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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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59 神殺し

 ヴァサヴィ・シャクティは、見た目的には雷――木属性に見えるが、実際には万能属性である。


 それが光速に近い速度で、広範囲を巻き込んで目標を穿つ。

 回避は不可能である。



 ユノは、そんなヴァサヴィ・シャクティに対して前進する。


 無論、前進できる距離などたかが知れているが、彼女にとっては前進することに意味がある。



 あらゆる存在を滅ぼす――神をも殺すという謳い文句のヴァサヴィ・シャクティは、確かに可能性としては嘘ではない。


 ただ、同じ謳い文句の《極光》や九頭竜のブレスと比較すると明確に劣るもので、それがユノがいうところの「階梯の差」である。


 例えるなら、物理的なサイズや階梯が人間より遥かに低い(アリ)の世界にヴァサヴィ・シャクティに類する神器があったとして、それが人間に効くか、若しくは人間に効く神器が(アリ)に扱えるのかという話である。


 特に、ここは主神の適当な設定のせいで、さまざまな伝承がごった煮にされてインフレーションを起こしている世界である。

 ゆえに、「絶対」とか「無限」などという謳い文句に、それほど価値は無いのだ。



 ヴァサヴィ・シャクティも例外ではなく、主神や九頭竜などを殺せるほどの階梯ではないし、アナスタシアやクライヴといった神格の高い神に対しても殺せない方向で強い因果が働く。



