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26 休日

――ユノ視点――

 仕事の合間の久々の休日。


 ……テロと闇賭博に勤しむ夏休みって何だろう?

 というか、高校生活って何なのだろう?


 もっとも、私の立場などが特殊なせいなので、嘆いていてもどうにもならない。


 それに、もうひとつ仕事を片付ければ、クラスメイトとの旅行が――その前日には、クラスメイトとのお買い物イベントが待っている。

 ようやく私も高校生らしいことができるのだ。

 もうひとつの仕事もさっくり片付けて、イベントに備えようと思う。




 それはそうと、今の問題は今日の休みをどう過ごすかだ。


 なお、夏休みの宿題などは、家庭の事情で忙しいとうそぶいて免除してもらっている。

 休み明けの奉仕活動と引き換えだけれど。


 私が奉仕活動に出ている間、なぜか教会に訪れる人が増えるそうなので、何かあれば奉仕活動という流れになっているのだ。

 神の手先のようなまねをするのは業腹だけれど、平穏な学生生活のためには耐えるしかない。



 おっと、それより今日の予定だった。


 現在、アルは次の仕事の準備とかで出かけていて、外に出るなら悪魔の誰かを連れていけと釘を刺されている。

 私は幼い子供なのか?


 まあ、いい。

 何かあったときの事後処理ということだろうし、さすがに近場を回るだけなら――シュトルツの散歩とかにはついてこないそうだし。



 さて、せっかくなので、真由とレティシアを誘ってどこかに出かけようかと思ったけれど、ふたりも何かのイベントに参加する準備があると言って、相手にしてもらえなかった。

 少し残念だけれど、ふたりが休日に自発的に外に出るのは珍しいことなので、水を差すのは躊躇(ためら)われる。


 そこで、料理の練習をしようかとも思ったけれど、試食して感想とかをくれる人がいないとあまり面白くない。


◇◇◇


 もうゲームくらいしか思いつかなかったので、久し振りにログインしてみる。



 久々の不自由な身体に、狭い認識範囲。

 これが普通の人間の感覚なんて信じられない。


 いや、前しか見えないということは、前向きに生きられるということなのかも?

 まあ、私くらいになると、どんな方向でも前向きになれるのだけれど。



 さておき、いつもはアルと一緒にログインして、アルに前衛を務めてもらって、私は後方支援というのが常だったけれど、今日はアルがいないのでそのスタイルは使えない。

 なので、アルの代わりを探すか、私が前衛で戦うかのどちらかになる。


 一応、アルの代わりをしてくれそうな人には心当たりがある。

 クラスメイトの伊藤くんがこのゲームをやっているらしく、機会があったら遊ぼうと約束していたのだ。


 しかし、今になって考えれば、この広大な仮想世界で、多くのプレイヤーの中からひとりを探すというのは現実的ではない。

 つまり、あれは社交辞令だったのだろう。


 当時の彼の様子からはそんな感じには見えなかったけれど――そもそも、ログインしているかどうかも分からないし、残念だけれどこれは諦めよう。



 第二案として、私が前衛で戦うことを検討してみる。


 別に前衛でなくても、魔法という攻撃手段もあるのだけれど、初級の魔法は燃費は良いけれど威力が低い。

 そして、まだ私のレベルも低いので、一発で斃せるモンスターはそんなにいない。


 威力の高い魔法を覚えるには、ショップで購入する必要があるのだけれど、そういうのは例外なくとても高い。


 というか、お金で覚えられる魔法とは一体……?


 ゲームの設定にツッコミを入れても仕方がないのだけれど、何にしても、強い魔法を買うだけのお金は無い。



 だから前衛で戦ってみようと思ったのだけれど、現実ならともかく、上手く身体の動かせないゲーム内で繊細な間合い操作などできるはずもなく、雑魚敵にも苦労する始末。

 というか、「木の棒」の攻撃力弱すぎ。


 攻撃力を素材でしか判断していないのか、それともお金をケチってフィールドで拾った物なのが駄目だったのか。


 身体を動かす訓練にもなればと思ったけれど、想像以上にボコられて、フラストレーションが溜まるだけなので止めにした。

 根気よくやっていれば上達すると思うけれど、上達ペースが異様に遅いし、やはり仮想世界でまで現実と同じことをやっても意味が無い。



 ということなので、やはり魔法を使ってみることに。


「ファイア」


 杖を構えて魔法の名称を口にすると、MPと引換えに、杖の先から火の玉が飛んでいく。


 飛行速度はとても遅い。

 時速にすると百五十キロメートルくらいだろうか。

 予備動作も含めて、当たる方がおかしい。


 それでも、レベルの低い敵はバグかと思うくらいに警戒心とかが足りていないので、偶然でもなければ普通に当たる。


 けれど、それからが大変。

 一発で斃せるモンスターなら、反撃を受けないので問題は無い。

 しかし、どちらかというと支援寄りのパラメータにしている私の攻撃魔法の威力は弱いらしく、一発で斃せるのは、それこそお金にも経験値にもならないような最弱のモンスターくらいである。

