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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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58 連戦

 アモンが覚悟を決めたことなど、ユノのように魂や精神が見えなくても、彼の目から魔力が溢れ出ているのを見れば一目瞭然である。

 そして、迂闊(うかつ)に間合いに入るのは危険だと判断するだろう。


 そして、彼女の教えを受けたルナやリディアは、彼がある種の「本来の魔法」に近づきつつあることに気がついた。

 当然、この程度では彼女に届くことはないことも。



 ユノはといえば、感心と呆れが半々だった。


 アモンが領域の片鱗を見せたことには感心したが、あのタイミングで不完全なそれは悪手というか、「そういうところだよ」とツッコミを入れたくなるところだ。


 できると信じることは大切だが、正攻法で敵わないからと頼るものではない。

 一か八かではなく、飽くまで正攻法の先にあるものなのだ。



 ユノがアモンとふたりきりの状況であれば、彼を賞賛して更に伸ばそうとしたかもしれないが、教え子であるルナとリディアに「この程度でいい」と思われるのはよくない。

 したがって、しっかりと悪いところを指摘するための行動を取ることにした。




 踏み込みの精度をアモンに認識できるであろうギリギリに抑えたのも、カウンター気味に振り下ろされた特大剣を白羽取りしたのも予定どおり。


 集中力は上がっているものの視野が狭くなっているアモンを誘導することなど、ユノにとっては朝飯前である。



 アモンの膂力りょりょくで振るわれた特大剣を受け止めた反動で、地面に片膝をついたことも計算どおり。


 そこから彼がスキルを発動しようとして隙を晒したのは悪い意味で予想外だったが、そうでなくても結果は変わらない。



 ユノは、刃筋を逸らしつつ剣から手を放す。

 それと同時に、尻尾を使って地面を蹴る。


 手足と同様、全くブレを発生させない尻尾遣いと、彼女の現実感を失わせるほどの気配の無さが合わさり、アモンは彼女が行動を起こしていることに気づけない。

 彼の意識が、「追撃」のことで占められていたことも大きいだろう。


 そうして、彼女は物理的な間合いも、彼の意識すらも掌握して、彼にだけ見えない二歩目で大剣を足場にして、アモンの頭を掴んで飛び膝蹴りをぶち込んだ。


 それは、ものすごくスケールの小さい「神の御業」だった。



 ただ、ユノがそれで終わりだと思っていたところを、アモンはギリギリのところで戦闘不能を免れていた。

 といっても、彼の男の意地が、何もできずに倒されることを拒否して、無意識に身体を動かしていただけだが。


「ほ?」


 ユノにしてみれば、「殺さない」という前提で、戦闘不能にするつもりの攻撃だった。

 戦闘不能であれば、残るHPに多少の差が出るのはどうでもいいことだが、弱々しいながらも特大剣を振り上げようとしているのは予想外で、間の抜けた声を出してしまった。



 ユノは、届くはずのない特大剣を避けるように、アモンの頭を飛び越しながら反転して背後を取り、そこから後頭部目がけて膝蹴りを叩き込む。


 これでようやくアモンが前のめりに倒れて戦闘不能に陥り、ユノが残心を取る。



 誰がどう見ても最後の一撃はオーバーキルであり、それを抜きにしてもアモンの捨て身の立ち回りは今頃彼の命を燃やし尽くしていてもおかしくないのだが、なぜか彼は死んでいない。

 むしろ、信じられないくらい穏やかな顔で眠っている。


 なお、アモンの覚悟と行動など関係無く、ユノの「殺さない」という意志が世界を上書きしているからなのだが、当のユノはそれに気づいていない。



「さて、要点は三つ。まず最初に、彼の身体能力は高かったけれど、無駄が多すぎて宝の持ち腐れでした。《身体強化》? とかで底上げしても、そこを改善しないと数値ほど強くなるわけではありません。むしろ、隙も大きくなるから、付け込みやすくなるだけかも」


