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31 平和

 翌日も朝からイベント会場へ。


 どうやら、このイベントは3日間開催されるそうで、私たちも3日とも参加する予定らしい。




 今日は朝から朔が張り切っていて、あっちこっちと指示を出されて、朔の指定する薄い本を買い漁る。


 しかし、よくよく考えると、そのほとんどが“18歳未満閲覧禁止”なのだけれど、私が買ってもいいのだろうか?


 どう見ても成人男性のアルでも年齢確認されていたのだけれど?

 そういえば、真由やレティシアも――ああ、洗脳しているのか。



 それなら、私は一体?

 《洗脳》とかは使えないし、朔も、作者さんに敬意を払っているので変なことはしないだろう。



 唯一思い浮かぶ理由が、昨日私が着ていた――今日も少し違うデザインの「DTキラー」なる服の効果である。

 “D”がこの薄い本――「同人誌」の略で、“T”は何だろう? トレード?


 よく分からないけれど、これを着ていると年齢確認が不要になる――そんな魔法が掛かっているのではないだろうか?

 それなら、アルがこれを着せることに拘った理由にも納得がいく。



 まあ、厳密には私に法規制が及ぶことはないのだけれど、それでも、できれば社会に帰属していたいと思うので、特段の理由も無く法を犯すのは躊躇ためらわれる。


 人とか散々殺している私が言っても説得力皆無だけれど。

 バレなければセーフ、バレても有罪にならなければセーフなのが、法治国家の良いところだ。



 とにかく、怒られたり、止められたりするまでは、朔の望むままに動くことにする。

 いつも世話になっているのだから、返せるときに返しておきたいしね。


 もちろん、この本の内容が、望まない形で私に返ってくると思うと怖くもある。

 それでも、虫とかグロとかの情報遮断が無ければまともに生活もできそうにない私では、多少のことは許容せざるを得ない。


◇◇◇


――第三者視点――


 高度情報化社会において、「とんでもない美人がエロ同人誌を買い漁っている」という情報が流れるのは当然のこと。


 それでも、ワールドワイドに拡散されなかったのは、聖地という場において、インターネットリテラシーが高い者たちが多かったからか、人の世界に紛れ込んでいる悪魔の活躍によるものか。



 さて、虚構に満ちたインターネット上でもなかなかお目にかかれない美女は、聖地においては、見つけるのにそう苦労はしない。


 人だかりができているところに彼女はいる。



 噂の彼女をひと目見ようと、多くの者がそこに集まる。


 しかし、ある一定以上は接近できない。


 その理由は単純である。


 数多の二次元コンテンツやコスプレイヤーで目が肥えているはずの猛者たちが、ひと目見ただけで感動の涙を流すほどの、二次元から飛び出してきたような美少女――天使がそこにいるのだ。


 コスプレではあり得ない本物感に、加工アプリでも再現できないクオリティの高さ。さらに、脳がバグるくらいの乱れの無さ。

 本来であれば、同じ空気を吸っているだけでも罪になりそうなところだが、彼女が手に取る同人誌のどぎつさが「寛容さ」を表しているように感じてしまう。


 全てを許容してくれる(※願望)、二次元以上のクオリティの美少女。

 それは、誰もが納得できる「神聖にして侵すべからず存在」である。


 しかも、有力筋の話によると、とても良い匂いがするらしい。



 そんな天使に、会場内の熱気と興奮のせいで汗や体臭が酷いことになっている状態で近づくなど、性的嗜好を全開にする場であっても難しい。

 事故を装って接触しようなどと企めば、ネットニュースの話題になること間違いなしである。


 紳士淑女たちは、ただ彼女が並んだ列の真後ろに並んで、不自然にならない範囲で束の間の天国を味わうためについて回っているのだ。




 しかし、一般参加者はそれでいいとしても、サークル参加者はそうはいかない。


 コンテンツの内容によっては、わいせつ物頒布(はんぷ)等の罪に問われることもある立場上、年齢確認は必須である。


 しかし、どんなに「年齢確認は絶対だ。どんな圧力にも屈したりしないっ!」と信念を持った参加者でも、人知を超えた美しさを持つ少女が、脳が蕩けるような声で「これ下さい」と、自分たちの欲望をの結晶求めてくると、「****感謝(ありがとうございます)~」と、伏字が必要な心情になってしまう。


