幕間 意識改革と継承と
――第三者視点――
闘大を舞台にした史上最大規模のテロは、反体制派組織「童貞の一撃」が、リア充を殲滅する目的で起こしたもので、大きな被害を出したものの即日鎮圧されたと発表された。
同時に、このテロリスト鎮圧に一役買ったとして、傭兵団黄金の御座の団長ライナーが表彰され、さらに、大魔王ルイスより次期大魔王の最有力候補だとお墨付きを受けた。
このニュースはあっという間に魔界全土に広まり、しばらくはその話題で持ちきりだった。
◇◇◇
ライナーの一か八かの特攻は、冷静に待ち受けていたリディアに余裕をもって往なされ、バランスを崩した彼は、無様に地面を転がる。
「……くそぉ!」
「……デーモンコアが無ければこの程度なのですか? 次期大魔王戦挙までにほかの候補者たちを圧倒できるようになってもらわないと困るのですが」
悔しがるライナーに、リディアが素で尋ねた。
それは下手に煽られるより彼の心を抉ったが、不甲斐なさは自覚しているため、口惜しさに唇を噛みながらも立ち上がる。
「まずは、とりあえずでスキルに頼る癖をどうにかしねえとなあ。確かに《雷霆》は強力なスキルだけどよ、力に振り回されてるようじゃ話にならんぞ」
そんなライナーに、ルイスの素のアドバイスが刺さる。
「陛下は後継者候補がいていいですなあ! なあ、ユノちゃん、あの英霊を後継者にするのは駄目か?」
「それは駄目です」
逸早く後継者候補としてライナーを確保し、更に情報操作で彼の逃げ道を塞いだルイスに対し、「生涯現役」をモットーとしていた将軍ダニエルと宰相ピエールには後継者候補がいなかった。
湯の川への移住の条件として、「後継者として相応しい者の育成」を挙げられている彼らにとって、この状況は非常に焦りを覚えるものだった。
「だがユノちゃん、将軍や宰相の任命は大魔王の専権事項だから、私が指名しても意味が無いんだよ? むしろ、小僧自身が私たちの後継者を育てるのが筋では?」
「……それでも駄目です」
一瞬、正論に惑わされそうになったユノだが、彼女が求めているのは「人材を育成する体制や環境の構築」であって、能力がある人を探してくることではない。
もっとも、彼女にも具体案は無いので、もっと正論や詭弁で押せば妥協案を引き出せる可能性はあったが、ここにはそこまで攻め込む者はいなかった。
「そこにいっぱい適任がいるじゃないか……。というか、次期大魔王だって、俺より適任がいるだろ……」
後継者指名に躍起になっている彼らに対して、ライナーがその対象を見回しながらこぼす。
「私ですか? 私の目標はもっと高いところにありますから、大魔王をやっている暇はありません」
「残念でしたー。私たちは湯の川行きが内定してるから、ほかを当たってねー」
「拙らには、魔界の未来ために、先生の下で学ばなければならぬことがあるのです」
しかし、湯の川行きが内定している者たちにとって、魔界での役職などに興味は無い。
ユノにとっては、魔界からの優秀な人材の流出には思うところもあるが、リディアのように外界進出条件を満たしている者や、コレットのように環境が可能性に大きな影響を与えることが明白な者については認めざるを得ない。
メアとメイは、彼女たちの言うように「湯の川でしっかり学ぶ」ことを信じて、また、幾人もの優秀な弟子を育てた功績で湯の川行きの切符を手に入れているトライアンの嘆願もあって、おまけで内定が出ている。
なお、このふたりは、湯の川で自分たちより強い少女に理解させられたり、回復魔法を勘違いしているとしか思えないおっさんに理解させられた挙句、名ばかりの「泡沫魔王」たちと同じ内容の訓練を受けることになるのだが、それはまた別の話である。
「そもそも、魔界を統一したら外界に出ることしか考えてなかったから、大魔王になったって、何をすればいいのか分からないっての」
ライナーも、正論程度では彼女たちが考えを変えることはないと理解していたので、その話題を引っ張ることはない。
それでも、何のために大魔王になるのかも分からないようでは、「後継者」と言われても納得できないし、訓練にも身が入らない。
「それこそ好きにしろよ。ゴブリン式魔法の発展に努めてもよし、すぐに後継者を育ててもよし、懲りずに外界に出るのを目標にするのもよし、だ」
「……なんだよ、無責任だな」