 アモンを倒したユノが、彼の立ち回りの総括を始めた。


 最初の指摘部分については、ルナやリディアたちは、耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされたものだった。

 なお、なぜか疑問形で話しているが、それらの大半は事実であり、ただの口癖でしかないことを、彼女たちは身をもって知っている。



「ふたつ目。確かに彼の剣術のレベルは高かった。『極めた』と調子に乗っても仕方がないのかもしれません。けれど、武術って、突き詰めれば『間合い操作』なのだから、本当に極めたというなら得物は問わないというか、彼の場合は剣から解放されているはずなのです。剣術を通じて得た経験は、ほかのことにも応用できることもあるのだから、剣が無くてもできることはいろいろあったはず。剣に愛着を持つのはいいけれど、執着するのはよくありません。なぜ終始私のペースだったのに不利な大剣に拘ったのか、白羽取りされた時に剣を放棄していれば有利を取れたかもしれないのに――ああ、でも、執着こそが人間性の構築に大きな意味を持つのかな? うん、よく分からないからふたつめはなしで」


 話の途中でわけが分からなくなって固まることや、否定するのもよくあること。

 いちいち気にしていてはキリがないが、否定する範囲を教えてほしいと思うのは無理もない。

 今回の、この否定の仕方では、「間合い操作」も否定している。


 ルナとリディア、そしてコレットは、「ふたつめはなしで」を「最後のはなしで」と変換しているが、ノクティスをはじめとした常識人たちは、非常に混乱していた。



「最後のひとつは、魔法の本質は本人の可能性の発現であって、困ったときの神頼みではないのですよ」


 そして、最後にもっともらしいことを言って締めたが、理解や共感ができたのは、ルナとリディアにコレット、そしてアルフォンスくらいである。


 一方で、「魔法の本質」のことを聞かされていない者には今ひとつ内容が伝わらない。

 それでも、素直に「分からない」と言えない悪魔族たちは、神妙な顔で分かった振りをしていた。



「でも、最後に少しだけ私の想像を超えたから彼の勝ち。勝負に勝って試合に負けたっていうのかな? ということですので、彼を未熟だと言ったことは取消します」


 ノクティスを除く英霊たちをあれだけ圧倒しておいて、ユノが何にどう負けたのかが分からずに困惑している者が多い中、ユノは彼らの様子を気にすることなく、ノクティスではなくルイスに向けて手招きする。



「さて、これで一勝一敗になったわけだけれど、せっかくだし白黒つけておきましょうか」


 今度の発言は、ルナとリディアも首を傾げるものだった。


 決着をつけようという考えは理解できるものの、悪魔族的傍目にはユノの完勝である。

 それ以前に、カウントされていないであろうナベリウスは何だというのか。


 悪魔族的には、不意打ちだろうが罠だろうが負けは負けである。

 むしろ、カウントすらされない有象無象扱いは、敵であっても同情を覚えるものだ。



 なお、ユノ的には事案に対して対処しただけで、戦ったという感覚は一切無い。



「その前に――」


「おうふっ!?」


 ユノはそう言うと、状況がよく分からないままユノの許まで駆けてきたルイスの股間を蹴り上げた。


 心得のあるはずのルイスが全く反応できなかったそれは、指導目的もあったさきの戦いのものよりもいくつか上の階梯にあるもので、彼らの階梯で反応できる方が異常なものである。

