54 神器
ライナーと英霊たちが、一斉にアルフォンスに向けての攻撃行動に出る。
途轍もなく見下した態度のアルフォンスに怒り心頭の彼らは、それが誘いであることに気づけない。
気づいても止まれない。
今の彼らは、獣も同然だった。
先陣を切ったのはアモンだ。
威勢よく「オラァ!」と飛びだした彼は、アルフォンスの遥か手前で、側面からダニエルからの奇襲を受け、「ゴフゥ!?」と悲鳴を残してコースアウト。
そこに待ち受けていたピエールが追撃を加え、そこからニ対一の戦闘にもつれ込む。
魔法による先制攻撃でアモンの援護をするつもりだったナベリウスは、こちらもルシオの魔法による攻撃で先制されて援護に失敗。
もっとも、ダメージ自体はさほどのものではなかったため、ターゲットをルシオに切り替えて反撃を試みるが、ルシオの立ち回りの巧さと要所要所でのコレットの支援によって主導権を奪えない。
「貴方の相手は私です」
そう言ってライナーと対峙するのはリディアだ。
「マスター!」
「貴方はこっち!」
そこに割って入ろうとしたシトリーを、ルナが強烈な受け身で弾いて分断する。
「何だと!? この僕が攻撃の気配に気づかなかったなんて!?」
「当然です! 受け身は攻撃じゃないですからね!」
タンククラスのエキスパートであるシトリーだったが、受け身という攻撃でも防御でもないスキルで突っ込んでくる相手は初めてで、その対応と想像以上の衝撃に戸惑っていた。
「ちっ、お転婆なお嬢様だな。威勢がいいのは結構だけど、今日は手加減しないぜ!」
「雇い主に対してその口の利きようはさておき、そんな物に頼らなければ戦えないとは情けないですね。性根を叩き直してあげましょう」
一方では、デーモンコアの力を借りて身体強化するライナーと、ユノの手によって鍛えられたリディアが衝突していた。
後方では、ヴィジャヤでアルフォンスを狙おうとしていたノクティスに、ルイスが肉薄していた。
「おっと、まさか総大将が余の相手をしてくれるとは思わなかったぞ。その度胸の良さは褒めてやるが、後ろに隠れていた方がよかったのではないか?」
「俺もできればそうしたかったんだがなあ。あんたを自由にしとくわけにも、全部あいつに任せるわけにもいかねえからなあ!」
「そうそう。俺もいつまでも面倒は見てられないんで、早く自立してくださいね!」
ルイスから距離をとりながら間断なく矢を打ち続けるノクティスに、それを躱し、弾き、受けながら前進を続けるルイス。
そして、そんなルイスに対してバフや回復で支援をするアルフォンス。
アルフォンスは、雷霆の一撃を煽っていた裏で、《念話》を使って体制派のそれぞれに指示を出していた。
ステータスが物理攻撃偏重型だったアモンに対して同タイプのダニエルをぶつけ、能力差を埋めるために速度重視型戦士のピエールをサポートにつける。
恐らく、それでもジリ貧になると予想されたが、これ以上の人員は割けないので頑張ってもらうしかないと信じて送り出した。
軍師を自称するナベリウスだが、アルフォンスは彼を最前線でビームを撃つ系の軍師だと判断して、純魔型のルシオに牽制を任せる。
能力に差はあるが、接近させなければナベリウスが本領を発揮することはない。
コレットについては、できれば戦闘に参加させたくはなかったのだが、勝手な行動をされるのが最も困るので、フォローの効きやすいここに配置した。
厄介なのは、シトリーの防御力と耐久力で、ライナーを護り続けられる展開である。
さきの衝突では、ライナーたちのダメージの一部を肩代わりしながらも、同程度のダメージで済んでいる。
ログを確認する癖のあるアルフォンスだから気がついたが、知らないまま戦っていれば、単純な能力差以上に苦戦を強いられていただろう。
ただし、シトリーは驚異的な防御力を誇る反面、攻撃に関しては並である。
分断して、適度に邪魔し続ければいいという意味では最も対処しやすい相手であり、不安ながらもルナに任せたのは消去法でしかなかった。
しかし、想定以上の成果とわけの分からなさに、ひとまず任せても大丈夫かと割りきった。
ライナーに当てたリディアが、この戦闘における最重要な位置を占める。
デーモンコアの力を借りたライナーは、能力を数値化するとリディアよりかなり高く、極めて厳しい戦いになることが予想された。
しかし、当のリディアが自信満々に任せろと言ったのだ。
