60 延長戦
――ユノ視点――
ライナーくん――いや、年齢的には私より遥かに年上らしいので、ライナーさんと呼ぶべきか。
彼と、彼が召喚したという英霊さんたちを回復させて、彼らの主張を聞くことになった。
なお、彼らは悪魔族の流儀で一度躾けられたからか、大人しくアルの指示に従って――素直さよりも、「くっ、殺せ!」感が強いけれど、今はライナーさんを先頭に正座させられている。
強要はしていないよ?
さて、私の所感によるライナーさんは、頭の出来は少し残念なところがあるけれど、能力はそこそこで、意志が強いところは非常に良い。
ただ、やはり頭の出来のせいか、デーモンコアなんかにに振り回されたりして、意志の強さが悪い方向に向かってしまったように思う。
可能性は良くも悪くも転ぶもので、理想が正しければ手段も正しいわけではないとか、手段が正しくても結果が正しくないといったことはよくあること。
今回の場合は、「状況は良くないけれど、可能性の芽は残っている」状態なので、努力次第では挽回できる。
ただ、悪魔族がここまで紡いできた因果が大きすぎるからか、解決策がとてもあれなことになってしまっているだけで。
とにかく、目先の善悪正誤に大した意味は無いので、彼にも再起の機会を与えよう――というのがアルの考えだ。
まあ、彼は手段を間違えたけれど、想うところは体制派と同じなのだし、莫迦は莫迦なりに使いようがあるということだろう。
一方で、彼が召喚したという英霊さんたちについては、良い意味で俗っぽい。
本当に過去の英雄の再現だったり、「僕の考えた最強の魔王」とかだったりすると問題だったけれど、種子の性質のせいか、想像力が足りないところは適当に補完されていて、少なくとも私よりは人間寄りなので、人間といってもいいと思う。
なので、召喚主であるライナーさんや彼らの判断次第ではあるけれど、召喚魔法に付いて回る因果とか、デーモンコアとの縁を断ち切って、ひとりの「人間」にしてあげてもいいかもしれない。
さておき、少しばかり期待していた彼の主張は、特に面白いものでもなかった。
予想どおりともいう。
彼らは、ルイスさんや体制派の人たちが何を考えて何をしているのかを知りも知ろうともせずに、ただ自分たちの不満を転嫁していただけ。
それは、「俺ならもっと上手くやる」と根拠のない自信を抱いている、酒場などで管を巻いている人たちとそう大差ない。
いや、実行しただけ性質が悪い。
というか、この期に及んでまだ問題の本質に気づかずに、まだ体制派と雷霆の一撃が協力すれば人族を支配できると思っているあたり、意志の強さと頭の弱さが相まってとても酷い。
「だから、魔界からは出られないって言ってるだろ。で、それを解決するための手段をこれから構築するんだよ」
「それならなぜお前はここにいる? 外界から来たんだろう?」
「それは神様の力を借りてだって言っただろ……。魔界から出るもうひとつの方法が、魔界から瘴気を除去して神様と交渉することだとも言ったぞ」
「だったら、その神様と交渉させてほしい」
「できるわけないだろ。先に瘴気を除去しろつってんだろ」
「それでは手遅れになってしまう! 時間が無いならなおさら、一刻も早く、ひとりでも多く外界へ出すべきだ!」
こんな感じでずっと話がループしていて、アルが頭を抱えている。
教育は大事なのだと再確認した。
そんな彼らの話し合いを、私たちは少し離れたところで見守っている。
「救いようがありませんね」
「そんな顔しちゃ駄目」
コレットが、かつて私に向けていたような、全力で侮蔑しているような表情をしていたのを窘める。
「以前は私もああだったかと思うと、無性に死にたくなってきますね……」
