表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
512/725

15 未遂

 残す種目をフォークダンスのみとしたところで、姫路さんと稲葉くんが放課後の祝勝会に誘ってくれた。


 やったね! 神は私を見捨てていなかったのだ!


 もちろん、参加する――と言いたいところだけれど、その前にアルに報告しておいた方がいいだろう。



 そういうことなので、アルに連絡するために、携帯電話を取りに教室の方へと向かう。


 もっとも、教室まで行かなくても、人気ひとけが無い状況になれば、朔の領域を展開して取ってきてもらってもいい。

 そういう状況にならなければ直接行くしかないけれど、こっちの世界での朔の領域は、システムの干渉が無いせいか半径300メートルくらいまで展開できるそうなので、多少なりとも手間を短縮してくれることだろう。

 そこまで急ぐ必要は無いのかもしれないけれど、保留している返事が時間オーバーでキャンセルされたり、定員で締め切られたりするとつらいし。




 ちなみに、名城では体育の授業は2クラス合同。

 基本的には着替えは更衣室で行うのだけれど、さすがに学年単位で一斉にとなるとパンクするので、体育祭などのイベント時には教室で行う。


 女子の着替えは、BとDとFクラス。


 貴重品は各クラスのロッカーに入れる。

 さらに、教室の扉を施錠するという念の入りようだ。


 名門校なので、盗難や悪戯などまずないと思うのだけれど(※偏見)、名門だからこそそういう意識付けをさせているのかもしれない。




 そう思っていたのだけれど、いたよ、変態が。


 

 いつもはプライバシーに配慮して、朔にも極力領域を展開しないようにお願いしていた。

 朔もそれを了承してくれて、さっき私がお願いするまで、学校内で領域を展開することはなかったので気づくのが遅れた。


 もっとも、グラウンドからだと教室はギリギリ範囲外だったので、どちらにしても気づかなかったかもしれないけれど、変態の侵入を許すなど「不覚」としかいいようがない。



 発見したのは、教室に侵入していた用務員のおじさんが、恐らく隠しカメラを仕掛けている様子だった。


 全員参加のフォークダンスのタイミングを狙っていたのだろうか。

 それでも、鍵はどうした――合鍵か、ピッキングか、ゴリラパワーなのか――いや、それよりも、なぜ私の制服を着ている?

 しかも、すごく興奮している。


 俗にいう、「発情」している状態だろうか。

 とても正常な思考力を残しているようには見えない感じである。

 精神状態的にはゴブリンとそっくりだった。



 そういえば、以前、礼拝堂でも隠しカメラを見つけて、その時もこの用務員さんを怪しいとは思っていたのだ。

 見た目は温厚そうだったけれど、ヤバい感じで邪気を出していたし。

 とはいえ、邪気が出ているから即犯罪者ということもないし、教会という場所に対して邪気を出していたなら応援したかったし。

 とにかく、その件については先生や神父さんに任せていたので、すっかり忘れていた。



 横着すると自分に返ってくるということなのだろうか?

 いや、私が解決しないといけない問題ではないよね?



 さておき、このまま隠しカメラを設置させるわけにも、私の制服を着て帰られるわけにもいかない――いや、制服は廃棄処分かな。


 とにかく、今回は言い訳できないレベルで現行犯である。

 私人逮捕の要件云々はさておいても、私が対処するべきなのだろう。


 先生とか警備員さんを呼ぶと大事おおごとになって、打ち上げに参加できなくなりそうだし。


◇◇◇


――アルフォンス視点――

 体育祭ではしゃいでるユノが尊すぎて、生きる喜びを感じる。


 だけど、そんな彼女の欲望塗れのゲームを作ってることを思い出すと、めっちゃ罪悪感ある。

 いや、あの魅力にやられて暴走する人が出ないように、ガス抜きさせる重要なものにしなきゃいけない。



「うう……っ! またこの目でお嬢の晴れ舞台を見ることができるなんて……!」


「次の演目はフォークダンスだと!? ユノちゃんに変なことしやがったガキはぶっ殺すぞ!」


 三上さんとか亜門さんとか、ユノに近しい人でもこれだからな……。

 このふたり、ユノが出場するたびに大興奮してウザ絡みしてきて大変だったよ……。


 まあ、真由ちゃんとレティシアちゃんの出場種目が少ないから、その分の反動もあるんだと思うけど。



 彼らでもあんなだし、クラスメイトとか、先生とかも持て余して大変だろうなあ。


 っていうか、見れば分かる。

 ほとんどは好意だけど、一部には嫉妬とか恐怖とか、感情や度合いは様々だけど、ユノを意識していない子はいない。




 ……あれ?

 ユノはどこ行った?


 っていうか、なんで《危険察知》鳴ってるんだ?