 当然、《極光》も九頭竜のブレスも効かないユノを殺せるようなものではないのだが、それは平時の彼女においてのこと。


 能力を制限していて、ある種の極致とはいえ「人間」の範疇(はんちゅう)にあろうとしている彼女は、直撃すれば普通に滅ぼされてしまう。

 もっとも、この「ユノ」が滅ぼされたとしても本質的にはさほど影響はないのだが、彼女にとってはこれはそういう戦いではない。



 ユノの狙いは、神をも殺す力――ある種の神そのものに対して、人の身でそれを打ち破る「神殺し」の実践である。

 もっとも、ユノが行うと純粋な神殺しにはならず、自己満足という面も多分にあるが、これを見ている者たちに対して、ひとつの手本を示そうとしているのだ。




 ユノは《ブラフマーストラ》を弾いた時と同じように、左腕を使ってヴァサヴィ・シャクティを外側斜め上方向へ弾く。


 初っ端から人間には不可能なことをやった彼女だが、「彼女が考えた理想の人間」は、これくらいはできるので何の問題も無い。


 ただし、さすがに階梯の差や魔力の質――魔力と魔素の差があっても、人が真っ向勝負で神を上回れるほど甘くはない。



 ヴァサヴィ・シャクティの押しつける存在の滅びを、ユノが彼女の存在をもって、逆にヴァサヴィ・シャクティの「存在」を問い返す。

 同時に、ヴァサヴィ・シャクティに込められた想いを受け止め、彼女も込めた想いを返す。


 ユノの言う「間合い操作の行き着く先」――領域の喰らい合いという、高次のコミュニケーションである。



 ただし、ヴァサヴィ・シャクティに込められたノクティスや雷霆の一撃の想いや理想に対し、ユノは意志を持つ魔素の源泉である。

 魔法に意志を込められる精度や強度が違うというか、比較できる階梯にない。

 想いや意志の強さやで威力や階梯は上がっていても、彼女を喜ばせるだけのものでしかない。

 そして、ノクティスの「魔法」は、「そういうの、もっとちょうだい!」という魔法(ユノ)に食い尽くされる。


 ここでもまた人間には不可能な要素が存在するが、喜んでいるので気にならない。




 一般的な観点では、ヴァサヴィ・シャクティは最上級の禁呪に相当し、条件次第では、本当に神殺しを可能とする概念攻撃である。

 破壊力だけを見れば、神ならぬ身でこれだけのものを撃てるなら充分――というより、人間を撃つには過剰なものだ。


 彼らの階梯でこの強度の概念を操るのは、更に上の階梯の存在から見ても賞賛すべきことである。


 真なる魔法に至るための入り口に立ったとして。



 とはいえ、魔法として本当に大切なものが欠けているという意味では、その先へ至ることはできない。



 ヴァサヴィ・シャクティは、「壊すこと」だけに特化した概念的な性質を有しているが、それだけでしかない。


 魔法の本質とは可能性である。


 そして、往々にして「壊すこと」は手段である。

 手段の段階で停滞している可能性では、決してその先に至ることはない。



 ユノの指摘で、何のために、何を壊して何を得るのかを再考し、想いを込めて撃ったヴァサヴィ・シャクティは、それでようやく「魔法」になった。


 そういう意味では、さきの《ブラフマーストラ》も「魔法」ではあったが、込められていた意志が後ろ向きだったため、真価を発揮することなく終わったのだ。




 一方で、ユノが示したのは、()()()()()()「人間の可能性」である。


 人間がそこに至る可能性はゼロではないが、そこに至ったものを「人間」といっていいのかは誰にも分からない。


 それでも、結局は彼女の主観によるもので、彼女が失望していないなら――できると思っていることは大体実現する。

 なお、それでどうなるかなどは一切考慮されていない。



 それはさておき、この状況でユノがやろうとしている「神殺し」とは、「不可能を可能にすること」だ。


 実際に、神の息の根を止めることや、神のあり方を変えてしまうことなども「神殺し」といえるが、いずれもそのひと言に集約される。


 無論、それも彼女の主観によるもので、神が神を殺すことなど、不可能ではないことは「神殺し」にはならず、それが「神殺しは人間の特権」だという彼女の言葉に繋がっている。

 そして、それは決してただの無茶振りではなく、可能性を操る彼女でも底が見えない人間のそれに期待してのものだ。


 ただし、それは個人としての人間ではなく、総体としての人間の話である。

 アルフォンスやアイリスのように個人で階梯を駆け上がりまくるのは、ユノから見ても例外中の例外なのだ。



 とにかく、根源的な観点では、「人間が住む世界」や、「人間」という存在が滅ぼされたとしても、人間がそれまで積み重ねてきたものまでもが消えるわけではない。

 直接的な継承者はいなくても、根源には蓄積されていて、根源から新たな種子が生まれれば、そこで何かしらの変化があるかもしれない。


 ユノのように根源に干渉できる存在であれば、あるいは綺麗に消滅させることも可能かもしれないが、それが可能な存在であれば、短絡的にそんなことをしない程度には思慮深いはずである。

 自覚や思慮の足りないユノが特殊なのだ。




 強大な力ではあるが、それだけでしかないヴァサヴィ・シャクティと、個々の力は脆弱だが、可能性だけは無限の人間。


 現在の人間の階梯では可能性を完全に開花させることはできないが、人間には過去に何度も理不尽に見舞われながら屈しなかった実績がある。


 なお、その実績は「まだ絶滅していない」という結果論であって、克服したとかそういうことではないのだが、ユノの中の人間像は、このように美化されているところがある。


 当然、そんな理想や夢想だけで「神殺し」ができるようにはならないが、どんな理不尽でも壊せないものがある――神は全知でも全能でもないと認識することが、神殺しの第一歩となる。


 そして、神の認識の及ばない「何か」を示すことで神殺しはなされる。




 ヴァサヴィ・シャクティが滅ぼしたのは、人間の可能性の表層だけ。


 概念的には、ヴァサヴィ・シャクティは、彼女の示した可能性のうち、人間の脆弱な部分だけを破壊したに止まった。

 さらに、概念的な整合性をとるために、破壊できなかったものから矛先を逸らして、新たな破壊できそうな対象を探す。

 強制終了しなかったのは、それだけ「魔法」として機能していたということだが、良いことばかりではない。



 これを、人間の可能性の勝利――だと思っているのはユノだけである。

 総体としての人間の、可能性が何らかの極致に至ったものを「人間の可能性」というならそうなのかもしれないが、人間視点でのそれは神話レベルの戦いである。 




 さて、現実においては、ヴァサヴィ・シャクティを弾いたユノの左腕が消失し、弾かれたヴァサヴィ・シャクティは空の彼方へ消えていった。

 射程距離でもシステムのサポートを超えた、とても良い「魔法」だった。



 そして、力を制限していたとはいえ、ユノを傷付けたノクティスのレベルが恐ろしく上昇する。


 しかし、当のノクティスにはそれを気にする余裕が無い。



 ユノの概念パリィは、ヴァサヴィ・シャクティを通じてノクティスにまで逆流し、その影響でノクティスは大きく仰け反らされて、尻もちをつかされていた。



 そこへユノが間合いを詰めてくる。


 彼女はこれを反撃を受けない状況――完全に彼女の間合いだと認識しているので、走りに躊躇ちゅうちょが無い。

 片腕を失っておきながら、一糸乱れぬフォームで走ってくるウサギの着ぐるみを被った怪人には、百戦錬磨のノクティスでも恐怖しかない。



(なぜだ!? 左腕を失っておいて、なぜそんなにも自然体で走れる!? 痛みを感じていないのはともかく、自然体すぎて不自然すぎる――いや、最早「理不尽」というべきか! そうか、これがアモンを追い詰めていたものの正体か! これは確かに怖い! ――などと分析している場合ではない! どうするっ!?)