「さすがにここまで酷かったわけじゃない――というか、リディアは視野狭窄に陥っていただけで、彼はちょっと頭があれだから別の問題だと思うよ」
リディアが落ち込んでいたのでフォローしておく。
「私、あんな人たちに狙われてたんですね……。捕まらなくてよかったって心から思います……」
ルナさんも、実際に過激派の人を見ると、それがどれだけヤバいものかの実感が湧いたようだ。
というか、他人の話を聞かない人って厄介だよね。
「何を言うか、ルナ・グレモリー! お前が犠牲になれば全悪魔族が救えるんだぞ!」
こっちの話が聞こえていたらしい。
重要な話は聞かずに、聞かなくていいことは聞いているのが更に面倒くさい。
「ルナさんは――グレモリー家は初代大魔王の系譜ではありませんよ。本物の初代大魔王の娘の私が保証します。それを抜きにしても、『魔界を救う』なんて大言壮語を吐いておきながら、ひとりの女性も救えないとか、情けなくなりませんか? もちろん、功利主義的を否定するわけではありませんが、その結論に至るまでに、やれるだけのことをやりましたか? ただ、『そうすれば上手くいくはず』と、何の根拠も無い希望に縋っていただけでは?」
アルに任せているので口を出すつもりはなかったのだけれど、降り懸かる火の粉がほかの人に被害を与えているのを見過ごすわけにもいかない。
「何だと!? だったら貴女が――」
「嫌」
思いのほか素直に信じた。
普通は疑うところだと思うのだけれど……まあ、いいか。
それよりも、私の言葉は理解されず、更に聞くに堪えないことを言いそうな雰囲気だったので、先に拒否させてもらった。
「あのなあ、ユノ様も言ったけど、自分らでできることやりもせずに、他人に身勝手な期待押しつけるの止めようぜ」
「ユノは既に充分に貢献している。これ以上犠牲にすることは許さん」
アルとルイスさんが援護射撃をしてくれたけれど、放っておくとほかの人も参戦して収拾がつかなくなりそうなので介入することにする。
「貴方たちがどう思おうと、現状では彼のやろうとしていることの方が、悪魔族が生き残る――いえ、豊かになる可能性が最も高いです。従えとは言わないけれど、邪魔はしないでほしい」
方向性はどうあれ、彼の諦めの悪さは私にとっては好ましいものだ。
アルや体制派の人たちがこの状況を作っていなければ、応援していたかもしれない。
まあ、最後の最後で私が受け止めることになると思うけれど。
「だけどそいつは人族じゃないか! そいつが悪魔族を助けて何の得になる!? まさか、人族のくせに大魔王の座を狙ってるのか!?」
変なところで疑り深いな。
「そんな座は要らないっつーの……。嫁のひとりが悪魔族だからだよ。嫁とその家族を不幸にしたくないんだよ」
「女のために人族を裏切るというのか!? お前、同族意識とかないのか!? 最低だな!」
何というか、人ごとなら面白いのかもしれないけれど、当事者だとこのコントのような流れはきつい。
朔も困惑しているのか、助け舟を出してくれる気配も無い。
アルが助けを求めているのか、こちらに視線を向けてきた。
私に何を期待しているのか。
「あのね、仮に悪魔族がみんなで外界へ出たとしても、人族と戦争になると数の差で負けるんですよ?」
「ふっ、やる前から弱気とは貴女らしくないな。そんなもの、やってみなければ分からないじゃないか!」
「いや、数が全然違いますからね? 充分な補給もないところに、数的不利を突かれてダラダラ持久戦をされただけで詰むんですよ?」
「そんなもの、貴女と……クイーンがいればどうとでもなる!」
「クイーンって誰……? というか、私は手伝わない――むしろ、どちらかというと阻む立場になります」
「なんだと!? 話が違うじゃないか!」
ええ……、彼の中ではどんな話になっているの?
