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17 潜入

 ネコハコーポレーションが製造販売する商品に特殊な効能があるというのは、その界隈では有名な話である。


 一般人が摂取すれば、気のせいというには無理があるレベルで健康状態が良くなる。

 同じ物を魔術師や異能力者が摂取すると、魔術や異能力を行使する際に消耗する、いわゆる「魔力」とよばれるものを、ただの一滴で大幅に、そして急速に回復する。

 さらに、過剰摂取すれば、一時的にではあるが超人になれる――その反動でしばらく寝たきりになることもあるが、永眠するよりはマシである。


 そのため、現場で活躍する魔術師や異能力者にとって、これの有無で効率や生存率に大きな差が出る。



 当然、多くの組織や個人が製品の解析に血眼になったが、この効能を再現できた者はいない。


 ならば、製品を独占しようと考えるのも当然の流れだが、正規の購入手段である通信販売では、「生産数の都合」による抽選となるため、そう簡単には購入できない。

 また、この「抽選販売」というのが曲者で、当選する者は何度も連続で当選するのに対して、なぜか、名義を変えて、組織ぐるみでの多数の応募でも、当選数は0か1になる。

 理由や理屈は分からないが、組織に対して個数制限が設定されているとしか思えない。

 合わせて、転売が一切発生しない――使用者の手にしか渡らないことを考えると、何らかの手段で購入者の素性などを把握している可能性が高い。


 そうして、業を煮やして実力行使に出た組織には、組織ごと消息不明となったところもある。


 いつしか、界隈ではネコハコーポレーションはアンタッチャブルな存在として認知され、どんな秘密結社であっても、行儀よく通信販売で購入するお得意様となっていた。




 しかし、問題はそう単純ではなかった。


 ネコハコーポレーションの製品を摂取している者の中から、突然変異的に異能力者となる一般人が現れたのだ。



 もっとも、後天的な異能力者は、それらの組織や、ネコハコーポレーションに関係無い所で発生することもある。

 とはいえ、それは本来は非常に稀なケースであり、組織にもそういった者の予兆を察知するノウハウやネットワークがあるため、事前に保護できることが多い。


 そうして、善良な組織に早い段階で保護されると、新たな異能力者にとっては能力を伸ばしたり抑えたりする術を学ぶことができ、組織にとっては体よく管理できる――と、双方にとって幸運といっていいだろう。

 しかし、運が悪いと、保護が間に合わず、力を暴走させて悲劇が起きたり、悪い組織に捕まって、手駒やモルモットにされたケースもある。



 それが、新たな異能力者の発生が頻発するようになると、当然、関係者の目や手が足りなくなり、()()が発生しやすくなる。

 また、ネコハの製品による異能力者の発生は、それまでのノウハウ――発生しやすい人の傾向や環境などの要素が通用しない。


 とはいえ、訓練も無しに、能力を正しく発現できる者はごく僅かで、発現できてもすぐに使いこなせる者は更に少ない。

 早期確保に越したことはないが、最悪は、大事おおごとになるまでの間に保護が間に合えばいい。


 ただし、特別なものを得ると、使いたく、見せたくなるのが人の情というもの。


 そうすると、表の社会に出ないように隠れていた異能力者たちにとっては、迷惑以外の何ものでもない。

 彼らにとっての最悪は、彼らの存在が明るみに出て、その秘密を守れなくなることだ。

 いくら特別な力を持っているといっても、軍隊などが物量で押してくればひとたまりもない。

 当然、軍隊や国家もただでは済まないが、世論を敵に回すと面倒になるのは想像に難くなく、何より、現状での能力の有無による人類の分断は、どの組織も望んでいない。


 そのため、関係者は、ネコハコーポレーションからの発送先を調べたりして購入者を特定して監視し、万一異能に目覚めた場合は速やかに保護するなど、その対応に奔走させられていた。



 それでも、全ての接種者を特定するのは不可能で、さらに、これを巡って抗争を仕掛けるような野心的な組織も現れた。




 そんな組織のひとつが、【ナイン(N)ヘッド(H)ドラゴン(D)】である。


 元はただの武闘派系のマフィアだったのが、勝利した抗争相手から偶然手に入れたそれを飲んだボスが異能力に目覚めたことから、裏の社会の更に裏――闇の世界があることを知った。


