27 パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ?
8月10日。
この日は次の作戦に向けての移動日。
国内の戦場に向かうという話だったのだけれど、行き先は東京――大都会である。
こんなところに戦場があるのだろうか?
東京が戦場になる前に危険人物の暗殺とか――はっ! まさか、社交界とか、そういう意味での戦場なのだろうか?
よく分からないけれど、私に対処できる問題であることを祈ろう。
さておき、移動は「ユノが公共交通機関を使うと迷惑になる」という理由で、車での移動である。
失礼ではあるけれど、事実でもあるので言い返せない。
さて、私とアルだけならヘリコプターで移動したのだけれど、今回は東京で開催されるイベントに参加するという真由とレティシアが同行するため、車での移動になった。
定員数ではなく、レティシアが高所恐怖症だからという理由で。
「いやー、いいタイミングで移動してくれて助かりました! しかも、ホテルまで取ってくれたなんて、アルフォンスさん、ありがとうございます!」
「ホテルは予約を取ったっていうか、調査でずっと借りてた部屋をひとつ空けてもらっただけなんだけどね」
「未成年だけじゃ予約の取れないホテルも多くて……。最悪、《洗脳》でどうにかしようかって話してたところです」
「君ら、やっぱり家族だね」
「ええっ、アルフォンスさん酷い! いや、確かに家族だけど、お姉ちゃんに鍛えられた結果ですよ!」
「そうです。小さなことに時間を使ってられないから、生活の知恵ってやつです」
微妙にディスられている気がするけれど、ふたりとも逞しくなったなあ。
でも、できればお姉ちゃんにも構ってほしいな。
そんな談笑とディスられが半々のコミュニケーションだったけれど、いつもと変わらないふたりを見ることができて安心した。
ふたりの楽しみにしているイベントが戦火に巻き込まれたりしないように頑張ろう。
なお、妹たちを含めて私たちが宿泊するのは、誰でも聞いたことがあるような高級ホテルである。
こっちの世界での思い出作りとか、向こうの世界で役に立ちそうな知識や技術の収集とか、いろいろと理由はあるけれど、一番の理由は、向こうに持っていけない現金などの資産を放出するためだ。
なので、当然グレードの高い、お値段もお高い部屋である。
それを2部屋、部屋割りはアルと私、真由とレティシア――あれ? 男性と女性というか、猫羽家でまとめてもよかったのでは?
いや、まあ、アルと私は仕事で来ているのだから、同じ部屋の方が都合が良いのは分かるけれど。
それでも、夕食は一緒に摂る約束をしているので、これはもう家族団欒しているといってもいいと思う。
というか、地球の高級ホテルってすごいね。
大吟城もこんな感じに仕上げてもらおうかな?
部屋でひと息ついたら、みんなで夕食へ。
ドレスコードについては特に指定はなかったけれど、散財のために真由とレティシアにもドレスを用意するのもいいかもしれない。
といっても、今すぐにというのは難しいので、今回の仕事が終わってからにしよう。
今日のディナーは鉄板焼き。
もちろん、鉄板を食べるわけではない。
鉄板の上でいろいろと焼いてもらって、舌だけでなく目でも楽しめる料理だ。
今までこういった所で食べる機会がなかったので、シェフが料理をしているのを見ているだけでも楽しめる。
そこではたと気づいた。
やはり、お肉や魚介類といった食材を焼く工程は重要なのだ。
完成品を出して、「美味しいからよし」とするのはもったいなかったのだ。
そして、食材を焼くのは何も直火である必要は無い――そう、熱々の鉄板でもいいのだ!