 日本の学校で起きる危険って何だよ!?

 やめろよ、嫌なこと思い出させるんじゃねえよ!?



 アクマゾンのスタッフは――真由ちゃんとレティシアちゃんを撮ってる。

 まあ、それもユノのポイント稼ぎだと考えれば気合も入るか。

 何だろう、嫌な予感がする。



 仕方ない、行くか……。

 あの時ああしとけばって後悔はもうしたくないしな。


◇◇◇


――ユノ視点――

 さて、現代日本は法治国家なので、事件になると、事情聴取だ裁判だといろいろと面倒くさいイメージがある。

 なので、問題を無かったことにしてしまう――用務員さんの存在を消してしまうのが最も手っ取り早い。



 ただ、日本での生活に当たって、翼を出さなければならないような能力の行使は禁じられている。

 つまり、頼れるのは己の拳のみ。


 ……いや、頭脳かも。



 早速その頭脳を使ってみると、用務員さんが行っているのは隠しカメラの設置ではなく、撤去という可能性もなくはないと気づいた。


 その場合、私の制服を着ている意味が分からないけれど。

 防御力でも高かったのだろうか?


 もっとも、分からないなら訊けばいいだけで、用務員さんがクロだったとしても、逃がさないだけなら能力は必要無い。




 勢いよく扉を開けると「はしたない」と怒られるので、いつものように丁寧に扉を開けて、まずは挨拶。


「ごきげんよう」


 この挨拶も、共学化からは強制ではなくなったそうなのだけれど、まだ大半の女子はこれを使っているので私も合わせている。


 それはさておき、驚いて目を白黒させている用務員さんの追及は朔に任せる。



『あら、用務員さんではないですか。こんな所でお会いするなんて奇遇ですね。――とはいえ、何かご用事があったにしても、この教室は現在女子の更衣室ですので不適切ですし、私の制服を着ていることと、その手に持っている物は不適切どころではありませんが』


 どうやら、犯人と断定する方向でいくらしい。

 いや、どう見ても犯人だけれど。



「こ、これは――、そう、少し前に盗撮騒ぎがあったので、その調査を頼まれていて――」


 なるほど、抵抗する気らしい。

 というか、そんな言い訳が通じるとでも思っているのだろうか?



『それは結構なことですが、女子が着替えに使ったタイミングですることではありませんよね? 放課後でも、休日でも、いくらでもできたはずですが』


 遊ぶのは構わないけれど、この後、フォークダンスや打ち上げもあるから早めに終わらせてね。



『そもそも、私の服を盗んで着ている人が何を言ったところで、欠片ほどの説得力もありませんが』


「――っ! 私を脅す気ですか……!?」


 蒼い顔をしていた用務員さんの表情が悪い顔になった。

 ここにいるのは私ひとりだし、ズボンの後ポケットにあるスタンガンっぽいのに手を伸ばしているし、隙を見て襲う気なのだろう。



『脅すも何も――』

「バカガキが! ひとりでノコノコ――っ!?」


 というか、隙を見せていないのに襲われた。



『はい、残念』


 伸ばしてきた腕を取って、浮落うきおとしで投げた。



「がはっ! ――こっ、んなことをして、許されると思っているのか!? 暴行だぞ!」


 用務員さんは、一応経験者なのか、拙いながらも受け身を取った。


 というか、よくそんなことが言えたな?

 そっちの方がびっくりだよ。


 とりあえず、黙らせて――。



『では、ごきげんよう』


「ま、待て! いいのか? そんなことをすれば学校にいられなくなるぞ!?」


「!」


 それはさすがに聞き捨てならないので、朔にも待ったをかける。



「こ、これを見ろ――」


 そう言って用務員さんが取り出したのは、スマートフォン。


 そこに表示されていたのは、私がアルに抱きついて、ほっぺにキスをしているところ――ただし、ゲーム内での。

 確か、手強いボスとの戦いを乗り越えた時に、テンションが上がってやったものだと思うのだけれど、これが何だというのか?



「これをばらまかれたくなかったら、そうだな、脱いでもらおうか」


 何を言っているのか分からない。

 ただ、用務員さんの目と精神は本気っぽい。



『これ、ゲーム内の写真ですよ? しかも、相手は兄ですよ? というか、欧米だとこんなの挨拶ですよ?」


「う、うるさい! 名城は不純異性交遊は禁止だ! いいから――」


 ツッコミどころが多すぎるのも、私に欲情するのも構わないのだけれど、自分を見失っている人の相手をするのは御免被る。


 アルやアイリスなら、欲情していてもしっかり「自分」をぶつけてきてくれるのだけれど、本能というか欲望だけをぶつけられるのは正直なところ気持ち悪い。

 ゴブリンにモテても嬉しくないのだよ。


 とにかく、私を自分のものにしたくて? 盗撮やら窃盗やら脅迫という行為に走るのは、せこい――とは違うのか、何だろう? 