 そして、その衝撃で、ルイスの股間から生えていたファルスがもげて落ちた。



「ごめんね、ルイスさん。でも、それは世界にとってもルイスさんにとっても良くないものだから、できるだけ早くどうにかしないと――って思っていたの」


 ユノが攻撃したのは、ルイスではなく、彼の股間に()りついた領域ファルスである。


 元はアイリスの歪んだ領域であり、なぜかルイスのナニかに憑いて大人しくしているが、本来であればルイスや世界を侵食してもおかしくないモノだ。

 ルイスの階梯がそれに耐え得るだけのものであれば問題は無かったのだが、現状ではそれをルイスの可能性とは認められなかったのだ。



 そうしてファルスは抵抗することもできずにルイスから引き剥がされ、現在はユノに踏みつけられて激しく暴れている。


 そして、悶絶しているルイスに、若干困惑気味のユノ。


 ユノの攻撃はファルスだけを狙って繰り出した限定的なものなので、本来はルイスにダメージは無いはずだった。


 もっとも、それはユノの認識上でのもので、人間は羞恥心や痛みにまで共感を抱くものだと理解していない彼女のミスである。

 それを証明するように、ルイス以外の男性陣が、股間を手で押さえていたり、内股になったりしている。



「お姉様!? お姉様がそんなモノに触れてはいけません!」


「でも、ユノさんくらいしか触れないモノだろうし……」


「くっ、できれば儂が代わってやりたいところだが……!」


「料理といいご褒美といい、陛下ばかりずるいですね……!」


 ユノを心配する声は上がるが、ルイスを心配する声は上がらない。

 むしろ、一部ではルイスやファルスを羨ましがる声すら上がっていた。



 さておき、いくら世界に害をなすものだとしても、元はアイリスの領域であり、ユノにはそれをただ消滅させることはできなかった。


 むしろ、本来ならしっかりと受け止めたいところなのだが、領域の形状が()()なために、胸に抱いたりすると、コレットの情操教育に悪影響を及ぼすおそれがある。

 間を取って、せめて想いを吐き尽くすまで踏みつけておくことにしたのだが、それはそれでプレイの一環のようになっていた。




「化物め……」


 それの危険性を知るノクティスがぼそりと呟く。



 ノクティスには、所有者を傷付けることができなくなる弓と、装備している間は不死になる鎧があるが、ファルスはそれらが無ければ相手にしたくないもの――たとえ傷を負わず、死ぬことがなかったとしても、想定外の何かが起きる危険性のあるものだった。



 ノクティスもルイスを侮っているわけではない。

 しかし、ファルス自体は危険だが、ファルスを出した以降のルイス本人の動きは精彩を欠いていて、アルフォンスからの射線を遮る肉の壁として利用することもできたくらいだった。


