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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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56 転機

 見た目はどうあれ、膠着(こうちゃく)の一角が崩れた。



 一方では、ナベリウスがルシオを捕まえた直後に、雷撃化したライナーの拳がルナの顔面を捉えていた。


 揺れる視界と、まとまらない思考。

 何かが砕けたような音の直後に、全身を襲う激しい痛み。


 そこには攻撃したはずのライナーが地に倒れ伏し、攻撃が直撃したはずのルナは、鼻血を出してはいるものの立っていた。



「「「マスター!?」」」


 全く理解できない状況に、さすがの英霊たちも狼狽(ろうばい)する。



 ライナーには、リディアに付けられた以上の外傷は見受けられない。

 だというのに、すぐに立ち上がれないほどの大ダメージを受けているのだ。

 しかも、その原因が英霊たちにも推測すらできないのだから無理もない。



「ふはっ! 来ると思ってたんですよ!」


「ルナ、ナイスカウンターです! 訓練の成果が出ましたね」


 ルナが何をしたのか理解できたのはリディアだけだった。


 リディアは素直に彼女を賞賛し、ユノも陰ながらに賞賛していた。


 アルフォンスでも、「どこかユノっぽい理不尽さ」と感じたくらいで、詳細は分からない。

 それでも、フォローが間に合わずに焦っていた彼にとっては、結果が良ければどうでもいいことだった。


 英霊たちは更に混乱した。

 さきの攻防のどこにカウンター要素があったのか。

 自分たちの知っている「カウンター」とは違う。

 これが時間の流れ、技術の進歩なのかと。




 ルナは、ライナーが彼女を狙っていたことを、彼の視線や意思といった魔力を伴うものを通じて感じ取っていた。


 彼女たちにとって、いくら速い攻撃でも、事前に「行くぞ」と予告されているものを迎え撃つことは、それほど難しいことではない。

 少なくとも、「行くよ」という予告が無いとか、あっても同時に食らう攻撃よりは遥かに可能性がある。

 そして、ルナは彼女の存在の全てを「カウンター」という可能性で満たし、ライナーの拳を「彼の存在の弱いところ」として迎え撃った。


 それは拙いながらもルナの領域でライナーの領域を侵食したということにほかならず、ユノの言う「魔法の本質」を見事に実践してみせたものだった。



 ライナーがもう少し魔法の扱いに長けていれば、若しくはレールガンのような遠距離攻撃であれば結果は違っていただろう。

 ルナの領域では侵食できるものには限界があり、レールガンの弾体を通じてライナーを侵食できる階梯にもないのだ。



 しかし、ライナーがルナを見縊(みくび)っていた結果として、彼はHPだけでなく、魂や精神にまでダメージを負ってしまった。

 さらに、その衝撃でデーモンコアとの接続も断たれてしまった。

 そのまま死に至るほどの状態ではないとはいえ、すぐには復帰できない。



 ルナの方も、領域の構築が不完全だったために若干のダメージを受け、更に大量の魔素を消費して疲労困憊(こんぱい)である。

 もっとも、ユノとの訓練で魂や精神まで鍛えられていたため、この程度で「疲れた」などと弱音を吐くことはない。




 ライナーの危機に、英霊たちは方針転換を迫られた。


 ライナーの近くにいたシトリーは、すぐにライナーへの追撃を防ぐためにカバーに入り、ノックバックを無効化する盾術スキルの《不退転》を使用する。


 ダニエルとピエールの相手をしていたアモンは、多少のリスクを冒しても、決着までの時間を短縮する方針に切り替える。


