55 中盤戦
アモンが手にしている得物は、二メートルを超える彼の身長より更に長く、「剣」というには分厚すぎる特大剣だ。
魔界においては少数派に属する武器使い――さらに、力任せに振り回すだけの者がその大半を占める中、彼の剣は見事なまでに剣術だった。
見た目どおりの豪快さで、触れた物を全て吹き飛ばすような力強さと、緻密に計算された緩急虚実織り交ぜられた攻撃に、動作後の隙を消すようなスキルの使い方は、体術関係には厳しいユノも賞賛するくらいの完成度だった。
アモンと対峙するのは大魔王ルイスの側近のふたり。
将軍ダニエルは、全身に重厚な魔装を纏い、これまでにも様々な問題を圧倒的なパワーで解決(※暴力)してきた猛者である。
宰相ピエールは、速度や小回りを重視した部分魔装型で、問題の芽が小さいうちに速やかに摘んできた(※物理)現場主義である。
「うおっ!? 危ねえな、おい! ちゃんと合わせろよ、鈍間!」
「くっ! 貴様が先走るからやりづらいのだ、この早漏が!」
ステータス的にはアモンと大差ない彼らだが、圧倒的な技量の差のせいで、最初の奇襲以降はほとんど有効打を与えられていない。
数的有利も、アモンにしてみれば少々手数が増えた程度。
それも、パラメータ任せの大振りやスキルの撃ちっ放しなど、付け入る隙などいくらでもある駆け引き以前のもの。
ひとつのミスで状況が覆される状況ではあるが、このふたりを相手にミスを犯す可能性はほぼない。
アルフォンスや体制派の横槍には警戒しなければならないが、充分なマージンを確保した上で、ただただ固い的を地道に削りきるだけの作業である。
軍師を自称しているナベリウスだが、ノクティスによる先制攻撃が所定の成果を挙げられず、更に相手の良いように分断されてしまった時点で、戦略がどうのといえる立場になくなった。
少なくとも、彼自身はそう考えている。
初代大魔王の軍師という肩書は、彼のアイデンティティーの全てだった。
間接的にとはいえ、それを否定されてしまってはもう生きていけない。
ここにいる全ての敵を抹殺して――それも、この状況から相手の上を行くことでノクティスたちからの信頼を回復できなければ。
タイプとしては魔術師型に分類されるナベリウスだが、回避や防御を優先してルシオとの間合いを詰めていく。
当然、遠距離でルシオと撃ち合っても勝つ自信はあったが、そんな何の捻りもない方法で勝っても、傷付いた彼の自尊心は癒されない。
それに、戦力的には雷霆の一撃の方が勝っているはずが、現況は膠着状態である。
その原因が、アルフォンスの存在と体制派の奇襲成功であることは明らかで、状況が順当に推移すれば挽回できるはずなのだが、要であるライナーとリディアの勝負の行方が怪しい。
英霊たちが負けなくても、マスターであるライナーが負ければそれで終わりなのだ。
そうさせないためにも、どこかで膠着状態を打開する必要があった。
攻撃能力が低く、防御能力が突出しているふたりの戦いは非常に地味だった。
ライナーのサポートに入りたいシトリーと、それを邪魔したいルナ。
ルナの攻撃では、重装のシトリーの防御を破ることはできないが、彼の遅すぎる攻撃も、軽装で素早いルナを捉えることはできない。
シトリーがルナを無視して進もうとすると、アグレッシブな受け身で邪魔をされる。
大したダメージを受けるわけではないが、時にノックバックが発生して元の位置に戻されてしまうため、鬱陶しいことこの上ない。
ユノとの訓練では受け身など取らせてもらえないルナにとって、連続で受け身が成功するこの戦いは、多少は魔法が使えるようになった時と同じくらいの成功体験だった。
そして、この成功体験は受け身だけではない。
本来は逆立ちしても敵わない相手が、何を仕掛けてくるのか――何を考えているのかも分かるというのは、表現できないくらいの感動を覚えるものだった。
そうして彼女の中で生まれた確かな自信は、彼女の新たな可能性を開花させようとしていた。
終始攻め続けているライナーに対して、リディアは防戦一方だった。
そう表現するとライナーが有利なように思えるが、実際に危機感を覚えているのはライナーの方だ。
ライナーのユニークスキルは、傭兵団の名にもなっている《雷霆》といい、木属性の、特に雷系の様々なスキルを備えているものである。
それは、よくある雷撃の魔法から、雷属性の付与にレールガンのようなものまで、およそ電気でできる大抵のことを可能とする壊れスキルである。