「大魔王つっても、できることとできねえことがあるし、全部を背負うこともできねえ。立場と能力的に、他人よりちょっとできることが多いだけなんだよ。お前が何をしたいかなんて俺らにゃ分からんが、ひとまず天辺に立ってみろ。天に唾するだけじゃ見えない景色が見えるようになるからよ」
「……」
良い感じのことを言っているふうのルイスだが、後継者を逃がさないために必死だった。
それでも、「天辺からの景色」というのは、それを知らないライナーには否定することができないもので、また、心を擽られる言葉だった。
そして、ルイスの出まかせに触発されたのは、ライナーだけではなかった。
「私も『神扱いされるのが嫌』って言っている手前もあって、あまり強くは言えないのだけれど、やってみて初めて分かることというのはあると思う。といっても、私には神の視点なんて分かりそうにないし、そもそも、私の思う「良い神」って、余計なことはしない神だからね。こうして余計なことをして、人間でいようとしているのかもしれない」
ユノが思いつきでものを言うのはいつものこと。
神扱いされるのを避けるためのささやかな抵抗だが、ここでは悪手だった。
「ユノさんはそうやって、『余計なこと』って言いながら、私たちが頑張ればどうにかできる環境にしてくれてるんですよね! ユノさんが優しいのは知ってますから、もう騙されませんよ!」
「そうですね。お姉様はいつも私たちの未来を――いえ、更にその先を考えてくれているのです。そして、時には手を引いて導いてくれる――差し詰め、優しい邪神様とでもいうところでしょうか。素敵です、お姉様!」
「もしかすると、グレイ殿を遣わせたのも、悪魔族の意識改革と人族との対話に向けた伏線だったのかもしれない。全てが貴女の手の上だった――そういえば、まだ私が幼い頃の母が、訓練でボロボロになっていく私を黙って見ていた――見守っていたのも、そういうことだったのか。ふふ、君には教えられてばかりだよ」
頭は良いが目が曇っている者たちが、好意的に解釈していく。
「え、いや、そんなことは――」
「だったら、最後まで面倒見てくれてもいいんじゃないですかね? 貴女なら、それくらいは可能なのでしょう!?」
否定しようとしたユノに、ライナーの言葉が重なる。
「お前は莫迦か? ユノさんが言ったことを何も理解してねえのか? その頭の中に詰まってんのはクソか? いつまでも甘ったれてんじゃねえぞカスが!」
それに、ぶち切れ気味のコレットが罵倒で重ねる。
無害そうな少女の突然の変貌に、罵倒されたライナーも、怒りより困惑しか覚えない。
「コレット、言葉が汚いですよ。確かに、この理解力の無さには失望させられましたが、そんな莫迦でも教育してあげようというのがお姉様の優しさなのです」
「うむ。だが、この愚かしさは、悪魔族の平均的なものといえる。つまり、この莫迦に道理を教えることができれば愚昧な民も導けるという、ユノ君の配慮なのだろう!」
「え、いや、だから違――」
「お前ら、容赦ねえな。だが、さっきも言っただろ。お前はそこのゴブリンみたいになりてえのか?」
「……そんなわけないだろ」
「だったら、いつまでもグズグズ言ってねえで、シャキッとしろよ。それとも、あの男みたいにユノに立ち向かって要求を通してみるか?」
「……」
ライナーの不満が解消されたわけではないが、3日経った今も意識が戻らないアルフォンスを引き合いに出されると、それ以上は言えない。
彼は、直接ユノとは対決していない。
しかし、英霊たちが背を向けて逃げ出すような、人族のくせに神器を複数所持している反則野郎が一方的にボコられるような理不尽に、デーモンコアを没収されてリディアやルイスにも敵わない身でどう立ち向かえというのか。
そして、その理不尽は、またも発言の機会を潰されて何も言えなくなっていた。
「みんなの言い方は乱暴だけれど、欲しいものがあるなら、それに見合った何かは必要だよ。身の丈に合わない力がどんな因果を紡ぐかは、今回のことで学習したでしょう?」
とはいえ、ユノは切り替えが早い女なので、話題を変えて仕切り直すことに躊躇は無い。
『君自身については、英霊たちが肩代わりして、アルフォンスが矛先を逸らしたから助かったけど、それは因果が解消したってことじゃないんだよ? 君が次期大魔王候補として訓練を受けてるのは、その因果に対抗するための、最も可能性のある手段なんだよ』