 選択の余地がなかったとはいえ、そのふたりの方針転換は間違ってはいない。

 問題は、方針転換したくてもできない状況のノクティスと、選択肢が多いが正解が無いナベリウスだ。




 ナベリウスの抱える問題のひとつが、ルシオは既に死に体だが、止めを刺すには至っていないことだ。

 それには、後二秒くらいは必要になる。

 《熱視線(スターゲイザー)》の出力を上げれば短縮できるが、彼の受ける自爆ダメージも増えてしまう。

 それを回復させる時間や、その間隙だらけになることを考えると、現状が最高効率といえる。



 二秒という時間も、膠着こうちゃく状態が続いていれば問題にならないものだったが、王であるライナーが瀕死で、敵側の大駒であるリディアがフリーな状態は非常にまずい。

 自由にさせては、二秒どころか、一秒もかからずチェックメイトだ。


 シトリーがカバーに入ったとはいえ、彼の速度と立ち回りでは、リディアを相手に壁になることはできないだろう。

 ナベリウスがリディアの立場であれば、シトリーを迂回して、先にライナーに止めを刺す。

 シトリーが《挑発》系スキルやダメージを肩代わりするスキルを使っても、ルナがライナーを効果範囲外に運べばお仕舞いだ。


 ノクティスがフォローに入ってくれればいいのだが、彼女の方もわけが分からない状態になっていて、迂闊うかつに動けばノクティスまで失ってしまう。

 戦略的にはライナーを優先するべきなのだが、「彼女の忠実な臣下」という英霊としての(さが)が、その判断を迷わせる。



 そうなると、ナベリウス自身が動くしかないが、彼の能力と手札ではリディアに勝つことは「難しい」と判断せざるを得ない。


 距離を保っていれば大きな反撃は受けないかもしれないが、威力だけなら彼も認めるところだったレールガンを《パリィ》で済ませる彼女には、生半可な攻撃は通用しない。

 そして、生半可ではない魔法はライナーを巻き込む可能性を考えると使えない。


 だからといって近接魔法使いとして戦えば、アモンがダニエルとピエールを斃しきる前に斃されてしまう可能性の方が高い。



 仮に、シトリーに加勢して、二対一でもまだリディア有利だ。

 むしろ、そのコンビではお互いの良さを活かせない。



 そこに、フリーになっていたルナが、ルシオを回復させて数的不利を作られると非常にまずい。



 それらに比べると、アモンに援護射撃を行って、早めにアモンをフリーできれば有効な選択肢が増えるのだが、敵もそれを警戒しているはずである。

 当然、そこには罠が仕掛けられていると考えるし、いくつかは仕掛けがあることを確認している。

 アモンは野性的な勘なのか、それらを上手く回避しながら戦っているが、下手に手を出すとかえって邪魔をしてしまうおそれもある。



 そして、どう対応していいのかが分からないのがノクティス方面である。


「俺があの程度でやられると思ったか! これは――この力だけは使いたくなかったんだが、使わせたお前らが悪いんだぞ! しっかり責任取ってもらうからな! 倍返しだからな! 《性技執行》の時間だ、コラァ!」


 ライナーに狙撃されたはずのルイスは、まさかの無傷だった。

 レールガン株大暴落である。


 それだけならまだしも、彼は股間から禍々しい蛇――(はばか)ることなくいうならファルスを生やして荒ぶっていた。

 見れば分かる、いろいろな意味でヤバい奴である。

 ヤバすぎて、彼の吐く言葉の全てが下ネタに聞こえてしまう。


 そして、ヴィジャヤの守りを貫通する性能も、いろいろな意味で危険だった。


 アルフォンスまで困惑させているところはいいのだが、単純なダメージだけではなく尊厳まで奪われそうなそれは、もう表現する言葉が見つからない凶悪すぎるハラスメントだった。