 というか、そんなモンスターを斃しても面白くない。



 さて、一発で斃せなければどうなるかというと、当然のように反撃を受ける。

 もちろん、現実の私ならそんなものは脅威にもならないのだけれど、ゲーム内の虚弱な私は生きるか死ぬかの瀬戸際になる。


 というか、一度魔法を使うと、同じ魔法は一定時間は使えない――クールタイムとかいうものが存在している。

 初級の魔法ということで、そのクールタイムも短いけれど、鈍い身体ではその間を必死に凌がないといけない。

 思考能力はいつもどおりな私にとってはつらい時間である。



 そうして、どうにか全然クールじゃないクールタイムを乗り越えて、もう一度魔法を発動するのだけれど、その前にダメージを貰うと発動がキャンセルされる。

 繊細すぎる。


 というか、やはり間合い操作は必要だ。



 そうやって、満身創痍になりながらも泥仕合を制して、僅かばかりの経験値とお金を手に入れる。

 これが人間の営み……?

 人間って大変だなあ……。



 しかし、そんな弱っちい人間も、力を合わせると大きなことができるようになる。


 そうやって、みんなで力を合わせて何かをなし遂げるというのは、可能性が結びつくことでその幅を広げるということで、根源的にもいい感じなのではないだろうか。



 そんなことを考えながらたそがれていると、いつの間にか人だかりができていて、何だか分からないけれど勧誘を受けていた。


「僕たちのクランに入らないかい? 効率とかノルマとかないアットホームなクランだよ!」


「いや、貴方のような美しい人は、選ばれた者だけが入れる我がクランが相応しい! 今なら入会料無料!」


「君、可愛いねー。そのアバターデータ売ってくれない? 絶対悪いことには使わないから!」


「ね、困ってることとか悩んでることない? いや、あるでしょ! 貴女の後ろにヤバい何かが見えるんだけど、それが貴女に良くない運気をもたらしてるの! でも安心して。この数珠を持ってれば――」


 真っ当なお誘いから、ちょっとヤバい感じのするものまでいろいろと。

 というか、霊感商法の人、貴方の目の前にいるのは邪神らしいですよ?

 アバターだけれど。



「あっ、おみ――ゆっ、ゆユノさん! どうしたんですか?」


 そんなところに、イケメンの青年が割り込んできた。

 面識はないけれど、「御神苗」と呼びかけたことを思うと知り合いなのだろうか。

 “お味噌汁”とかではないと思いたい。



「横から割り込んできて何言ってんだてめー――って、イノジュー!?」


「イノジューでもウナジューでも関係ねえ! 今は俺が彼女を誘ってんだよ! 邪魔するんじゃねえよ!」


「ふむ、君もなかなかイケてるね! 俺、どっちでもイケるんだけど、ひと晩どう?」


「ああっ、何てこと! こんなにも邪気が憑いている人は初めて見ました! すぐにこの壺を買わないと大変なことになりますよ!」


 そして、それまで私に声をかけていた人からは非難轟々。

 というか、霊感商法の人の方が邪気を出していると思うよ?



「僕ですよ、ほら、伊10(イノジュウ)!」


 はて、どこかで聞いたような……?



「ふはっ! 覚えられてないとか笑うわ!」


「世界ランカーがナンパ失敗してやんの! これは配信しとかないと!」


「ああ、その表情、イイネ! 実にソソるよ!」


「今なら何と、お値段60万円のところを、50%オフの30万円で! さらに、この石ころをお付けします!」


 ゲーム内での過剰な勧誘行為は通報対象だったか。

 通報しておこう。



「ええっ、そんな、僕ですよお!?」


 それはそうと、この慌てふためきようで思い出した。



「こんにちは、いと――イノジューくん」


 おっと、危ない。

 ゲーム内に現実を持ち込むのはマナー違反だったか。



「ユノさん――! って、名前で呼んでもいいですよね?」


「もちろんですよ。というか、現実でも下の名前でいいですよ」


 “御神苗”は偽名だしね。

 今でも対応を間違えそうになるし、名前で呼ばれた方が確実だ。



「えっ、いいの!? あ、ありがとう! じゃ、じゃあ、僕の――」

「あっ、もしかしておみ――ユノさん? 俺、俺! 分かる? 俺アトム!」


 そして、そこに更なる闖入者が現れた。

 ガチムチの青年アバターで、こっちも現実の私のことを知っている様子である。

 まあ、オレオレ言われても何のことか分からないけれど。

 詐欺?



