33 カルト死すべし
アルがウッキウキで島に賊狩りに行ってしまったので、私は私の仕事をすることに。
といっても、川で洗濯とか、能動的に何かするわけでもなく、基本的には皇の人たちと同じく専守防衛である。
もうひとつ、公安系の組織が動き出したときには足止めしなければならないのだけれど、そうならないように彼らをガン無視して作戦を開始したのだ。
想定外の何かが起こらなければ、彼らが知る頃には全てが終わっているか、最悪でも邪魔が入る前には終わるだろう。
後から遺憾の意くらいは示されるかもしれないけれど、それを受けるのは皇だし、結果を考えればそれ以上はないはずだ。
専守防衛といっても、視界の開けたキャンプ場で、面の割れている相手が対象なら先制攻撃可能である。
一応、超遠距離からの狙撃には気をつけなければならないけれど、それも、私がではなく皇の人たちに被害が出ないようにというだけなので、そこまで神経質になる必要は無い。
「それで、我々はこれからどうしましょう?」
せっかくなので、クラスメイトに挨拶でもしておこうかと思っていると、柳田さんが尋ねてきた。
柳田さんは、現場の責任者との顔繋ぎをしてもらった時点でもう用は無い。
しかし、万一公安の人たちが来たときのことを考えると、残ってもらった方が都合が良い。
一方で、人道的見地からすると、柳田さんに必要なのは睡眠だ。
「お疲れのようですし、少し仮眠をとられては? 恐らく、4時間もあれば終わると思いますし」
4時間というのは、アルが予想した最長予定時間だ。
強引な手法を使えばもっと短縮できるそうだけれど、可能な限り騒ぎを起こさないようにしようとすると、それくらいはかかるかもしれないとのこと。
「え、いや、さすがにそういうわけには……」
万一の場合に備えて、万全の状態でいてもらおうと思って提案したのだけれど、みんなが仕事をしている場でひとり仮眠というのは、やはり心理的なハードルが高い模様。
「起きていても特にすることもありませんし、いざというときに頭が回らないのも困りますし――ああ、セキュリティ面の心配でしたら、この子をお預けします」
そこで、ふと思いついた。
柳田さんは、ここが戦場になる――危険だと考えているのかもしれない。
だったら、安心して眠れるようにと、今も清水さんが抱いている黒ネコ型眷属の対になるような、白ネコ型眷属を創造して、柳田さんに手渡した。
創造は一瞬だったので、これもアポートに見えるだろう。
「その子たちの半径30メートル以内にいれば安全だと思いますので、ほかにもお疲れの方がいるのでしたら、お休みになられるといいですよ」
そう言って、心理的なハードルも下げておく。
なのに、柳田さんはドン引きしていた。
なぜだ?
「……本当によろしいので?」
『ええ、もちろん。それに、あまり警戒してますと、目を失った相手が動かないかもしれませんので、適当に隙を見せておきませんと』
なるほどなあ。
あれ?
それだと、柳田さんたちは囮?
でも、眷属がいるから安心か?
「……では、お言葉に甘えて。清水君も少し休むといい。それと、坂本君。それほど説明する必要は無いと思うが、現場の人たちにも状況を伝えて、休んでもらうように」
「り、了解です」
お、説得できたみたい。
だったら、坂本さんの仕事が終わったら挨拶に行こうか――あ、もしかすると、ふたりも休むか?
普通に考えれば、女子高生が戦場に出るとか普通ではないし、精神的に参っていてもおかしくないよね。
よし、もう少しだけ真面目にやろうか。
鳥型の眷属を創って――あ、鳥って夜目が利かない?
いや、でもフクロウとか夜行性だよね?
だったら、フクロウ型眷属を3羽創って――「フク」と「クロ」と「ロウ」と命名して、広範囲でのターゲット捜索を命じて放った。
この3羽とは視界を共有しているので、その視線が通る所は私の領域内といっても過言ではない。
領域を展開しなくても、いろいろとやり方はあるのだ。
というか、これ結構便利だな。
惜しむらくは、「ハットからハトが飛び出るマジック」をやった方が受けたかもしれないことだ。
柳田さんたちがすごい顔でこっちを見ているし、さすがに唐突すぎたかもしれない。
あ、フクロウだから、袋から出したらよかったかも。
さておき、早速ひとり発見。
さっき話題になっていた認識阻害の人だ。
ピーピングトムさんがいなくなったことに気づいて、電話をかけても繋がらずに――というか、取り寄せなかった服や荷物の中で振動している携帯電話を見つけて困惑している様子。
お、逃げることにしたっぽい。
逃がさないけれどね。
さっと回収して、ピーピングトムさんと同じく、アポートに見えるように手元に取り出す。
彼も逃走防止用に全裸に剥いているけれど、今回は荷物も回収して別で放り出した。
よく考えれば、携帯電話とかは貴重な情報源だしね。
もちろん、ピーピングトムさんの分も回収している。
「こっ、こいつはカメレオン!」
えっ、どこに――ああ、彼のコードネームか?
