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19 ミッションインポッシブル

 綾小路家の所有するホテルの一室で、綾小路家と一条家のエージェントによる会議が行われていた。



 議題は当然、御神苗ユノとネコハコーポレーションに対するアプローチである。


 前回の会議で、ネコハコーポレーションに対するアプローチは控えることに決まっていたが、やはりチャンスがあれば仕掛けたいというのが本音である。

 しかし、どこまで仕掛けていいかは、御神苗ユノとその背後組織の様子を見なければならない。



 そこで、御神苗ユノにアプローチをかけて、徐々に探りを入れていこう――その手段の模索が今回の会議の目的だが、当然、その作戦の矢面に立つのはクラスメイトである竜胆と巴、そして怜奈である。


 ある意味、彼女たちは炭鉱のカナリアである。


 しかも、組織的な活動だとバレて、組織間の対立となってしまうのは避けたいと、組織的なバックアップは最低限のものになる――最悪の場合でも当局は関知しないといわれては、気分はもう人柱だ。

 組織に所属していることを、これほど重荷に感じたのは初めてのことだった。


 それでも、それが組織としての決定であれば、彼女たちに拒否権は無い。




 そんな彼女たちの、目下最大の問題は、彼女たちが手にしているスマートフォンにあった。


 スマートフォンに入っている、クラスの連絡用のメッセンジャーアプリ。

 そこに一昨日投稿された1通のメッセージ。

 このせいで今日の会議が開催されたといっても過言ではない。


 発案者は稲葉で、内容は「夏休み中にみんなでどこかに遊びに行きませんか?」というもの。


 メッセージでは「みんな」と謳われているが、彼が誰を目的にしているのかは一目瞭然。

 彼女の個人的連絡先を知っている者がクラスにいなかったので苦肉の策だったのだろうが、彼と同様に彼女の気を惹きたい者たちと、稲葉目当ての女子たちによる、水面下での腹の探り合いが行われていた。



 竜胆、巴、怜奈の三人としては、ユノの連絡先を知らないことで、夏休み中はいろいろな意味での猶予期間となることを期待していたが、綾小路家と一条家にとってはこれはチャンスであった。