 それから、NHDによる健康飲料狩りが始まった。


 まずは一般人から、次いで非魔術師系の組織へ。

 直接ネコハコーポレーションを狙ってみたかったが、火力を通常兵器に頼るところが大きい彼らにとって、日本という国での大規模抗争は難しい。



 無論、NHDの活動は、すぐにその地域を縄張りにしている魔術結社の知るところとなった。


 そして、その魔術結社がすぐに対処に当たったのだが、あろうことか結社側が敗北して、魔術師の多くが隷属させられてしまった。


 魔術師といっても、超人ではない。

 常人よりは多少頑丈だが、銃で撃たれれば傷付くし、食事や睡眠も必要である。


 ごく稀に、大量破壊兵器に匹敵する魔術を操る者もいるが、異世界以上に射程の限界が短く、即時性にも劣る。

 大量の現代兵器の前に後れをとっても仕方がないことだろう。



 当然、NHD側にも大きな被害が出た。

 結社側も莫迦ではないので、万全とはいえなくても対策はとっているのだ。


 とはいえ、どうしようもない問題として、魔術師や異能力者とは違って、ただの兵士などいくらでも替えが利く。

 特に、NHDのような組織では。


 投降した魔術師とその知識を得られたことに比べれば、些細な問題である。



 それから、NHDは他組織が手をこまねいている間に急速に勢力を拡大していき、僅か二年で一大勢力として名を馳せるまでになった。



 現在では、在籍する魔術師と異能力者の数は48人。

 その全てが組織に忠誠を誓っているわけではないが、自制して生きることを強いられていた魔術師や異能力者の中には、「アウトローも、堕ちてしまうと案外楽しい」と感じる者も多かった。

 そして、組織に属していることで、アウトローに生きるデメリットも軽減できる。



 そうして、勢いに乗ったNHDの一般の戦闘員は三百人を超え、傭兵稼業や紛争地域などでの略奪に精を出すようになっていた。


◇◇◇


 NHDの拠点は、とある大陸のとある大国、その西端国境付近にある小さな町にある。

 もっとも、NHDの影響力を考えると、町そのものが彼らの勢力圏といっても過言ではない。



 そんな街の、決して安くはないホテルの一室。

 そこでユノとアルフォンスがNHD襲撃準備を整え、最後の打ち合わせを行っていた。


「今更だけど、人数多すぎだろ。現地の対抗勢力巻き込むとかできなかったのかね」


『戦力的には一般人に毛が生えたようなのが五百弱だから、ボクたちだけでも戦力は過剰レベル。さすがに皆殺しにするのは難しいと思うけど、ボスと幹部をやって、資産とか奪っちゃえば、活動できなくなる――ってところでいいんじゃないの?』


「んー、でもネコハ襲撃まで企ててるイカれた集団だから、上がいなくなったら暴走しないか心配だけどな」


 朔はNHDが組織的な活動ができなくなることを作戦目標としていたが、アルフォンスは異世界での盗賊退治などの経験から、生き残った盗賊たちがとる行動について心配していた。

 教育水準も低く、選択肢も少ないあちらでは、多少痛い目に遭ったというだけで心を入れ替えるような者は半数にも満たない。

 むしろ、筋違いな復讐心にりつかれたり、自棄になって理解も予測もできない行動をとる者も多くいる。

 彼は為政者側の人間として、そういった事後のことが気になってしまう。



『そうは言っても、ユノも本気を出せないし、ボクたちにできることには限りがあるからね。それと、後のことを考える前に、お客さんが来たみたい』


「随分早いな。もうバレたのか」


 それでも、朔の言うとおり、現状では彼らのできることには限りがある。

 何より、既にそんなことを気にしている場合ではなくなっていた。


 朔の警告に、アルフォンスは外の様子を確認することなく答える。

 たとえ半径300メートルだとしても、朔の認識能力を上回れる存在がこの世界にいるとは考えていない。



『いや、銃とナイフで武装したのが5人で、組織と関係あるのかどうかも分からない』


「ふうん。まあ、俺たちのことを知ってたなら、そんな少人数では来ないよなあ」


「治安の悪い町だね。タクシーの運転手さんとホテルの従業員さんとしか会っていないし、そんなに高価な物は身につけていなかったのに。やっぱり、ふたりだけってところがカモに見えたのかな?」