びっくりさせないでほしい。
というか、柳田さんたちは、なぜまだここにいるのだろうか。
ああ、彼らの分のテントが無いからか。
世話が焼けるなあ――とは思うものの、柳田さんたちに非のあることでもないし、仕方がない。
どこだったかの仕事中に鹵獲した、宿泊設備付きのトレーラーを取り出して、柳田さんたちに勧める。
ちょっと変な機材とか付いているけれど、自爆したりはしないだろう。
そんなところにアルから連絡があった。
どうやら、私たちが以前襲った組織の上層部が、カルト教団を通じて多くの兵士や異能力者を送り込んでいるらしく、それらにも対処しようとすると予定時間をオーバーしそうだとのこと。
それで、こっちの島にもリスト外の敵が潜伏している可能性があるので、気をつけるようにとのことだ。
そんなことを言われても、何に気をつければいいのか分からない。
それでも、仕事中のアルに負担をかけるのも躊躇われたので、「そっちも頑張ってくださいね」とだけ返事をしておいた。
◇◇◇
――第三者視点――
政府系秘密組織皇から綾小路家に対して救援の依頼が入ったのは、8月に入ってすぐのことだった。
綾小路家としては、普段から便宜を図ってもらうことも多い組織に対して、「協力したい」という意思はあるものの、既にある種の最前線にいる彼らに、人員を派遣する余裕は無い。
むしろ、逆に救援要請したいくらいなのだ。
そんなところに、自ら志願したのが竜胆と怜奈のふたりだ。
ふたりは、クラス旅行をどう乗り切ろうかとずっと頭を悩ませてていたのだが、そんなところに飛び込んできたこの救援要請は、渡りに船とでもいうようなものだった。
急な用事が入っただとか、死なない程度に怪我をしたなどの理由であれば、不参加になっても許されるはずだと彼女たちは考えたのだ。
一度は覚悟を決めた彼女たちだが、後出しで「NHDという巨大な組織を民間人ごと壊滅させた」などと聞かされては、「話が違う!」となっても致し方ないことである。
当然、綾小路家としては、彼女たちの立候補に難色を示した。
しかし、「旅行前に呼び戻せばいいのでは?」というもっともな意見が飛び出したことで許可されるに至った。
なお、当意見はふたりには伝えられていない。
しかし、それで困るのが巴である。
竜胆たちよりは魔術師として優秀な彼女でも、NHDをひとりで壊滅させたユノは怖い。
それでも、「道連れがいるなら弱音は吐けない」と覚悟を決めていたところ、もっともらしい理由をつけて道連れが逃げようとするなど許せるものではない。
そこで彼女は綾小路家と交渉し、綾小路家の狙いを看破した上で、「ふたりの安全は私が守る」として、政府系秘密組織からの依頼に捻じ込んでもらったのだ。
そうして一週間ほど、それぞれの思惑に従って危険の中に身を置いていた三人に、奇妙な連帯感が生まれてきた頃、彼女が現れた。
夜の闇の中でも燦然と輝く太陽のような存在感は、間違えようがない。
逃げたはずの悪夢が追いついてくるような感覚を覚えていたところに手を振られても、混乱していた彼女たちはろくな反応を返せない。
場違いにもほどがある彼女は、皇の幹部を現場にまで足を運ばせ、現場主任を呼びつけて何かを命じている様子だった。
何をしに来たかなど考えるまでもない。
彼女たち末端に話が通っていないことを考えると、現場の末端には説明できないような、政府系秘密組織に圧力をかけての横槍である。
常識的に考えれば「荒唐無稽」というほかないクソムーブだが、直後の御神苗兄妹のキルムーブは、そこにいた者たちの口を塞ぐのに充分なものだった。
「え、アポートって、人間にも使えるの? 反則じゃね?」
「兄貴の方、空飛んでたぞ……。イケメンで可愛い妹がいるくせに、空まで飛べるとか、ちょっとズルくねえか?」
「しかも、透明化まで使って、気配すら追えないとかどうなってんだよ」
「お、おい、妹の方、ヤバげな霊獣いっぱい出し始めたぞ――あっ、またひとり捕まった」
「おいおい、今度はトレーラー取り寄せちゃったよ。射程距離とか質量制限どうなってんの?」
「NHDとかどうやって潰すんだと思ってたけど、何か分かった気がするわ。可愛い顔して歩く要塞なんだな……」
「実際に見るとめっちゃ可愛いな。いいなあ、俺もあんな妹が欲しいだけの人生だった……」
「でも、ファッションセンスが地雷系だぜ? 能力の方は、地雷なんて可愛いものじゃないけどな」
「おい、そこらの不発弾と一緒にするんじゃねえ。地雷でも核でも、あれだけ破壊力高けりゃ正義だろ」
そうやって、驚きや妄想を口にできる余裕がある者はまだいいが、逃げられない立場の三人は違う。
彼女が裏社会の人間で、その中でも最悪の部類だと知っていたはずだが、普段と全く変わらない様子で戦場にいる姿には恐怖しかない。