しかし、これだけの能力がエクストラスキルではなくユニークスキル止まりなのは、スキル使用に要求される魔力が非常に大きいという欠点があるからだ。
もっとも、今やその欠点はデーモンコアによって解決していて、どんなにMP消費の激しいスキルも使い放題である。
そう思っていた時期が彼にもあった――今でも思っている。
切り札のひとつだったレールガンは、確かにいくらでも撃てるようにはなったが、スキルの展開速度や照準精度などは従前のまま。
そんなものでは、高速で不規則に動くリディアを捉えるのは至難の業である。
それでも、読みが当たって必殺のタイミングで撃ったはずのそれが、いとも簡単に《パリィ》されたた時には目を疑った。
リディアにしてみれば、「撃ちますよ」と宣言している者が撃つ瞬間を見切ることなど造作もないことである。
レールガンの威力は侮れないものの、一発食らうと後は地獄――彼女にとっては天国のユノの攻撃に比べれば、「生温い」としかいえないものだ。
十数手ほど不毛なやり取りを繰り返したところで両者の距離が縮まると、レールガンのような隙の大きいスキルは使えなくなる。
以前は互角だった両者のパラメータは、デーモンコアによる底上げで、ライナーが大きく有利。
ただし、力に振り回されている感のあるライナーと、自身をほぼ完全に掌握しているリディアの差を加味するとほぼ互角。
そこに、スキルを用いて反応速度を上げているだけのライナーと、相手の魔力の流れを見て先読みできるリディアの差が加わって、リディアがやや有利となっていた。
「何だよ、前にやった時は手ぇ抜いてたってことかよ! 食えないお嬢様だな……っ!」
「貴方がそんな物に頼って鍛錬を怠っていた結果です。がっかりです。性根を――いえ、貴方はもうクビにします」
「こっちの方から願い下げだ!」
威勢よく叫んでいるライナーだが、近接戦闘では分が悪い。
ライナーの攻撃は幻影を相手にしているかのように手応えが無いくせに、リディアの攻撃はしっかりとダメージを受ける。
ダメージ自体はデーモンコアの恩恵で無視できるが、やられっ放しというのは気に食わないし、体勢を崩されたりするのはデーモンコアでもどうしようもなく、そうなると連続で打ち込まれる。
「くっ、つまんない戦い方しやがって! このっ!」
「そのつまらないものにいいようにやられている貴方は何ですか?」
憎まれ口を叩くライナーだが、これが技術の差だということは、アモンと手合わせをしたことがある彼にもよく分かっていた。
驚くことに、リディアの技術はアモンと比肩するレベルで――それどころか、先読み能力に至ってはアモンより上かもしれない。
彼は、このような状況になったときは、無理に抵抗せずに、素直に仕切り直した方がいいとアモンから学んでいたが、彼女からはそれすらも難しい。
近距離での殴り合いでは、ライナーの方が分が悪い。
だからといって距離を取ろうとしても、先読みしていたリディアに妨害される。
体勢を崩されると更に攻撃を受ける。
そのくせ、ライナーが体勢を立て直しそうになると、攻撃を止めて有利なポジションをとる。
そして、振出しに戻る。
リディアにとってはお姉様のまねをしているだけなのだが、あまりに上手くできていることにテンションが上がって、身体だけでなく、心までもがひとつになっているように錯覚して、拙いながらも領域の構築を始めていた。
これにはユノも、驚きと共に賞賛するばかりである。
そんなリディアからライナーが距離をとるためには、《雷霆》のスキルを使うしかなかった。
ごく短時間ではあるが、自身の身体を電気そのものに変化させて、攻撃力を大幅に上昇させ、移動速度を雷撃の魔法並に上昇させる壊れ中の壊れスキル――デーモンコア前提のもうひとつの切り札である。
自身を魔法にするというのは「魔法の本質」ではあるものの、こちらはユノに言わせれば「何か違う……」というものだ。
それでも、ある種の領域といえるもの。
デーモンコアの力を借りてとはいえ、ライナーは一時的にリディアの領域を上回り、彼女のガードの上から一撃を入れての離脱に成功する。
これを繰り返せばさすがにライナー有利になるだろうが、そうしないのには理由がある。
デーモンコアをもってしても消費が激しく、デーモンコアをもってしても回復しない何かが削られる。
さらに、雷撃並みの速度で動けたとしても、思考速度がそれに追いついていないために、複雑なことはできない。