 ノクティスとしては、一旦距離を取って体勢を立て直したいところだが、雷霆の一撃の未来を考えて、無様に逃げ回らずにヴィジャヤの能力を信じて迎撃を選択する。



 ヴィジャヤの能力は、所有者の表面に仮想の無限を展開して、敵からの攻撃を届かなくさせるもの。

 時空魔法の《無量》と同じ効果を持つもので、矛盾した表現になるが、展開できる「無限」は比較にならないくらいに大きい。


 ただし、両者共に非常に強力な効果であるが、飽くまで仮想であるため、無力化できるエネルギーに上限が存在する。

 それでも、実際に無限を生成しようとすると、魔力などいくらあっても足りないので、概念化して扱うことには充分な合理性がある。

 また、仮想無限空間に吸われた攻撃をエネルギーに変換することもできるため、「燃費」という点においては非常に優れた領域に仕上がっている。



 ノクティスは、ヴィジャヤを信じてユノに向けて構えをとるが、矢を番える前に彼女の右手で外側に弾かれた。


 ヴィジャヤの作り出す無限は、遥かに大きいユノの有限の前では何の意味も無かった。



 ノクティスとしては、驚きながらも予想どおりという感もあり、そもそも、落胆していられるような時間は無い。

 彼女の諦めがライナーの野望の終焉となる可能性が高い以上、最後の最後まで抗わなければと、体勢を立て直そうとあがく。


 しかし、ユノがそれより早く、ヴィジャヤを弾いた勢いのままもう一歩踏み込みつつ一回転して、ノクティスの顔面に拳を叩き込んだ。




「「ユノさん!?」」


「お姉様!」


 ルナたちの悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。

 ユノがあの神器を受けて生きているのは喜ばしいが、左腕が無くなっているのは衝撃的な光景だった。



「《パリィ》――恐らく、三連続か? だが、ユノ君の左腕が……」


 ヴァサヴィ・シャクティとユノのパリィの光速に近い攻防で、何が起きたのかを正確に理解しているのはユノだけである。


 それでも、アルフォンスはログを確認して、そこから事実を推測した。

 また、ルイスは前世の記憶と経験から、リディアとルナは彼女との訓練で、ルシオはヴァサヴィ・シャクティが飛び去った方向からユノの行動を推測していたが、それでも理解が追いつかずに混乱していた。



「いや、最後のは普通に裏拳だろ。……腕はアイリスの再生魔法で戻るか?」


「ユノちゃんには魔法は効かないはず! そうだ、エリクサー! エリクサーの在庫はあるか!?」


「数年前に陛下に使ったのが最後だったはず! くそっ、陛下が怪我などしなければ……! 陛下を絞ったらエリクサーが採れたりしないだろうか!?」


 ユノの負傷で混乱する体制派の重鎮たち。


 忘れ去られて風景と化した《予知》の少女。


 そんな者たちを尻目に、アルフォンスは、ダウンしたノクティスの側で残心を取っていたユノの許へと歩いていく。



「悪い。こっちで全部済ませるつもりだったんだけど」


 アルフォンスは、エリクサーRを取り出してユノの傷口に振り掛けると、ユノもその意図を察して左腕を再構築する。

 その瞬間、概念に矛盾が発生したヴァサヴィ・シャクティが消滅したが、誰も気づいていない。


「ううん、ありがとう。事案が発生していたから思わず飛びだしちゃったけれど、今思うと、私が手を出さなくても何かの準備はしていただろうし。けれど、ルイスさんの()()も処分したかったし、まあ私の都合だね」


「あれ、やっぱりかなりヤバいやつだったのか?」


「うん。なぜか大人しくしていたみたいだけれど、由来とか性質を考えると、放置するべきじゃないというか、変なことになる前に揉み消しておきたかったというか」


「まあ、そのへんのことは俺には分からんけど、いろんな意味でヤバかったからな。少なくとも、子供に見せていいもんじゃなかったな」


「ふふ、そういうこと。それじゃあ、ライナーくんだったかな? 彼の話でも聞こうか。後は任せるね」


「「ユノさん!」」


「お姉様!」


 コレットたちが駆け寄ってくる気配を察したユノが主導権をアルフォンスに返した直後、彼女たちがユノに飛びついてきた。


 少し離れた場所では、彼女たちが抱き合う様子を羨ましそうに見つめる体制派の重鎮たちが、ユノの無事を喜びながらも「勢いでいけるか?」などと葛藤していた。

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