学校も、戦場も変わらないのだと。
隙を見て逃げようとした、後からアポートした男を躊躇なく撃ったように、彼女の側にはいつでも「死」があるのだと。
無論、それらは誤解である。
ユノは、ユノなりに学校生活を楽しんでいるし、大事にもしている。
ただ、彼女の揺らぎのない「美しい所作」が、悪い方向に影響しただけだ。
それが、彼女を危険な存在だと認識していた三人には、そういうものだと映っただけである。
しかし、そんな三人より、遥かに強い危機感を覚えていた者たちがいた。
カルト教団が用意、若しくは手引きした戦闘員たちだ。
島に潜入していた「目」から、「御神苗の存在を確認した」との報が入ってすぐに連絡が途絶え、確認に向かった「空」もすぐに消息を絶った。
当然、それが御神苗の仕業であることは疑いようもないが、手段も何も分からず、確かめる術もない。
ただひとつ分かっていることがあるとすれば、御神苗の次の標的が自分たちであるということ。
教団としては、御神苗が守護しているネコハコーポレーションに興味があったのは事実だが、そういったことが表に漏れないよう、慎重に立ち回っていたつもりだった。
某国の息がかかった戦闘集団を招き入れるのにも充分な配慮を行っていて、現に公安にすら察知されずに成功していた。
そして、世界でも有数の傭兵も合流した。
公安にちょっかいをかけていたのは、全ては彼の合流を察知、若しくは阻止させないための陽動だったのだ。
そうして、ネコハコーポレーション襲撃が現実味を帯びてきたところに御神苗の襲撃である。
とはいえ、教団や協力組織もそういった事態も想定していたし、御神苗兄妹のマークは欠かさなかった。
当然、御神苗兄妹や猫羽姉妹が首都に入ったことも報告されていたが、日中は有名イベントにて同人誌を買い漁っているだけ。
夜には兄の方が皇との会談を行っていたようだが、彼らの件で主導権を持つ公安の方には接触していないことで、「教団が標的ではないか、すぐに標的になることはない」と油断していた。
そこに、公安をすっ飛ばしての急襲である。
御神苗が、教団の計画をどこまで把握しているのかは分からないが、猫羽姉妹も連れてきていたことも何かの策だとすると、何も分からない彼らにとっては想像以上にまずい状況である。
しかし、悠長に状況を分析していられる余裕は無い。
島に潜入させていた工作員や戦闘員とは徐々に連絡が取れなくなっていき、本施設にいる戦闘員なども、少し目を離した隙に消えている。
御神苗が力押ししかできないと思い始めていたところに、数か月前まで全くの無名だったことを思い出させるような鮮やかな手際。
「マーダーK。予定より早くなりましたが、貴方の力を頼ることになりそうです」
施設長が、この状況でもVIP待遇で寛いでいたひとりの傭兵に、折り目正しく頭を下げた。
彼にはもう、それ以外の手段が思い浮かばなかった。
「ふ、ほかの奴らも存外頼りないな。仕方がない、私が出よう。――が、殺してしまっても文句は言わないでくれよ?」
マーダーKと呼ばれた中肉中背の男は、造りの良いソファから立ち上がると、ほのかに格好をつけてそう言った。
施設長は、彼の自信に満ち溢れたユーモラスな姿に、少しばかりの余裕を取り戻す。
「ああ、だが、できれば死体はこちらで研究したいので持ち帰ってもらいたい」
「ふ、死体が残ればいいのだがね。少し強い力を手に入れた初心者が粋がっているだけなら、骨すら残らないよ」
マーダーKにとって、つい最近まで全くの無名だった御神苗は、彼自身の経験に照らし合わせて、「大きな力を得て調子に乗っている、ぽっと出の新参者」だった。
最初から大きな力を持っていたのであれば、それを今の今まで秘しておく理由が無い。
彼の価値観での話だが。
マーダーKは、御神苗に対して、恐らく、彼自身と同じように突然大きな力を手に入れて、それで増長しているだけだと考えていた。
そこには、彼自身も狙っていたNHD攻略で先を越されたという嫉妬や苛立ちも加味されているが、自身のSSSランクの身体能力と異能力に絶対の自信を持っている彼は、御神苗に対しても、自身の能力を向上させる餌としか考えていない。
無論、戦闘である以上は絶対は無いのだが、万が一にも御神苗が彼と同じ能力を持っていたとしても、一日の長がある彼の有利は揺るがない。
当然、これも彼の価値観での話である。
そんなマーダーKの止まるところを知らない自信に、施設長の顔にも笑顔が戻る。
「はっはっはっ、貴方が敵でなくて本当によかった! くくく……はっはっはっ! はーっはっ!」
施設長の言葉を背中に受けて、堂々と戦場に向かうマーダーKの後ろで、音も無く施設長が拘束されていた。




