30 ことわり
帰りの車の中、上々の戦果にアルも朔も妹たちも上機嫌だった。
「いやー、思ってた以上に楽しかったです!」
「私も熱気に中てられて、ちょっとはしゃぎすぎちゃいました」
妹たちの戦利品の量がすごい。
こっそり《固有空間》の中にも収納しているそうなので、私やアルの倍くらいは買っていると思われる。
つまり、今日の聖戦は大勝利だったということ。
しかし、妹たちが――つい最近まで小さかったふたりが、私やアルが買ったのと同じような本を読むようになったのかと思うと、時間の流れというものを実感する。
あの可愛かったふたりが……。
それに、魔術師や異能力者が求めてやまないネコハ製品の売上げが、直接ではないにしてもこれに変換されていると思うと、妙な感慨がある。
前にもこんな気持ちになったことがあるような……?
「それはよかった。でも、あと2日あるから、飛ばしすぎてバテないようにね」
「はい。でも、初級だけど回復魔法覚えたんで、多分大丈夫です」
「えっ、回復魔法だとスタミナは回復しないんじゃなかった?」
「えっ、そうなの? そこそこ回復すると思うんだけど」
「本当に? うーん、魔法の才能の差なのかなあ?」
『例えばアイリスみたいに、魔力の質がいいと回復魔法でスタミナとかも回復するみたいだね。さすがに永久機関みたいにはならないけど、効率的にはすごくいいみたい。レティシアのもそうなのかもね』
「わ、やった! 何だか、初めて真由ちゃんに勝った気がする!」
「えっ、レティは何を言ってるの? そんなだらしない胸ぶら下げといて、嫌味なの?」
「ええっ、『だらしない』っていうのは酷くない!? っていうか、胸なら姉さんの方がすごいじゃない。大きいくせに形もいいし、垂れないとか走っても痛くならないとか肩も凝らないとか……」
「ちっ、女になったのはまあいいとして、この胸は何なの! 恥を知りなさいよ!」
感慨に耽っていたら、流れ弾が飛んできた。
ふたりして、魔力で強化した握力で私の胸を鷲掴みにするのは止めて?
けれど、こういうじゃれ合いは久しぶりなので、少し楽しい。
「まあまあ、魔法も容姿も個性のひとつだから、勝った負けたじゃないよ。真由ちゃんにも真由ちゃんの良さがあるし、レティシアちゃんにもレティシアちゃんの良いところがあるってことで。それに、ユノにだって残念なところあるし」
「ハーレム作る人の言葉だと説得力無いですよー? っていうか、じゃあ、私の良いところを具体的に挙げられます?」
「私に良いところなんか無いですよ……。姉さん――は別にしても、真由ちゃんみたいに可愛くないですし」
「いやいや、真由ちゃんはアイドルも真っ青なくらい可愛いじゃん。ユノと比べたら何でも駄目になるだけで、俺だって能力的にはその他大勢だよ。それに、レティシアちゃんも――自信が無くて俯いてると誰だって魅力的には見えないよ。ユノを見てみて? 中身はさておき、堂々としてると格好よく見えるでしょ? 少なくとも、俺の目から見て、今日の会場で楽しんでた時みたいに、胸を張って――っと、ごめん。背筋伸ばして前を向いてるレティシアちゃんは可愛かったよ」
むう、実の姉である私より、アルの方がお兄ちゃんぽい。
というか、妹たちを口説いているなら、私を乗り越えていってもらう必要があるよ?
「それに、確かにユノは可愛いけど、度が過ぎてるから、人前に出るときはバケツを被らなきゃならなくなったんだよ? 素顔を見せたら人心を惑わせて、隠してたら挑発にしかならない。笑えるでしょ?」
「「……」」
笑えないから。
いや、やっぱり妹たちに真顔になられるとつらいので、笑って流してほしいかも。
とはいえ、私を引き合いにすることで、ふたりの劣等感が少しでも解消されるのなら構わないのだけれど。
「それに、ユノの料理を食べてたら肌艶は良くなるし、もしかしたらスタイルも良くなるかもしれないよ? ってことで、今日の夕食は何にしようか。ユノにレパートリーを増やしてもらうためにも、バイキングとかどうかな?」
「いいですね! でも、中華とかフレンチなんかも――っていうか、レストランいっぱいありましたよね? どれも捨て難いっ!」
「あっ、良いこと思いつきました! 姉さんには全部のお店で技術と料理を覚えてきてもらいましょう!」
「えっ」
レティシアは時々とんでもないことを言い出すんだよね。
テレビとかを見ていて、地元だけで食べられる、市場に流通していない特産品なんかが紹介されると、それを食べたい食べたいと無茶を言うので、そのたびに現地まで走ったり泳いだりして買ってきたものだ。
それで、お巡りさんに捕まりそうになったり、UMA扱いされそうになったことも何度かある。
さて、今回の場合はレストランいくつあったかな?
