53 舌戦
限られた選択肢の中でルイスが選択したのは、ダメージカット率の高い結界を信じて防御することだった。
回避したいという想いもあったが、誘導性も分からないそれを避けきれるかは微妙なところ。
そもそも、必中効果のあるスキルであれば、どうあがいたところで避けられない。
ならば、結界の性能を信じて後は祈るしかない。
(そういや、万能属性以外は――って言ってなかったか?)
選択の後でそんなことを思い出したルイスだが、方針を転換するにはもう遅い。
ノクティスの神器を用いた神技は、速度自体はさほどではない。
しかし、それを「万能属性」だと見抜いたルシオやリディアの展開した障壁を、脆い飴細工かのように突き破りながら、勢いを緩めることなく防御姿勢をとるルイスに迫る。
支援系の魔法が不得意なダニエルとピエールは、ライナーやほかの英霊たちの動きに警戒する。
ここまで、コレットが反応できていないことも含めて、作戦どおりの展開である。
想定と違っていたのは、《ブラフマーストラ》の威力だけ。
あれを受ければ、良くてルイスが即死、悪ければ――着弾で爆発でもしようものなら全員即死だろう。
作戦とは違う行動をとったのはアルフォンスだった。
彼も、ノクティスが練り上げていた魔力が、尋常ではないもの――万能属性だと判断した。
彼の知る「万能」とは少々違うものの、用意していた結界や通常の耐性では役に立たないことは疑いようがない。
そこで彼は、迷わず切り札のひとつを切った。
アルフォンスが振るった神剣から、全てを塗り潰すような闇が放たれた。
それはノクティスが放った閃光と衝突して反発し合い、禁呪もかくやという威力の大爆発を巻き起こす。
ついでに、雷霆の一撃の周囲に敷設されていた罠にも誘爆し、その威力を底上げする。
体制派の面々は、事前に仕込んでおいた結界のおかげで全員軽傷で済んだ。
HPや防御力が一般人並みのコレットも、彼女を庇って受け身したルナのおかげで無傷である。
しかし、直撃ではないとはいえ、禁呪といっても過言ではない威力の爆発に巻き込まれた雷霆の一撃はそうはいかない。
ノクティスだけは神弓の性能などもあって無傷だが、ライナーたちはMHPの30%前後のダメージを受ける重傷である。
さらに、戦闘能力の低いイオは60%近いダメージを受けて気絶している。
それでも、打ち勝ったのはノクティスの神技だった。
ただし、「かろうじて」というレベル。
アルフォンスの闇を打ち払ったそれは、当初の輝きも勢いも失い、弱々しい軌跡でノクティスの足元に着弾して消失した。
何ともいえない沈黙が場を支配した。
この結果に、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。
最も驚いたのは、神技を相殺されたノクティスや、彼女の力に何の疑念も抱いていなかったライナーだ。
さきの《ブラフマーストラ》は溜めが不十分だったとはいえ、後出しでそれに匹敵するだけの威力の攻撃を出されたのだ。
それも、全くのノーマークだったモブにである。
それが属人的なスキルなどではなく、彼が手に持つ神剣の能力であることは一目瞭然だが、神器の能力を解放できる――神器に認められるだけの能力があることは間違いない。
雷霆の一撃としては、完全に誤算である。
恐らく、既に《予知》の範囲は越えていて、この先どう転ぶかは分からない。
不測の事態に備えて、《予知》能力者であるイオを連れてきてはいるが、それは万一逃げられたときの保険であって、戦闘中に状況を打破することを期待してではない。
雷霆の一撃にとって、これで全ての切り札を失ったわけではないが、立ち回りが難しくなったことは認めざるを得ない。
また、同じ爆発に巻き込まれたのに、受けたダメージが全く違うことも大きな問題だった。
それがフィールドに仕掛けられている結界やトラップであることは理解できるが、いくらノクティスたちの能力が高いといっても、探査系スキルがなければ、巧妙に隠蔽されたそれらを発見することはできない。
また、経験則から「何か仕掛けがある」と見抜けても、その内容までは見抜けない。
しかし、見抜けなければ《ブラフマーストラ》以上の攻撃も封じられてしまうおそれもある。
神技はその効果の高さとは裏腹に、伝承などに基づいた「抜け道」のようなものが存在することもあるのだ。
