52 エンカウント
大魔王ルイスが、アルフォンスの農場へ出発してから五分ほど。
雷霆の一撃の予想より遅い時間だったこともあって、報告が入ったのは、彼らの集中力が切れてきた頃だった。
そのせいで、出発までに若干バタバタしたものの、所定の作業は無事に完遂した。
アルフォンスたちが危惧していたような暴走をしなかったのは、ライナーがその程度には慎重だったからである。
なお、デーモンコアを手に入れた彼が、正規の手段で大魔王を目指さなかったことにも、彼らなりの理由がある。
それは、ライナーがルイスとの一対一の戦いになった時に、ルイスがデーモンコアの遠隔での利用法を知っていたり、無力化する方法を知っていた場合には、勝負がどう転ぶか分からなくなるからだ。
むしろ、体制派が簡単にデーモンコアを手放した理由が、そうやって反逆者を炙り出すためなのかと疑心暗鬼になっていたくらいである。
しかし、初代大魔王という手札においては、体制派の想定を上回っている自信がある。
デーモンコアを使用して能力を底上げした彼でも鎧袖一触にされる彼女の規格外の強さは、ルイスがデーモンコアを使用しても結果は同じだろう。
彼女なら、もうひとりの初代大魔王との戦闘になっても負けはないと信じているが、分断できている現状は絶好の機会である。
当然、それが罠である可能性も考えたが、伝承にある初代大魔王の能力や、本人協力の下での調査から、もうひとりが《転移》を使える可能性は極めて低い。
そして、その憑代となる少女は、前代未聞の完全魔法無効化能力持ちで、これまた前代未聞の料理魔法の使い手である。
何が何だか分からないが、このくそ寒い時期に防寒効果のある魔法道具すら使っていないことから、魔晶も使えないと思われる。
現地で新たな初代様を召喚するにも大掛かりな儀式や時間が必要になるはずで、戦闘中に行えるだけの余裕は無いはずだ。
懸念はまだあるものの、それ以上を疑い出してはキリがない。
《予知》ではこの戦いの結果までは見えなかった――むしろ、冒頭部分しか見えなかったが、挑むなら「ここ」だと確信できるくらいには条件が揃っている。
ここで逃げれば次は無い。
ここで逃げるような腰抜けには、魔界統一など果たせるはずがない。
ここが分水嶺と定めて、最大戦力で挑む――といっても、ライナーとイオ、そして初代大魔王とその腹心の総勢6名だけだが。
転移後すぐに戦闘になることを考えると、現地行きメンバーの――時空魔法にも適性があるとはいえ、ナベリウスに魔力を浪費させるわけにはいかない。
デーモンコアで回復できるといっても、その間は隙だらけになるし、そんな彼を護る者も必要になるのだ。
ただでさえ、敵陣に乗り込むのに頭数が足りていない――雷霆の一撃の時空魔法使いの能力ではこれが限界なのだが、それでも、多少の数的不利や地の利は質の差で勝利する必勝の構えである。
それに、身体はどれだけ離れた所にあっても、心はひとつ。
心細さなど感じないので、「へいき、へっちゃらッ!」だった。
「キングよ、準備はよいか?」
「ああ、苦しむ民を救わず、私腹を肥やすだけの悪しき王に天誅を下そう。みんな、魔界の未来のために力を貸してくれ!」
「「「おう!」」」
ライナーのそれっぽい口上に、理想の王とその配下たちのテンションも上がる。
根拠のない正義と本人には非の無い偽りの存在だとしても、その力は間違いなく脅威であり、想いは強さは本物だった。
◇◇◇
対する体制派は、アルフォンスの農場で合流すると、挨拶も抜きに仕掛けの説明や立ち回りなどの注意事項が行われた。
作戦自体は難しいものではなく、可能な限り死なないことと、危なくなったら逃げることだけ。
当然、ルイスを逃がすための仕込みも万全である。
余裕があれば《予知》能力者の特定や対話を試みるが、基本的には安全第一だ。
もっとも、口ではそう言いながらも、どうにかして彼女の望みを叶えようと考えている者ばかりだったが。
「「来た!」」
時空魔法の適性の高いふたりが、空間の歪みを感知する。
空間の歪みが発生した場所は農場外縁部。
そこ以外は《転移》禁止区域に設定していたので、多少のずれはそこに収束するため、当然といえば当然なのだが、デーモンコアの力で強引に突破してくる可能性もあった。
重要なものは退避させているとはいえ、無暗に農場や設備を破壊されたくないと考えるのは当然のこと。
アルフォンスが作った魔晶で《転移》してくるのであれば座標を指定できるが、自力で《転移》してくる侵入者には対策が必要になるのだ。
無論、デーモンコアを持つ者や初代大魔王が自重せずに暴れると、この程度の配慮は無駄になるのだが、だからしなくてもいいとはならない。
そして、この初期位置での戦闘開始には戦略的な意味もあったので、体制派にとっては、「ひとまず」ではあるが、上々の滑り出しといえる。
アルフォンスとリディアは、空間の揺らぎ発生からの《転移》完了までの時間差、その揺らぎの大きさから、雷霆の一撃の《転移》術者は複数で、能力的には中程度だと推測した。
これも想定の中でも良い方に分類される。
まだ断定まではできないが、転移してきた者たちの中には、彼らに匹敵するレベルの時空魔法使いはいない。
戦闘前に魔力を消費したくなかったのだとしても、高位の時空魔法使いであれば、こんなギャンブル性の高い《転移》に身を任せるはずがない。
魔力の消耗と身の安全では、後者の方が重いのだ。
雷霆の一撃が《転移》の制御に梃子摺っている現状、その気になれば先制攻撃を加えることも可能である。