もしかして、ホテル内だけじゃなくて、近隣も含んだりするのだろうか?
もう領域を展開するか――いっそ、ちょっとだけシェフを喰っても許されるかな?
いや、悪魔も見ていることだし、正攻法で覚えよう。
人の規範になるのも大変だ。
◇◇◇
この日はみんなで楽しくバイキングで夕食を摂った。
真由とレティシアとアルにあれこれと指示されながら、料理の味や作り方などを覚えていく。
もちろん、調理に特殊な器具を使っていたりすると再現のしようがないけれど、ある程度――いや、かなりの部分は朔がフォローしてくれるとどうにかなる。
頼もしい相棒である。
食事が終わると、アルは「打ち合わせがある」と言って外出して、真由とレティシアは「戦利品の検分がある」と言って部屋に戻った。
もちろん、私は技術と料理の習得のためにレストランをはしごした。
大食いタレントも真っ青になるくらい食べたよ。
美味しかったです。
肝心の技術習得はそれなりに。
上辺だけの再現は簡単なのだけれど、そこにある論理とか術理が理解できていないので、完全にモノにしたとはいい難い。
それで、なぜ「それなり」なのかというと、どうにも、「私が創った料理は美味しい」という因果が形成されているようなので、そんな私がプロの技法を用いればもっと美味しくなるのは道理なのだ。
論理や術理は、真理の前には無力らしい。
◇◇◇
試しに、湯の川にいる私でプロっぽくおにぎりを作ってみたところ、大変好評を頂いた。
何でも、「美味しくな~れ☆」とやったのと同じくらいに魔素の含有量が増えていたらしく、更に「美味しくな~れ☆」で魔素の含有量を増やせるため、美味しくなるのは当然のことだった。
そして、この新技術の完成を祝して、宴会が行われることになった。
湯の川だと、道具が使えないのでおにぎりくらいしかできないのだけれど……。
バーテンダーの技術でも学んでくれば、バケツで創る料理も美味しくなるだろうか?
あ、でも、そういう場所には未成年ひとりでは出入りできないのか?
アルにお願いして、連れていってもらおうかな。
◇◇◇
さておき、今日イベントに行ったのは空き時間の有効利用で、仕事は別にあるらしい。
早ければ明日の夜、遅くても明後日の夜には済ませる予定だそうだ。
ただ、現場にほかの組織の人たちが結構いるらしくて、事前通告も無しに行動して、面倒事にならないよう調整中だという話だ。
ちなみに、今回のターゲットはカルト教団だとか。
表向きの宗教団体でもヤバい活動をしていて、裏ではもっとヤバいことをしているのだそうだ。
いやだね、宗教って。
この世界には、神は――いや、問題はそれを悪用する人間の方か。
そこで用意されたのが、この「絶対殺すリスト」である。
結構多いと思うべきか、教団の規模からすると少ないと思うべきか。
宗教的に、下手に教祖を殺してしまうと、神格化されるかもしれないっていうのが厄介だね。
聖人の第一歩が「復活」って風潮もあるしね。
なので、外堀を幹部の死体で埋めて、プレッシャーを掛けて、教祖を精神的に追い詰めて化けの皮を剥いで、社会的に、教祖的に殺す方向でいきたいらしい。
面倒くさいね、宗教。
そう考えると、神託だけでも下している異世界の神々は、まだマシなのだろうか?
宗教関係で詐欺とかはほとんどないと聞くし――いや、魔界ではバケツ詐欺をしていたなあ。
すぐバレて壊滅寸前までいったけれど。
正直なところ、相手がカルトであっても、宗教問題には干渉したくないというのが本音である。
なので、アルには悪いけれど、彼に頑張ってもらう方向でお願いしよう。