そこに、朔が追い打ちをかける。
ライナーも、闘大を襲撃させた雷霆の一撃の団員たちがどうなったかは聞かされている。
特に、ルークやナイトのような、デーモンコアの力を宿した者たちの死亡率や詳細を聞くと、朔の言葉を「オカルト」では片付けられない。
レベッカについても、感情的には納得できないものの、身の丈に合わないものに手を出した結果だと理解はできる。
それでも、デーモンコアで紡いだ因果で、その半身であるアナスタシアがその清算を行った場合、最悪は魔界ごと滅ぶのだ。
そこに更に上位者であるユノが現れて、かなり過激ななあなあで済ませた結果、魔界は復興の可能性を残しているし、雷霆の一撃も全滅はしていない。
しかも、生き残った団員についても、処刑――食料にしないという、常識では考えられない甘い裁定である。
感情に蓋をして考えれば、多くの人が救われているのだ。
それは、ユノが彼らには見えない未来を見ているように錯覚させるには充分で、「そんな彼女が言うのなら」と、信じてしまうのも無理はない。
「私も、神扱いされないためにアイドルをやったりもしているし――」
「なんだと!? それは本当か!?」
ユノはさらに、彼女自身も望むもののために代償を支払っているのだと説こうとしたが、今度はルイスの大声で潰された。
魔法の本質的に、ユノの言葉がただの声量に負けたわけではないのだが、共感性や好奇心といった本能的なところで後れをとってしまった形になった。
「陛下! “アイドル”なるもののことをご存知なのですか!?」
多くの日本人が召喚されている人族の世界では、それなりに日本の文化や技術も普及しているし、一定以上の認知度に至ったことでシステムで定義されたものも多い。
しかし、「勇者」といえば嫌悪の対象である魔界では、勇者召喚が行われることはない。
その上、文明や文化が醸成される土壌も無いため、「システムに登録されている言葉」以上の認識は無い。
「ああ――いや、詳しくは知らんが……」
ルイスも、前世では積極的にそれらにかかわってこなかったので、その知識は上辺だけのものだ。
「確か、語源は『偶像』――神を象った物のことだ。……ある世界では、見目の良い男女が歌って踊って――いや、農業やったり、汚れたり寂れた海や山を再生させてもいたな……」
「なるほど、ユノ君そのものですな! 魔界を再生させていたのは、そのアイドルの一環ということだったと――だが、それは『神』とどう違うのだ……?」
「お爺様、それは恐らく、主導権を私たちに委ねているといころではないでしょうか? つまり“アイドル”とは、お姉様のお優しさ――愛のこと!」
「えええ、いや――」
「ユノさんが歌って踊るんですか!? 楽しみです!」
ルイスの精一杯の説明は、魔界の状況と見事に合致して、またもや頭脳派たちの誤解を招いた。
そして、ユノの反論は、コレットの期待の籠った目で潰された。
◇◇◇
「少し目を離した隙に、何があったのでしょうか……」
所用から戻ってきたアイリスが、農場で悪魔族の重鎮と養殖ゴブリンを前に歌っていたユノを見て困惑していた。
むしろ、いかついおじさんたちがだらしなく目尻を下げている様子や、つい先ほどまで反抗的だったライナーが全力で合いの手を入れている様子、どこかの音楽隊のように各種新種ゴブリンが悪魔合体している様子に困惑した。
◇◇◇
その後、文化の重要性――精神的な幸福を知ったライナーは、この日以降、真剣に大魔王の後継者となるべく限界を超えた努力を重ね、三年後にその座に就くことになる。
就任後は、衰退した女神教を新解釈を用いて復興し、それに文化を悪魔合体させたものを「真・女神転成教」と命名し、教祖としてもその布教に努めた。
当然、権力がひとつ所に集中するのを快く思わない者は大勢いた。
しかし、彼が大魔王になるために編み出した神技《雷撃ネットワーク》は、自身の記憶や感情を他者と共有できるようになるもので、それを食らった者は例外なく信者になるという恐ろしい技だった。
そうして、彼は初代大魔王に次いでふたりめの魔界統一を果たした王となる。
ただし、彼以降の大魔王には《雷撃ネットワーク》の所持が必須とされたため、後継者育成に非常に苦労することになるのだが、それはまた別の話である。




