18 強襲
――ユノ視点――
こっそりホテルから抜け出して、私たちを攫おうとしていた人たちを、離れた所から観察する。
当然のようにノックもなく踏み込んできて、私たちが部屋にいないと気づいた五人がヒステリーを起こしている様子を、アルが指差して笑う。
気持ちは分かるけれど、人を指差すのはあまり行儀が良くないので止めた方がいいと思う。
さて、襲撃者さんたちは、それでも諦めきれなかったのか、クローゼットの中とかベッドの下まで調べている。
もちろん、私たちは見つけられない。
さすがに指を差したりはしないけれど、「ふふっ」となるのは仕方がない。
十分ほどそうしていたところで、ようやく彼らも無駄な時間を過ごしていたことを認めたのか、よく分からない言葉でとても憤慨していた。
なお、その怒りを部屋の設備や情報提供者らしきホテルのポーターさんにぶつけているのだけれど、後者はともかく、前者は誰が補償するのだろう?
というか、この状況は、突入する人員以外に、逃走経路を封鎖する人員を用意していなかった彼らの落ち度だと思う。
いや、その程度の頭の出来だからこんな短慮に走れるのだ思うと納得だ。
さて、彼らはポーターさんをボコボコにした後、私たちのトランクを物色しようとして、仕掛けてあったマジカル催眠ガスにやられて夢の世界へと旅立った。
この手際の悪い感じからして、組織とは特に関係無いか、関係していたとしても末端かそれ以下――相手にするだけ時間の無駄だと判断したアルの意見を尊重して、放置することにした。
「それで、どうするの?」
襲撃者の処遇はそれでいいとして、問題は組織の方だ。
組織――確か、ナインヘッドドラゴンだったか、ネーミングセンスが最悪のやつだ。
ナインヘッドクズとかに改名すればいいのに。
あ、略称がまずいことになりそうなので、やっぱりなしで。
湯の川でも、年明けから少ししてから二代目が住み着いたのだけれど、見た目は幼い子供なのに、知識とかは豊富で、精神年齢は私より高いかもしれない。
それでも、見た目のせいで「背伸びしている子供」にしか見えず、とても可愛い。
可愛いと、それだけで大抵のことが許される。
それがあんなふうに成長するかと思うと、時間の流れは残酷である――いや、そうはならないように私が教育すればいいのか。
さておき、あちらの初代九頭竜は、「破壊神」などと自称して、「世界を壊す」という理解し難いことをしようとしていた。
名は体を表すというわけではないと思うけれど、こちらのNHDも、いろいろな所で殺して犯して奪うだけと、なかなかのイカれ具合である。
スケールが違うだけで、やっていることはゴブリンと変わらない。
そう考えると、湯の川でぐうたらしているだけの二代目は優秀である。
後で可愛がってあげよう。
「ユノの好きにやっていいんじゃないか? まあ、こっちでの活動条件は厳守だけど、最低限のサポートはするよ」
サポートするといいつつ、暴れる気満々のアルがいた。
どうにも、現代の地球で、テロリストというか、マフィア相手に無双したい願望があるらしい。
理解に苦しむね。
なお、アルの言う「活動条件」というのは、地球上での分体創出と不可視状態の禁止、領域の展開や侵食の禁止など、いろいろと制限を設けられていることだ。
要するに、人間の範囲内で行動しろということだと思うけれど、努力すれば人間でもそれくらいできるようになると思う。
なので、そう難しく考える必要は無い。
「分かった。とりあえず、真正面から突っ込んで、ボスを殺してから、後は流れで」
「了解。じゃ、俺は裏口から回るわ」
雑すぎるけれど、作戦が決まった。
舐めているわけではないけれど、こっちの世界における魔素の受容性の低さと、それに由来する魔法技術の差を考えると、現代人と原始人が戦うようなものらしい。
大量破壊兵器とかはさすがに厄介だけれど、そういう物が解禁されるような場なら、アルにも禁呪がある。
というか、アルの禁呪だと被害が大きくなりすぎるので、基本的にそれも禁止。
ただ、ぱっと見で分かりやすい脅威を演出できるので、そういう意味で使うことはあるかもしれないとのこと。
さて、異世界を経験しているから分かったことなのだけれど、こっちの世界にも魔素はあるけれど、世界的にそれを受容する能力が低い――というか、何かがズレている。
単純に階梯が低いというわけではなく、方向性が違うだけだと思うのだけれど、魔法――こっちでいうところの魔術を使うためには、面倒な手順などが必要になるし、魔力を貯めるにも瞑想などをしなければならないらしい。
異世界出身の父さんやアルでも、こっちの世界ではその仕様に合わせるように自動で魔力が回復することはないそうで、更にシステムの保証範囲外なので、魔法の効果も弱くなっている。
魔法が使えなくなることはないのは、魔法とはシステムに頼ったものだけではなく、何かをなそうとする人の意志で発現するもの――原初魔法などもあるからだろうか。
それで、イメージがしっかりしていれば発動するとか?
