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22 瓢箪から駒が出る

 柳田さんたちと車で向かった先は、また別のホテルだった。


 ホテルのランクは柳田さんたちと待ち合わせた所と同じくらいだろうか。

 ただ、こちらは少し敷地が広くて、別館にはカジノがある。


 いや、この国では賭博は違法だったと思うので、闇カジノとか?

 反社会的勢力なのかな?

 嫌だなあ……。




 さて、柳田さんがフロントで何やらやっていたのを待つこと十分少々。


 少しガラの悪い感じのスタッフがやって来ると、その彼に案内されて辿り着いた先はカジノのVIPルーム。 


 そこに待っていたのは、胡散うさんくさい作り笑いを張り付けた青年だった。



「おや、柳田さん、良い夜ですね。それにしても、連絡も無しに来られるなんて珍しい。貴方たち日本人は、もっと礼儀にうるさい民族かと思ってましたが、何かお困りごとでも?」


 恐らく、英語で話しているようなので、何を言っているか分からない。

 胡散くささを上方修正しておこう。



「いえ、要件は先日と同じです。ただ、今回はご紹介させていただきたい方がおりまして。こちら、御神苗アルトさんと、御神苗ユノさんです。この度、ご縁がありまして一緒に仕事をさせていただくことになりまして――」


 柳田さんも英語で話しているので、何を言っているのかは分からない。

 ただ、私たちの名前が出たことは分かる。


 ついでに、胡散くさい人たちが少し動揺したことも。



「初めまして、ミスター。御神苗アルトです。こっちが妹のユノ。認識阻害についてはすまない。少々名前と顔が売れてきて、いろいろと動きづらいものでね。それはそうと、今後は彼らとの付き合いで顔を合わせることもあるだろう。よろしく頼むよ」


 アルも英語だ。

 やはり何を言っているのかさっぱり分からないけれど、不思議なことに、英語を話していると三割増しで格好よく見える。

 英語パワーすごい。



「……ええ、貴方たちのことはよく存じておりますよ。大層ご活躍しているそうで、こちらこそよろしくお願いしますよ。……ですが、柳田さん。まさかこのような手段でくるとは、さすがに驚きましたよ。とはいえ、何度も言うように、ここには貴方の言うような人はいませんよ」


 胡散くさい人が柳田さんを若干敵意の混じった目で見て、柳田さんがアルを若干困ったような目で見て、アルが楽しそうな感じで私を見る。


 流れがよく分からないので、仲間外れにされていた清水さんに視線を向けてみると、すごく慌てていた。



「――っく、ユノ、もう一度頼む」


 違ったか?

 何かおかしかったか?

 というか、「もう一度」とは何を?

 清水さんを見詰めればいいのか――そうか、ネコか!


 なるほど、ここでネコが必要になるのか?

 どういうこと?



「ニャー」


「!?」


 よく分からないけれど、先ほど創ったきりホテルに置いてきた眷属を召喚してみると、想像以上に驚く胡散くさい人たち。



「ジェイさんも、ユノさんの能力については知っているでしょう。今や我々の業界で知らなければモグリですしね」


「ま、まさか、アポートで生物まで移動させるなど、聞いたことがない! いや、何かの絡繰りがあるはずだ――」


「そうですね、私もいまだに信じられませんが、能力の気配すら感じなかったでしょう?」


「……」


「信じる、信じないはどちらでも結構です。ただ、こちらに彼がいないというのであれば、ユノさんに彼を取り寄せてもらっても構わないということですね? 我々としましては、貴方方とはこれからも良い関係を築いていければと考えておりますので、多少の行き違いは仕方がないものと考えておりますが……」