「イノジュー氏、ズルいでござるよ! 配信見てすっ飛んできたでござるよ! 何を抜け駆け――小生に姫を紹介してくれる約束では!?」


 そして、また闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。

 今度は随分とずんぐりむっくりとした、いわゆるステレオタイプのオタク――ガチオタ? とかいう感じのアバターだ。



「ブルースさん!? えっ、そんな約束してませんよね!?」


 こちらは伊藤くん――イノジューくんの知り合いのようだ。



「ブルースまで!? 出直すか……」


「マジでリアフレなのかよ……」


「タイプの違う3人の男子にチヤホヤされる姫――まるで、乙女ゲーだね! 羨ましいっ!」


「そこの貴方たちからは瘴気が――」

「こんにちは、【シンジャー】さん。AWO規約違反により、あなたを拘束、隔離します」


 霊感商法の人が、更なる闖入者に攫われた。

 運営の人かな?


 ご苦労様です。


 異世界の神族もこれくらい迅速に仕事をしてくれればいいのに。

 いや、ある意味では迅速か。

 ライブ会場の設営とかだけれど。


◇◇◇


 イノジューくんは、予想どおり伊藤くんで合っていた。


 そして、【アトミック】という名のマッチョアバターを操るのは、クラスメイトの団藤くんだった。

 アバターの外見のせいか、オラつき具合が三割増しになっている。


 もうひとりのキモオタブルースという名の人は、イノジューくんの友人らしい。

 初対面のはずなのに、何だか既視感を覚える人だ。



 さて、イノジューくんとブルースさんはAWOでは有名人らしく、彼らがお願いすると、私を取り囲んでいた人たちは渋々といった感じではあるけれど、私を解放してくれた。



「ゆ、ゆゆ、ユノさん、ああいうのははっきり断らないと駄目だよ?」


 名前を呼ぶくらいでそんなに緊張する必要は無いのに。



「困ったことがあれば俺を頼ってくれていいぜ、ユノ!」


 アトムくんは妙に自信過剰。

 イノジューくんと足して2で割ればちょうどいいのではないだろうか。


 というか、学校での彼らの仲はそんなに良いものではなかったように思うのだけれど、ゲームの中では別なのだろうか。

 まあ、そうでなくてもこれを切っ掛けに相互理解を深めてもらえればと思う。



「姫様、目線お願いします!」


 なぜ?

 しかし、このどこかで覚えがある感じは、もしかすると「ロールプレイ」というものかもしれない。

 元ネタが思い出せないので、そこにはあまり触れないようにしよう。



 そんな彼らと少し遊んで、お喋りして。

 これはもう、友達といってもいいのでは?


 友達って、クエストをクリアするとできるんだ!



「そういえばユノさん、旅行楽しみだね!」


「りょ、旅行ですと!? イノジュー氏、それは明らかな裏切り行為では!?」


「え、いや、クラスメイト何人かでだし、僕とか空気だよ?」


「くそっ! 俺も家の用事さえなければ……! イノジュー、頼む! 写真撮って送ってくれ! いや、むしろ動画を……!」


「そっ、それは、是非小生にも送ってほしいでござる!」


 クラスメイトがふたりもいれば、クラス旅行の話になるのも分かるのだけれど、伊藤くんは参加で団藤くんは不参加だったか。



「私が撮って送りましょうか?」


「ちょっと嬉しいけど、そうじゃないんだ!」


「姫のそんな天然なところも素敵でござるよ!」


 ブルースさんはよく分からないけれど、団藤くんはオラつきながらもみんなと青春を共有したいのかなと思ったのだけれど、何かが違っていたらしい。

 それはともかく、私はいつの間に「姫」になったのだろう?



「頼むよ、イノジュー! 分かるだろ? もうウザ絡みとかしねえから、頼むよ!」


「イノジュー氏! 後生でござる! この前手に入れた超レア装備――小生の全財産を捧げるでござるから!」


 何だかよく分からないけれど、イノジューくん大人気だな。



 そんな彼らと夕食前までお喋りして、「フレンド登録」なるものをして別れた。


 友達って、登録制だったのか……?

 まあ、いい。


 ゲーム内でできただけでも一歩前進。

 次は現実世界で作るぞ!

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