まあ、私には火の玉を飛ばしたり、爆発を起こすような魔法のことはよく分からないので、推測でしかないけれど。
さておき、そんなところに現れたネコハコーポレーションの健康飲料。
飲めば一瞬で魔力が回復するし、稀にユニークスキルとでもいうようなものを発現させる人も出る。
それで他人とは違う能力を持つのは、優越感のようなものを感じるらしく――新たな可能性に至るのは、根源としての本懐でもあるので、無理のないことだと思う。
と、根源的には良いことでも、「そりゃ、争いの火種にもなるわ。異世界でもヤバいんだから」などとアルが言うように、人間視点では結構な争いの火種となってしまう。
そして、全て――とまではいわないけれど、問題はネコハコーポレーションにもあるらしい。
しかし、間違えてはいけないのは、問題の本質はそれで争う人の方にあるのだ。
これは責任逃れではなく、「健康飲料も、能力も、争わなくても手に入れられるでしょう?」という、当然の指摘なのだ。
もちろん、それで得た可能性で、わざわざ「競合しないほかの可能性」を潰すこともだ。
競い合った末の淘汰とかであるならまだしも、「特別な能力を持っているのは、自分たちだけでいい」みたいな排他的なのは、根源的に望むところではないはず――むしろ、バグだろう。
こっちの根源からすると私の方が異物なのかもしれないけれど、その階梯を比べると私の方が高位であるのは間違いなく、つまりはお姉ちゃんである。
そして、お姉ちゃんなら、未熟な弟妹の世話をするのは当然のこと。
だから、お姉ちゃん、虫は苦手だけれど、バグ取り頑張るよ。
子供に被害が出るのは望むところではないのだけれど――ああ、こういうときに「異世界転生」が救済策になったりするのだろうか。
マッチポンプかとも思わなくもないけれど、主神たちに相談してみようかな。
そんなことを考えている間に、バグの巣窟に到着した。
広い敷地の大きなお屋敷、そして軍事施設。
防犯カメラは当然として、それと連動したセントリーガンなどの防衛設備も充実している。
もちろん、どれも湯の川のお城と比較できるようなものではないけれど、個人というか、公的ではない施設としてはかなりのものだと思う。
これは朔の言ったとおり、能力を制限したままで全滅させるのは難しそうだ。
武器を捨てて逃げられると、組織の人間かそうでないかの区別がつけられない。
今回は一般人も巻き込むとはいえ、「絶対殺す」対象と、「どちらでもいい」対象の区別はあるし。
一応、幹部の特徴くらいはある程度覚えてきたつもりだけれど、興味が無いことってなかなか覚えられないんだよね……。
それにしても、良い感じに――いや、悪い感じに瘴気が蓄積していて、掃除のし甲斐がある所だ。
というか、こっちの世界は魔素の影響はあまり受けないのに、瘴気はしっかり発生して、その影響を受けるところが理不尽すぎる。
さておき、外国語なのでよく分からないけれど、恐らく「何者だ!?」とか「止まれ!」と言っていただろう守衛さんを問答無用で射殺すると、途端に詰所などから兵士さんたちがわらわらと出てくる。
アポートに見せかける感じで、門の所にコンクリートのバリケードと重機関銃を設置して、彼らを迎え撃つ。
最重要ターゲットは拠点の中央付近だったか、ここからでは目視できないし、朔の領域外なので、まずは見晴らしを良くしようか。
さあ、ガンガン行こう!