しかし、《転移》完了までに間に合う攻撃ではダメージは期待できず、それ以前に、「対話」という目的を考えると、その僅かなことが後々響いてくる可能性もある。
それでも、この機を活かさないというのも舐められる要因となるため、アルフォンスは《予知》能力者を特定するために《鑑定》を、リディアは以降の展開を予想して《転移》禁止設定を変更する。
◇◇◇
雷霆の一撃の《転移》は、手際はともかく無事に完了した。
「初めまして、大魔王ルイスと体制派の諸君。俺は真に魔界の未来を憂う傭兵団、雷霆の一撃の団長をしているライナーという。早速だが、苦しむ民を放置して、我欲を満たすだけの愚かな王には退場してもらおう!」
ライナーは《転移》が完了するとすぐに状況を確認し、ルイスの姿を確認したところで口上を述べる。
ざっと見た感じでは、体制派の布陣は当初の想定よりは少数だが、主要な顔触れは揃っている。
何より重要なのは、標的であるルイスがいて、警戒すべき初代様はいないこと。
この時点で、作戦は八割方成功である。
かつての雇用主であるルシオや、当時は侮れない力を持っていると認めたリディアもいたが、デーモンコアを手に入れた現在では敵ではない。
見たことのない――人を莫迦にしたような変装をした男と、どこにでもいそうな普通の少女の姿も確認したが、大勢に影響を及ぼすものではない。
そうして、勝利を確信したライナーは、コードネームの設定などすっかり忘れるくらいに浮かれていた。
そこで、多少の余裕を見せたところで負けはない――むしろ、未来の王たる自分が、不意打ちのような余裕の無いまねはできないと思って急遽口上を述べてみたのだが、内容には特に見るべき点はなかった。
ルイスにしても、彼に歯向かう有象無象から散々聞かされたようなものに、いちいち反応する気も起きない。
しかし、その沈黙を、弱気になっていると捉えた彼らは調子に乗る。
「ふはは! 良いぞ、我がマスターよ! ふはは! 余の名はノクティス。貴様らには『初代』といった方が通りがいいか? もっとも、今の余はマスターの臣のひとりにすぎんがな。 ふはは! では臣として最初の仕事をしようか! ふはは! 控えよ、未来の王の御前であるぞ!」
堂々と名乗りを上げたライナーに、「王の器」の片鱗を見たノクティスは上機嫌だった。
この程度で「王の器」とか、何をいっているのかと思う者もいるかもしれないが、悪魔族にはよくあるその場のノリ的なものなので、深い意味は無い。
それはコードネーム設定を忘れて、何のメリットもないのに真名を明かしたことからも明らかである。
「何……だと……!?」
「まさか――だが、この存在感は――!」
「誰!?」
しかし、体制派の面々と協力者にとっては衝撃の告白だった。
ノクティスと名乗った美女が持つ存在感は、最強の大魔王というに相応しいものである。
その子孫であるというユノが静謐な月だとすると、ノクティスは絢爛たる太陽。
容姿も似ている――いや、あんなもんだったか?
ユノの方がかなり――いや、彼女のご先祖様を貶めるのは――まあ、美人なのは間違いないし――と、どうにか納得できるもの。
とにかく、それが敵として立ちはだかっていることに、困惑を隠せない。
本物のノクティスを知っているアルフォンスは、違う意味で混乱するしかない。
目の前のノクティスと、本物のノクティスとの間に、関連性が見出せないというほどではない。
容姿は似ているといっても差し支えはない程度で、性別については、ユノの親なら自力で性転換したとしても不思議ではない。
態度が尊大な点には違和感を覚えるものの、身内贔屓で妙に明るいところはよく似ていると感じた。
「俺様はマスターと姫の剣、アモンだ! まあ、覚えなくてもいいけどな!」
「僕はマスターと姫様の盾、シトリー。君らの攻撃はこの僕が防ぐぞ!」
「私は軍師ナベリウス。貴様らの敗北は、戦略段階で確定していたのだ!」
体制派の反応に、更に気を良くして真名を明かす英霊たち。
彼らもまた、雰囲気で戦争をする者たちだった。
それでも、彼らの名と逸話も魔界ではよく知られていたもので、体制派の面々は驚きを隠せない。
もっとも、予想はしていことなので、半分くらいはブラフだが。
衝撃の度合いでいえば、ユノとアイリスのコンビの方がかなりキツイのだ。
片や「受け身」と「神のスパチャ」でデネブを追い詰めた可愛さの塊で、片やチ〇コを生やして黄竜を追い詰めたいかがわしさの塊である。
それでも、初代大魔王の覇気には気圧されてしまったが、彼らの名乗りのおかげで、名乗っていない少女が《予知》能力者であることがほぼ確定しただけでなく、それぞれの対処法にもある程度目処がついてしまった。
何より、敵の油断はいくらあっても困らない。
「さて、名残惜しいが、お別れの時間だ」
一方的な名乗りを済ませて満足したノクティスは、体制派の反応を待たずにひと張の弓を取り出し、矢を番える。
彼女の持つ弓は、神弓【ヴィジャヤ】。
武器の威力はいわずもがな、所有者の耐性を著しく向上させる、「勝利」を意味する名を持つ神器――のレプリカである。
本物はアクマゾンで販売中だが、デーモンコアの力で再現されたそれは、本物よりも数段落ちるものの充分に高い性能を持っている。
そして、この場においては、本物とレプリカとの違いにはさしたる差はない。
神弓を通して矢に蓄積される膨大な魔力は、かつてユノがデネブに放った槍にも匹敵するもの。
「消え失せよ! 神技《ブラフマーストラ》!」
決して短くはない溜め時間。
しかし、充分な対処をするには短すぎる時間。
何ものにも染まらぬ閃光が、ルイスに向けて放たれた。