それに、普通に考えれば、神器の能力の解放は命懸けのものである。
現在のノクティスのように、デーモンコアのような魔力タンクがあれば話は別だが、《ブラフマーストラ》に匹敵するだけの神器解放を個人の魔力で賄えるはずがない。
事前にチャージしておくにしても、それが容易なことではないのは、ヴィジャヤに魔力をチャージしているところを見ていた彼らはよく知っている。
それを――本来なら、魔力の不足分を生命力で補って死んでいてもおかしくないところを、件の男はピンピンしているのだ。
その姿は、前代未聞の連続解放――与太話だと思っていたもデネブ戦の再現もあるかもしれないと、警戒させるに充分なものだった。
一方で、アルフォンスの神器解放には、体制派とアルフォンス自身も驚いていた。
かつての神器解放は、魔力の供給が不足していたこともあって、ほぼ魔力を破壊力に変換しただけのものだった。
それでも、アルフォンスもルイスも大きなダメージを負った。
ちなみに、彼の持つ神剣は、【ヴァジュラ】という名の、魔を滅する雷を操る三鈷剣だった。
しかし、魔は滅せても邪神には敵わず、逆に侵食を受けて変質してしまったが、性能的には666%アップしている。
それゆえに、今回の神器解放は根本的に違っていた。
神剣には、大空洞の悪魔たちが総力を挙げて、魔力を限界近くまで充填してあったが、解放したのはその三割ほど。
アルフォンスは、以前解放した手応えから計算して、どうにか《ブラフマーストラ》の軌道を逸らせるくらいのものだと予想して放ったものだ。
しかし、放たれたのは万能属性の雷ではなく、正体不明のヤバげな闇。
魔力の量云々より、神剣がユノの血を吸って変質していたことで起こったことだが、試す機会がなくて今まで気づかなかった、今更気づいてもどうしようもないことである。
《ブラフマーストラ》が劣化版《極光》だとすると、アルフォンスの神剣の能力は、存在を焼き尽くす炎のようなものの劣化版である。
使用者の能力は圧倒的に前者が高いが、魔法の本質としては圧倒的に後者の方が上だった。
その結果がこの有様である。
この世のものならぬ、暗い炎の残滓を纏う神剣を手にするアルフォンスは、この場の誰より悪の大魔王と呼ぶにふさわしかった。
原因に思い当たり、頭を抱えたくなったアルフォンスだが、「逆に考えればチャンスじゃね?」とポジティブシンキングを発動させる。
そして、実験的に造っていた神剣のレプリカをおもむろに取り出し、なんちゃって神剣二刀流になる。
同時に、アイリスの造った魔除けにエリクサーRを一滴垂らす。
すると、魔除けからアイリスの情念――領域になる一歩手前のものが溢れ出し、アルフォンスの周りに漂い始めた。
他人を莫迦にしたような格好で、禍々しさが限界突破した神器を持ち、人の欲望を具現化した闇を纏う彼は、例えるなら、ご利益の無さそうな不動明王といったところか。
悪魔族でもトップエリートのルイスたちでも、これほどの蛮族は見たことがない。
警戒感を露にする雷霆の一撃と体制派。
もっとも、後者の方には、後から出した方がレプリカだと《念話》で連絡が回ってきたものの、本物の方の威力などについては全く説明がなかったこともあって、警戒を緩めることはなかった。
むしろ、ユノの関係者だと知っていなければ、「敵」認定していただろう。
アルフォンスのような高レベルの《鑑定》を持たない雷霆の一撃は、二本目の神剣について――全体的に「ヤベえ」という感想しかない。
今更ながらに、モブを注意深く観察してみると、能力を解放した直後の神剣は当然として、本人も尋常ではないオーラを纏っている。
あまりにヤバすぎて、脳が何を見ているのか理解を拒否している感じすらする。
「丁寧な自己紹介痛み入る。俺はアルフォンス・B・グレイ。見てのとおり人族だ。魔界を救うためにやってきた愛の戦士でもある」
対話に持ち込むならここだと判断したアルフォンスは、ハッタリ盛り盛りで話し始めた。
「奴があのアルフォンス・B・グレイだったのか……!」
「……人族がなぜここに? いや、余の知る人族とは違う……」
「姫様、お待ちを! あの禍々しいオーラで人族というのはあり得ないでしょう!」
「愛? 愛って一体何だ……? あれが愛だとすると、俺様のは一体……?」
「落ち着くんだ、アモン! 愛っていうのは、躊躇わないこと! ……あれ? 確かに、躊躇ってないぞ!?」