◇◇◇
――第三者視点――
非合法の活動も多く、恨まれる心当たりなど山ほどあるNHDにとって、銃声など生活音の一部だった。
フルフェイスのヘルメットを被った、全身黒尽くめのボディースーツを着た女がひとりで乗り込んできた時も、「また自棄になった復讐者が来たのか」くらいにしか考えていなかった。
NHDに潰された組織の生き残りや、故人の縁者がこうやって現れることは何度かあった。
時には、腕利きの暗殺者を送り込まれたこともあった。
それでも、彼らはその全てを撃退していた。
NHDが真に警戒するのは、長距離精密誘導兵器などによる大規模な攻撃である。
しかし、仮にも多くの一般人も生活している町でそれを実行する正当性や、大義名分を捏造して実行したところで、失敗した場合や撃ち漏らした残党の報復の可能性などを考えると、どこの組織もなかなか踏み切れないというのが実情である。
また、正式な協力関係というわけではないが、大国とのコネクションもある。
国家として堂々と行えない非合法の活動を、依頼を受けて遂行する――むしろ、こちらがNHDの本来の姿だった。
最近のNHDの傍若無人ぶりにはその国家も頭を悩ませているが、切り捨てるには有能すぎて、限度を超えるまでは黙認の姿勢である。
そんなNHDにとって、今回のように、ひとりで乗り込んでくる襲撃者というのは珍しくはあったが、自棄になった復讐者というのは珍しくはない。
ユノも、そんな自棄になった哀れな自殺志願者のひとり――これから彼らを楽しませてくれる玩具として認識されていたため、門まで抵抗を受けることなく通されていた。
怪しい出で立ちとはいえ、丸腰に見えたことも原因のひとつだっただろう。
それでも、異能力には充分に注意をしていたはずで、守衛が撃たれたことも彼らが油断していたところが大きいが、たかが拳銃とはいえ武器を見落としていたことは看過できない。
それ以上に、「仲間を撃たれた」という事実が、彼らの面子を潰してしまった。
そうして、血の気の多い者たちが深く考えずに飛び出していった。
一方、自室で寛いでいたボスの下へも襲撃の報が届いていた。
事後報告も多い襲撃イベントだが、ボスがいる時に、末端とはいえ犠牲者が出たのであれば報告しないわけにもいかない。
<ボス、襲撃です! 守衛が撃たれ――あっ!?>
「それでさっきから騒がしかったのか。で、随分長く撃ち合ってるみたいだが、敵の数は?」
<ちょ、まっ――そ、それが、女がひとりだけ――。ですが、一瞬でゲートにバリケードを築いて、重火器で武装を――。被害甚大、ルドルフ様とソコロフ様が戦死――>
「おいおい、何の冗談だ。クスリでもキメてんのか?」
ボスには管制室からの報告が信じられなかった。
絶え間なく聞こえてくる銃声から、結構な規模の戦闘が行われているのは間違いない。
しかし、NHDの本拠地で、戦場の最前線のような攻撃を受けるなど想像もできない。
<じょ、冗談では――あっ、トーチカ!? いや、艦載砲!? なんで――>
通信手の恐怖に満ちた呟きの直後、大きな爆発音と振動が、二度、三度とボスを襲った。
「お、おい、何があった!? ――答えろ!」
ボスがパニックに陥りながら無線に話しかけるが、返事は無かった。
「一体、何だってんだ――」
ボスの屋敷は敷地で最も安全な場所にあるため、正門で行われている戦闘を直接見ることはできない。
それでも、居ても立ってもいられなくなった彼は、深く考えずに屋敷の外に出た。
そこでボスが見た物は、NHDの――彼の力の象徴でもあった基地が破壊され、燃えている惨状だった。
多くの建物が損壊し、そこかしこで火の手が上がっている。
炎や煙のせいで見通しは悪いが、爆発音などに混じって、負傷者や逃げまどっている人々の悲鳴も聞こえてくる。
ここには少なくない民間人もいたはずで、どこも攻めてこないと高を括っていたところにこれである。
夢か幻だと思いたかったが、皮肉にも彼の戦場での経験の多さがそれを否定する。
