っているところだった。




 山本は考える。


 御神苗が敵か味方かは、現時点では判断できない。 


 しかし、御神苗がここに現れた理由が、カルト教団にあることは疑いの余地が無い。

 まさか、こんな時間に観光などということはあり得ないし、それ以外の目的で、皇や協力組織の所に姿を見せる理由が無い。



 山本の脳裏に、皇がマーダーKに対抗できる人材として、御神苗を連れてきたのかも――と、都合のいい考えが浮かんだが、それならば、彼のところにも連絡なり報告なりが入っているはずである。


 この件を統括している公安にそれが無いということは、公安を抜きで何かをしようとしているとしか考えられない。



 山本は、まずいことになっていると思った。


 御神苗についての報告が事実であれば、教団など敵になり得ない。

 それも、表に出ている兄妹ふたりだけでのことで、何ひとつ判明していない背後組織も合わせると、どのような戦力評価になるか全くもって不明である。


 マーダーKとの衝突でどう転ぶかにもよるが――それ以前に、御神苗とマーダーKとの間で大規模な戦闘が行われるようなことがあれば、世間に異能力や魔術の存在が明るみに出てしまうおそれもある。



 そこに、連絡員から、「妹の方が教団工作員を次々と捕獲していて、兄の方は教団の施設がある島の方へ飛んでいった」との続報が入る。


 最早、一刻の猶予も無い。



 山本は、すぐに皇の担当者に確認の電話をかけた。


「お電話ありがとうございます。申し訳ございませんが、ただいまの時間は営業時間外でございます。営業時間は、午前9時から午後7時までとなっております。恐れ入りますが――」


 携帯電話から流れる、時間外応答メッセージ。


 山本の顔が憤怒に歪んだ。


 昨日までは24時間対応だったはずである。



 山本は、急いで皇の担当者の携帯に電話をかける。



「ああ、山本さん。こんな時間にどうしたんですか?」


 こちらはすんなり繋がったが、時間が時間なこともあって、電話越しに迷惑そうな雰囲気が伝わってくる。


 しかし、事が事だけに、山本にはそんなことに構っていられる余裕は無かった。



「ええ、御神苗がそちらに? 申し訳ありません、私、今日付でいきなり担当を外されまして……。ええ、後任の人事なども、何も聞かされていませんので……」


 山本は、「してやられた」と気づいて、天を仰いだ。



 御神苗は、公安の都合や予定など、全て無視して事を進めるつもりなのだ。


 もっとも、彼らにも具体的な作戦の予定などがあったわけではないが、好きで受け身に回っていたわけではない。

 治安維持のためには、そうするしかなかっただけだ。



 皇は、脅迫されているか――そこまでいかなくても、敵対すれば諸共に攻撃されると考えていて、どちらにしても、従うほかないのだ。


 これでは、皇に何を言ったところで意味は無い。



 最悪は、公安上層部にも話が通っているが、面子を保つために、皇の暴走として処理しようとしている可能性もある。

 その場合は、山本も現場責任者として責任を取らされることになるだろう。



 そんなことよりも、先人たちが多くの犠牲を払って守ってきた平和が崩れるかもしれないことの方が重大だった。


 上層部からは、「御神苗には手出し厳禁」との通達が来ているが、ここで動かなければ日本が――世界が終わるかもしれない。

 少々大袈裟かもしれないが、山本にとって御神苗に信用できる要素が無く、大規模な戦闘でも起こされれば、いくら国家権力でも隠蔽しきれない。

 自身の進退や生命を懸けてでも、それだけは阻止しなければならない。



 山本は、すぐに動ける部下を集めると、急いで御神苗のいるキャンプ場へと移動を開始した。

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