 組織とは無関係のところに彼女たちを送り込めるのだから。



 この提案に、ユノから「予定が合えば行きたいです」というメッセージと、空きの予定が送られてきたのが昨日のこと。

 すぐに、彼女狙いの者が参加を、彼女を苦手としている者と、お盆の時期ということでどうしても都合が合わなかった者が、呪詛や絶望とともに不参加を表明した。



 それから行き先などの予定もあれよあれよという間に決まっていき、最終的には稲葉の家が所有している温泉旅館に、二泊三日で遊びに行くことになっていた。

 ユノの空き予定をいっぱいに使った「二泊三日」という下心に懸念があったが、当のユノが温泉に釣られたために、むしろファインプレーになった。



 さらに、普段はあまりこういった集まりには顔を出さない猫羽姉妹も参加を表明していた。


 姉妹にとっては、「絶対に参加したくない」のが本音だったが、ユノが何かをしでかしたときのフォローを考えると参加せざるを得ない。

 ただの外出時であれば悪魔のフォローがあるのだが、通りすがりの一般人やナンパ相手ならいざ知らず、クラスメイトとの旅行となると距離感と時間が違う。

 万一を考えると、どうしても側にいなければ対応しきれないこともあるかもしれない。



 猫羽姉妹が不参加であれば言い訳もできたかもしれないが、そうなると、この三人も参加せざるを得なくなる。


「お、送りますわよ……! 本当に送りますからね……!?」


「竜胆様が送れば私も……。いえ、やはりここは私が先に……」


「早く送りなさいな。ここまできてウジウジしても仕方ないでしょう?」


 海が近いので海水浴もできる。

 だったら水着を買わないと――などと盛り上がっているクラスメイトたちを余所に、彼女たちは踏ん切りをつけられずにいた。


 偉そうにふたりを叱責している巴も、まだ送信しているわけではない。



「いいから早く送りなさい。私たちも暇ではないんだぞ?」


「そうです。旅行の準備だけではなく、彼女との仲を深めるための準備もあるのですよ?」


 それにしびれを切らせたのが、彼女たちの上司である。

 彼女たちからしてみれば、責任も取らないのに何が上司かといいたいところだが。



「……お言葉ですが、仲を深めるための作戦立案というのは、参謀の仕事ではないでしょうか?」


 ここ最近、組織への忠誠心がどんどん薄れていく怜奈がチクリと刺す。



「そ、そうですわ! 全てを現場に一任など、さすがに無責任では?」


「確かに、現場では臨機応変に対応するしかありませんが、案くらい出すのが筋では?」


 竜胆と巴も怜奈に乗っかる。



「男の私に、若い娘のことが分かるはずないだろう」


「……私が学生だったのは十ン年も前ですよ? 若い子の流行や好みなんて分かるわけがないでしょう?」


 すぐさま反論する上司たち。

 上司たちもただの中間管理職にすぎず、できればかかわり合いたくないというのが本音である。



「訓練と任務漬けの毎日で、同年代の子の話題にはついていけませんわ!」


 それに対して、竜胆の悲しすぎる反論が炸裂する。



「共通の話題でもあればいいのですが――」


 フォローしようと口を開いた怜奈だが、先が続かない。

 彼女は竜胆をサポートする役柄、多少は世情にも長けていたが、竜胆でも可能なユノとの会話というものが思いつかなかったのだ。



「異能力――という点では共通していますが……」


 能力的には優れている巴も、そういった方面では竜胆と大差ない。



「それは止めて」


 巴の上司がすぐに止めたように、そんな話題を突然持ち出したりすれば、言い訳する間もなく敵対する可能性もあるのだ。


 そして、それはそうと、上司は彼女たちの手からスマホを奪うと、そのままメッセージを打ち込んで送信してしまう。



「「「ああっ!?」」」


「とにかく、こういうことは時間をかければかけるだけ言い出しにくくなるもんだ。勢いが重要なんだ。そんなだから友達もできないんだぞ」


「いつまでも闇払いしかできないなんて、将来社会に出たときに困りますよ? 学生時代のこういう機会に慣れていかないと」


 非難の声を上げる彼女たちに、上司たちが実力行為に出た。

 さらに、有り難くないお説教付きである。



 彼女たちも、上司に更に反論――最早反旗を翻したい想いだったが、新たな参加者に沸き立つメッセンジャーアプリの対応にそれどころではなかった。


 クラスメイトたちは、ユノの参加に浮かれていて、普段は絡むことがない彼女たちにも親しく話かけてくるのだ。

 元より、業務連絡や相槌を打つくらいしかできない彼女たちには、その対応はなかなかに難しいものだった。



「水着を買いに行く……? 学校指定のではいけないのかしら?」


「竜胆様、()()狙いでしたらそれも一考の余地がありますが、やはり流行に乗った方が無難かと」


「……なるほど、このお買い物もプレイベントということなのですね。情報部には至急流行の服装や水着の調査を――いえ、それよりも、お盆の時期に海ということは、突発的な闇払いが発生する可能性も――」


「あっ、そうですわね! でしたら、所属がバレない方がいいですし、動きやすい格好にしておいた方がいいのでしょうね」


「そういうことでもないですが……まあ、いいです」


「水着は仕方ないとしても、私服には防弾防刃効果が欲しいわね」


 三人が旅行の話題に前向きになってきたところに、上司ふたりと会議に参加していた何人かのエージェントの電話がほぼ同時に鳴った。



 そして、見る見るうちに彼らの顔色が悪くなっていく。


 その変化に、気配に敏感な彼女たちもすぐに気づく。


 しかし、その深刻そうな雰囲気は気軽に話しかけられるようなものではない。

 そして、時折彼女たちに向けられる憐憫れんびんの目が不安を煽り立てる。




 ややあって、電話を終えた上司たちが、真剣な顔で彼女たちに向き直る。

 そこには、少し前までの緩い空気はなく、まるでお役目前のような張り詰めた空気があった。



「さて、良い情報と、悪い情報、どちらから聞きたい?」


 上司にふざけているつもりはなかったが、ついうっかり「一度は言ってみたい台詞」が出てしまった。

 しかし、聞かされる方からしてみると、聞きたくない言葉の上位にランクインするものである。



「では、良い方から……」


 しかし、聞かないわけにはいかないのが現場のつらいところである。



「NHD本部が壊滅した――当然、NHDは知っているな?」


「ええ、もちろんですわ。裏社会では有名な悪逆集団ですわ」


「私たちのような闇払いとはあまり接点がありませんでしたが、魔術師や異能力者を殺されたり攫われたりしている組織もあるそうですね」


「もうオチが読めたんですが……」


「なら、簡潔に言おう。まだ確認中のことも多いが、やったのは御神苗ユノ。単独でNHD本部に乗り込んで大暴れして、そこで働いていた民間人諸共大虐殺したらしい。それで、ボスを含む幹部の八割方を殺害――ボスについては原形を留めていなかったので確認中だが、今回は隠蔽も無しで――恐らく、見せしめのつもりだろう。今回は生き残りもいて、目撃情報も多い。もう、アポートなのか何なのか分からんが、敵地で陣地を構築して、戦車砲や艦載砲のような物まで取り寄せて、大火力で押し潰したそうだ。だが、現地でもニュースにすらなっていない――よほど上に顔が効くのか、目的のためなら一般人を平気で殺せる奴が相手だとジャーナリズムも無力なのか、美しい花には棘があるとはいうが、美しさに比例して棘も鋭くなるのかもな」


 巴の無粋なツッコミにやる気を削がれた上司が、一気に情報を出した。

 しかし、彼女たちにはその内容が突飛すぎて、なかなか理解が及ばない。



「ひとりで……?」


 ボスの隙をついて暗殺ならともかく、真正面から傭兵集団の本拠地に乗り込んで壊滅させるというのが、竜胆には理解できなかった。



「敵地で陣地を構築?」


 裏方仕事も多い怜奈は、「陣地」が何を意味する言葉なのかが分からなくなっていた。



「一般人まで虐殺?」


 巴も、目的達成のためには、一般人に多少の被害が出るくらいはやむを得ないと考えているタイプだ。

 とはいえ、それは下手に人道配慮したせいで目標を達成できずに、更に被害が拡大させないようにという観点からのことで、全く躊躇ちゅうちょしないというのは理解できないことだった。


 当然、NHDを放置し続ければ、これ以上の一般人の被害者が出ていた可能性も理解しているが、ひとりで壊滅させられるくらいに強いのであれば、ほかの手段もあったのではと考えてしまう。



「後で調査報告を端末に送っておくから目を通しておくように。それと、NHDの残党が報復に出るという情報もある。それと、NHDが八千人殺しの伝説の傭兵【マーダーK】を雇っていたという噂もある。その契約が今どうなっているかは分からんが、彼女と行動する際は充分に気をつけるように。例によって、君たちに何かあっても、当局は一切関知しないからそのつもりで。成功を祈る」


 最後に、上司が特大の爆弾を落とし、ついでに言ってみたかった台詞も残して、逃げるように席を立った。



「「「ええ……」」」


 残された彼女たちは、ただ困惑するしかなかった。

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