それゆえに、さきの攻防でも、リディアが防御していたのを認識していながらも、その上から攻撃することしかできなかった。
リディアから距離を取ったライナーが、再びレールガンを放つ。
しかし、それはリディアを標的としたものではなく、ノクティスに食らいついているルイスに向けてだった。
ルイスは、ノクティスがダメージを受けないだけなら、アルフォンスが指摘したように拘束すればいいと考えて立ち回っていた。
前世では逮捕術なども習得していて、何より、ノクティスがルイスを警戒していない。
その条件ならそれほど苦労しないだろうと考えていたが、暴風雨を発生させる矢を持ち出されるとそんな前提は全て吹き飛んでしまった。
暴風雨はルイスの前進を阻むほどのものではないが、視覚、聴覚、嗅覚を奪われ、集中力も奪う。
ノクティスの姿を追うだけでも一苦労だった。
そんなところに撃ち込まれたレールガンは、完全にルイスの意識の外にあった。
弾体はアルフォンスが保険にと張っていた結界を貫通して、暴風圏にも穴を開け、その先にいたルイスに当たって大きな爆発を起こす。
ライナーは、その隙に接近していたリディアに右胸を抉られたが、このくらいは覚悟の上のこと。
これでルイスが死亡か深手を負っていればお釣りがくる。
とはいえ、それはこのままリディアに止めを刺されなければの話である。
相討ちでは――ライナー抜きでは改革はなし得ない。
彼は、再び身体を雷撃化させて後退――と見せかけて、今度はシトリーと膠着状態にあるルナを狙う。
これらの事態に動揺してしまったのがルシオである。
視野の広さが仇になった形だった。
といっても、ほんの一瞬のこと。
本来は隙にもならない僅かな乱れだったが、ナベリウスはそれを見逃さない。
ルシオから放たれた、魔力の練りが甘い、僅かに精度の落ちた魔法に、ナベリウスは避けるでも防御するでもなく突っ込んだ。
当然、ダメージは覚悟の上。
死なず、足止め効果も無いような魔法を受けても、その後の有利を取れるなら安いものである。
それでも、あわよくばレジストできるかもと期待していたりもしたが、結果は顔面に直撃した。
ナベリウスは相応のダメージを受けながらも、覚悟を決めていたこともあって、前進する足は止まらなかった。
既に、ルシオとの距離は、魔法戦では一足一刀といっても過言ではない距離。
フレンドリーファイアを恐れて、コレットの援護も止まる。
それ以前に、憤怒の形相で、更に流血で真っ赤にして突っ込んでくる軍師の姿は、コレットを怯えさせるに充分なものだった。
魔法は遠距離で撃つものだという認識が一般的だが、その実、熟練者ほど可能な限り近距離で撃ちたがる。
その理由の最たるものが、距離による魔法の威力の減衰である。
近距離なら10の魔力で斃せる相手に、20も30も浪費するのは無駄でしかない。
それに、距離が近ければ近いほど照準や誘導に使うコストも低くなる。
なので、理論上は間合いは近ければ近いほどいいことになる。
とはいえ、防御力が低い魔法使いが、近接戦闘職と近距離で対峙するのはリスクが大きすぎる。
そのため、同レベルの戦士が相手の場合は、相手の間合いになるまでに二手くらいは打てる三十メートルほど、魔法使いにおいては、威力減衰と精度のバランスが良く、小細工もできて自爆もしない二十メートルくらいが適正な距離とされている(※個人差があります)。
しかし、現実にはその間合いを保って立ち回れる魔法使いはほぼ存在しない。
近距離で魔法を使うメリットは大きいが、それ以上にリスクが高いのだ。
そういった事情で、距離をとって安全に立ち回る魔法使いが増えていくのも当然のこと。
いつしかそれがセオリーなのだと、誤った認識が広まっていったのが現状である。
熟練者同士の魔法戦においては、適正な間合いである二十メートル。
不運が重なったとはいえ、ルシオはさきの僅かなミスで、少なくないダメージと引き換えに、ナベリウスに有利な状況を献上する形になってしまった。
両者に等しく攻撃と防御の機会があった状況が、ほんの少しの差で攻撃側と防御側に分かれたのだ。
これで「詰み」ということではないが、それに近い状態の不利である。
ルシオがこの状況を凌ぐには、ナベリウスの撃つ魔法の性質を瞬時に判別して、相克する属性の、無属性であれば無属性魔法をぶつけるなどして相殺することが必要になる。
無理に先手をとろうとして間に合わなかった場合、防御もできずに攻撃を受けた上で、相手の有利な状況が継続されるのだ。