 交渉が上手く進んでいるのかどうかさっぱり分からないので、私もどうすればいいのか全く分からない。

 この眷属をどうすればいいのか……。


 とりあえず、清水さんにでも渡しておくか。

 柳田さんは忙しそうだし、アルは交渉に口を出す様子もなさそうだし、消去法で。


◇◇◇


――第三者視点――

 【黄龍会】幹部、【ジェイ】は窮地に陥っていた。



 日本で諜報活動を行っていた組織の仲間が、任務中に負傷してはぐれていた皇のエージェントを確保したのが、およそ一か月前。


 本来なら、友好関係にある組織のエージェントは、保護なり治療なりして相手組織に引き渡すところだが、その報告を受けたジェイは拉致を命じた。


 エージェントにはGPSやそれに類する術式が埋め込まれているため、すぐに彼らの暴挙は明るみになったが、当の黄龍会――ジェイは知らぬ存ぜぬの一点張り。

 近年の国家間パワーバランスの変化により、またそれまでの日本政府の消極的な対応などから、「皇は強くは出られない」と踏んでの犯行で、それはジェイの思惑どおりだった。


 当然、皇側も直接黄龍会上層部に訴えるなどできる手は尽くしたが、黄龍会自体も積極的に動く様子はなく、事実上の黙認だった。



 とはいえ、皇と黄龍会は、建前上は協力関係にある。

 数年前に、黄龍会の管轄で大規模な闇災害が発生した時には皇の手も借りたし、今後のことを考えると、決定的に敵対するわけには行かない。


 それでも、皇のエージェントから彼らの内情が分かれば、今後の付き合いで優位が取れるかもしれないと踏んでの犯行だった。


 ただし、これで何も成果が出なければ、黄龍会上層部がジェイを切り捨てることは間違いない。



 時間的な猶予はまだあるが、エージェントに掛けられたプロテクトは強固で、洗脳などは簡単には掛けられない。

 また、下手に拷問などしようものなら、恐ろしい呪詛を撒かれるおそれもある。


 そのため、地道な誘惑と、防壁解除のための暗号解読を進めているところだったが、すぐには成果は上がらない。




 そんなところに懲りずにやってきた、皇側のエージェントたち。

 いつもならのらりくらりと受け流すところだが、今回は、最近業界でホットな――熱すぎて火傷しそうな話題を提供している御神苗姉妹を連れてきた。



 兄の方の能力は判明していないが、見ただけで分かる、格どころか次元が違うレベルの魔術師である。

 目の前にいても、認識阻害が解かれるまで存在に気づかないなど、彼らの知る魔術師とは次元が違う。



 そして、妹の方は、アポートと――それも超巨大な艦載砲を転送できる、規格外の能力者だという噂だ。


 アポートといえば、「精々が手に持てる程度のサイズと重量が限度」というのがそれまでの認識だった。

 最早、それがアポートなのかどうか、アポートとは何なのかが分からなくなっていたが、実際にNHD本部を壊滅させられる能力を持っているのは間違いない。


 しかし、彼女の規格外さはそれだけで終わらず、生物の転送すら可能にしていた。

 しかも、転送されてきたのは、能力者なら見れば分かるレベルでヤバい霊獣である。


 その霊獣1匹に、発火能力者であるジェイをはじめとして、この部屋の全員で束になってかかっても勝てるかは怪しい――というのも希望的観測である。



 そして、彼女の能力について真偽のほどは分からないが、生物の転送が可能なことが事実だとすれば、捕虜の救出など容易いこと。

 それどころか、秘密裏にジェイをさらって葬ることも可能なのだ。


 彼は、こんな堂々とした脅迫を、日本の組織から受けるとは思っていなかった。


 恐怖や絶望など、様々な感情が溢れて、ジェイの目に涙が込み上げてくる。

 どうにか堪えているのは、若くして黄龍会の幹部に上り詰めたというちっぽけなプライドだ。

 ただ、龍ではネコには勝てない事実を突きつけられて、そのプライドも揺らいでいたが。



 皇が御神苗を味方につけるなど、完全に想定外だった。

 だからこそ追い詰められた。


 逃げ道は残されているように見えるものの、この件が後に尾を引くことは間違いなく、上層部はこの失態を犯したジェイを許さないだろう。