被害がどれほどのものかは想像もできず、仲間がどれだけ生き残っているかも分からない。
数ある武装組織のひとつでしかないNHDにここまでするのかとボスは怒りを覚えたが、反撃できる状況ではないことは経験上明らかである。
むしろ、差し迫った生命の危機にある。
正門と屋敷を結ぶ直線状にあったはずの施設は、既に全てが瓦礫の山と化している。
それはつまり、正門からの射線が通っていることを意味しているのだ。
そして、本来は見えないはずの正門があった場所に、距離感を狂わせる巨大な砲塔が出現していて、彼に砲口を向けているのだ。
彼に残された選択肢と時間は多くない。
敵の正体については、直接確認は取れていないが、ある程度の予想はつく。
最も可能性が高いのが、最近、彼らの業界で話題になっている、「御神苗ユノ」と名乗る少女だ。
彼らが御神苗ユノの情報を知っていたのは、この業界で彼女たちを知らないのは最早モグリだということもあるが、彼らがネコハコーポレーション襲撃計画を立てていたからだ。
他組織と違うのは、御神苗と戦う想定もしていたことだが、先制攻撃を受けるのは完全に想定外だった。
それに、御神苗兄妹個人の能力も、組織力も一切不明だったため、かなり高めに見積もっていたつもりが、まさかひとりでここまでの大破壊を起こせる能力だったのも想定外である。
さらに、ここまで沈黙を守っていた秘密主義者が、これほどの虐殺を躊躇わないとは想像もできなかった。
もっとも、取り寄せる物のサイズや距離などに制限があるとされていたアポートの能力で、ここまでの大破壊ができるなど誰も予想できないことである。
むしろ、それが欺瞞情報であったと考えるべきなのだろうが、ほかに該当する能力も思い浮かばない。
何にしても、これほど危険な存在だと分かっていれば、真っ先に暗殺したか、彼女以上に危険な傭兵を雇ってぶつけていただろう――などと考えるあたり、彼は反省していなかったし、この状況からでも生き延びるつもりだった。
ボスが屋敷の地下のシェルターにテレポートした直後、屋敷が砲弾の直撃を受けて粉砕された。
通常の出入り口が瓦礫によって埋まってしまったが、テレポーターであるボスにとっては、すぐに追撃を受けないという意味では好都合である。
そして、シェルターは地中貫通爆弾でも破壊できないように頑丈に造ってあったし、最大で半年くらいはそこで生活できるだけの物資の備蓄もある。
ボスのテレポートの射程距離は五百メートルほど。
連続使用も可能だが、消費魔力はテレポートする距離によって変わるので、回数ではなく、補給無しでは最大で一キロメートルほど。
一度のテレポートで戦域を離脱することはできず、万一テレポートの到着点と敵の攻撃が重なってしまうと一巻の終わりである。
ヘリポートまでテレポートして、そこからヘリコプターに乗って逃げることも選択肢としてあったが、目立つ移動手段は狙われる可能性が高いと除外された。
結果としてシェルターへの退避を決断したボスは、今後の展開について考える。
攻めてきたのが本当に御神苗ユノひとりであれば、隙をついて脱出することもできるだろう。
しかし、冷静に考えてみると、果たしてひとりでこれだけの大破壊ができるものだろうか。
更に考えてみると、直接彼女の姿を確認したわけではなく、常識で考えればバックアップの部隊がいるはずだ。
そんな大規模な部隊を見落とすなど、無能な部下に怒りが込み上げてくるが、制裁は後で考えるべきことである。
その部隊が町を占領するような事態になれば、袋のネズミ状態なのだ。
これも常識的に考えれば、これだけの騒動を起こせば、背後にある国や、組織が買収済みの警察などの組織が調査に動くはずである。
それらと戦争をするくらいのつもりでなければ、その主犯がいつまでも残っているとは考えにくい。
しかし、既に事態は常識では考えられない状況にあり、彼女の場合は背後組織も普通ではない可能性が高く、極小でしかない可能性を捨てられない。