 当然、その少女が18歳未満であれば大問題である。

 しかし、「心神喪失状態だったら罪に問われない可能性があるんじゃね(※刑法第39条)?」と、誰かが言い訳を始めたところ、それが免罪符として広まっていった。



 まるで冗談のような話だが、この夏のイベントは、天使が参加して、多数の心神喪失者を出したイベントとして伝説になった。


 また、天使がお買い上げした物品の数々は、彼女と同じ世界を共有しようとする者たちにもバカ売れして完売続出。

 既に完売していて天使をしょんぼりさせた参加者の中は、次回以降いつ天使がやってきてもいいように、一部を取り置きするようになった者もいた。


 ちなみに、その取り置き分を「天使の分け前」というようになったが、だからどうしたという話ではない。


◇◇◇


――ユノ視点――

 朔の指示する売店――いや、売人? は語感が良くないので、販売所をひと通り回って落ち着いたところで、休憩がてらに頭の中で朔と会話する。



「満足した?」


『うん。人気サークルのが軒並み売り切れてたのは残念だったけど、また次の機会を楽しみにするよ』


 なるほど、「サークル」というのか。


 さて、朔の言ったように、指示されて向かった先では“完売”の表示がされている所も多かった。

 残念だけれど、先方にも都合があることなので致し方ない。



 しかし、なぜか私たち以上に残念がっていたサークルの人もいたけれど、販売機会の逸失がそれほどの痛手だったのだろうか?


 まあ、製本費用や人件費に輸送費交通費なんかもかかっているだろうし、個人販売となると、少しでも多く売上げたいことは理解できる。

 確定申告はしっかりね?



 それよりも、「またの機会」――明日のことではなく、次回のことを言っているのだと思うけれど、本気なのだろうか。



「また来るつもり?」


『もちろん。もう、来ようと思えばいつでも来れるでしょ?』


「それはそうだけれど、アクマゾンで取り寄せてもらうこともできるんじゃない?」


 手数料は取られると思うけれど、セーレさんにお願いすれば取り寄せてくれそうな気がする。

 まあ、悪魔のお偉いさんに、エッチな薄い本を買ってきてと頼むのはいかがなものかと思うけれど。



『分かってないなあ。ここに、聖地に来て、熱気――いや、情熱とか情念を実際に感じて買うのが良いんじゃないか。ユノだって、こういう雰囲気は嫌いじゃないでしょ?』


 それはまあ、確かに。

 強い想いというか、意志の籠った場所は、なるほど聖地というに相応しいと思う。


 それも、神を崇めるような清廉な場所ということではなくて、いろいろな想いがい交ぜになった、ドロドロとした人間そのもの感が強くてとてもいい。



『レオンやトシヤみたいな元日本人組とか、クリスやセイラみたいな信奉者を連れてくるのもいいんじゃないかな? 湯の川の更なる発展に寄与してくれると思うよ』


 ええ、勝手に連れてきていいものなのかな?

 というか、エッチな本で発展する湯の川って一体……?



『別にエッチなものばかりじゃないよ。健全なコンテンツをやっているところもあるし、コスプレを楽しんでる人もいるし。後でコスプレも見に行ってみようよ』


 そうだったのか。

 でもまあ、時間的に明日かな。



『それにさ、エッチなのって、結局人間の根幹にかかわることじゃないか。そういうのをごった煮にしたところの方が、ユノ自身の勉強になると思うんだ』


「いや、別にエッチなことが悪いと言っているわけではなくて、私が主導したみたいになると大変なことになりそうだし」


『それは確かに。変な教義とかできそうだね。だったら、やっぱり限られた人だけで、こっそりとやろうか』


 朔の中では既に決定事項なのか、参加することについては譲る気配が無い。


 まあ、分体ひとつで済むことなので、特に手間でもないし、私も楽しそうだとは思うのだけれど、いろいろな人に相談した方がいいかも?




 朔とそんなやり取りをしていたところ、ひとりの男性が私たちの所へ向かってくる。


「やあ、久し振り――というほどでもないか」


 声をかけてきたのは、平均より少し低めの身長に、細身で眼鏡を掛けている青年だ。


 挨拶からも分かるように、知り合い――といってもいいのか、というか、なぜこんな所に来ているのか。

 仕事はどうした?