「いや、カモに見えたってのはそうだろうけど、目当ては金目の物じゃなくてお前だと思うぞ。というか、私服も可愛かったけど、ボディスーツもエロいな」


 アルフォンスは、この騒動の原因であろうユノに目を向け、正直な感想を述べた。



 ユノは特に気にしていなかったが、彼女の一般旅行者然としたカジュアルな服装は非常に可愛らしく、タクシーでの移動時やホテルでのチェックインの際など、常に欲望の籠った視線が彼女に向けられていた。


 現在は、これから隠密行動をするに当たって、動きやすさと防御力を重視した戦闘用のボディスーツを身につけていたが、これもまた別の意味で目を惹く物だ。



 なお、ユノからしてみれば、防弾防刃性能などに特に意味は無い。

 それに、動きやすさも重視した、身体にピタリと貼りつくような伸縮性の高いスーツであっても、彼女の運動能力を損なうものでしかない。


 とはいえ、全裸で作戦行動をするわけにもいかず、さきのヒラヒラした私服よりは適切だろうと着替えたのだが、ドラマや映画のような、「スパイごっこ」に少し楽しさを感じているところもあるかもしれない。



「アルのストライクゾーンは広いねえ。というか、こんな露出が全く無いのでも興奮するんだ?」


「まあ、シチュエーションとか、いろいろポイントはあるんだよ。それに、お前が何を着てても可愛いのが悪いんだろ。惑わされた襲撃者にもちょっとだけ同情するわ」


「ええ、私が悪いの……? まあ、いいけれど。そうだね、アルのボディスーツも、いつもと違ってSF感出ていて格好いいよ? ……こういうこと?」


 アルフォンスも、ユノと同じく身体にピッタリ貼りつくボディスーツで、更にその上に軽量のボディアーマーを装備していた。



 ユノとしては、馴染みのない衣装に新鮮味は感じているが、アルフォンスが興奮しているポイントは分からない。

 多少なりとも彼の嗜好を理解した今でも、そういったポイントは理解できない。

 まねをしてみれば何かが分かるかと思って試してみたものの、やはり理解できなかった。


 彼女なりに、彼を理解しようと努力しているのだが、まだまだそれには程遠い。



『アルフォンスの方は殺して、ユノの方は捕まえて、可愛がってから売るつもりらしい。というか、ユノを手土産に組織に入れてもらおうってつもりみたい』


 しかし、いつまでもそうやって遊んでいられる時間はなく、そのあたりの情緒が理解しない朔が話を打ち切った。



「何だよ、やっぱり相手にするだけ無駄のチンピラかよ。……じゃ、逃げるか」


 アルフォンスも、荒事よりもこのまま取り留めのない会話を楽しんでいたかったが、この作戦の目的を考えると、あまり手際の悪いことはできない。



 ここでこれから行うのは一方的な、一般人――NHDに協力的、及び消極的な肯定をしているだけの者をも巻き込んだ虐殺である。


 決して良い手段とはいえないが、今後ネコハコーポレーション周辺を戦場にしないため、そして、人間の盾を使わせないことを目的とした、派手なデモンストレーションを行う。

 そうすることで、結果的に総合的な被害を減らすように、ネコハコーポレーションやユノたちが異世界に帰った後の混乱を小さくしようと考えていた。


 それでも、被害を最小限にしようと、NHDとの関係が薄い者については()()()()()可能性が高くなるよう誘導していて、それをふいにするようなヘマはできないのだ。



「5人くらいなら簡単に返り討ちにできるけれど?」


『まだ騒ぎを起こしたくない――ホテルの従業員に内通者がいるかもしれないって考えると、襲撃者が戻って来なかったら警戒させちゃうでしょ。場合によっては増援を呼ばれるかもしれないし、騒ぎが大きくなると作戦の遂行に支障が出るかもしれない』


「分かった」


 ユノとしては、子供も巻き込むことに思うところはあるが、このままNHDを放置した場合、もっと多くの子供が犠牲になる可能性が高く、既に「ネコハコーポレーションだけが無事ならいい」という状況ではないことは、説明を受けて理解している。


 ちなみに、その火種を作ったのは彼女自身だが、それをどう使うかは使用者の自由意思によるものなので、そこに責任は感じていない。


 そして、子供に限らず、奪った可能性に対しては、それ以上の可能性を提示することでひとまず「よし」とするのが彼女の価値観で、一度決意すると、よほどのことがなければ止まらない。

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