05 新居
みんなへの挨拶とBBQが終わると、次はアクマゾンが用意してくれた車にアルと一緒に乗り込んで、新居への移動となる。
送迎の車は――自動車のことは詳しくないのでよく分からないけれど、リムジン? みたいな長いやつ。多分、超高級車。
乗り心地も、ファントム号に匹敵するくらい。
セーレさんの運転が上手いからかもしれないけれど。
とにかく、「すごい」という感想しか出てこない。
田舎町をこんな車で走る違和感も含めて。
そうして車で走ること十数分。
到着したのは、田舎にあるのが似つかわしくない、10階建の超立派なマンション。
少し湯の川のお城に似ている気がする。
なお、物件周辺は見渡す限りの農地で、農家も疎らにしかないところにこれは超不自然。
セーレさんが言うには、周辺に障害物が無いので観測手や狙撃手を配置しにくいとか、有事の際に被害を抑えられる立地を選んだそうだ。
本当に有事とかを考慮されていたのか……。
さて、玄関はカードキーで開くタイプのオートロック。
私でも問題無く動作する信頼性は素晴らしい。
ただ、確かにセキュリティーには気を配っているようだけれど、人に化けた悪魔が管理人をしているのはやりすぎでは?
地獄の門にオートロック必要?
気を取り直して玄関をくぐると、広くて明るいエントランスがいい感じ。
侵入者撃退用のトラップがなければだけれど。
コンシェルジュが常駐しているのはいいのだけれど、それも人に化けた悪魔だった。
だから、トラップは必要なの?
もう何も気にしないことにして、エレベーターに乗って、私の部屋がある最上階へ。
というか、最上階が丸々私の部屋だった。
道理で、エレベーターの中に10階行きのボタンが無くて、カードキー認証だったわけだよ。
なお、ここまでアルと一緒。
つまり、アルの住居も最上階。
まあ、部屋はいっぱいあるみたいだし、セキュリティー的にも別々にいるより対応しやすいのだろう。
それに、兄妹という設定だし、その方が自然――妹に追い出された姉もいるけれどね。
なお、場合によってはぼっちになる可能性を考えて、シュトルツを連れてきている。
もちろん、シュトルツを連れていくことを問題視する声もあったけれど、予防接種などをしっかり受けておくことを条件にゴリ押しした。
きちんと餌やりや散歩は私がするから大丈夫。
さておき、部屋にはひと通りの家具が揃っていて、すぐにでも生活できる状態だった。
さらに、心配していた下着や私服も用意されていた。
というか、なぜサイズを知っているの?
また、足りない物があればコンシェルジュに言えばすぐ用意してくれるらしいし、至れり尽くせりである。
個人的に嬉しかったのは、お風呂が広いことだ。
もちろん、湯の川の物とは比べられないけれど、お風呂は物理的にも気分的にもゆったりできるのが好みだ。
そして、屋上にはヘリポートがあるらしい。
敵が攻めてきたときに逃げる用なのだとか。
どういった想定で建てられているのだろう?
「マンションっていうか、もう高級ホテルだな」
ひと通り見て回ると、アルが感想を漏らす。
確かにそんな感じがする。
「お気に召していただけましたでしょうか? なお、1階から9階まで、全ての部屋を我々アクマゾンのエージェントで埋めておりますので、何か御用がありましたらお申しつけください」
ええ……?
日本に大量に異世界の悪魔がいるの?
正気か?
というか、セーレさんが日本語を話しているせいか、いつものあの癖のある訛りがない。
そのせいで逆に違和感を覚える。
……何の話だったか?
「万魔殿だった……」
「はは、おふたりはアクマゾンにとって掛け替えのない存在ですので、このくらいは当然です」
「いや、やりすぎでしょ。日本だとそこまでの脅威ってないんじゃないの?」
「いえ、正直なところ、こちらの世界にも様々な問題がございまして――もちろん、おふたりを害するレベルのことはそうそうありませんが、それでも襲撃される可能性はゼロではありませんし、そうなると、こちらでの活動にも支障をきたしますので、万全を期した形となりました」
「襲撃って――」
「特に、おふたりの場合は、いつどこで何に巻き込まれるか分かったものではありませんしね」
「「……」」
ぐうの音も出ない。
「それと、お耳にいれるか迷ったのですが、ネコハコーポレーションで製造されているポーション――健康飲料が原因で、こちらの世界でも異能に目覚めた者が出てきております」
「「……」」
「誤解をしないでいただきたいのですが、こちらの世界でも、太古より異能――魔術などが存在していました。もっとも、彼らの大半は極度の秘密主義でしたので、これまで表舞台に出てくることはありませんでした。しかし、一般の人の中から異能者が生まれてきたことで、彼らの在り方も再考せざるを得なくなったのです。そして、一部の大国では、能力を持った集団と手を組む、若しくは取り込むなどして、暗躍を始めているところもあります」
聞きたくなかった……。
「直ちに影響があるものではありませんが、念のため、頭の片隅にでも留めていただければと」
「気をつけてね?」
とりあえず、アルに余計なことをしないように釘を刺しておく。
「お前の方こそ」
「気をつけていればどうにかなるなら、異世界になんか行っていないのだけれど」
当然のように反論されたけれど、私は学校に通うだけだし、そんなに問題が起きるとは思えない。
したがって、気をつけるべきはアルだ。
「俺もだ。気が合うな。これはもう運命の出会いかも分からんね」
いやな運命だなあ。
「ところで、こちらのお部屋をご覧ください」
こっちは唐突に話題を切り替えてくるな。
セーレさんが案内した先の部屋には、実家でも見たゲーム機が鎮座していた。
ここでもまた追い出されるのかと身構えたけれど、どうやら私のために用意した物らしい。
とはいえ、私は使うことはないだろうし、アルにあげようと思ったのだけれど、別室にアルの分も用意してあるようだ。
「やってみればいいじゃん。てか、一緒にやってみようぜ。もしかしたら、真由ちゃんとレティシアちゃんとも一緒に遊べるかもしれんし、やってみて駄目なら止めればいいじゃん」
「ふむ」
男の子がゲーム好きだというのは知っていたけれど、アルもその例に漏れなかったようだ。
とはいえ、彼がこれだけ薦めるなら、やってみてもいい。
これで「愛」の何たるかが分かるとは思わないけれど、妹たちと遊べるかもというのは魅力的だし。
まあ、できれば旅行とかキャンプとかに行きたいのだけれど。
とはいえ、ひとつ大きな問題がある。
「でも、使い方が分からないよ?」
「使い方は簡単です。こちらのシートに座っていただき、ヘッドギアを被っていただければ自動で起動します。本来であれば、着用者の脳波を検知して操作するのですが、ユノ様は脳波を出しておられないため、このたびマックロソフトとアクマゾン技術部が合同で開発しました、魔素検知装置を用いてユノ様専用に調整を行っておりますので、問題なくお使いいただけると思います」
「へえ、魔素って検知できるようになったんだ?」
「いえ、我々だけでは不可能でしたが、湯の川の協力がありましたので」
「ふうん」
技術の進歩ってすごいね。
そうやって、私の知らないところや、見ていないところでもしっかりやっているんだと思うと、少し嬉しい。
それに応えるためにも、苦手だからと敬遠しないで、頑張ってみようかな。