 事ここに至っては、ナベリウスに期待されているのは、起死回生の奇跡の一手である。


 それはギャンブルにのめり込んで破滅する人の思考であり、この局面での最善は投降、次善は相手のミスを期待しての堅実な手である。

 しかし、彼はそう判断してしまった。



 ナベリウスは瀕死のルシオを放り出し、それまで考えていたどんな手でもなく、全く先の読めない手を打つために駆け出した。


 彼の視線の先にいるのは、なぜここにいるのか全く分からない少女である。

 ずっと疑問に思っていたが、大して害もないので後回しにしていた。


 しかし、もしかすると何かの重要な鍵を握っているのではないかと考えたのだ。

 彼女が重要な存在であれば、何かしら状況が動くはず――と。


 無論、もしそうなら充分な護衛がついているはずなのだが、正常性バイアスが働いている彼は、そこに考えが及んでいなかった。



「ひっ!?」


 怯える少女に迫る、先ほどまで地獄絵図を繰り広げていたヤバい大人。

 事案発生の図である。



 そんなふたりの間に、轟音と共に降ってきた光の柱。


 そこから飛び出てきたのは、魔界では伝説の存在とされているバニースーツを着て、奇怪なウサギの着ぐるみの頭部を被った女性だった。


 体制派には「辺境で活動している、魔法少女という集団を率いている少女」として報告されている彼女だが、雷帝の一撃のデータには無い存在である。



 その少女は、滑るようにナベリウスに接近すると、白魚のような指で彼の顔を掴んで、流れるように飛び膝蹴りをぶち込んだ。

 それは、ゆったりとした動作とは裏腹に、威力は一撃必殺――奇跡のHP1残しだった。

 ついでにMPもゼロにしているので、《自動回復》もしばらくの間は働かない。



 着地と同時に残心を取る女性に声がかかる。


「お姉様!」

「「ユノさん!」」


「えっ!?」


 声をかけたのはリディアとルナ、及びコレット。

 驚いたのはその女性である。



 女性――ユノは、この状況をずっと不可視の状態で見守っていた。

 何事も――よほどのことがなければ手は出さないつもりで。



 朔からはいつでも介入できるように注意されていたが、その機会が一向に訪れないことに油断していた。


 さらに、アイリスの領域を取り込んだルイスが、完全に自身のモノとして扱っていることに困惑していたり、ルシオがわけが分からないこと(ボーイズラブ)になっていて驚いたり、ルナが未熟ながらも領域を構築したことを喜んでいたところに事案が発生したのだ。


 大慌てでの登場となってしまったため、介入する際の口実や偽装に、闘大にいる自身との整合性など、いろいろと考えていたものをほぼ台無しにして、衣装についても辺境活動用の物そのままになってしまったりと散々な状況である。

 それでも、コレットの安全には代えられない。



 当然、ユノを知る者が、その程度の変装で彼女を見間違えることなどない。


 彼女としては、一瞬で正体がバレたのは予想外で動揺したが、バラすことが目的の朔にとっては面白い展開となった。


 朔にしてみれば、ノクティスやライナーたちがもっと強ければさらに良かったのだが、魔界ではこれ以上は望めない以上、ここで踊ってもらうしかない。




「お姉様、どうやってここに!?」


「……うん、まあ、ちょっとしたズルで。あ、ルイスさん、ダニエルさん、ピエールさんとその他の皆さんはこんにちは。学長先生はお大事に」


 さすがにずっと見ていたとは言えないユノはお茶を濁すしかないが、正体がバレたことは気にしない。


 少なくとも、その重要度は挨拶以下である。

 ユノは過去のことや失敗を引き摺らない女なのだ。



「それに、約束もしていたし」


「「ユノさん……!」」


 そして、切り替えの早い女でもあった。


 ユノの言葉に約束に覚えのあるふたりが感動するが、ユノが言ったのはコレットに対してのみである。

 一応は大人であるルナは、ある程度は自己責任だと考えられているのだ。



『まあ、何となく状況は分かるけど――』


 誰よりも状況を理解している朔が、これから状況を動かすためにしれっと(うそぶ)く。

 当然、ユノにとっては「そういう設定だった」という台詞だったので、それに合わせて全体を見回す。

 なお、被り物を被っていることは考慮されていない。



『アルフォンス、しっかり説明しなかったの?』


 いかにも「呆れている」という感じの口調で、朔がアルフォンスに問いかける。



「いや、説明はしたんだけど。こいつらの性格上、一度痛い目を見させなきゃ分からないみたいだから」


 アルフォンスは、朔が話していることにも、朔が何かを企んでいることにも気づきながら、その目的を予想しながら答える。



『だったら、そこの彼がダウンしたところで終わりなんじゃ?』


 この意見はユノも同感だった。



「いや、どうにも決定権者がいなくなったことで、引っ込みがつかなくなったらしい」


 この答えは、アルフォンスが朔の目的を察した上での譲歩だった。


 コレットが狙われることも、一応は想定内。

 その場合、すぐに退避用の《転移》の魔晶を使う手筈になっていて、彼女ももたつきながらそうしようとしていたところだった。


 この後、朔が切り出すであろう提案は、大体の予想がつく。

 本音をいうと、「後々の話し合いのためにも、このまま任せてくれた方がいい」のだが、朔もそれくらいは想定しているだろうし、彼との関係やアクマゾンからの収益の分配を考えると、無理を通すほどのものでもない。



『残りは消化試合なら私が引き受けようか? 私なら殺さずに制圧できるし』


「えっ?」


 その提案は、アルフォンスの予想どおりのものだった。

 一方で、またもや油断しかけていたユノは、見事に踊らされることになった。

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