 一方で、攻め手が無くなったことも事実だったが、下手に手を出して、万一にもファルスに捕まればいろいろと終わってしまう。



 そんなノクティスでさえ触れることを避けたものを、ユノは何でもないもののように踏みつけているのだ。

 明らかに異常である。



「そう? えへへ」


 しかも、聞こえないように小声で言ったものがしっかりと聞かれていたことはともかく、化け物扱いされて少し喜んでいるようにも見えて、ノクティスを更に困惑させる。


 なお、ユノとしては、「化物」呼ばわりが、「女神」や「邪神」よりは遥かにマシだったというだけのこと。

 何より、何かを期待されることのないそれは、「姫」よりも好ましいものだった。



「では、いつでも攻撃していいですよ」


 だからというわけではないが、ユノは悶えるルイスを放り投げ、ファルスを踏みつけたままノクティスに手招きする。



 ノクティスにはユノの強さの秘密が分からない。


 被り物を被っていても――そのせいで余計に目を惹く容姿は、それでも戦慄を覚えるほど整っている。

 容姿のレベルの高さは、そのもののレベルの高さに直結するのは、彼女たちの時代でも常識だった。


 しかし、彼女からは一切の魔力を感じず、強さに繋がる要素がまるで見当たらない。


 それなのに、シトリーとアモンはろくな抵抗もできずに敗北した。

 それも、彼女の言動から察するに、かなり手加減されてだ。


 魔力で身体能力を強化することもできるので、筋力はさほど重要ではない――とはいえ、いくらなんでも限度があるし、そもそも、魔力が無いのにどうやって強化するのか。



 まるで悪い夢でも見ているような感覚だが、理由は分からずとも、舐めてかかって勝てる――いや、死なずに済む相手ではない。

 三人が死んでいないのは、それだけ実力に差があったということ。

 彼らよりは強いという自負があるノクティスがどうなるか、逆に、失望させた場合のライナーがどうなるかは分からない。


 先手を譲ってくれるというのであれば有り難く頂くだけだ。

 下手に見栄を張って、アモンのように封殺されてしまっては元も子もない。



 ノクティスにも近接戦闘の心得はあるし、アモンがあれほど苦戦するような動きにも見えなかったが、対峙しなければ分からない何かがあるのだろうとプライドは投げ捨てた。



 問題はこのチャンスをどう活かすかである。


 ユノについては、ノクティスも自身と同一の存在だとはもう考えていない。


 魔法無効化能力が高いとは聞いていたが、接触したアモンの《身体強化》などのバフが解除された様子はなく、その真偽は分からない。



 なお、ユノの魔法無効化能力(無意識での侵食)がバフ等を解除しないのは、湯の川での魔王、魔界でのルナたちの訓練において、対象の強化状態を解除してしまうと訓練にならないため、意識している間は侵食しないように努力している結果である。

 また、強化魔法等ではなく、自身の魔力を循環させての自己強化は「本人の一部」として認識しているため、元より解除されることはない。


 ただし、それは「手違いが無い」ということではないので、世界を改竄していない彼女を信用しすぎてはいけない。




「ふはは、随分と肝が据わっておる。うちの者たちにも見習わせたいくらいだ。だが、その余裕がいつまでもつかな?」


 余裕が無いのはノクティスの方だが、ノクティスもそれを悟らせないよう「誘いに乗ってやろう」という余興めいた態度で臨む。

 当然、ユノの目には揺れまくっている精神が見えているので、虚勢であることは隠せていない。



 ユノとノクティスとの距離は五十メートルほど。


 ユノがアモンと戦った時と同じ能力であれば、ノクティスが先に二射か三射できる距離である。



 ノクティスは、神弓ヴィジャヤを構え、暴風を纏う矢【ルドラアストラ】を番える。


 直接神器(ルドラアストラ)を放つために、その能力は発動できないが、それを抜きにしても、矢として破格の意性能を持っている。

 高い攻撃力はいうまでもなく、防御不能に防具破壊、ついでに暴風による追加ダメージとノックバック効果まである。


 どれかが上手く効果を発揮すれば、マスターとイオ、余裕があれば眷属の何人かは連れて逃げられる隙を作れるだろうか――と考えての選択だった。


 そして、内心までは読めないものの、こうした諦めない姿勢はユノの大好物であり、そういった雰囲気を感じ取った彼女は、期待感でいっぱいだった。




 限界まで引き絞られた神弓から放たれたルドラアストラは、射線上のあらゆるものを暴風で巻き上げながら、一直線にユノを目がけて飛んでいく。



 これに焦ったのがユノである。


 彼女は、弓であろうが銃であろうが、矢でも銃弾でも、たとえそれが光速で飛んできたとしても、回避や防御をする自信があった。


 しかし、なぜか爆風や暴風はどうにもならない。



 彼女の教え子であるルナなら受け身で無効化できるかもしれないが、それはシステムのサポートがあってのことであり、それを受けていないユノでは、何かをする前に普通に吹き飛ばされてしまう。



 それでも、足元のファルスが無ければ吹き飛ばされても問題は無いのだが、アイリスの領域らしく、一瞬でも隙を見せれば何をするか分からない怖さがあるので、ここで足から離すわけにはいかない。