効果は抜群だった。
写真などの映像保存技術が無く、紙が貴重なため手配書なども出回らない魔界において、アルフォンスの名は知っていても、容姿を知らない者が大多数である。
ライナーとイオは、過去にアルフォンスとルイスが衝突した現場に居合わせていて、そこでアルフォンスの姿を目撃していたのだが、当時のアルフォンスが変装していたことと、神剣の印象が強すぎて彼の顔など覚えていなかった。
そして、現在の彼も人を莫迦にしたような変装をしていて、むしろ、新種の魔物のようですらある。
同一人物だと気づく方がどうかしている。
「君ら、苦しむ民を救いたいんだって? 奇遇だな、俺もなんだよ。で、ちょうど体制派の皆さんにも協力してもらおうってところだったんだけど、君らも一緒にやるかい?」
アルフォンスは、余裕たっぷりなふりでライナーに話しかける。
「何を莫迦な――」
アルフォンスの想定外の言葉に、反射的に否定しようとしたライナーだが、更にアルフォンスが食い気味に捲し立てる。
「ところで、君らは魔界の状況について、どこまで知ってる? そもそも、魔界とは何か。デーモンコアとは何か。俺や体制派の人たちが何をしようとしてるのか。初代大魔王様が本当は何をしようとしていたのか――ああ、そちらにも同名の方がいましたね。容姿もそこはかとなく似ているような? 本物の初代大魔王様なら『お久し振りです』って挨拶するところなんですけど、別人のようなので『初めまして』ですね。あ、それとも何か事情があって変装してます? そうだったらすみません。というか、それだったら教えてくれてもよかったのでは? あ、もしかして上の方々からの――と、失礼。ここで話すようなことではないですよね!」
極めて上から目線で、いかにも「俺は何でも知ってるぞ」といった感じで、やたらと意味深に語るアルフォンス。
こういった態度は悪魔族によく効く。
強者を自負している彼らに、「知るか、死ね!」とできないだけの自尊心があったことも大きいだろう。
「貴様、余のことを知っておるのか?」
釣られるノクティス。
悪魔族としては正しい反応である。
「いやだなあ、知ってるも何も、この前お茶したばかりじゃないですか」
「莫迦な。余は二千年以上前に死んだ英霊ぞ。今を生きる――精々が数十年しか生きぬ人族が知り得るはずがない」
「ええ、何を言ってるんですか? 確かに活躍された時期はそうですけど、その後は時間の流れの違う場所にいたからって教えてくれたのはノクティスさん自身じゃないですか。やっぱり別人? だったらまずいですよ!? 本物のノクティスさんは神様と密接な関係にあるから、下手すると天罰が下るかもしれませんよ?」
更に煽るアルフォンス。
「てめえ、喧嘩売ってんのかゴルァ!」
「姫様を偽物扱いとは、死にたいようですね」
「何を言うかと思えば、何の証拠もない寝言ではないですか。莫迦莫迦しい」
当然のように釣られる英霊たち。
ここで手を出さないのはアルフォンスを警戒しているからである。
「君らは莫迦なのか? 俺が神様の名とか威を騙ってまで君らを騙すメリットなんてないだろ。じゃあ、もう少し教えてやろうか? ノクティスさんとお茶した時は神様が同席してたし、何なら俺は神様のお願いで魔界を救おうとしてるんだけど。魔界がこのままだと、百年かそこらで悪魔族が滅ぶからってな。まあ、その救済の副作用で今は外界への進出ができなくなってるんだけど、ここでやろうとしてたのがその解決策を探るためと、悪魔族が抱える問題のひとつを解消する手段なんだよ。ああ、一応言っとくけど、これは神様の承認済みのことだから。で、ここまで言ってる俺が天罰受けてないことから察してくれない?」
神の名を騙るのは、魔界においても禁忌である。
調子に乗って少し口が滑ったくらいであればさほど問題にはならないが、こうまで堂々と騙るのは狂人の所業か、真実を語っているかのどちらかである。
しかし、ライナーたちには、特に理由は無いが――強いていうなら、アルフォンスが気に食わないので認められない。
「……だが、俺たちにもデーモンコアがある。そうだ! この神器に認められたということは、神様に認められたという何よりの証拠! 口先だけのお前とは違う! 俺たちこそが――」
咄嗟の思いつきで、急に勢いづくライナー。
英霊たちの顔にも笑顔が戻る。
「神器なら俺も持ってるんだけど。ってか、一からか? 一から説明しなきゃ分からんのか?」