ユノの指導を受けたルナの成長を見ると信用も不安もあるが、やはり人員不足はいかんともし難く、フォローを念頭に任せるという判断になった。
そして、雷霆の一撃の切り札であるノクティスだが、初代大魔王ではないことは確定したものの、だからといって侮っていい相手ではない。
むしろ、彼女の持つ弓や、《ブラフマーストラ》という神技、そして特徴的な黄金の鎧から連想される英霊は、アルフォンスの予想が正しければかなり厄介な相手である。
何がどうなってノクティスと名乗るに至ったかはさっぱり分からないが、伝承どおりであれば、まともに相手をするだけ無駄な類いの英霊なのだ。
「くそっ、どうなってやがる!? こっちの攻撃だけ届かねえぞ!」
ルイスが苦労の末にノクティスに接近し、少ないチャンスを逃がさずに攻撃を仕掛けるが、確実に中るはずの間合いでありながら届かない。
一度や二度なら勘違いや不運ということもあり得たが、三度、四度、五度と続くとそれでは済ませられない。
「多分、彼女がその弓と鎧を着てる間は、普通の攻撃じゃ傷付けられないと思いますよ」
「ほう、そんなことまで知っておるのか。よもや人族の方が侮れんとはな。――だが、知っておるなら無駄な抵抗は止めてはどうだ?」
「無駄ってことはないでしょう。考えなしの大技ぶっぱはもう懲りたでしょうし、ルイスさんが張りついてて俺が見張ってれば、余所にちょっかいかける余裕も無いでしょう」
「うむ。確かに迂闊に大技は撃てんようになったが、こやつの攻撃など無視してもよいのだぞ?」
「攻撃でダメージを受けなくても、行動の妨害や拘束まで受けつけないってことはないでしょう。ルイスさん、めげずに攻め続けてください!」
「ちっ、神器や神技の対処にも慣れておるとは、貴様本当に人族か? とはいえ、残念だが、こやつに期待しても無駄というもの。こやつのことは調べさせてもらったが、ユニークスキル《正義執行》――カルマ値が高い者には強いが、余のようにカルマ値が低い者には脅威になり得ん。守るべき悪魔族を虐げ、肝心の人族には役に立たんスキルを持つ者が王などとは、全くもって度し難い」
「あはは、何か偉そうなこと言ってますけど、何も知らないくせにデーモンコアを手に入れてイキってくれてる人たちのおかげで、こっちは余計な手間掛けられてるんですけど、そこんとこどう思います?」
「うむ。貴様の話が興味深いものだったことは認めよう。余が初代大魔王ではないことも事実なのかもしれん――。だが、マスターが決めたことだ。従者たる余はそれに従うのみ」
「そういうところを改めてほしいんですけどね。強い方が、勝った方が正しいってことでもないんですから、力を持ってるなら影響力も考えないと」
「はっ! 貴様こそ力で人族の価値観を押しつけようとしておるではないか!」
それは違うと主張したかったアルフォンスだが、ノクティスの雰囲気が変わったのを察して気を引き締める。
「まあ、よい。これ以上の言葉は無粋。話をしたければ力を示せ!」
ノクティスは左手に持つ弓はそのままに、右手には新たな神器のレプリカを取り出す。
矢というには長く太く装飾過多で、金剛杵に似た鏃を持つそれから、局所的にすさまじい暴風が発生する。
それに対して、アルフォンスも神剣とそのレプリカを仕舞うと、急いでアクマゾンで神弓と神矢をセットで購入し、その掌握に努める。
神器を持つことは誰にでもできる。
ただし、使うには厳しい条件を満たす必要があり、真の能力を解放するには、相応しい所有者として神器に認められる必要がある。
今回の場合は、現代地球における国連加盟国全ての国家予算総額に匹敵する金額も必要になった。
もっとも、彼の場合は「ユノ様関係者割引」でお買い得になったが、それでも日本の国家予算を超えている。
それは「ユノ様特需」で荒稼ぎしていた彼でもかなり厳しい出費だった。
そこまでして手に入れた神器だが、相性が良ければすぐに馴染むが、悪ければいつまで経っても認められず、最悪の場合は所有者を拒否して破滅を齎すこともある。
アルフォンスが大枚を叩いて入れた神器は、神弓【ガーンディーヴァ】といい、ノクティスの元ネタだと推測している存在と深い因縁があるからだ。
そして、アルフォンスの思惑どおり、新たな神器で有利になったと思い込んでドヤ顔になっていたノクティスが、一瞬で真顔に戻った。
ノクティスとして召喚された彼女に、それに関する記憶は無い。
それでも、本能的にそれが危険なものだと理解できる。
そのギャップが、彼女の判断を惑わせる。