ボスは、彼が生き残る可能性を上げるため、シェルター内の端末を操作して、世界中に散って活動している組織の仲間に指示を出す。
「念のため、奴にも依頼を出しておくか。――あの伝説の傭兵なら、御神苗にも勝てるかもしれん。依頼料は痛いが、背に腹は代えられん」
彼は続けて、界隈では有名な傭兵にも、御神苗兄妹の抹殺の依頼を出す。
「依頼達成率100%、八千人を殺した男――その実力を見せてもらおうか」
依頼はすぐに受理され、ボスはひとつ安堵の溜息を吐く。
しかし、すぐに報酬額や今回の件での建て直し費用を考えて不機嫌になる。
「くそっ……! ますますネコハコーポレーションを手に入れなきゃならなくなったじゃねえか……。手に入れても、穴埋めに何年かかるんだよ」
ボスの独り言は、誰にも届かないはずだった。
「あんたがそんな心配する必要は無いぞ」
ボスしかいないはずのシェルターに突如として現れた青年が、ボスの独り言に答えた。
青年が手に持つ抜き身の長剣を見るに、彼に友好的な存在には見えない。
というより、ボスはその青年が敵であることを知っていた。
「貴様、御神苗アルト……!」
それは、ネコハコーポレーション襲撃計画において、御神苗ユノと同じく要注意人物として挙げられていた彼女の兄である。
「おっ、俺のこと知ってたのか。まあ、襲撃計画立ててたんだから当然か。感心、感心。でも、相手の実力も分からないのに手を出すんなら、情報収集の意味が無いだろ」
警戒感を露にするボスに、何ら気負うことなく話を始める御神苗アルトことアルフォンス。
ボスの能力はテレポート――空間操作である。
相手の攻撃に対しては空間を歪めることで無力化し、自身が攻撃する際は、相手の死角にテレポートして急所を一撃を加えるスタイルで、これまで無敗を誇っていた。
ただ、なぜか相手の体内に異物をテレポートさせて殺すような使い方はできなかったが、それでも逃げて良し、暗殺にも良し、直接戦闘でも強い――と隙の無い能力である。
そんな能力に目覚めたからこそ、今の地位を築けたのだ。
しかし、彼は慎重にアルフォンスの様子を窺っていた。
動揺していたせいで冷静さを欠いた状態だったのだが、何か感じるところがあったのかもしれない。
「しかし、あいつにも困ったもんだよな。あんただけは絶対に殺せって言ってたのに、こうやって逃げられるとか。まあ、あんたに興味無かったんだろうけど――それに、壊し方も雑だよな。そもそも、なんで砲撃なんだろうな? 精密誘導兵器とかもあるんだから使えばいいのに」
アルフォンスの独り言は止まらない。
それは、ボスを完全に無視しているようで、誰の目から見ても隙だらけだった。
「この俺に――NHDにこんなまねして、ただで済むとは思ってないだろうな」
ボスは、そんなアルフォンスに対して、最初に感じた何かは気のせいだったと思い直して、精一杯の脅しを絞り出す。
そんな虚勢を張っている時点で雰囲気に呑まれていることは明らかだったが、いつも狩る立場だった彼が、狩られる立場に回ったことを信じたくない一心で出た言葉だった。
「そうだな。そうやって本気で向かってきてくれないと襲った甲斐がないからな。あんたらには悪いけど、ちょうどいい組織を襲ったんだ。規模と、潰しても良心が痛まない感じの。ここまで弱いとは思わなかったけど。だからまあ、見せしめとして派手に散ってもらわないとな」
ボスにはアルフォンスの言葉の意味が理解できなかった。
ただ、このままではまずいと、怒りや焦りに突き動かされるように、アルフォンスを殺してその口を塞ごうとテレポートを発動させる――と、ばしゃりと湿っぽい音がシェルター内に響いた。
「悪いな。あんたがテレポーターだって知ってたから、空間に細工をしてたんだよ。駄目だぞ、見えてる空間が正常な状態とは限らないんだから、違和感あるのに無理して飛ぶとか。って、もう聞こえてるかどうか分からんけど」