ライナーの意見は証拠でも何でもないただの希望的観測だったが、最後まで言い切らせてしまうと戦闘が再開しそうな雰囲気を感じたアルフォンスは、またも食い気味に捲し立て始める。
「デーモンコアってな、神器級の性能してるけど、厳密には神器じゃないから。それ、魔界を存続させるためのただの動力源。だから、神器には標準装備されてる『能力解放』も無いんだよ。で、それが君らの手元にあるのは、言っちゃ悪いが不要になったからだ。その経緯はこうだ。とある神様が代替品を用意した。要らなくなったそれは俺らにとっちゃお宝だけど、神様にとっちゃ大した物でもないからうっかり紛失した。それがたまたま君らの手元にある。以上。『認められた』とか、笑わせないでくれるかな? 運が良いのは認める――いや、悪いのかな? 『過ぎた力は身を滅ぼすよ』って、その神様も言ってるしな。気をつけた方がいいぞ? デーモンコアの本来の持ち主は別の神様なんだけど、それで悪さしてるって知られたら悪魔族滅ぼされるぞ?」
アルフォンスの煽り能力は高かった。
ライナーの主張を一蹴し、莫迦にしてから憐みを掛ける。
さらに、トシヤを参考にした妙にムカつくポーズで追い打ちをかける。
「サービスだ。もうひとつ教えてやるよ。神様が考えてる魔界の救済法は大まかにふたとおり。ひとつは、悪魔族の意識を変えること。殺して奪うだけが生きる方法じゃないってな。もちろん、簡単なことじゃないけど、やらなきゃ滅びる。もうひとつは、悪魔族の根絶。良かったな。もう苦しむことも悩むこともなくなる。で、俺が選択したのは前者だ。これが正解かどうかは分からんけど、さっきも言ったとおり承認は得てるし、そもそも神様は失敗しても許容するスタンスだ。まあ、本来悪魔族が解決すべき問題だしな」
言葉には出していないが、「理解できたか?」と全身で表現しているアルフォンス。
トシヤポーズと《挑発》スキルもあいまって、見事に雷霆の一撃のヘイトを集める。
当然、それは計算の上でのことである。
アルフォンスであれば、このまま言い負かすこともできたのだが、それでは根本的な解決にはならない。
悪魔族に真に認められるには、やはり力を示してから、欲をいえば上下関係をはっきりさせてからでなければならないのだ。
ゆえに、本気で説得するつもりなら、どこかでもう一度戦闘を再開しなければならない。
そして、どうせ再開するなら、有利な状況を作ってからの方がいい。
アルフォンスが長々と話していたのは、雷霆の一撃の能力の把握と対策を立てるためでもある。
当然、煽りに煽ったのも、怒りで正常な判断力を喪失させるためだ。
神の存在をこれでもかの匂わせたのは、それで腰が引けてくれればいいなという期待からだ。
「ふざけるな! 俺たちが絶滅してもいいだと!? いくら神でも、そんなことは認めない!」
「よく言ったマスターよ! 滅びの運命など何するものぞ! 運命を自らの手で切り拓くのが真の英雄よ!」
「マスターの邪魔する奴は、俺様が全部吹っ飛ばしてやるぜ!」
「マスターの身は僕が命に代えても護ってみせる! だから、マスターが信じる道を安心して進むといい!」
「語るに落ちたな、人族の詐欺師め! 貴様のような禍々しいオーラを出す神の使徒がいるはずがないだろう!」
ライナーの反発を合図に、英霊たちも戦闘態勢を整える。
「はっ、やっぱり莫迦だったか。お前らが認めるとか認めないとかどうでもいいんだよ! 『運命を切り開く(キリッ)』って何言ってんだ? 現在進行形で見事に転がり落ちてるじゃねーか。今も見えてないのに未来とか笑わせんな。赤いのも、マスター(笑)の敵が見たいなら鏡見ろ。お前らが莫迦だからそいつが調子に乗るんだろうが。黄色いのもそうだ。そいつが信じる道って何だよ。ふわっとしたこと言ってんじゃねえよ。雰囲気だけで喋んな莫迦。で、最も莫迦なのは緑のお前だ。お前が神様の何を知ってるっていうんだ? 神様のオーラってこんなもんじゃねえ。マジで命の危機を感じるレベルだぞ? ってか、人族でもこのくらいのオーラ出す奴はそこそこいるんだけど、そんなことも知らないで軍師とか言ってんの? 恥ずかしくないの?」
「「「――貴様っ!」」」
それぞれ何か反論してやろうとしたものの思いつかずに、顔を真っ赤にして声も揃った英霊たち。
口喧嘩はアルフォンスの圧勝だった。