 能力で強引に足裏にくっ付けたとしても、足に吸い付くドリブルならともかく、足に吸い付くファルスでは、もうなんというか特殊すぎる。



 ユノは自身をアンカーとして世界に打ち込んで固定すると、ルドラアストラの纏っている暴風を捕まえて受け止めた。

 避けなかったのは周辺被害に配慮して、矢を掴んだり弾いたりしなかったのは、貴重な品ぽいので壊さないよう配慮しただけで、それ以上の理由はない。



「……」


「風を掴んで止めるとか、これも魔法の本質か……! さすがユノさんね!」


「当然です。お姉様の魔法であれば、チャンスも――いえ、栄光も掴めるでしょう!」


「ふっ、リディアよ。ユノ君は胃袋や心も掴むぞ! 魔界一の識者である私が言うのだから間違いない!」


「いつもながら常識とか他人の価値観とかぶっ壊してんな……。なんかもう、一周回って安心感あるわ」


 驚きや恐れを必死に隠すノクティスと、狂信具合を隠そうともしないルナたち。

 湯の川でよく目にする日常の風景に、妙な安心感を覚えるアルフォンス。


 ユノとしては、風を捕まえたことには特に思うことはないが、世界にアンカーを打ち込んだことは若干の()()であり、あれこれ言われるのは恥ずかしかった。

 ついでに、せっかくの期待感を自身の()()で台無しにしてしまったことにも、若干の申し訳なさがあった。


 そこで、ユノはやり直しをすべく、もう一度ノクティスに手招きする。




「ふっ、さすがにあの程度では動じんか。ならば次はもう少しギアを上げていくぞ」


 強気と余裕の姿勢をどうにか保っているノクティスだが、内心は恐怖や混乱でグチャグチャだった。



(テクニックだけではなく、パワーも――いや、そもそも、素手で嵐を掴むとか意味が分からん。どうする――? ここは《スーリャストラ》――いや、やはり出し惜しみなどせずに《ブラフマーストラ》か? 万能属性は全てを解決するというしな。だが、もしも通じなかった場合は――いや、考えるな! 余ならできる! 余の力を余が信じずしてどうする!)