「こんにちは」


 とはいえ、挨拶は大事。

 一応、父さんの上司に当たるのだから、礼節はわきまえなければならない。



「こんにちは。やっぱり、なぜこんな所にいるのかって思っているのかな?」


「はい」


 父さんは今も仕事をしているというのに、上司であるヤガミさんが――あ、この論法だと、お飾り社長だった私にブーメランが!



「一応言い訳をしておくとね、君に創ってもらったこれに慣れるためっていうのが理由のひとつでね。私たちがこれで活動できるようになれば、君のご両親の負担も減るし」


 これというのは、生前の彼らのものに似せて創った肉体のことだろう。

 確かに、彼ら自身が動けるようになれば、父さんと母さんの負担も減るはずなので、有言実行してほしい。



「それに、今も向こうで仕事は続けてる――残念ながら効率的とはいい難いけどね。どうやら、君のように複数のことを同時にこなすのは難しいらしい」


 なるほど、分体の練習でもあったのか。


 確かに、半ば種子と同化している彼らなら、分体での活動も可能――というか、私もいうほど分体は得意ではないのだけれど。


 それに、経験上、分体を使えば作業速度は多少上がるけれど、効率的には良くないし、新たな問題の発生ペースも上がるから、思ったほど楽にはならないのだよ。

 まあ、問題の数が有限であれば、いつかは楽になると思って頑張ってはいるけれど。



「それにね、私たちのいたところでは、社会情勢なんかもあって、この手のイベントは随分前になくなっていたんだ。ある意味では、平和な時代の象徴だね。私たちのところとこっちは違うから、同じ道を辿るかは分からない。でも、あっちの歴史では、この時代にはもう()()()が進行していて、こっちでもその予兆はあちこちに見える。まあ、そのいくつかは君たちが潰してくれたけど」


 ……何の話だろう?

 もしかして、お説教しに来たのか?


 仕事の合間とはいえ、今は思いっきり遊んでいるしなあ。



「人間って、思っている以上にタフですから、私たちが何をしようと、なるようにしかなりませんよ」


 とりあえず、言い訳をしてみる。

 とはいえ、それほど的外れな内容でもないと思うけれど。



「……君がそう言うのならそうかもしれないね。とにかく、私たちのところはもう手遅れだけど、こっちはまだ間に合う。――いや、あの歴史と結末を知っている者としては、そうならなかった世界を見てみたい。それが、ただの自己満足だったとしても、私たちにもできることがあれば相談してほしい」


 ふむ?

 彼らにはこっちの世界のことより優先することがあるのだし、こんなところで労力を――ああ、分体の習熟訓練でもするつもりなのか?


 それで、報連相くらいはしろということか。

 分かった。



「はい。何かあれば相談しますね」


「ありがとう。まあ、君のことだから心配は要らないと思うけど――おっと、お友達が来たようだね。それじゃ、邪魔にならないうちに消えるよ」


 遠目にアルの姿が見えたからだろうか、素性バレが私と同じくらいにまずいヤガミさんは、彼から逃げるように人ごみの中に消えていった。


 彼も同人誌を買って帰るのかな?

 まあ、余計な詮索はしないけれど。




「知り合い?」


 ヤガミさんが去ってからしばらくするとアルが合流してきた。



「うん」


 まさか、あっちの世界の主神だと言うわけにもいかないので、適当に答えておく。



「そうか」


 アルも何か察しているのか、深く追及はしてこなかった。



「今晩仕事だけど、大丈夫か?」


 何について大丈夫なのかは分からないけれど、私は大体のものは大丈夫なので頷いておく。



「それじゃ、そろそろ真由ちゃんとレティシアちゃんを回収して帰るか」


「分かった」


 そろそろいい時間だしね――ということで、ポーチから携帯電話を取り出して、ふたりに連絡しようとしたところにふたりの姿が見えた。

 私が電話をするまでもなく、《念話》か何かで連絡を取っていたのだろうか。


 まあ、それが合理的なのだけれど、仲間外れなようでちょっと寂しい。


 あ、でも、それならなぜ、アルには私のいる場所が分かったのだろうか?

 偶然なのかな?

 それとも、私のことを見つけられる何かがあるのかな?


 愛のなせる業とかなら嬉しいのだけれど。

 なーんてね。

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