 恐らく、見せしめのために、言葉では表現できないような酷い最期を迎えるだろう。


 それでも、不思議と御神苗と敵対するよりはその方がマシなような気がしてくる。



「……柳田さんがそこまで仰るなら、もう一度関係者から聞き取りをしてみましょう。何か分かればいいのですが――」


 ジェイは、「なんという化け物を連れてくるのか」と、心中で柳田に思いつく限りの暴言を吐きながら、それでもどうにかこの場を乗り切ろうと画策する。



「何か分かれば連絡を差し上げますので、今日のところはお引き取りを――」

「いえ、こちらで待たせてもらいます。なぜか、すぐに分かるような気がするんですよね。ねえ、御神苗さん」


「いえ。分かるどころか、見つかるんじゃないかと思いますよ」


 乗り切れなかった。



 皇だけならしらを切り通せば済む話だったが、噂に聞く御神苗に理屈は通じない。


 NHDでは、大量の一般人も虐殺しておいて、正義の執行でも復讐でも、来るならいつでも来いと煽っているようなイカれた組織である。

 黄龍会の重要性だとか、国家間のバランスなどに、彼らが構うとは思えない。


 つまり、これは最後通牒なのだ。



「――ええ、すぐに調べさせます。では、その間、ゲームでも楽しまれては? ――おい、チップを用意しろ」


 最早、ジェイには打つ手が無い。


 ひとまずカジノでの遊戯を勧めてみたものの、普通に考えれば大した時間稼ぎになるはずもない。

 それどころか、遠慮――拒否されてしまえばそれで終わりだ。



「いえ、お気遣いなく――」


 柳田の反応はジェイの予想どおりのもの。



「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」


 しかし、柳田の言葉を御神苗アルトが遮る。



「ええ、是非! チップをご用意しますので、心行くまでお楽しみください。私どもは、その間に聞き取りを行いますので――」


 ジェイはこの機を逃すまいと、柳田たちにもそれぞれ相当な額のチップを握らせた。


 無論、これはただの時間稼ぎでしかないが、それでも多少は考える時間ができた。



 ただ、こういった状況での時間は、良い方にも悪い方にも作用する。


 そもそも、こんな状況で起死回生の一手が打てるような人間であれば、このような浅慮な事件を起こさないことを考えると、不善の元にしかならないものだ。




 御神苗アルトが妹の手を引いて、柳田と霊獣を胸に抱いた清水が彼らを追ってブラックジャックのテーブルに向かうと、ジェイはスタッフに、「彼らを適度に勝たせて時間を稼げ」と指示を出す。


 そして、その後のことについて思考を巡らす。



 この期に及んで、エージェントを引き渡さないというのは論外である。

 御神苗ユノのアポートで救出された上に、彼の口から事実が語られれば、ジェイ自身の身も危険が及ぶだろう。

 組織も彼を守ることはないだろうし、逃げるにしても頼れるものがない。


 だからといって素直に引き渡すと、組織のメンツを潰したとして粛清される可能性が高い。

 それでも、いまだに底が知れない御神苗を敵に回すよりはいくらかマシかと彼は考える。



 そうすると、引き渡しはやむを得ないが、失態を挽回できるくらいの土産があれば上層部も納得するか――などと、ジェイはろくでもないことを考えだした。


 その場合、手土産として相応しいのは、誰がどう考えても御神苗アルトとユノ――特に後者である。

 あの美少女を手に入れられれば、大体のことは許される。

 むしろ、許されなくてもいいので引き渡さないという選択肢もある。


 もっとも、さすがに実力行使で彼らを手に入れられると考えるほど浅はかではない。


 そこで、皇の情報や関係悪化を上回るだけの彼女の情報が手に入ればと考えたジェイは、ゲームにかこつけて彼女に仕掛けてみることにした。

 せめて、いまだに謎に包まれている彼女の何かが分かれば、組織も評価してくれるのではないかと夢見て。

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