 再び弓を構えたノクティスが番えたのは光の矢。

 《ブラフマーストラ》は《極光》の劣化版ではあるが、全てを破壊する滅びの光を放つ、システムが提供するスキルの中では最上位のものである。


 アルフォンスの神剣の能力には相殺されたが、あれも《極光》ですら侵食するユノの能力の超劣化版であり、比較対象としては不適切なものだ。


 彼女には、その神剣がどのような物かの知識は無いが、ガーンディーヴァを持ち出した彼のこと、《ブラフマーストラ》に対策していたことも充分に考えられる。

 そんなものがあるとは思いたくないが、彼女が知らない二千年の間にできていても不思議ではない。

 むしろ、彼が人族ではなく悪魔族なら、その二千年の進化に感動を覚えたかもしれない。



 それでも、全力の《ブラフマーストラ》であれば――伝承にある、宇宙すらも破壊する真の《ブラフマーストラ》であれば、対策諸共吹き飛ばせるはずだ。

 実際には、欠けているものの多いノクティスにその域のスキルは使えないと、彼女自身でも分かっているが、威力があって手早く撃てるスキルがこれ以外に無い。


 正確には、もうひとつ奥の手が残っているが、そちらは「神を殺す」用途のものである。


 アルフォンスの言っていたことが真実であれば、悪魔族が外界に出るには、いずれ神と対決する必要があるのだろう。

 当然、今を乗り切らなければそんな日は来ないのだが、一度しか使えない切り札をここで使ってしまっては、生き残ったとしても希望を失うようでは本末転倒だ。


 ゆえに、彼女は《ブラフマーストラ》に全てをかける。




 ノクティスは、《ブラフマーストラ》にありったけの魔力を込めて、「滅びよ!」と気合と共に照射する。


 それは特大のビームとなってユノを襲う。



 ユノは、そのあまりの大きさと、それが弓で撃つスキルなのかに少し意表を突かれたが、《ブラフマーストラ》自体は《極光》未満のものなので、そこに思うところはない。



 直径で十メートルほどの《ブラフマーストラ》は、ルイスに向けて放たれたものの倍以上。

 さらに、密度も倍近く違うため、威力としては五倍近い。


 その圧倒的な「力」を前に、更にそれが防御手段の存在しない「万能属性」であることに、ユノを信頼している者たちも動揺を隠せない。



 それを、ユノはタイミングよく振り抜いた腕で弾いた。

 この百倍近い威力の九頭竜のブレスを分解して編める彼女からすれば、容易いことである。



 ユノ以外の者たちには、ユノが、《ブラフマーストラ》を、盾術スキルの《パリィ》で弾いたようにしか見えなかった。


 弾かれた《ブラフマーストラ》が、《パリィ》で弾かれた武器のように照射元より角度を変えて、照射元のノクティスも体勢を崩しているのが理由だろう。



 なお、《パリィ》で弾けるのは物理的なものだけで、《ブラフマーストラ》は物理ではない。


 ただ、概念にも階梯が存在するのは一部では知られていることだが、「世界を壊す」という低い階梯にある概念が、高い階梯にある「世界」に弾かれた結果、現実世界が「ノクティスの概念攻撃はユノには当たらなかった」という形で整合性をとったのがこの状況である。


 むしろ、ユノが何らかの意図をもって《ブラフマーストラ》を侵食していれば、ノクティスもただでは済まなかったことを考えると、彼女は世界に救われたといっても過言ではない。




「照射系の万能属性スキルをパリィしたのか!? そんなことが可能なのか!? いや、ユノなら何でもありだと思うが――」


「一応、【山河社稷図さんがしゃしょくず】などの空間操作系神器であれば似たようなことも可能かと思いますが――」


「彼女のお肌はツルツルでスベスベですから、光線くらい弾きますよ」


「「「なるほど」」」


 復活したルイスが、常識では考えられないユノの行動とその結果に首を傾げ、ルシオが推測し、アルフォンスが冗談を言うと皆が納得した。



 納得できなかったのはノクティスだけ。


 《パリィ》されたことでスキルを中断させられ、予想していたよりも魔力の消耗は抑えられたものの、肌の肌理きめが理由で万能属性の神技を弾かれたのだ。

 それを抜きにしても、《パリィ》は物理攻撃を弾いて無効化するだけのスキルであり、万能属性は、無効化能力は当然として、対抗魔法の《魔法反射》も貫通するのだ。



 最早、彼女の常識が通じる相手ではない。


 ノクティスは、どうにかして出直せないかと辺りを見回すが、雷霆の一撃で立っているのは彼女だけ。

 最早神に祈るしかない状況だが、どうにも神は体制派側についているようなので期待できない。




「……ふっ、よもや《ブラフマーストラ》をこうも容易く弾かれるとは思わなかったぞ。これでは余も奥の手を出さざるを得ないが、これを防ぐことができれば貴様の勝ちでよい」


 飽くまで強気の姿勢を崩さないノクティスだが、発言内容はかなり情けない。

 しかし、これが彼女の精一杯であり、彼女でなければ命乞いを始めていてもおかしくない状況である。



「いいですよ」


 ユノにとって、勝負の内容に拘りはないので無条件で承諾する。


 朔にとっても、想定よりも地味ではあったが、アモンとの戦いでユノの活躍を見せられたことで、ひとまず満足していたため文句はない。

 強いていえば、ノクティスがもっと強いなどの理由で、ユノの制限を解除させることができればよかったのだが、現状ではそんな気配は見られない。



 ちょうどユノの足下ではファルスが消滅し、自由になった彼女はこれからが本番とばかりに「押忍」と気合を入れる。


 その可愛らしさと揺れた胸に皆の目尻が下がる中、ノクティスだけは生きた心地がしなかった。


 これから行うのはノクティスの一方的な攻撃で、それでユノが生き残るかどうかの勝負だが、ユノを殺せるイメージが全く湧かず、生き残った後で反撃を受けないという保証はない。



 特に、ノクティスの奥の手は、彼女に不死を与えている黄金の鎧と耳飾りを代償にしてに顕現させることのできる神槍【ヴァサヴィ・シャクティ】を用いた、《ブラフマーストラ》をも上回る、神をも殺すことのできる攻撃である。