しかし、両者とも当然のように《無詠唱》スキルを所持していて、発動前の魔力を偽装したり、同時に複数の属性の魔法を発動させることも可能である。
何より、魔法の最大の強みは、その多様性にある。
威力が高く、速度も速いが、対抗手段が豊富な雷撃系(木属性)の魔法。
威力は高く、速度に難があるが、魔力効率も良く使い勝手のいい火属性。
威力は並だが、地面がある所ならどこでも起点にできるなど、術者のセンス次第でいくらでも化ける地属性。
扱いが難しいところもあるが、威力が非常に高い魔法が多いため、雑にばら撒くだけでも強い金属性。
威力も速度も並で、一部魔法は魔力効率が悪いが、癖のある魔法が多く、対応が難しい水属性――など、元素魔法の大雑把な特徴だけでもこれだけの個性がある。
さらに、それらの連携や合成なども含めると、増える選択肢は膨大なものになる。
戦士職の者が、「やられる前にやってしまおう」となるのも当然だろう。
それでも、対魔法使い戦で、「有利な状況を維持する」という条件ではあまり手の込んだことはできないし、二十メートルという距離は、相手の手を見てから対応することも可能なものである。
ただし、それでは有利不利、攻撃側と防御側といった関係は変わらない。
そして、間合いを詰められ続ければ、いつか対応が間に合わなくなる。
状況を打破するには、ナベリウスが何かしらのミスをするか、分の悪い賭けに勝つしかない。
それでも、ルシオの目には諦めの色は無かった。
「久々の魔法戦、望むところだ!」
ルシオは、ナベリウスの一挙一動に神経を集中させて迎撃態勢を取る。
「残念ですが、チェックメイトです!」
「何言ってんの? その人キングじゃないぞ? やっぱり莫迦なの?」
ナベリウスはアルフォンスのツッコミを無視して、要らぬことに神経を集中させているルシオを嘲笑うかのように猛ダッシュで接近して、自爆の間合いへと突っ込んでいく。
「まさか――!?」
ルシオは驚愕した。
自爆覚悟で、至近距離での魔法使用という戦術も確かにある。
対象との距離が近いほど魔力減衰は受けないし、採れる対処も限られる。
しかし、それは相討ち狙い――敗色濃厚になった方が、破れかぶれでやることである。
全体的な戦況から判断して、勝負を急いだ――という線もあるが、僅かな時間と彼自身が自爆で受けるダメージを天秤にかけると、「合理的」とはいい難い。
ルシオにはナベリウスの意図は読めなかったが、素直に自爆を受けるわけにはいかない。
しかし、焦って手を出させることが狙いである可能性もあり、同様に、退いて自爆の威力を高める溜め時間を与えるのも悪手である。
むしろ、ここはあえて受け止める――耐え凌げば攻守交替になると、ダメージカットの結界を起動させてナベリウスの攻撃に備える。
ナベリウスがルシオの至近距離にまで肉薄すると、ルシオは肉弾戦も警戒して、魔力で防御力を強化しつつ胸の前でクロスアームブロックを作る。
一度しか発動しない結界の効果を、肉弾戦の微妙なダメージで無力化されては笑えない。
しかし、ナベリウスの両手はルシオのクロスアームブロックを迂回して、その頭をがっしりと掴む。
ナベリウスのそれは攻撃ではなかったのか、ダメージこそ受けなかったが、ルシオがその手を掴んで振り払おうとするよりも早く、ナベリウスの顔がルシオの顔と接触寸前にまで迫ってきた。
「食らえ! 我が必殺の《熱視線》!」
ナベリウスの目から放たれる、高濃度の魔力の奔流。
それがルシオの両目へと注ぎ込まれる。
目は体表にありながらも、防御力を上げにくく、盲目や幻覚などの状態異常にも弱い部位である。
そこを狙うのは非常に有効だが、いきなり狙っても当てにくい。
しかし、密着するくらいまで肉薄してしまえば、回避は不可能だ。
ただの初見殺しだったとしても、それをなし遂げたナベリウスの作戦勝ちである。
「うおりゃああああああ!」
「ぐうおおおおおおおお!」
見つめ合う緑の赤鬼とロマンスグレーののゴリマッチョ。
妻子どころか孫までいる男に軍師が投げかける色目は、どぎつい原色。
今更目を閉じてももう遅い。
むしろ、視覚を閉ざした分だけ敏感に、慣れた指よりそこがどこか分かってしまう。
熱視線で燃え上がるのは恋ではなく、両者の身体。
ふたりの奏でる哀の雄叫びは、聞くに堪えない不協和音。
魔法の達人同士の戦いは、地獄絵図になっていた。