◇◇◇◇
日本で活動中の私の閃きで、突然使えるようになった料理魔法のバリエーション《審パンの日》。
いつもながらネーミングがヤバい。
鉄板と審判がかかっていると思うのだけれど、このクオリティでは恥ずかしくて口に出せない。
なお、実際に使ってみると、焼きたてのトースト――食パンが出てきた。
鉄板、審判、食パンと三段構えだったようだ。
そして、ほかにも何パンあるかなーと考えていたら、《パン定》の物だと勘違いして手を出したパイパーが火傷した。
その際、「あっづ!?」と悲鳴を上げて、普段の設定も忘れて悶えていたこところを見るに、かなりの熱量だったと思われる。
さらに、火や熱に耐性の高いアーサーが、「ふん、軟弱者め」と審パンを手に持って顔を顰め、口に入れると舌を火傷したのか「あっづ!?」と吐き出していたところを見るに、耐性も大して役に立たないらしい。
確かに、肉くらいは焼けそうだけれど……、由来とかの説明になると、こっちが炎上しそうだ。
「また物騒な物を創りだしおってからに……。で、何じゃこれは? 食えもせん食い物なぞ出す意味が分からんのじゃが?」
ミーティアは、能力の効果から意図や経緯を測ろうとするけれど、私の能力の多くは駄洒落なので、特に意味は無い。
相互理解を深めようとしてくれているのだと思うと嬉しいのだけれど、答えには辿り着くことがないと思うと、少し心が痛む。
「何? 今度は罠を創ったの? 黒と赤は実験台にされたのかしら? ふふっ、無様ね。ねえ、次は誰に試すのかしら?」
シロは、パイパーとアーサーが悶絶している様子に大満足の様子。
なお、シロは攻めるのは得意だけれど、攻められると弱いタイプである。
レオンに絆されているくらいなので、説明するまでもないか。
「ユノが理解不能なのはいつものことだが、今日は特に酷いな。どうした? 何か嫌なことでもあったか? それはそうと、危ないものをカムイには近づけんでくれよ」
嫌なことどころか、良いことがあったのだけれど。
カンナは年の功というべきか、他人を気遣うことができる珍しい竜だけれど、やはり歳のせいか目が悪いらしい。
「ユノ、ヤク〇ト。それと、抱っこ」
カムイはいつもどおり可愛いなあ。
私の膝を取り合うライバルのリリーが学園に行っている時間は、よくこうやって甘えにくる。
というか、カムイも学園に通わせた方がいいのだろうか?
カンナがマンツーマンで家庭教師をしているけれど、竜の価値観は偏りすぎているし、何よりカムイが楽しくなさそうだし。
「僕には分るよ。幼馴染だからね。そのふたり、最近仕事もしないで貢献ポイントの前借りとかしようとしてたし、『お灸を据えた』ってやつでしょ」
魔界生まれの魔界育ちで、私を幼馴染だと思い込んでいるコウチンの言葉には、信頼性は皆無である。
とはいえ、そんな設定にも誰もツッコミを入れないところに、古竜たちにも良心があるのだと知れてよかった。
「ユノふぁま、ひがふのへふ! ユノふぁまのはんしょうひはいふのふっはんへひふひてひはっははけはほへす! ほれへひょっほはひはふはって――」
アーサーは何を言っているのか分からない。
まあ、いつものことだし、分かってもろくなことを言っていないと思うので、有無を言わさず口を閉じさせたら思いのほか嬉しそうにしていた。
「お、俺はちゃんと仕事してるぞ!? というか、組織の奴らから世界を守るため、ずっと戦っているんだ! 昨日だって――」
パイパーもいつもどおり。
でも、パイパーの病気――中二病の設定上の敵と戦っても、貢献ポイントは入らないんだ。
病気自体と戦うとか、先日みたいに町に配布する殺虫剤の製造手伝いとかなら入るのだけれど。
「ふはは! 湯の川はいつもどおりであるな! それはそうと、ユノよ! 我もヤク〇トと抱っこを所望する!」
偉そうな口調で私に要求を突きつけている幼児は、二代目九頭竜こと【キュー】ちゃんである。