 理論上、これで殺せない存在はいないはずなのだが、事ここにおいては理論は役に立たない。


 もし反撃を受けた場合、不死ではなくなった彼女に死を避ける術は無い。

 ヴィジャヤがあっても、傷付かないことと死なないことはイコールではないのだ。



 ノクティスは死が怖いわけではない。

 ただ、ライナーの理想が、英霊たる自分たちの能力不足で潰えてしまうのが怖かった。


「もうひとつ。万が一にもないと思うが、余が負けた場合でも、余の力に何かを感じたのであれば、マスターの話を聞いてやってほしい」


 悪魔族として、敗者が勝者に要求するなど考えられないことだったが、ノクティスはユノが理屈の通じないところに賭けた。



「いいですよ。それと、さっきのは悪くありませんでした。次はもっと、()()を込めるといいですよ」


 ユノは先ほどと同じように無条件で受け容れる。

 それどころか、悪魔族的には挑発にしか聞こえないアドバイスまで送る余裕だが、ノクティスは感情的になるでもなく、素直にそれを受け入れた。


 そもそも、ユノにとっては戦闘も会話もコミュニケーションの手段のひとつにすぎない。

 そして、彼女はコミュニケーションが大好きだった。

 断る理由など無い。



 特に、さきの《ブラフマーストラ》からは強い信念が感じられてご機嫌だった。

 魔法の本質を理解せず、力に溺れていたり振り回されている者が多い中で、内容はさておき、信念を感じられるものは希少だったのだ。

 それゆえに、世界システムに横槍を入れられたような形になったことに不満を覚えていたが、それ以上のものがあるというなら、今度こそしっかり受け止めようと気合を入れ直していた。




「《顕現せよ》」


 ノクティスが発動句を口にすると、彼女の不死性(黄金の鎧と耳飾り)と引き換えに、その手に神槍ヴァサヴィ・シャクティが顕現する。

 同時に、それから(ほとばし)る無数の雷が、轟音を立てながら広範囲を蹂躙する。


 神槍から発せられる存在感は、さすがは神器を代償にして顕現しただけはあるとひと目で分かるものだ。

 それは、ユノに全幅の信頼を寄せている者たちでも不安を覚えずにはいられないものだった(※2分ぶり2度目)。



 少なくとも、初手でこれを使われていては、間違いなく体制派は全滅していた。


 アルフォンスの持つ神剣ヴァジュラも、元は同じような性質を持っていた物だが、ユノの血を吸って性質が変化している。

 狭い範囲での威力は格段に上がっているが、非常に広範囲を破壊するであろうヴァサヴィ・シャクティを防ぎきることはできなかっただろう。



「これは余の不死性を反転させた物――敵に絶対なる死を与える神槍ヴァサヴィ・シャクティである。余としては貴様に恨みはないが――いや、できることなら、共にマスターの理想を叶える手助けをしてもらいたいと思っているが――」


「私を殺してしまうかもと心配をしているなら、その必要は無いから――むしろ、私を殺してくれるなら大歓迎ですよ」


「ヴァサヴィ・シャクティは、神や不死者であっても殺すのだぞ?」


「神なんてそれほど特別なものでもありませんし、私も含めて、言葉どおりの『不死』なんて存在しませんよ。まあ、死の定義次第ですけれど」


「ふむ、どうやら余らの知らぬことをいろいろと知っているらしい。であれば、これ以上の言葉は不要か」


 ノクティスは、さすがに神槍を前にすればユノも何らかの反応を見せるかと期待していたが、全く自然体を崩さない様子を見せられると、覚悟を決めざるを得ない。


 彼女を殺す覚悟を、自身が死ぬ覚悟を――それでも、この一投が魔界の未来を良いものに変えられるようにと祈りを込めて。


 ノクティスは神槍を持つ手を高く掲げると、それから発せられる雷撃が一層激しいものになる。

 その直後、全ての存在を滅ぼす概念の雷が、雷霆の一撃の想いも乗せて、ユノに向けて放たれた。

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