 よく分からないけれど受けつけない。



 何だか面倒くさくなったので、銃を取り出してスマートフォンごと撃った。


 触れたくないというか、近づきたくなかったので。

 こういう時には銃って便利だよね。


 発砲音は体育祭の喧騒に紛れたと思うし、弾痕や血痕は後で朔に誤魔化してもらえばいいしね。



「ユノ、大丈夫か!? ――えっ?」


 そんなところへ、なぜかアルがやってきた。

 地球で私がピンチになることはあまりないと思うのだけれど、こんなに慌てるほど何を心配していたのだろう。



「や、止めて、止めろ、止めてくれ! 撃たないで!」


「……え?」


 そして、心配から一転、私と手を撃たれただけの用務員さんが泣き喚いているのを交互に見て困惑していた。


 無理もない。


 体育祭の喧騒をBGMに、教室で私と用務員のおじさんがふたりきり。

 私の手には拳銃が握られていて、おじさんは女子の制服を着て、その手は血塗れなのだ。


 これで、何の説明も無しに状況が理解できれば名探偵になれる。

 まあ、説明するまでもなく、おじさんの手に穴を開けた犯人は私だけれど、それを追及するなら、名探偵も警察も一般人もみんな撃つ。

 完全犯罪とはこうやってやるものだ。



『止めて……私に乱暴する気でしょう? 薄い本みたいに――しようとして、この人が失敗した』


「……大体分かった。乱暴する気が、ランボーされちゃったんだな」


 何の暗号だか分らないけれど、分かってしまったらしい。



『ユノに悪さをするために、実力行使しようとしたり脅迫しようとしたんだけど、相手を間違えたね』


「で、この人は何なの?」


『用務員。ユノの制服を盗んで、隠しカメラをつけようとしてたところに鉢合わせたんだけど』


「ちっ、違う! 私は――あぐっ!?」


「黙っていてくださいねー」


 口を挟まれると邪魔なので、今度は足を撃った。



「惑わされちゃったか……。でも、やってることはクソだから擁護しようもないけど、ほんと、相手を間違えたなあ。で、この後どうするの?」


「今日打ち上げに誘われたから、帰り遅くなるね」


「え、いや、それはいいんだけど、俺が訊きたかったのは、この用務員のことなんだけど……」


 そんな意外そうな顔をしなくてもいいのでは?



「行方不明になってもらうかな」


 こんな人のことはどうでもいいのだけれど、私だけが標的ならともかく、割と見境無さそうな感じだし、スタンガンを常備しているとかかなり危ないしね。

 盗撮がバレそうになって逃げたってことにしておけば、波風も立たないと思う。



「ま、待って、待ってください! ころ、殺さないで、お願いします! 撃たないでっ」


 ほかの人と比べるのは失礼だけれど、直近のアルやアイリスが良かったせいで、何ひとつ見所がない人はつまらない――むしろ、つらい。


 少し銃口を向けただけで、顔を背けて泣きじゃくる。


 アルだったらどう反応するだろうかと、銃を向けてみたけれど、特に動揺もしなかった。


 せっかくなので、撃ってみる。



「えっ、何すんの? 俺、何か気に障ることしたか?」


 障壁で軽く防がれた。



「ううん、ごめん。ちょっと撃ってみたかっただけ」


「ええ……? ユノの理不尽さと脈絡の無さは今更だけど……仕方ないな、脳とか心臓以外ならいいぞ。あ、股間も――いや、俺の聖剣なら勝てるかもしれん」


「ふふっ」


 やっぱりアルは面白い。

 少し下品だけれど、それも個性か。


 とにかく、こんな玩具で相手をするなんて失礼だった。

 それと、少し気が晴れたからもういいや。


◇◇◇


 証拠隠滅だけして、後のことは悪魔に任せて体育祭に戻る。

 完全犯罪の成立である。



 フォークダンスは、出席番号順に伊藤くん、稲葉くん――と順番に踊って、特に何の波乱もなく終わった。

 フォークダンスに山や谷があっても困るけれど。




 打ち上げでは、人生初のカラオケに行ったのだけれど、ここで歌えるような曲をひとつも知らなかったのでずっと聞き役に徹していた。

 みんな残念がってくれていたけれど、「日本の歌をよく知らないのです」と言って見逃してもらった。

 もちろん、英語の歌とかはもっと歌えない。


 まあ、歌わなくてもみんなでワイワイ言いながらハニートーストをつついたり、青春っぽい感じは楽しめた。

 これが普通かどうかまでは分からないけれど。



 それはそうとして、次の機会までに、持ち歌のひとつやふたつは用意しておこうと心に誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