アルフォンスは、彼の周辺に張り巡らされていた空間の歪みに飛び込んで、原形を留めない肉塊になり果てていたテレポーターに語りかける。
当然、返事など無い。
「けど、こんな素人に毛が生えた程度の能力でこんなにイキれるもんなのか? 魔術系秘密結社って、失くしたはずの中二心擽るキーワードで期待感上げすぎてただけか? というか、こいつ以外の能力者を見てないんだけど……」
負けはおろか、苦戦することすらないと予想していたアルフォンスも、ここまで抵抗が弱いことや、まさか異能力を使う相手とろくに遭遇しなかったことには驚きを隠せない。
少なくとも、「この日はボスと合わせて9人の魔術師だか異能力者だかの幹部がいる」という報告を基に襲撃の日を決めたのにだ。
その上、テレポーターが空間の歪みにも気づかないなど、異世界ではあり得ないレベルの手応えの無さに、彼は何かを見落としているのではないかと、逆に不安を覚えていた。
「……これはどこかの組織と接触して、実態を調べた方がいいかも分からんね」
アルフォンスは、この時点でようやく情報収集が足りていなかったことを認識した。
この世界でのアルフォンスの情報収集手段は、地球に配属された異世界の悪魔と、アクマゾンの関連団体がサービスを提供しているアナザーワールドオンラインだった。
ただし、それらの情報は、ゲーム制作で忙しいアルフォンスに配慮して、非常に簡略化されていた。
むしろ、本来であれば、彼には報告する必要が無いものだ。
しかし、異世界にいるユノの関係者やアクマゾンの「ユノ様名場面集制作チーム」が地球での情報を欲しがっていて、その気持ちはセーレたち地球出向組にも理解できる。
だからといって、日常の情報ばかりを報告するわけにはいかない。
ユノとふたりきり(※シュトルツもいる)のスローライフなど、憤死する人が出てもおかしくない。
ということで「地球の実態に絡めたユノ様の世直し活動報告」にするために、監督役である彼にも情報を渡していたのだ。
今回の場合は、NHDの規模や活動内容、そしてネコハコーポレーション襲撃計画の内容といったところ。
NHD襲撃に要する諸々は悪魔たちが御膳立てして、内容は完全にお任せ。
後者は、「自然体のユノ様をお届けしたい」というアクマゾンの要望だが、報告にあったNHDの規模が「大」となっていたため、アルフォンスが異世界基準で過大評価した。
その結果がこれである。
確かに、NHDの組織規模は非合法組織としては大きいし、地球では相対的に脅威度も高いが、異世界での魔王や竜、それどころか、人族の世界に紛れて活動する悪魔族にも及ばない。
核兵器をはじめとする大量破壊兵器や、超音速で飛ぶ戦闘機、離れた場所を具に観測できる軍事衛星など、地球にも脅威となる物は多くある。
しかし、運用コストが非常に大きいことはデメリットで、文民統制という制限が課されることもある。
当然、フットワークが軽く気紛れなそれらととは対処法が違う。
アルフォンスは、異世界での為政者としての立場から、そして地球での軍事関連知識の無さなどから、NHDの防衛力を見誤っていた。
もっとも、低く見積もって痛い目を見るよりはマシで、もっと致命的な失敗をする前に気づけただけ幸運である。
「……ま、それはそれとして、戦利品は回収しとくか」
アルフォンスは、やりすぎたことを反省しつつ、略奪は躊躇しなかった。
そうして、彼は価値のありそうなものを片っ端から収穫していく。
持ち帰ってどうするのか、換金方法など特に考えていないが、とりあえず採れる物は採っていく。
彼の価値観は、すっかり異世界のそれに染まっていた。
こうして、軍事要塞にも等しい町にたったひとりで攻め込んで(※裏方に回っていたアルフォンスはカウントされなかった)、たったひと晩で壊滅させた上に根こそぎ略奪していった御神苗の名は、あっという間に世界中の秘密結社の恐れるところとなった。