なお、「キューちゃん」という愛称は私が付けた。
ここに来た時には名前が無く、そのままだと九頭竜の「九頭」が相性になりそうだったからだ。
さすがに幼児を「クズ」と呼ぶのは外道の所業である。
しかし、キューちゃんは、容姿とは裏腹に九頭竜の知識などを引継いでいるので、能力的にはまだ未熟だけれど、思考能力や言語能力の方はしっかりしている。
そのおかげか、数か月で湯の川にもすっかり順応した。
人型で、全身で愛らしくおねだりしてくる様子などは、私の弱みをよく研究しているといわざるを得ない。
「お姉様は手がふさがっていますので、キュー様は私で我慢してくださいね」
「うむ、リディアか! よいぞ、許す!」
両手を広げて抱っこをせがむキューちゃんを、私の秘書に就いたリディアが掻っ攫っていった。
カムイは膝の上だし、キューちゃんひとりくらいなら抱えられたのだけれど、彼女は「お姉様は働きすぎです」と言って、私が働きすぎるのを許してくれない。
素晴らしく優秀な秘書である。
もっとも、これは仕事ではなく癒しなのだけれど。
「それで、これは一体何のつもりで創ったものなの? あんたのことだから、私たちには理由は理解できないかもしれないけど」
レティシアとの再会も果たして、最近は私たちと一緒にいる時間が増えたソフィアが、話を本筋に戻す。
魔王や神族は空気を読むのが苦手らしく、こうやって話の流れをぶった切ることも少なくない。
物が物だけに、このままスルーしてくれればよかったのだけれど。
「ええと、お肉とかお魚とかお野菜が焼ければと思っていたら出たのだけれど……」
仕方がないので、ネーミングなどには触れないようにして、正直に話す。
「なるほど、前に言ってたBBQってやつだな。で、何でトーストなんだ?」
レオも、BBQまではいいのだけれど、その後の空気の読めなさが魔王の性か。
悪気がないのは見ていれば分かるけれど、悪気がなければ何でも許されるわけではないのだ。
「ふっ、貴様には分からんのか? 我が君がいつも言っているだろう? 『美味しい物と美味しい物を掛け合わせれば、もっと美味しくなる』と」
エスリンには、私にも分からない何かが分かったらしい。
自前の邪眼を失ってから、あらぬものが見えているのかもしれない。
「はっ!? 美味しい物と美味しい物を掛け合わせれば、もっと美味しくなるということは、美味しい物で美味しい物を焼けば、もっと美味しくなる――そういうことですね、お姉様!」
リディアも真理に気づいてしまったらしい。
というか、何だかそれっぽく聞こえるし、理論上は間違っていないと思うので、それを採用しよう。
本当に優秀な秘書である。
「へえ、それは楽しみね。料理と料理が奇跡的なマリアージュするだけじゃなく、食材と調理器具までマリアージュさせるなんて、うかうかしてると愛の女神の座まで奪われそうね」
愛と豊穣の女神改め、愛と欲望の女神と名乗っているフレイヤさんから愛を抜くと、それはもうただの悪神ではないだろうか?
いや、欲望とは人間が生きていくための原動力だと考えると、それに専念するのはステップアップなのか?
「さすがユノ様です! 目の付け所が我らとは違う!」
「これほどまでに聡明で美しいお方にお仕えできるなど、我らは果報者です!」
「ああ、この幸運を神に感謝せねば」
「まて、真なる神とはユノ様のことであるからして、それはつまり――」
「我々は、ユノ様にお仕えできることに感謝してユノ様にお仕えするのだ!」
男神たちが、私の前でバグっているのはいつものこと。
私がいないところでは普通らしいのだけれど……。
「それじゃあ、お昼はBBQにしようか」
とにかく、出来てしまったものは仕方がない。
見た目はあれだけれど、重要なのは性能だ。
ということで、使い勝手を試してみよう。
「「「おー!」」」
みんなの嬉しそうな声が重なる。
今日も剣と魔法の本場はとても平和だった。