口を出すんじゃなかった。
「いや、まだだ! まだ俺たちには切り札がある!」
『それはデーモンコアのこと? 人族との戦争でそれを使ったりしたら、それを造った神が制裁にくるよ?』
「なぜそう言い切れる? デーモンコアは、人族から俺たち悪魔族を守るために与えられた物なんだろう? 正しい使い方じゃないか!」
『いや、人族から護るだけで、攻撃するためじゃないから』
「ふっ、『攻撃は最大の防御』という言葉を知らないのか?」
『…………』
ヤバい、朔でも言葉を失うくらいのお莫迦さんだった。
「それに、だ。いくら神様でも、俺たちを滅ぼそうっていうなら黙って従うつもりはない。俺たちは神様を斃してでも前に進むんだ」
『……本気?』
「覚悟は立派だけれど、大して考えていなさそうなのがなあ……」
おっと、口に出してしまった。
「本気も本気だ。それに、考えてもどうしようもないから、やるしかないってだけだ」
『本気なのは伝わってるけど、デーモンコアの本来の持ち主は私ほど甘くないし、君たちが束になってかかっても勝ち目は無いよ。素直に諦めた方がいい。ここから先は「知らなかった」じゃ済まされない。知ったら引き返せない』
「今更そんな脅しは効かない。覚悟はとっくの昔に済ませてる」
うーん、方向性さえよければ文句はないのだけれど……。
でもまあ、チャンスは与えようか。
コウチンさんという前例も作ってしまったし、朔も私の正体をバラしたいみたいだしね。
なぜそんなにバラしたいのかは分からないけれど、この後訪れるであろう質疑応答が楽になるというのは一理ある。
「それじゃあ、その覚悟がどこまで通じるのか試してあげよう。そうだね、貴方たちが少しでも私に神殺しの可能性を感じさせたなら、ほかの神たちと交渉してあげる。でも、分かっていると思うけれど、さっきみたいに甘くはしないからね」
「おい、待て、何をどうするつもり――」
「有り難い! 少しでも可能性があるなら、俺たちは諦めるわけにはいかない!」
ルイスさんが私を問い質そうとしたのを、ライナーさんが遮って立ち上がる。
「おい、待てって――」
「気迫だけは良いのだけれど……。とにかく、もう一度警告はしておくね。さっきみたいに、『私』という魔法の中で、『私の影』を追っていたことにも気づかないようでは認めてあげられない。貴方たちに求めるのは、戦う力ではなくて、不可能を可能に変えるだけの可能性だから」
「え、ちょっと待て――みんな、下がって!」
アルが止めたのは私か彼らか。
まあ、どっちにしても止まらないし、アルもすぐに諦めたけれど。
「貴女には交渉してもらわないといけないし、殺すつもりはないが、これはマジヤバいから早めに降参してほしい! 行くぞ、クイーン! 真《魔装》解禁!」
「心得た!」
クイーンとは偽ノクティスさんのことだったのか。
さておき、ライナーさんからデーモンコアを受け取ったクイーンさんは、魔装を展開してグングン巨大化して、最終的には三十メートルほどのサイズの、魔王城とかに飾られていた絵画の父さんのような姿になった。
なるほど、変なところで設定を回収してくるものだ。
設定はさておき、この《魔装》は領域とまではいえないけれど、少しだけそれに近い精度のものだ。
だからといって、アナスタシアさんに勝てるかというと答えは「ノー」だけれど、もうひとつかふたつ階梯を上げれば勝負になってくるかもしれない。
「――からの、英霊合体だ!」
「「「了解!」」」
ライナーさんの合図で、英霊さんたちがよく分からないポーズを取ると、巨大化したクイーンさんから変な光線が出て、それに当たった彼らを吸い込んでいく。
そうして彼らを呑み込んだ後、しばらく《魔装》が波打っていたのだけれど、それが収まると胸の中心辺りにアモンさんの顔が、喉からシトリーさんの顔が、会陰部からナベリウスさんの顔が出現した。それぞれチャクラがあるとされている位置だろうか。
というか、その顔がチャクラよろしく――チャクラは認識したことがないので適切な言い回しかは分からないけれど、クルクルクルクルと回っているのだ。
「「「ぶふっ」」」
後方へ退避していたアルたちが、あまりの衝撃――いや笑撃に噴き出していた。
私も呼吸を卒業していなければ呼吸困難になっていたかもしれない。
彼らはテロリストよりお笑いの方が向いているのではないかと思う。
私としては、これもひとつの神殺しだと認めてもいいかなとは思うのだけれど、アナスタシアさんのように冗談の通じない人には通じないだろう。
それに、魔法の本質的には方向性が散らかりすぎてよく分からないことになっているので、アウトにしておこう。
「「「行くぞぉ!」」」
真剣な表情で回転する顔がハモった。
「ごふっ」
駄目だ、堪えきれずに吹き出してしまった。
もう本当に神殺しでいいんじゃないかな?
駄目?
まあ、ツッコミ不在だしね。
『お笑い勝負にするならメガユノ出すけど』
ああ、それは駄目だね。
というか、朔もあれはお笑い枠だと思っていたんだね。
私には笑えないけれど。
仕方がない。
全てが茶番になってしまう前に、手早く終わらせようか。




